本が読まれない時代だからこそ生まれた「楽園」

染谷拓郎氏(以下、染谷):今は「本が読まれない」と言われ続けて久しい状況です。スマートフォンが優勢になって、本の読み方や出会い方がどんどん限定されていく中で、箱根本箱は超逆張りの施設だなと思っていて。

みんなが本を読んでいて、本がすごく売れている状態でここができても、「へえ」みたいな感じだったと思うんですよ。ぜんぜんそうじゃない状態でこれができるから、本を読む人たちや本が好きな人たちにとっては「あ、楽園感がある」という感じで受け入れていただいているんじゃないかなと思っています。

そういった出会い方を作るところがおもしろかったですね。そこが箱根本箱のキモかなと思っていますし、われわれも(重点的に)議論をさせていただいたところかなと思っていますね。選書のジャンルは「衣食住遊休知」。「衣食住」というのは、そのあとに、「遊ぶ・知る・休む」というジャンルがあって、そのテーマで選書をやらせてもらっているんです。

最初、「ポップをつけてやりますか」という話をしたんですよ。岩佐さんとも話して、「これはやり過ぎちゃうと本屋みたいになっちゃうね」ということもあったので、完全に装飾をなしにして、本当に本だけがある状態を作った感じです。

岩佐十良氏(以下、岩佐):実は、これは僕にとってコンセプト上すごく重要なことで。本屋に来たら、 (店内を指して)例えばここに、ジャンル名や作家の名前が書いてあったりするじゃないですか。

自分の欲しい本のジャンルを探して、買うんですよね。これは重要だと思うんですけど、実はこの本箱においては、むしろそれはない方がいいんです。

そもそも本箱のコンセプトは、「駅前の本屋にふらりと入って、書店員の書いたポップを見て思わず手に取ってしまい、前書きを読んだら楽しくて思わずレジに持って行っちゃいました」と。

「それを電車の中で読んだら、思いがけずにおもしろくて、読破してしまって自分の中に新しい世界観が広がりました」。これが本のおもしろい世界であり、本屋でのおもしろい出会いだったんですね。

ところが今は、インターネット検索で自分の興味のあるものがどんどん出てくるんですよ。しかもAmazonで買うと「これもお勧め」というものが、系統立って出てくる。実はこの仕分けも「なにが欲しくてなにを知りたくて」というところでいくわけですよ。

検索ではたどり着けない本との出会い

岩佐:こんなことを言うと日販さんに怒られちゃうんですけれど、今の書店は大型化しているじゃないですか。ありとあらゆるジャンルのものが広い床面積の中に並んでいて、必ずあなたの興味のあるものが見つかりますよ、と。

でも、これは買いに来る前提なんです。新しい出会いを求めて本屋に来るんじゃなくて、お目当ての本が欲しいと思って本屋に来て、探してたどり着くという状況なんですよ。つまり検索と同じ。

だけど検索では、インターネットに勝ち目がないんですよ。(ネットと張り合おうとすれば)もう書店の面積をAmazonみたいに広げていくしかない。そんな中で、今は書店が広くて(目当ての本が)見つからないので、検索の端末が必ずあるじゃないですか。

そもそも本との出会いはそうじゃなくて、ふらっと手に取るのがポイントなんです。この「衣食住遊休知」というテーマは染谷さんが決めてくれたのですが、これが出てきちゃうと「私、衣には興味ないから」「私、食に興味がないから」となって、「衣食住遊休知」のうち自分の興味があるところしか見なくなっちゃうんですね。

だから、たぶん1個作ったら、絶対にその先でお客さんから「もっと細かくジャンル別にしてくれ」と言われるんですよ。「食」だったら、手作りとレストランを別にしてほしいとか。

さらに西洋と日本を別にしてほしいという話まで入ってきてしまうので、これをやっていくと出会いがなくなってしまうので、やめましょうという話をしました。

自分だけの時間に「偶然の出会い」が起こる楽しさ

染谷:(箱根本箱を)開業して5ヶ月、6ヶ月が経ちますけど、お客さんから「どこになにがあるのか」などの検索的な質問はもうほぼないですね。みなさん本当に、本箱に来て自分で棚を見つけて、「あ、こんな本あったんだ」という出会いの楽しさを見出していただいている感じがあります。

