縮小経済の中で経営を成り立たせる難しさ

染谷拓郎氏(以下、染谷):先ほどの場づくりの話で、作って終わりじゃなく、岩佐さんがその事業性を見られているというところで、質問があります。

経営者・プロデューサー・クリエイターとしての目線のお話がありましたが、それが場づくりにつながってくると思うんです。どういう目線で、どこを大事にされているのかをお聞きしたいと思います。

海法さんには、建築の立場で、作ってからクライアントさんに渡して終わりという領域があると思います。それに対して永続性やつないでいくところを作られているときに、どのへんを意識されているか。どういう立場があるかなどをおうかがいしてみたいなと思います。

岩佐十良氏(以下、岩佐):まず、僕はクリエイティブの世界にいて、編集者をしたり、写真を撮ったり、デザインをしたりといろいろしている中で、その前に経営者でもあるんですね。

なぜなら、会社の経営が成り立たなければ、仕事にならないからですね。経営が成り立たなかったら生活ができない。実は、僕は経営ってすごく重要なことだと思っていて。経営って、そんなに簡単じゃないと思っているんです。

特にこのデフレ経済の中で経営をするって、実はけっこう難しい。インフレ経済の拡大経済の中で商売をするのは、さほど難しくないんです。なんでも拡大していくから。でも、縮小経済の中で経営を成り立たせるのは、実は意外と大変。

しかも、弱肉強食の世界がすごく明確になっているから。強い会社と弱い会社、儲かる富の集中とそうじゃないところとの落差が、めちゃめちゃ激しくなる。

経営的な話になると、間違えて捉えられているのが、経営層と労働者の格差が開いているという話がけっこうあるじゃないですか。でも、これは大きな間違いです。一部の大資本を持ったオーナー層と、そうじゃないところの差が開いている、と見るのが正解であって。

つまり、大資本を的確なところに投下することで得られる富は、巨額の富になるんだけど、そうじゃないところの経営層は今きわめて厳しい。特にデフレ常態化で難しい、ということがある。

クリエイティブと経営を分けてはいけない理由

岩佐:でも、そこに小資本でも何か新しいものを作らないと広がらない、という話になるわけで、それをやるためには全部一体じゃないとできないんですよ。なぜならば、会社を経営するのは、本当にギリギリの数字のところで抜けていかないと成り立たない。

なおかつ、それをやるためには、自分でプロデュースするなり、クリエイティブをやらないと、実際には抜けていけないので、クリエイティブと経営を分けてはいけないというところですよね。

特に言うならば、今、社会に閉塞感がある中で、何か突破口となる新しい夢をつくっていくことが、クリエイティブの社会において最も重要なこと。つまり、デザインやアートもそうだし、建築もそうだけれども、人の気持ちを暗く沈ませるためにやるわけではなく、基本的には新しい何かワクワクするような発見や提案をするためにある。

まぁ、そうじゃないアートとかもあるけれども。基本的にはそうであるとするならば、今、日本で一番重要なのは、社会構造に対していかに新しいものを提案するかというのが、クリエイティブワークの中で一番重要なキーになる。

今まで言われていた表面的なデザインや、プロダクトデザインとしてこれはどうなのかとか、「外側の建築としてカッコいいね」とか、「内装デザインがいいね」ということは、はっきり言っちゃうとどうでもいい。どうでもいいと言っちゃうと、日本中のデザイナーから怒られちゃうけど。まずいね。どうでもよくないです。

(会場笑)

表面的なデザインなどは、2番目に重要なこと。それよりも考えなければならないことがあって、それをいかにして形として表すかが重要で。カッコいいとかいう基準も、ちょっと社会の形から変わってきているんですね。

ところが今もまだ、デザイナーや建築家などのいわゆるクリエイティブの最先端にいる人のほとんどが、やっぱり自分の作品性や、自分がどんな形を作りたいのか、というような話をするわけでしょ。

