「お前のせいだ」が信頼関係を終わらせる
波乱万丈の箱根本箱を支えた信念

箱根本箱のゆくえ。そして、これからの場づくりで考えること。-岩佐十良×海法圭×染谷拓郎- #7/7

2019年1月17日、文禄堂高円寺店にて、「箱根本箱のゆくえ。そして、これからの場づくりで考えること。-岩佐十良×海法圭×染谷拓郎-」が開催されました。書店とホテルが融合した施設、『箱根本箱』。 蔵書数は1万2,000冊で、基本的にすべての本が買えることが特徴です。今回は、 箱根本箱のクリエイティブディレクター岩佐氏、 設計を担当した海法圭氏、ブックディレクションを担当したYOURS BOOK STOREの染谷氏が登壇。箱根本箱のこれまでとこれから、企画の立て方などについて語りました。本パートでは、会場参加者から寄せられた質問に答えました。

「お前のせいだ」と言うと、信頼関係は終わってしまう

染谷拓郎氏(以下、染谷):それではそろそろ、今日来ていただいているみなさんにも、いくつか質問をいただけたらと思います。お二人や今日のこの場に質問がある方、いらっしゃいませんでしょうか? はい、どうぞ。

質問者1:1つ目は、工事の期間が長くて、1年くらいあるじゃないですか。そのときに、この人に任せて大丈夫なのかなとか、決済が下りなくて本当に話が進むんだろうかとか、そういう気持ちがあるのかなと。そこでお互いの信頼関係はどうやったら続いていくのかなって。

2つ目は、箱根本箱の建物(日本出版販売株式会社の保養所)はすごく壊しにくかった、というのがあると思うんですけれど、なぜそこを選んだのかなというのがあります。

染谷:1つ目の信頼関係については「プロジェクトをとにかく早く進めたい」というのは、関係者は誰もがそれぞれの立場で、それぞれの目線で思っていたことです。もちろん僕も、とにかくどんどん進めたいなと思っていました。

ただ、それがいろいろな外的要因で進まなくなったときに、たとえば岩佐さんが何かあったらからプロジェクトが遅れたとか、海法さんが何かあったから遅れたとかじゃなくて、いろいろな外的要因が複雑に絡み合って遅れていると。あるいは止まっちゃう。

あとは、日販の社内で進められていない部分があって、止まっちゃったということもあったので、一概に「お前のせいだ!」とはならない状況にあったんですよね。

「お前のせいだ」と言っちゃうと、終わっちゃうじゃないですか。私たちとしては、岩佐さんと海法さんにお願いしてお任せして、どんどん進めていって、僕らも「できることは全部やります」と言っているので。それがどこかで信じられなくなっちゃうと、急に空気も悪くなるし、プロジェクトがストンと終わっちゃうので。

腹の中でどう思ってるかとかは、そのときはいろいろありましたけど、それは置いといて、とにかく事業を進めていくパートナーとして、一緒にがんばっていきましょう、というところでやらないといけない。そこはもう、やるしかないというモードに、自分をモーションさせているところはあったと思います。

岩佐さんとしては、日販のスピードの遅さはどう思いましたか? これは言いづらい部分もあるかもしれませんが。

根底にあるのは「どうやって共にやっていくか」

岩佐十良氏(以下、岩佐):言いづらくはないけど。むしろ、日販はよくうちに任せたと思いますよ。

染谷:それはそうかもしれませんね。

岩佐:日販という巨大流通企業ですよ。それがうちみたいな小さな会社によく任せたなと。もう1つ、日販がすごいなと思ったのは、これは決まる前も後も、決定には時間かかりましたけれども、その決定の前後で、計画に対する大幅な茶々入れがほどんどないんですよ。もちろん最初に若干はありますけど。

大きな会社ですから、いろいろな人のいろいろな意見があって、たぶん役員会とかでも相当な議論がされているのは、だいたい想像がつくわけですよ。それでも、僕が立てた基本的なプランに対して、ほぼほぼ修正はない。時間はかかったけれども。

その後、進み始めてからも「あれやってほしい」「これやってほしい」「こんなことをしてほしい」「こんなのなかったら絶対まずい」というのもない。運営上やプランニング上の話まで、全部任せてもらってるんですね。

