筋肉痛にまつわるサイエンス

ハンク・グリーン氏:「相関関係は因果関係を含意しない」。科学界で提唱される、基本的な概念ですね。2つのできごとが同時に発生したからといって、片方がもう一方の原因ではないことを指す言葉です。

ところが、1920年代に、この概念がまさに科学において見過ごされてしまう出来事がありました。その結果の誤った認識は、今日に至るまで広く信じられて来ています。

みなさんは恐らく高校で、乳酸は運動した後に起こる筋肉痛の原因だと習ったことでしょう。しかし実は乳酸は、むしろ助っ人なのです。

話は1920年頃に遡ります。ドイツに、オットー・マイヤーホフという生化学者がいました。彼は、糖の一種であるグルコースが細胞内でエネルギーに変わる分解機構である、解糖系の過程の多くを解明しました。

オットー・マイヤーホフは、ある意味でマッド・サイエンティストのステレオタイプのような人物でした。みなさんは、映画などで、科学者が解体されたカエルの脚に電流を流す様子を見たことがありますか? マイヤーホフは、これを実際にやったのです。

マイヤーホフは、カエルから脚を……脚の部分だけを切り取り、電気ショックを与えて、ジャンプさせたりぴくぴく動かしたりしました。

しばらく続けると脚は動きを止め、調べてみると乳酸が溜まっていました。これは正確には、乳酸よりもプロトンが一つ少ない、ラクテートです。

ちなみにマイヤーホフと並んでもう一人、アーチボルド・ヒルもまた、筋肉内でラクテートが辿る解糖系の行程を、正確に究明した人物です。

さてマイヤーホフは、カエルの脚が動きを止めたことから、筋肉が疲労するのは、ラクテートが溜まったためと仮定しました。

体は運動をすると、主要なエネルギーの供給源であるATPをあっという間に消費してしまいます。そこで体は、別の複数の合成過程を経て、ATPをさらに生成しようとします。筋肉は、激しく動くと、ラクテートがより多く生成される合成を行います。

運動した筋肉のpHは下がり、酸性になります。pHが下がった状態は、正しくは筋肉のアシドーシスと呼ばれ、一般的に言うところの「エクササイズによる燃焼」が起こる原因の一つです。

ラクテートの蓄積と筋肉の酸性化には、明確な相関関係があり、マイヤーホフは、これには因果関係があると仮定しました。つまり、筋肉のpHを下げるのはラクテートだとしたのです。

「ラクテート犯人説」の検証

この説は一般に認められ、今日に至るまで広く受け入れられています。

さて、みなさんもご存じのとおり、思い込みで因果関係を認めることは危険です。このケースでは、マイヤーホフは間違っていました。

「ラクテート犯人説」は広く認められましたが、経験的証拠が不十分であり、時が経つにつれ、これを疑問視する声が多くなりました。20世紀後半になると、これを究明すべく、さまざまな研究がなされました。

ラクテートは、乳酸のような酸ではないことが重要なヒントとなりました。プロトンが一つ足りないということは、これが塩基であると示しています。塩基は、プロトンを受け入れることのできる物質です。マイヤーホフは、ラクテートを生成する過程ではプロトンも同時に作られるため、筋肉がますます酸性に傾くのだと考えました。ところが実際は違いました。

ATPを生成する過程では確かに、筋肉のpHを下げるプロトンも作られていました。しかし、余剰なプロトンが生成させるのは、ラクテートの生成過程ではなかったのです。しかも、ラクテートはできたプロトンと結合し、その結果、筋肉の酸性がやや中和されることがわかりました。

また、ラクテートは、激しく運動した翌日や翌々日に感じる痛み、つまり遅発性筋肉痛の原因ではないこともわかりました。研究者たちは、筋肉に微細な亀裂が生じることが原因だと考えていますが、いまだ究明中です。理屈が100%わかっているわけではないというのは、なんだか不思議ですが、未解明なのです。

つまり、みなさんが周りの担当トレーナーに言われたり、本にそう書いてあったとしても、ラクテートを責める必要はありません。ラクテートは、あなたの味方なのです。

ところで、ちょっとした注意点ですが、みなさんは、ほかの人にこの話を教えてあげたいですよね。みんなが「ラクテートは悪者だ」と言っていたら、ぜひ教えてあげてください。ただし、物知りぶってはいけませんよ。くれぐれも正確に。そして上から目線はやめましょうね。