そこにもってきちゃうと独りよがりになって、新しいものが提案できなくなっちゃうので、そこはすごく重要視しなきゃいけない。海法くんにはそういうことをよく言っていて。

クリエイティブの世界の人も実業を体験すべき時代

海法圭氏(以下、海法):いやぁ、でも岩佐さんのおっしゃる通りで、まぁそういう人たちはたくさんいるので。建築家やデザイナーは、みなさんそれぞれで、一緒くたにできないということがまず前提にありますが、ただ、僕の知っている限りで、がんばっている人たちの間では、見た目だけのものを生み出そうとする時代は、もう終わっていて。

例えば、人がどのように心地よく過ごせるかとか、人や自然環境と共にあるデザインがどのようなものかとかが重要です。それって、モノとして設計する対象が広がっていて、より難しくなってきますよね。

ただただ見た目をかっこよくするという話じゃなくなる。もっと人が新しい価値観を見つけ出したり、新しいライフスタイルを発見できるような場所とか、そういうものを作りたいと思ってやっているつもりなんですけどね。伝わってるかな?

(会場笑)

岩佐:だから、なぜ海法くんと一緒に仕事をしてるかというと、そういうことをわかってくれる建築家と仕事をしないと、「自分の、自分の、自分の」という、「作品性、作品性、作品性」ということで、予算が爆発する話になりかねないんですよ。予算が爆発すると、すごく立派なものはできあがるかもしれないけど、事業として収支が成り立たない。経営として成り立たなかったら、やっぱり僕は意味がないと思う。

そこはやっぱり経営として成り立つことが重要。事業収支が成り立つものでなければならないし、それを建築家やクリエイティブの人間は考えなければいけないしね。海法くんは、そういうところが上手にできていると思う。

あと僕がよく言うのは、「これからの建築家は自分でカフェぐらいやらないとダメだと思うよ」ということ。もう自分で設計して建ててみてさ。建築家が自宅を建てるというのは、みなさんがやっていて。自分が住んだらどうなのというところをちゃんと考えて、建ててみたら、超使いにくかったということも含めてね。

コストと使い勝手とデザインみたいなことを考えて、自宅を作ろうということは、みなさんもけっこうやっている。でも、商業建築をやる人は、カフェぐらいやらないと、たぶんもうダメだと思うよね。

建築家やデザイナーと言われている人や、クリエイティブの世界にいる人は、実業もやってみないとダメな時代じゃないかな、という気はするんですよね。立場的に何かわかるようなことで、実体験することが必要。

建築家は新しい生き方や暮らし方をかたちにできる仕事

海法:実際、そういうケースは増えています。いろいろな分析の仕方があって。例えば、そもそも今は建築の仕事が減ってきている中で、他のことを横断的にやってみようといって事業を始めてみる。切実さから生まれているので、その人の生活に根ざした事業であることが伝わってきて、おもしろいなと思いますね。

もしくは、建築家は「こういう場所がほしいんだけどないんだよなぁ」という点を敏感に感じとれる職種なので、「だったらもう自分で作っちゃえ」という感覚で、新しい生き方や暮らし方ができる場所がほしいから始めちゃったというような。今はそういう流れが起きています。

岩佐:そういう若者って今けっこういて。今の若い建築家があと10年経ったら、日本の建築業界は、きっと大きく変わるよね。

海法:そうですね。そこでどのくらい大きな事業をやるのか、という規模の話はありますよね。大きな事業をやるときは、やっぱり事業家とそれ以外のさまざまな専門性を持ったチーム一丸となってやるイメージがあります。僕は岩佐さんみたいに、大きい事業をボーンと立ち上げる方と、専門性を持ったチームの一員として望む、というイメージでいましたね。

岩佐:大きくない、大きくない! 大きくないですよ。僕がやってる事業なんて、たかだか10数室のやつばかりですからね。普通、ホテル業でビジネスと言ったら、世界基準でいうと最低でも150室とかですから。500室とかも普通。スモールラグジュアリーで、世界基準は60室ですからね。スモールで60ですから。