そのパートナー関係が極めてよい状態にあって。これが「これを、あれを」とやってると、しっちゃかめっちゃかになる。だいたい、その手のやつでできあがったものは「なんだこれ?」ということになってしまって。

これは出版の取次会社だからこその特性でしょうね。雑誌の仕入れでも「出版社のやろうとしていることをどうやって支援するか」「どうやって共にやっていくか」という考え方が日販の根底にはあるので、一般的な効率やコストばかりを考える流通業とはちょっと違う感じがしますね。

よくわからないものは批判しにくい

質問者2:染谷さんはサラリーマンですよね。(海法さんと岩佐さんの)お二方はサラリーマンじゃないと思うんですけれど、現場の論理と経営の論理は違いますよね。今言われていたのは、会社としてでしょうか? チームとしてのお話でしょうか?

染谷:私を含めてこのメンバー3人のプロジェクトチームで、正社員を含めて5人でやっていて、僕らで受け止めるんです。上の人たちを通すときには、見え方を変える。「こっちから覗くとこうですよね」とか。なにか言われてもいなす。

そこの真ん中にいながら、もちろん会社として上席のみなさんに意見いただいて、調整いただいてというところはあるので、そこはまさに見え方を変える。

言語を変えつつ、うまく通していくところが、すごく時間がかかりましたし、すごく苦労しました。なにかこうダイナミズムというか。「現場で起きてるんじゃないんだ」みたいなね。事件は会議室で起きている(笑)。

(会場笑)

質問者2:最終的に本箱ができあがって、上席の方々が見たときに「よかったね」ってならないと思うんですよ。なったんでしょうか?

染谷:そこはもちろん「こうしたほうがいいよ」といったアドバイスは言ってくださいますけど、茶々入れみたいな感じにはならなかった印象があります。

質問者2:偉い方は最終的に、売り上げや商売として成り立っているかを重視するんじゃないかと思うんです。

染谷:収支で言っても、今はたくさん予約が入っていますけれど、いろいろ投資がかかっていたりして、まだまだ収支で見ると安定しない中で、ムードみたいなところが変わってきたのはなんとなく感じます。今、会社的にそういうふうになっていて。

事業性で見たときに、紙面や数字だけで見るところはもちろんある。でも、飛びぬけすぎというか、人はわからないものになると「とりあえず、よかったじゃん」という印象になる気がするんですよ。

だから、僕のキャラクターも含めて、ある意味はずれ過ぎちゃっているのがよかったのかも。

信頼関係があるからこそ本気でやる

岩佐:この中で出版業界の部決(部数決定)を知っている人って、どれくらいいますか? 

(会場挙手)

けっこういますね。部数って、出版社が取次の仕入れ担当者に掛け合って決めるんですが、出版社側は「今回の特集はこんなところに力を入れたので、多めに書店に並べたいんです」とか言うと、仕入れ担当者は「なるほど、そういう特集は東京や大阪のビジネス街で売れる傾向があるから、そういうところを厚くしましょうか」とか、そういうやりとりを多角的にしているんです。

要はね、日販さんにしてもトーハンさんにしても、出版社の言うことをまず聞くじゃないですか。そしてそんなに言うんだったら(部数を)取ろうか、みたいなところがあるじゃないですか。

今回のプロジェクトをやって、僕は、日販という会社の中に商品に対する信頼度というものはあるんだなと思いました。一般的な流通業って「売れるの? 売れないの?」という話になりますよね。「儲かるの? 儲からないの?」という。

もちろん、取次も適正仕入れや返品などの話があります。ただ、基本的に作り手が「よい商品だ」と言っているんだったら、それを取って撒いてみて、やってみようという感覚だったんだろうなと、僕は思ってるんですね。

染谷:箱根本箱の事業に対してね。

岩佐:そう、事業に対してね。いろいろな会社と比較して考えたときに、日販ってそういう会社なんだなって僕は感じてるんですよね。

だって、染谷さんが何億の投資をすべて決められるわけじゃなく、担当の役員の方がいらっしゃるわけで。僕はその役員の方にも何回も会ってるんですけれども、「あれやれ」「これやれ」とか「こうしてくれなきゃ絶対困る」という話は、一切聞いてないんですよ。

