10代から少しずつ難聴が進行、4回の試験で弁護士へ

久保陽奈氏(以下、久保):みなさま、こんにちは。ただいま、ご紹介にあずかりました、久保陽奈と申します。30分ほどとごく短い時間ですけれども、情報アクセシビリティについてお話しさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

ちょっと滑舌に不安がありまして、音声認識の字幕が出ているのですけれども、もしこの字幕を頼りにしておられる方で、わからなかったということがありましたら、(私の話が)終わった後に声をかけてください。よろしくお願いします。

まず、みなさまに質問です。私は障害者です。なんの障害かわかりますか? もうご存知の方も多くいらっしゃるかもしれませんが、私は聴覚障害者です。もともとは普通に聞こえていて、とくに支障もなく過ごしていました。ただ「高い音が聞こえにくいな」と気付いたのが高校生のときで、大学生のころから少しずつ、感音性難聴の症状が進行してきました。

現在は、100デシベルを超える聴力です。どのくらいの聴力かというと、補聴器を外すと、もう人の話は聞こえません。補聴器を取っていても聞こえる音は、太鼓の音や飛行機の騒音、あるいは電車の音とか、その程度です。低くて大きな音は、まだ補聴器を外していても聞こえるというくらいの聴力です。

難聴が始まってから司法試験の勉強を始めまして、試験を4回受けてやっと合格して、2007年に弁護士登録しました。東京で12年間ほど弁護士をしています。

今日、みなさんにはあらかじめご了承いただきたいんですけれども、私は弁護士でありながら、情報アクセシビリティについて、とくに深く研究したり、勉強したりしてきたわけではないんです。ただ当事者としていろいろと体験していること、経験していることをみなさんと共有して、「これから、どうしていこうか?」ということを提案できればいいなと思っています。

また、情報アクセシビリティというと、視覚障害も関係してくるんですけれども、視覚障害に関する情報アクセシビリティについては、私は経験も知見もなく、今日お話できることがありません。その点、ご了承いただければと思います。

聴覚障害は“見た目ではわからない障害”

「聞こえない・聞こえにくいってどういう障害? どんな不便があるの?」ということで、(今日お越しの)みなさんは、聞こえる方が多いのかなと思うんですが、イメージは湧きますか? まず、これについてお話ししていきます。

聴覚障害は、「見えない障害」と言われています。「見えない」というのは「視覚障害」という意味ではなく、「周りから見て、なにに不自由しているのか、あの人に聴覚障害があるのかが、(見た目では)わからない」ということです。

いま、こうして普通に話していると、私が聴覚障害を持っていると気が付く人は、ほとんどおられません。なので、私がどんなことに不便しているか、みなさんはわからないと思います。今日は、最初にそれについて少しお話ししていきます。

また、周りから見えないというのは、結局、どんな不便があるかわからないということなので、バリアフリー対策でも、「ちょっと後回しにされがちかな」と思うときがあります。

(スライドを指して)こちらは、今日のイベントのリーフレットです。みなさん、お手元にあるかもしれないので見ていただけたらと思うんですけれども、この絵を見て、気付きますか? 車椅子の方がいて、杖を持って歩いているおばあさんがいて、盲導犬と一緒に歩いている視覚障害の方がいて、ベビーカーを押してる女性がいる。この中に聴覚障害者はいないですよね。

もしかしたら、一番後ろの女性は聞こえないかもしれない。でも、わかりませんよね。このイラストを見ただけではわからない。いずれにしても聴覚障害とは、「見えない障害」ということです。

いまから、どういう場面で不便をしているかをお話ししていきます。まず、電車です。電車に乗っている時に、急に止まったり、動かない時がありますよね。みなさん、思い出してほしいんですけれども、止まった原因が(車内の)電光掲示板などに流れていますか? 流れていないですよね。音声放送だけだと思うんです。なので、聴覚障害の人には聞こえなくて、なにが原因で止まっているのか、いつ動くのか、その見通しがわかりません。

日常生活や災害時に耳が聞こえない不便さ

私もたまに経験します。周りの人が放送を聞いていて、「あれ? なんか(電車から降りたりして)人が動き出したぞ」という一方で、ある人は(車内で)待っていたり。それが半々くらいだと、私はどうしたらいいかがわからないんです。