儲かるホテル事業って、そういうスケール。僕らのやっていることなんて、小さな小さな事業ですよ。

海法:じゃあ、ちょっとカットしておいてもらって。

(会場笑)

落合陽一氏が提唱する「高速企業と低速企業」という考え方

岩佐:規模によりけりだけれど、若い建築家が積極的にやっているし、自分で借金してちゃんとやっているから。たぶん、これからの日本の建築業界の提案性って、10年経ったらすごくおもしろくなるんじゃないかな、って僕は見ていますね。

海法:そういった方たちが今後、事業を拡大していくのか。地域で小さな経済として回るぐらいのものを求めて、そういうことをやっていくのか、どちらなのかという点で流れが変わっていくのかなって。

岩佐:なるほど。

海法:そこは注意して見ていきたいというか。

染谷:基本は後者というか、地場のというか。事業を育ててそれを売却して、というような話ではないんでしょうね。 

海法:基本はやっている人の価値観による判断でしょうね。

岩佐:僕らの商売は、小さすぎて売却できないですよ。箱根本箱だって、里山十帖だって、誰も買わないじゃん。

(会場笑)

染谷:今の建築業界の話を置き換えて考えてみるとどうなのかな? と思いながら、実は聞いていて。いわゆる建築業界の方って、アカデミズムで自分の作品性があって、お施主さんがきちんと資金を出してくれていた上で、成り立つビジネスだったとして、サラリーマン・会社員もわりとそういうところがあるんじゃないかな。

小さいビジネスでもいいから、自分発案でできる小舟みたいな流れが、もちろんあるにはあるけど、大多数の人はそんなことはできていない。建築家の間でそういう動きができているのに、いわゆる会社員のような領域の中で、そうできない流れになってしまっているのを、どう変えていったらいいのかな。

『自遊人』は、どんどん変えていくじゃないですか。その時に合わせてとか、半歩先や一歩先を見ながら、ぐんぐん進んでいる感じがあって。この間、落合陽一さんが「大企業と中小企業っていう分け方をするからダサいんだ」と言っていて。「高速企業と低速企業って分け方をすればいいんだ」と言っていました。

それですごくハッとして。低速な業界と言ったら怒られるかもしれないけれど、その中でいろいろな小舟を出そうとすると、いろいろなしがらみがある。なんか人生相談みたいになっちゃいますけど、これってどうしたらいいのかなって。

小さな高速船でも大きな船を助けることができる

岩佐:日販さんは、それなりに低速企業だったわけですけど、高速性を出そうとしてきたわけですよね。

染谷:出そうとしてきました。ただ、高速性を出そうとしても、その小舟が大きな船を救えるほどのビジネスになっているのかと言われると、そうでもない。これを100個とか200個作れれば、違うのかもしれないですけど、そうじゃない。そのへんが難しいですね。

岩佐:これはなるんですよ。小さな小舟の高速船は、大きな船を助けるんです。なぜかというと、地方を活性化するという話とまったく一緒なんですよ。だって、地方の人口減少の問題を考えたときに、たとえば南魚沼市の人口は、5万7,000人なんですけれどね。その南魚沼市の人口が減っています、という話で、うちの里山十帖で、なんと新卒採用で来年4人も若者の住民が増えます! みたいなね。

でも、平均すると(南魚沼市の人口は)毎年400人ずつくらい減っているわけですよ。400人が減っている中で、「4人なんて焼け石に水じゃん!」という話になるわけです。その4人の経済効果ってどのくらいあるのっていうと、たいしたことないよ、という話なんですね。

これは結局、どこを見るかという話になって。人によっては「経済効果が薄いから意味がない」という人もいるんですよ。じゃあ、その人たちの持論ではどうするかというと、地方にとって大事なのは経済効果の高いものだから、いまだに「工場を作るのがいいんだ」という人もいるんですよね。