海法圭氏(以下、海法):僕もこの間、初めて泊まったんですよ。

(会場笑)

やっと泊まれたんですけど、本当に実感しました。簡単に言うと「ホテルと本屋が一緒になりました」と説明できちゃうんですけど、それが今までの本屋とはまったく違うことがよくわかりました。

ホテルはオフの日にすごく休みたいから来る、超私的な空間です。「だらーっとしてもいいんだよ」という空間なわけです。非常にナイーブな、自分の時間を楽しむために来ているんです。

一方で、本には他者性がある。だれかが書いた自分以外の世界の話だし、だれかが選んでくれた本が不意の出会いをもたらすわけです。

自分だけの時間だと思っていたところに、本という他者性がぶわーっと入ってくる。この出会いの感じがいつもの本屋と全然違っていて新鮮でした。だから、ホテルと本屋はすごい効果を生み出すんだなと実感しました。

岩佐:そうなんですよ。この中で選書をお願いしたじゃないですか。選書にもこの話はとても大きく関わっているので、選書の基準をちょっとお話しいただければ。

箱根本箱の1万2千冊の選書の基準

染谷:選書を日販のチームでやらせてもらって、1万2千冊を選びました。今回のホテルのコンセプトに合った本というか、どういう人に来てほしいか、どういうふうに本を選んでもらいたいかを考えたときに、いわゆるカッコいい本とか小難しい本だけを選ぶと、絶対に格好だけになってしまうなと思ったんです。

最初のきっかけをどうするのか。よく使うイメージなんですけれど、ピラミッドがあって、(本に)すごく詳しい人が頂点に何パーセントかいて、そうでもない人がピラミッドの底のほうにいます。本が好きな感じなんだけど、実は月に1冊も読みませんとか。

そういった「なんとなく本っていいよね」と思っている方に楽しんでいただける選書にしようというところがあるんです。なので今、海法さんがおっしゃったような、オフでフラットな状態のときにふっと入ってこられる、引っ掛かりの良さをすごく意識して選んでるというか。

ニュートラルで入門編のようなものもけっこう多いです。文学もコアなものではなく、わかりやすいものが多いです。

ただそれでも、本好きな人が見て「あ、やっぱり。でも、こういう本があるんだ」「え、こういう人がいるんだ」とか、「え、この本を仕入れてるの?」というものがけっこうあったりします。そういった難しいところと柔らかいところを上手く混ぜたような選書でやらせてもらっています。

岩佐:その結果、なにが生まれたかというと、数字的な話で証明するのが一番いいと思います。いわばここは本との出会いの場で、僕がもう1つこだわったのが、「絶対に全部買える」ということなんですよ。本が買える。買えないと意味がないんです。

これは当初から「 泊まれる図書館となにが違うの」という話があったんですね。「本当に本を売れるの?」という話もありました。さて、本は売れたんでしょうか。

宿泊者の7割が書籍を購入、十数万円分の本を購入する人も

染谷:はい、実は本がたくさん売れていまして、みなさまにたくさんご購入いただいています。お泊りいただいた7割くらいの方が最後チェックアウトのときに買われています。

しかも複数冊数なんです。だいたい本屋さんは平均購入冊数が1.2冊くらいなんですけど、(箱根本箱では)だいたい3冊くらい買われています。平均購入単価も、普通の本屋さんの3倍から4倍くらいです。

岩佐:購入単価が3倍から4倍で、冊数が3倍から4倍ということは、掛け算だとどのくらいでしょうか。

染谷:単価がだいたい1組4,300円くらいなんです。あんまり言うと個人情報流出みたいな感じになるんですけど、人によっては数万円とか、数十万まではいかないまでも十万円台くらいの方もいましたね。車で来られていて、本をレジに山積みにして購入して持ち帰られました。

岩佐:実はこのプロジェクトをやる前は、まあ今もそうおっしゃる方はいらっしゃいますけれども、「見るばっかりで買わないんじゃないの」というお声もあったんです。実際には僕らの戦略に見事にはまっていただいて、みなさん買っていただいて(笑)。

