アクセシブル・ツーリズムは誰にでも始められる

篠塚恭一氏(以下、篠塚):みなさん、こんにちは。ご紹介いただきました篠塚です。今日は40分でお話しなければいけないので、テンポよく進めないといけないなと思っています。

今日は、いろんな方々にご参加いただいているということを主催の方から聞いていますけれども、一般の旅行会社、あるいは個人的に関心があって、「アクセシブル・ツーリズムを使いたい」ということで今日ここに来られた方はどれくらいいらっしゃいますか? 

では、今度は逆に、「アクセシブル・ツーリズムを、ご自身のお仕事や事業など、そういった担い手側と言うんでしょうか、受け皿側として、これから検討しようという方はどれぐらいいらっしゃいますか?

(会場挙手)

けっこういらっしゃいますね。旅行会社のみなさんも何人かいらっしゃると思いますけれども、今日私がお話をさせていただくことに関しましては、いくつかポイントがあります。「どんな方でも取り組むことができる、取り組み始めることができますよ」というようなお話ですね。

みなさんへの(この講演の)ご案内には、「初めの1歩、どうしたらいいか?」「誰に対して、どんなサービスを提供していこうと思うのか?」であったり、「逆に、(アクセシブル・ツーリズムを)使うのであれば、どういうことが必要なのか?」「それを実現するためには、どういう組み立て、組み合わせを考えていく必要があるのか?」といったことが書かれていたかと思います。

本格化する高齢社会にどう対応していくか

自己紹介のほうは簡単に済まさせていただきます。この分野に関しましては、四半世紀ぐらい、25年ぐらい取り組んでいます。私は旅行業、観光人材の育成から始めた人間ですけれども、30数年の内の25年以上は、この観光の人材を育成するというところを続けてやってきました。

今日のお話の中でも、これまで登壇されたみなさんお話で、いくつかポイントがあったと思います。「高齢社会の人口がこれからどうなっていくのか?」については、東京都もそうですけれども、日本のほぼ決まった未来として、高齢社会がもう20~30年は続いていくと。そういう中で、人口減少、あるいは、地方をどういうふうに元気づけていくかということです。

私は旅行の仕事をしていますから、地方もずいぶん行かせていただくんですが、元気じゃないわけではないです(笑)。東京ももちろんすばらしいんですけれども、地方は食べ物がおいしいし、すごく健康的な生活をされているし、時間もゆっくり過ぎていて、実のあるところがたくさんあります。むしろ、大変なのは首都圏でしょうかね、東京も含めて。

これから後期高齢者がどんどん増えていく。これはほぼ決まった未来なわけですから、ここを中心に、あるいは、東名阪といったような大都市を中心に、本格化する高齢社会にどう対応していくか。そのヒントを、今日いらしていただいた障がいを持っているみなさんへの取り組みから(得られればと思います)。

私も、90年代からさまざまな障がいを持つ人たち、あるいは友人たちと旅をしてきました。本当に、秘密兵器がたくさんあってですね(笑)。「あ、こんな道具があったらいい」「あんな道具を教えてあげたらいい」といったかたちで、いろんなことを思ってきたわけです。

そういう人たちの旅の工夫などを参考にしながら、いまは日本トラベルヘルパー協会というところで人材の育成をしつつ、片方で介護付きの旅行サービスを斡旋したりしています。あるいは、トラベルヘルパーという介護技術を持っている……とくに旅行ですから、(障がい者)移動の際にいろいろな約束事があるわけです。

ハードとソフトとヒューマンの3要素

先ほど東京都からもご案内がありましたとおり、公共交通を使って移動するわけですが、移動の対象となってきた人たちは、健常で元気な人たちで、自立した移動ができる方たちでした。そこからルールを少し考え直さなければいけない、オペレーションを変えていかなければいけないということを感じています。

なぜこういうことに取り組み始めたかといいますと、いいサービスをしたい、いい旅行を提供したいとずっと考えてきたからです。先ほど帝国ホテルの方が発表されていましたけれども、いいサービスをするには、ハードとソフトとヒューマンの3つの要素が大事で、そこがうまくいって初めていいサービスが提供できるということでした。

これは、まったく同じですね。産業として、あるいはサービス業としていいホスピタリティサービスを提供しようと思ったときに、いいハードがあって、そこで(温かい)心を持った、あるいは(高い)技術を持った人がいて、それをきちんとソフトとして、仕組みで回していく。この3つが(あって)初めて要素として成り立ち、いいサービスができていきます。