社長ともお会いしてますけど、社長からも「日販としてはこうしてくれないと困る」ということは全然言われない。それって、僕ら作り手からすると逆に「本気かけないといけないね」となるんですよ。

なぜならば、日販って大きな会社だし、役員が相当な数いるわけ。これでもし本箱が失敗して、担当の役員の首が飛んじゃったりしたらやばいよね、とか。本当にそういう話は、うちの支配人の窪田や、企画担当の吉澤などとも話してて。

失敗したときに、僕らも無傷じゃないけれども、担当役員は飛んじゃうかもしれないし、社長が変わっちゃうかもしれないし、染谷さんの首が飛んじゃうかもしれないんだから。飛ばないけど、たとえば物流センターに異動して伝票整理とかしているかもしれない。

だったら本気でやんなきゃいけないよね、という話にはなるんですよね。そこは部決の信頼関係のようなものがありますよね。

人と本が出会う場所を作っていきたい

質問者2:細かい質問になって申し訳ないです。取次でいうとトーハンもありますよね。お三方は、トーハン(の動き)についてはどのくらい知っているんですか?

岩佐:ノーコメントですね。

(会場笑)

岩佐:トーハンさんがどう考えているかわからないけれども、これを機にきっと何か考えていますよね。

染谷:僕はトーハンさんに知り合いもいないし、あんまり大きな声では言えないですけれど。業界全体で見たら、もちろんライバルですけど、僕が今やっている仕事の範囲だと領域がまったく違うといいますか。

岩佐:これでトーハンもマネして、また違うものができあがって、書籍流通とメディア流通の新しい形みたいなものができたら、これはこれで楽しいわけでしょ。

染谷:トーハンさんが商売敵になって「小田原本棚」みたいな(笑)。

(会場笑)

岩佐:え! 熱海に!? みたいな。

染谷:なんか聞いたことあるようなところだなって(笑)。

岩佐:もちろん、まるっきりコピーしたら、トーハンさんはトーハンさんで「トーハン、ダサ」って言われるよね。トーハンさんは、またちゃんと考えて違うことをされるでしょうから。あともう1個(質問が)あったんでしたっけ?

染谷:そうなんです。壊すことが大変なのはわかっているのに、なぜそれを選んだのか、というと本当に単純で、日販の保養所をそもそもなんとかしなきゃいけなかった、という理由があったからなんですよね。

もともと保養施設として持っていて、社内の利用の活動も下がっていて。保有していて、どんどん費用がかかってしまう中で、何かしなきゃいけない、というのがまず発端にある。

それと僕らの部署の「人と本が出会う場を作っていきたい」というのがマッチして、岩佐さんと出会ってというところから始まっているので、そこが舞台になるのはいろいろ大変だけど、必然みたいなところがあって。

大変だったからなにか違う場所にしますとか、箱根のもっとよい場所にします、といった選択肢はないところからまずスタートしています。では、もう何名か質問を。

リピーターになってもらうための施策

質問者3:保養所を1996年に建てられたということですが、出版業界の売り上げが3兆円弱あったピークの時期だったので、建てられたと思います。箱根本箱としては、今後まだリピーターのことを考えないといけないですよね。それはどういう方法を考えていますか?

染谷:繰り返しお泊りいただくためにどういう施策を打っていくか、というご質問ですか?

質問者3:そうですね。1回行って、次にリピーターが来るのかなという。1泊で1人30,000円くらいですよね。露天風呂付きということですが、リピーターになってもうらために、仕掛けがまだいるんじゃないかなと思うんですよ。

染谷:たぶん、宿泊目線と本目線があって。本目線でいうと12,000冊あって、本が少しずつ入れ替わっているんですね。販売するのに、Aが売れたからAを補充するんじゃなくて、Aが売れたからBを補充するというふうに。

だんだんカラーが変わっていくので、何度行っても「ここにこんな本があった」という発見があるという意味では、いつ行っても新しいようにしてあると思います。それが本目線です。宿泊目線でいうと、自遊人さんが経営している里山十帖はリピーターがものすごく多くて繁盛しています。