はまってとか言うと怒られちゃいますが、見事にみなさんにご購入をいただいていて、しかも単価が高くて。(ホテルに置いてある)本の傷みもぜんぜんないですよね。

染谷:ないです。すごく少ないですね。ロス(廃本)になる本はほとんどないです。

ホテルは人を20時間軟禁できる場所

岩佐:例えば客室に持って帰って本を読まれたり、コーヒーを飲みながら読んだりして汚されてしまうかと思いきや、すごく丁寧に扱っていただいています。そうやって丁寧に扱っている中で思わず買っちゃうという方がすごく多くて、本当に「出会い」だなと思います。

先ほどお話しした「検索性」の中では、欲しいピンポイントの本しか買わないんですけれども、「出会い」があると「なんかいいかも」と思ってつい本をレジに持っていくんですね。僕は「ホテルは20時間人を軟禁できる場所だ」とあちこちで言っているんですよ。

(会場笑)

染谷:すごくおもしろいですよね。本当にそう。

岩佐:20時間の軟禁する時間をどうやってその人に過ごしてもらうかが、ホテルの一番の醍醐味。つまり、駅前書店は待合せの10分とかで、みなさんも昔、駅前書店待ち合わせをしたわけじゃないですか。あとは電車の時間までの時間潰しとかね。

5分、10分の滞在時間の中で、長くても30分、40分の中でポップを見て思わずレジに持ち帰っていたものを、20時間でやる。寝る時間があるので、実際はもうちょっと少ないですけれどね。

その20時間という長い時間を滞在していただくことによって、いろいろな出会いをしたら思わずレジに持っていってしまったということが、購入単価4千数百円に繋がっているんだろうと思います。

染谷:岩佐さんの「ホテルは20時間軟禁できる」というお話を聞いてから、僕はすべての商品を時間で捉える癖がついてしまって。この水もたぶん110円だけど、水を飲む7分を売っているんだなとか。

このパソコンも十何万円だとしたときに、パソコンを使っている何十時間を意識したり。建築も、何年を何千万円でみたいに、すべてを時間に置き換えてみて「あ、おもしろいな」なんて思っています。

だから、20時間の中でなにができるかの実験というか、(ホテルと)本との相性はすごくいいんだなと感じていますね。

男性はなぜかトイレで本を読む習性がある

染谷:今回はいろいろな仕掛けもあって、これが先ほど言っていた「おこもり空間」と呼んでいるところで、宿泊者の方がふっと入れてそこで本が読めるような空間です。そういった半パブリックみたいな場所がいくつも仕掛けられています。

岩佐:「おこもり」というのは先ほどもちょっとお話ししましたけど、要は「みなさんトイレで本を読んでいませんか?」 という話ですね。これはどうやら女性はしないらしいんです。女性はなぜかトイレで本は読まない。男性だけの習性らしくて、男性はトイレに本を持ち込んで読む傾向があるらしいんです。

要は狭いところにこもって、自分の空間に入りたいみたいな願望があるんですね。そのトイレで本を読むというところから、最初は「トイレに本棚をいっぱい入れようか」と言っていたんだけど、「それはさすがにちょっと嫌だよね」となって。

自分の家ではいいけど、さすがにホテルではちょっとね……という話になって、僕からその「おこもり空間」をいろいろ作ろうよと持ちかけました。「海法くんにはおこもり空間をどれだけ作れるかが勝負だから、そういう空間をいっぱい作って」という話をして、海法くんはいろいろ頭を悩ませたんだよね。

海法:そうですね。廊下の突き当りにも作りましたね。

染谷:廊下の突き当りに。これがそうですね。

海法:そうですね。ここはロフトになっていて、はしごを上がった上のスペースで寝られます。ここの選書のしかたが面白くて、詩集だけを置いていますね。

染谷:ここはそうです。詩の専門出版社に選書していただいてます。あと、これはまだちょっと口外できないんですが、ビッグニュースがあります。それはまた今度。

(会場笑)

そこまで言うなら言えよという話ですけど(笑)。ここを起点にした、すごくおもしろい企画も走っています。