産業医が現場で抱える、健康経営の問題意識

大室正志氏(以下、大室):それでは今セッションに入りたいと思います。「『行動変容』をデザインする~健康経営の観点から~」ということで、今日は経産省から岡崎さんにいらっしゃっていただいてますので、健康経営について最初にお話したいと思います。

私はモデレーターをさせていただいてます、医療法人社団同友会産業医の大室と申します。よろしくお願いします。もともと産業医大という大学を出まして、そのあとJohnson & Johnsonという会社で統括産業医を約5年間させていただいています。

今も約30社ぐらいの会社で産業医をしていて、まさに行動変容や健康経営というのは、ふだん自分が現場で抱えている問題意識とも直結する分野です。今日は非常に楽しみにしています。岡崎さん、今日ははじめましてですね。

岡崎慎一郎氏(以下、岡崎):そうですね。はじめましてですね。

大室:みなさんご存知の通り、官僚の方はローテーション式にいろいろな部署を回って、なかなか1つの部署に定着することって少ないんですけれども。先ほどうかがったら、岡崎さんはこのヘルスケア産業課が2回目なんですね。

岡崎:2回目です。

大室:2回目なんですね。この分野に関心が高いという理解でよろしいですか?

岡崎:ええ、そうですね。2回目は自ら手を上げて運良く。

大室:手上げ方式で来させていただいたということなんですね。

そもそも「健康経営」とはなんぞや?

大室:近頃は、健康経営系のイベントに行くと必ず経産省の方がいらっしゃるんですけれども。ちょっと議論のべース合わせるために、まず健康経営とは何かというのを、公式見解的なイメージでお話しいただいてよろしいですか?

岡崎:健康経営というのはシンプルに言うと、雇い主の企業が、社員さんの健康に投資をすることで社員さんが健康になる。そうすると企業の生産性が上がって、その企業にとっても、社員さんにとってもハッピーでウィン・ウィンだ。そういうコンセプトのものです。

大室:健康経営というのは、たぶん経営者の方も社員の方も、誰も反対しない、いわゆる総論賛成の分野なんですよね。理念的には非常にいい話だなと思う一方で、もともとはすごく意識の高い会社が健康経営と言い出して、次に意識の中ぐらいの会社の役員さんが、「何か健康経営って最近流行っているらしいよ。うちでもなにか健康経営をやれ」となっていった。

「なにかやれ」となったとき、「なにかやれ」って人事におりてくるわけですよ。そうすると、なにをやんなきゃいけないのかなって思って、いろいろ調べて。経産省は表彰制度を設けてますよね。そうすると、まずKPIはそこに行くんですけれども。それについてどう思いますか?

岡崎:「健康経営銘柄」という各業種原則一社しか選ばないというものと「健康経営優良法人」という、銘柄ではないけどすごくがんばっている企業を応援する認定をしていて。まずはそういうのを目指していただく企業さんもあるというところですね。

技術論に陥りがちな、日本の健康経営

大室:日本の会社は、独自性を持って「自分の会社はこういった健康管理をしている」というのをフリースタイルでやるのは、あんまり得意としていない会社が多いと思います。なので何か基準に照らし合わせていこうと。

これはある意味、全体の底上げとしては、非常にいい部分もあるんですけれども。その一方で、最近いろんな会社でよく聞くのは、銘柄は無理だから優良法人を取りたいというんですね。どうやら入り口にアルコールがないとダメらしいから、入り口でアルコールの写真をパシャパシャ撮って、それを送るわけですね。

そういった、当初思っていた健康経営というよりは、なんかこう技術論みたいな。「入り口にアルコールを置いときゃいいんだろ」みたいな話にだんだんなってきている、というところがあるんですけど。これは当事者側、いわゆる制度側から見てどうですか? 

岡崎:そうですね。いろんな認定の時に、調査票みたいのを書いてもらうんですけど。制度作った最初の問題意識は、健康みたいなものに、昔から人事部や健康組合の人はすごく関心が高かった。

一方で、予算を増やそうと思うと、経営層のコミットが必要だと。そこをどうやって得ていくかというので、実際に今、健康経営優良法人などの認定のために、経営層の中でちゃんとこういう健康に投資することにコミットしてもらうという項目を調査票に入れたりしていて。ファーストステップとしては、そういうチェック項目は大事だったのかな、というところですね。

大室:まずはみなさんに浸透してもらうためには、わかりやすいところから始めると。こうやって健康経営を、1つの「種目」と言っちゃあれですけど、そういった概念があって、そこにはこういった項目があるんだよということをわからせる意味では意義があった。その次のステップとしては、今度は経営者の方にコミットしていただくということですね。