みんなが動き出せば、みんなの後をついていくんですけれども、それぞれ行動が違うと、私はどうすればいいかがわからない。「自分が降りた瞬間に、ドアが閉まって動き出したら嫌だなあ」と思って、ずっと(状況が)わからないまま待ち続ける。そういうときもあります。

次が、旅行です。(スライドを指して)こちらの写真は、バスのツアーです。着物を着ているスタッフの方が、なにかを話しています。参加者は地図を広げています。私は、(実際には)これに参加していないんですけれども、聞こえない立場からすると、このお姉さんがなにを言っているかわからないですし、地図のどこを見ればいいかもわかりません。

だから、本当はこういうバスツアーに参加したいなと思っても、聴覚障害者の方は、(参加するのが)聴覚障害者だけの場合は、参加を見合わせるとか控えるとか、そういう人、多いんじゃないかなと思います。

観光施設はどうでしょう。(スライドを指して)上の写真はどこかの観光施設で、説明の映像が流れているんです。でも、これも字幕がなく音声だけです。だから私はこれを見てもなにもわかりませんでした。

下は、沖縄の美ら海水族館のある公園で、琉球王国時代の庶民の暮らしを再現した設備なんですけれども、音声ガイドがありました。日本語・英語・中国語と選べるのですが、ここにも文字の案内はないんです。だから、試しに日本語を選択してみても、どんな話をしているかがわからない。(このように)ちょっと残念だなと思うことがあります。

次は、命に関わります。最近、大きな地震が多いですが、聴覚障害者も避難場所に行くことがあります。そのときに、「配給の案内が音声放送のみで、パンを1つももらえなかった」という記事が、BuzzFeedというネットメディアに掲載されていました。また、「行列があると思って並んでみたら、トイレだった」というものもありました。

「家族3人が誰も聞こえないから、パンを1つももらえなくて、町のコンビニに行くしかなかった」と書いてありました。たまたま手話ができる人がいて、その人がいろいろ教えてくれるようになったということで、この方たちは幸運だったわけですけれども、命が関わる場所で、運に任せてはいられないと考えます。

情報がないことが人の行動に与える影響

また、問い合わせでも、例えば旅行に行くときなどに、「(障害者)手帳割引があるかな?」と思って調べ、問い合わせをしようと思っても、電話番号しかない。あるいは、「障害者手帳割引の申請は、電話でのみ受け付けています」というバス会社もいまだにあります。そういう会社は、聞こえない人や話すことが難しい人がいることを、たぶんわかっていないんです。

わからないから、「電話のみ」と書いているのかなと思うんですけれども、「メールでの対応ができます」とか、そういうオプションも付けてもらいたいなと思っています。

いろいろと不便な場面をお話ししてきましたけれども、私たちは聞こえる、聞こえないにかかわらず、ふだんは情報を見たり聞いたりして、認知して、判断して行動しています。

実際に先日、友達と高速バスに乗ったときの例です。運転手さんが音声放送で、「談合坂でトイレ休憩を取ります」と言ったんです。聞こえない友達は、「どこかでトイレ休憩があるかな」とずっと気にしていました。その子はトイレが近いんです。

だから、水を飲んでトイレに行きたくなっても、行けなかったら困るということで、トイレ休憩があるのかすごく不安に思っていました。すると、聞こえる友達が「談合坂で休憩あるって」と教えてくれたんです。それを知って、その聞こえない友達がなんと言ったかというと、「安心して水が飲める」と言ったんです。

このときに、「やっぱり情報がないというのは、ものすごくその人の行動に影響を与えるんだな」と思ったんです。些細なことかもしれないんですけれども、すごく大事なことです。聞こえないと情報が届きません。なんと言っているかわからない。トイレ休憩があるかもわからない。「どうしよう」と思って、結局水を飲めない。こういうことは、よくあることなんです。

聴覚障害者は行動に制限がない。だから政治の場面では、自分の足で投票所に行って、自分の手で書いて、自分で入れることできます。でも、政見放送に手話通訳がいても、手話がわからない人は(候補者の主張が)わかりません。あと、街頭演説もよく聞こえません。他にもこういったイベントで、字幕もなく手話通訳もいなければ中身がわかりませんので、参加できません。