岩佐:実は箱根本箱もリピーターがすごく多いんですよ。

質問者3:リピーターがいないと維持できないですもんね。

岩佐:僕らが想像していた以上に、リピーターさんがすごく多いんですね。まだ開業数ヶ月なのに。それは戦略的な仕掛けもいろいろあるんですが、ひとつ言うならば、リピーターさんはいろいろな新しい出会いを求めてお越しいただいているので、そこに対して僕らもアプローチをしています。

染谷さんもおっしゃっているように、また来たら新しい本が入っているとかね。あともう1つは30,000円という金額に対しては、まぁ30,000円は高いと思っていないですね。全然高いと思ってない。僕らも思っていないし、お客さんも思っていない方が来ていただいている。いわゆる富裕層とかじゃなくて、心の富裕層。

世界基準から見た日本の宿泊産業は安すぎる

岩佐:日本の宿泊産業って世界基準から見たらすごく安いんですよ。日本人は10,000円、15,000円の宿泊施設が一般的だと思っていますが、15,000円くらいの温泉旅館はいまや全滅の様相ですから。15,000円の宿泊単価では、1泊2食で提供して成り立たせることが不可能な状態なんですね。

実際、ルームチャージのレートなどを世界基準で考えた場合に、うちのランクはラグジュアリーまではいかないですけれども、実はうちの本箱ってけっこう投資金額はかかっていて。

躯体(鉄筋コンクリート)そのままだから、「コストがあまりかかってないのね」とか「お金なかったの?」とよく言われるんですけれど、実はちゃんとお金がかかっています。

あそこにクロスを貼るのは簡単で、ボードを貼って、クロスを貼るんだったら、ぜんぜん安く済む。無垢のフローリングを、合板の表面3ミリだけ無垢のフローリングにすれば、絶対にお客さんはわからない。フローリングを合板にすれば、壁を貼るのはなんてことはないんですよ。

あえて壁を貼らなかったりしてるけど、そこは素材感を出したかったからなんですね。そういうことがわかるお客さんが次々とリピーターになっている、という状況でしょうか。

実際にお客さんからは「30,000円はかなりコストパフォーマンスが高い」という話をかなりいただいています。空間と居心地はもちろんだけど、食事だけでも15,000円くらいの価値はあるよねという。

質問者3:箱根本箱はオペレーションは自遊人さんがやっていて、場所自体は日販さんが持っているということですよね。食事をするところも全部管理しているんですか?

岩佐:そうですね。これちょっと複雑になっていまして、運営・経営は日販さんの子会社がやっているんですけど、実際にはノウハウや社員など、全部うちの人間が行っています。料理を作っているのもうちのシェフですし。

新しい出会いがある場所と、自分の中で何かが見つかる場所

質問者3:星野リゾートみたいな感じですよね?

岩佐:星野リゾートともちょっと違う。

質問者3:場所は持たずに、オペレーションだけやっているという。

岩佐:似ているといえば似ているんですけれど、うちの場合は若干複雑な契約形態になってまして。そこはなんとも言えないところがあります。ただ、日本の宿泊の単価は、これから間違いなく上がっていくことが予想されるので、将来単価でいうと、30,000円という金額に関しては、それほど高くないです。

質問者3:リピートする要素として、新しい出会いもあると思います。他のお客さんとたまたまそこで話が合ったという、そういう出会いなどはないんですね?

岩佐:里山十帖は、そういうソーシャルな感じがあります。大津(商店街HOTEL 講 大津百町)もそういうものがありますね。ここ(箱根本箱)はどちらかというと、自分の中で何かを見つけるという感じですね。

染谷:すみません。手を挙げていただいた方もいるんですけど、そろそろお時間がきてしまいまして、ここで終わりたいと思います。最後に岩佐さん、海法さんから、これからのことを一言いただいて。

岩佐:箱根本箱にぜひお越しください(笑)。

(会場笑)

染谷:海法さんは?

海法圭氏(以下、海法):事業を始めてみようと思います。

染谷:それは楽しみですね。

(会場拍手)

本日は長くなりまして、延長戦も含めて、ありがとうございました。これでイベントは終わりたいと思います。何か個人的に質問があれば、終わったあと少しの時間でしたら受けられますので、ぜひ。ということで、長い時間ありがとうございました。

岩佐:どうも、ありがとうございました。

(会場拍手)

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