BtoBでつまづきやすいポイントは、大法人が持つ2つの財布

大室:会社における健康管理というところで言うと、実はこれって2軸あるんですね。1つは会社の社長や人事からやるということ。会社でやる健康管理です。もう1個は、健保組合。例えば特定保健指導とか特定健診をやってます。

とくに大企業の場合は自社健保ですから、健保組合の理事長とかも、自社の人事部長だった方が天下りされてたりするわけですよね。自社の社員から集めたお金を自社で運用している。だからある意味、もう一つのお財布があるようなものです。

この健保組合というものに対しては、厚労省は特定保健指導ということをやってました。本来はどこまでやるべきだって話です。経産省的には、そのあたりの健保組合に関しては、厚労省マターだから触れないという話はあるんですか?

岡崎:厚労省がやっているのは健保組合向けのデータヘルスなんですね。じゃあ、企業向けってなんだというので健康経営があって。健康経営とデータヘルスというのは、車の両輪みたいなイメージかなと思ってますね。

大室:BtoB、いわゆる法人向けにビジネスをやりたいという方が最初につまずくポイントとしては、大きな法人は財布が2つあるんですね。

健保組合の予算でやってもらうほうがいいのか、会社の人事などで負ってるほうがいいのかということです。大きく分けて、予防医学にかけられる予算が2つあるので、このビジネスにどっちの予算が向いているかでつまずきがちなんですね。

健康経営というのは、昔だったら人事部とか総務部マターだった健康管理が、経営というところにコミットしてもらうのは、非常に価値がある分野だと思うと。一方でコラボヘルスと言いまして、やっぱり健保を巻き込んでやってくるということが多いんです。

とくに今回来られてる方は、この分野で例えばビジネスなんかを考えている方が多いと思うんですけど。実はもう1軸、健保組合というものがあるというのを、ご理解に入れていただければといいと思います。

「脱法ドラッグの後追い規制」的なやり方では間に合わない

大室:ちなみに、今ヘルスケア産業課では健康経営ってことで、そういう認知がされてきました。たぶんアーリーアアダプターではなくて、そんなに大きな会社じゃなくても、最近はけっこう小さな会社でも取り入れたいという人が非常に増えました。経産省としての次なる野望というか、次はどのへんに持っていきたいというのはあるんですか?

岡崎:調査をやっていて、今年は1,800社に回答してもらったんですね。昨年からすると1.5倍で、昨年も2年前から考えると1.5倍。かなり増えてきていますね。これからはもちろん、この健康経営を進めていきたいと思うんですけれども。そのときには、国がこうやってしっかりと認定するだけじゃなくて、企業が自発的に健康経営をやって、より普及させていくのが大事だなと思います。

そのときには健康経営をやったことに対する魅力をもっと上げないといけない。最近だと、資本市場で評価されたいために、健康経営がどれくらい価値があるかの分析を始めたところですね。

大室:これは健康経営だけではなく、安全衛生とかの分野でも、例えば脱法ドラッグってありますよね。脱法ドラッグって要するに、今まであった化学物質をちょっと変化させたものです。だけど、それは法律で規定されてないから脱法なんです。限りなく違法に近いもので、化学式をちょっと変化させたものを脱法ドラッグと言いましたけれども、実はいろいろな健康被害がわかっている。発がん性物質とか、いろんなものがあるわけですよね。

そういったものに対して、規制を1個1個やっていくと、必ず規制が遅れてしまう。ですので、やっぱり自発的に安全衛生をやってかないといけないと。そのように世の中の流れが変わってきている。健康経営なんかもそういったように、次の流れはたぶんチェック項目ではなくて、自発的な流れを作っていくと。そういったことが今現在行われています。

それが世の中の問題意識となっているということで、今回は健康経営の話をここで一旦切りたいと思います。

腰痛を防ぎ、労働生産性を向上させる「ポケットセラピスト」

大室:次は、今日のご登壇者を紹介したいと思います。

まずは、バックテックの福谷さん。バックテックのバックは、背中のバックです。福谷さんは、理学療法士が元々のバックグラウンドでありまして、その理学療法士のときの経験を、今現在は社員の生産性向上に生かして、腰痛対策アプリ「ポケットセラピスト」というものを作っているそうです。

これは現在、健康経営銘柄を取得しているコニカミノルタさんなどの大手企業を中心に、いろんな会社で利用していただいて、慢性腰痛、労働上の生産性向上などをめざしているということです。福谷さん、お願いします。