情報アクセシビリティとは、情報を望む形で簡単に入手できること

こういったことが、実際に私たち聞こえない人がふだん経験していることです。いままで話してきたことを整理すると、聴覚障害者は行動に制限はないんですが、行動の前提となる情報にアクセスできない。そういうふうにまとめることができると思います。やっと「情報」と「アクセス」という言葉が出てきました。これから、情報アクセシビリティについてお話ししていきます。

(スライドを指して)情報アクセシビリティとはこちらのことです。上の文字は、厚生労働省のホームページから持ってきました。「年齢や身体障害の有無に関係なく、誰でも必要とする情報に簡単にたどり着け、利用できること」。それを聴覚障害者の当事者の視点で言い換えると、「あらゆる情報を、私たちの望む形で、より分かりやすく・より簡単に入手することができること」と定義されています。ポイントは、情報を、望む形で簡単に入手できることです。

情報アクセシビリティについては、一応法律にも書いてあります。「障害者基本法」の第22条で、これは名宛人が、国及び地方公共団体です。「国とか地方公共団体は、障害者が情報を取得したり、利用したり、自分の意思を表明したり、意思疎通を図ることができるように、いろんな施策を取りなさい」と、書いてあります。

「障害者差別解消法」。こちらは2016年4月1日に施行されて、もうすぐ3年になります。こちらは行政機関だけではなく、事業者も対象になっています。だから、みなさんも他人事ではない法律です。こちらの法律で、(情報アクセシビリティが)どういう位置付けになるかをお話しします。まず、こちらの法律は大原則として、「不当な差別的取扱いの禁止」を定めています。

これはどういうことかと言うと、障害を理由として、正当な理由なく、サービスの提供を拒否したり、制限したり、条件を付けることを禁止するものです。つまり、「門前払いは駄目です」ということです。「あなたは聞こえないから、うちのサービスを提供できません」というのは駄目です。

2つ目が、合理的配慮の提供です。これは障害のある人から、「こういう対応をしてほしい」という意思表明があったときに、それを頼まれた事業者や行政機関は、負担が過重でない範囲で合理的配慮をして、その人が参加できるようにするということです。この2つが大きな柱として、よくセットで説明されていると思います。環境整備については、後でお話しします。

障害に対する考え方の変化

昨年の10月から、東京都でも「障害者差別解消条例」が施行されました。こちらも不当な差別的取扱いの禁止と、合理的配慮の提供について定めています。ポイントがあるんですけれども、合理的配慮の提供……これは法律では、民間の事業者は努力義務で、「そうするように努めなさい」というだけなんですけれども、東京都の場合は義務です。そうしないといけないんです。

この事業者には個人事業主も含まれます。だから、東京都内でなにか商売や事業をしている人……私も弁護士として、個人事業主として商売していますが、もし「配慮をお願いします」と言われたら、対応しなければいけない。だから、みなさんも他人事ではないということです。

いま見た法律と条例の根底にある考え方についてお話しします。「障害の社会モデル」という考え方です。私たち障害者は、聞こえなくて情報が得られないから参加できないといった不便を受けています。そうした、日常生活や社会生活の中で受ける制限は、見えないとか聞こえないといった機能の損傷のみではなく、社会の中にあるさまざまなバリア、社会的障壁によって生じているという考え方です。

ですので、私たちが感じている不便や、その解消に向けて取り組む責任は、社会の側にあるという考え方です。だから合理的配慮の提供も、企業の側がしなきゃいけないという発想になります。

いままではどうだったかを(スライドの)下に書きました。障害の医学モデルとか、個人モデルと言われます。「障害者が日常生活や社会生活の中で受ける制限は、見えないとか聞こえないといった、機能の損傷によってもたらされる」という考え方です。

なので、その制限を克服するには、もっぱら私個人の努力が必要という発想になります。医学モデルの場合、「障害を根拠に異なる取扱いをすることはOKです」という結論になりやすいです。「障害によって生じる困難は、自分自身で解決するべきものであるから、自分で解決しない以上、私たちは知りません」ということです。

この医学モデルは、社会の側がそうしてなにもしないことが、正当化されやすいです。でも、みなさんはどう思われますか? みなさんだって、もしかしたら明日、突発性難聴になって聴力を失うかもしれません。そういうときに、「もうあなたは聞こえないんだから仕方ありません」「もうこういうイベントにも参加できません」(と言われたら)受け入れることができるでしょうか?