やっぱり、なんだかんだいって、工業団地を誘致して、道路を作るとかね。ホテルを作るにも、経済規模の大きい150室、200室、300室の規模を強引にでも作って、それを回さない限りは、経済効果は生まれないという人もいるんですよ。

社会を変える「風」を作っていく意味

岩佐:これはある意味、正解。でも、しょせん150室のホテルを作ったって、人口5万人や10万人の街を支えられるだけの経済効果があるかといったら、全然ないんですよね。そう考えると、新しいものを作ることによって何が起こるかといったら、風が変わるということなんですよ。

僕らが一番考えなければならないことは「風」ですよ。たとえば、この書籍は何万部出るんですか、とか。「5,000部です」と答えたら、何の意味があるんですか、と言う人がいるわけです。日本人は1憶2,000万人いるんですよと。そのうちの5,000人が読んだところで、意味あるんですかという。

でも、そんなことないんです。読んだ人が良かったという話をしたり。あとは誰に読んでもらうかも重要だったりします。空気を作っていくことが大事であって。

出版やマスコミって、雑誌、書籍もそうだと思うんですけれども、風を作ったり、文化を作ったりすることが重要で、その最初の先端、先陣を切ることが重要なんでしょうね。

広告的な話からいうと、テレビのマスメディアには敵わないよね、新聞には敵わないよね、という話なんだけど、出版はそもそも、風を作ることに意味があるんですよ。

風を作ることによって、社会がどういうふうに変わってきたかを考えると、一目瞭然というか。だから小舟を大きな会社に作ったり、地域に小舟の風を作る、新しい風を作ることってすごく重要で。これによって、なんだかわからないけれど、空気が変わるんですよ。

染谷:ムードというか。

岩佐:ムードが変わる。ムードが変わって、俺も新しい事業をやろうとか、南魚沼市の中で俺もやろうとか、うちもちょっとやってやろう、ということになる。なにか新しい動きをしようとか。新しい宿ができたり、店ができたり。

風を作っていくことによって、本人は「里山十帖には影響されてないよ」、と言うかもしれないけれど、なにか遠巻きに影響があって、知らないうちにいろいろなものがボコボコボコとできあがっていく。

箱根本箱のプロジェクトが日販に与える影響

岩佐:たぶん、これは一般の社会にいる人もそうで、そして日販の社内でも同じことで。俺はあしかり(注:日本出版販売株式会社の保養所で箱根本箱の前身)のことなんて気に入ってないし、箱根本箱のことなんか気に入ってないし、染谷拓郎のことは嫌いだっていう人だとしても!

(会場笑)

岩佐:染谷さんはすごくいい人ですけれどね。染谷さんという人が、日販の中ですごくフィーチャーされるほどに、すごいことなんだけれど、いい人であればあるほど、「俺のほうが本好きだよ」という人がきっといて。

「俺に選書させておけばもっといい選書したよ」とか言う人はきっと出てくる。でも、その人が他でおもしろい事業をしたら、それって結局、なんだかんだ言って、染谷さんに感化されてるわけじゃない?

この風ってすごく重要で。僕はこれは大きな会社や地域、最終的には日本を変えていく、大きな原動力になるはずだと思うんですよね。小舟である箱根本箱の収益で、日販の本体を救えるのかと言ったらそれはない。

箱根本箱が成功したからって、仮に箱根本箱を全国に作っても、書店の業界が変わり、日販の売り上げをそっちに代替できるのかといったら、そんなわけはない。

染谷:そんなわけはないです、はい。

岩佐:本流と本筋は別のところにあるんだけれども、小舟が本流に与える影響は大きいんです。だから、数よりも風の大きさのほうが、すごく重要だと思うんです。

染谷:なるほど。最初にムードを変えて、そこで起きる風が、だんだんこうワワワッと拡大していく感じですね。