福谷直人氏(以下、福谷):はい。よろしくお願いいたします。みなさん、こんにちは。バックテックの福谷と申します。

慢性的な痛み・肩こり腰痛が生産性を下げるということがわかっていて、我々はそこの遠隔の相談事業をやっております。さっそく、デモに移ります。

(スライドを指して)まず、社員さん一人ひとりに、専属の医療職として理学療法士や一部医師もおりますが、担当がつくようになっております。円滑なラポール形成のために、音声での自己紹介もついております。

次に、自分の正しい健康状態を知ってもらわなきゃいけないということで、タイプチェックというのをしていただきます。これらの質問は基本的には国際ガイドラインに基づいてアプリケーションを開発しています。

この1ページにあるのは、レッドフラッグサインといわれる、医療のリスクがあるんじゃないかという人を早期発見できるような質問です。ここにチェックが入ったら、ちょっとリスクあるよねという質問が、1ページ目になってます。

次に2ページ目。腰痛のタイプチェックですが、痛みの原因として、職場の人間関係のストレス要因がかなり関わってくることがわかっています。ここで5問中4問該当すると、かなり治りにくい痛みだということが国際的にわかっています。そのリスクもここでチェックしています。ここに該当するかどうかでアプローチはかなり変わりますね。

痛みの先にある課題から作る目標設定

福谷:あとは「どんな時に痛み感じますか?」と。これをやることで、遠隔でサポートしてくれるセラピストに自分の状態を正確に伝えられる機能があります。最後に、決定木分析という手法を用いていて、「こういうときどうですか?」って質問に選択肢で答えてもらうんですね。10問あります。

これは例えば、Aタイプの痛みに対してはこういうことがよいけれども、Bタイプに対して同じことをすると悪化することがありますと。こういったアルゴリズムを利用して、正しい自分の状態を伝えることをやってます。自分でも認知するってことですね。

そうすると、こういったフィードバック画面がユーザーに出てきて、この時点で担当のセラピストにはカルテみたいな健康情報が全部できております。

(スライドを指して)ここはホーム画面なんですが、チャットで簡単に相談できるようになってるんですね。では、ちょっと相談してみます。例えば、週末家族と遠出するのは、腰が痛くてちょっとおっくうだと。例えば、長距離の運転とか大変なんだけど、どうすればいいですか? ということを相談したとします。

そうすると担当のセラピストが目標を作ってくれます。これは認知行動療法というアプローチの1つの種類なんですが、痛みの先にある共通の課題で目標設定をして、家族と遠出して多く思い出を作れるようになりましょうと、長期的なゴールを置いています。そのためにはステップ1として、こういったことをやっていきましょうということを日常のフォローとしてさせていただいてます。

感情とリンクする「痛み」の記録

福谷:実際の日々の運用に関しては、こちらのログ画面があります。右下のボタンをタップすると痛みの程度が記録できるようになっています。ゼロがまったく痛くない、右端の10が限界くらい痛いというところですね。

痛みの程度を記録し、それがどんなときだったかも記録します。座り仕事中ですよとか、いろんな運動してましたとかですね。様々なきっかけがあります。

あと、感情と痛みというのは本当に強くリンクします。「不安」「落ち込む」とかいろんなものをつけていただきます。だいたい7割くらいの方が「不安」「落ち込む」をつけられます。

あとは睡眠ですね。これは生産性にも関わります。痛みの程度によって変わってきます。あとは今日何をやったか、ステップ1をやりましたよとか。あとは例えば薬のアドヒアランスとかも取れるようになっています。

「Mets」という消費カロリーみたいなものがあって、活動量と痛みの関係や、あとfitbitとかも連携できるようになっているので、例えば実際の歩数と痛みの関係とか、あとつけたログを自分でも認知ができます。そして医療職の人が見てコメントしてくれる。そういったものもやっております。

とくに慢性的な痛みを持っている方々が、我々は得意です。今日のこのプレゼン中も、たぶん1人2人はこういうことができるようになったという方も増えているんじゃないかなと思ってます。以上でデモを終わります。ありがとうございました。

大室:ありがとうございます。

(会場拍手)

大室:福谷さん、ありがとうございました。これはBtoB向けということですけど、腰痛で困っている方だとBtoCもいけそうです。これはまだBtoBだけですか?

福谷:ありがとうございます。今BtoBだけですが、弊社株主にJR東日本さまがいますので、今そこでC向けを一緒に始めていこうという計画をしています。

大室:なるほど。ありがとうございます。じゃあ、またのちほど。