旅行会社は、自分ではあまりモノを持っていませんから、間をつなぐ役割です。代理店、エージェントはそういう役割になるわけです。

2000年に介護保険が始まりました。その年の暮れに、交通バリアフリー法が制定されました。ですから、20年弱、こういった公的制度、あるいは、そういった支援の後押しを行い、街も移動も含めて、ハードの状態はずいぶんよくなってきています。そこに人が入っていったり、あるいはAIやITなどの新しい、使える技術が入ってきています。

(会場の画面の)下に字幕が出ていますけど、富士通さんのLiveTalkです。昔はこういう技術がなかったですよね。(会場の)後ろでは(リアルタイムで文字を起こすために)一生懸命パソコンのキーボードを叩いてくれています。あるいは、こうして手話をやってくださっています。あるいは、口述筆記を速記のようにやってくださっています。かなり速いペースで話しているんですけれども、その後追い……これは大変なことだったんですが、技術の後押しで助けてもらえている。こういうものを使わない手はないだろうということです。

介護の必要な人とスキルを持つ人とのマッチングサービス

ただ、私たちのベースにありますのは、旅行先あるいは外出先で、(介護が)必要な人たちを、介護のスキルを持った人がアテンドするようなマッチングサービスを中心に行っています。

今日、車椅子を使われている方も何人かいらっしゃいますが、ここまで来られる方というのは、やっぱり自分で来たいんですね。そのためにどういうハードを必要とするか。電動の車椅子を使っていらっしゃる人もいれば、自分で車椅子をこいで来られる方もいらっしゃいます。

私たちが旅行・観光の人材育成をしたきっかけというのは、それまで長い間旅行を続けていた人たちが、ある程度年を取ったとき……だいたい分岐点は75歳なんですけれども、いわゆる後期高齢者と呼ばれるようになったときに、(仲間が)1人欠け、2人欠けしていき、その数が増えていくんですね。ですから、なんとかその人たちに旅を楽しみ続けてもらえないだろうかというのがきっかけです。

高齢な方ですから、スタート当初から平均年齢は70代半ばで、70歳超えの方たち(がほとんど)だったんですね。自分で車椅子をこいで外に出ることができない。そうすると、必ずご家族や介護事業者の方、あるいは、我々のような専門職の人間が、介助をしながら移動をサポートします。こういうことが必要なので、人手があれば出かけられる、旅行したいという人たちのサポートをさせてもらっています。

利用の目的はさまざまです。アクセシブル・ツーリズムというと、観光旅行、温泉宿泊といったことを考えられるかと思います。そういうニーズは根強いですし、多いです。しかしながら、(スライドを指して)ここに挙げられていますように、ふるさとに帰りたい、お墓参りをしたい、縁遠くなってしまっている兄弟(に会いたいといったニーズもあります)。

外出できる平均距離は30メートル

先ほど「あ・える倶楽部」での旅行者の平均年齢を出しましたけど、83歳ぐらいなんですね。最高齢では104歳の方がいらっしゃいます。この10年ぐらいで利用者そのものが、高齢化していまして、いまは平均年齢が83歳で、介護認定を受けている方が99パーセント。介護度は3.3とけっこう重く、わりと重度の方もいらっしゃいます。

そういう方たちは、なかなかふるさとに帰れていないんですね。だから、施設やホームに入っていらっしゃるような方々は、お家にも帰れていない。最初は、自宅に帰りたいと。ホームと自宅が同じ街の中にあるんですよ。でも、それ(帰ること)ができないんです。人手がないとか、どうしていいかわからないとか、いろんな理由がありますけれども、そういうところで困っているんです。ある意味、日常生活の範囲で困っていますよね。

東京都がアクセシブル・ツーリズムで先進の街になるとするならば、東京の街に住んでいる障がいを持つ方や介護を受けている高齢の方は、どれぐらい街に出かけられているかを考えると、まだまだ少ない気がします。(しかし)これから、もっともっとそういう(障がい者や高齢の)人たちが増えていくだろうと思います。

そういう人たちも「孫の結婚式に行きたい」「法事に参加したい」「いやいや、そんなことじゃない。ちょっと喫茶店まで、お茶をしに行きたい」と考えています。

私たちが(サービスを)始めたとき、最初に障がいを持った友達と話したことは何かというと、「家から出たら30メートルぐらいしか動けないんだよ。そこから先は、だいたいギブアップです」と。他の人も外出して出かけられる平均の距離を聞いたら、「30メートル」だと言っていました。

「何しに外に行きたいの?」と聞くと「いや、お茶飲みしたいんだ」と。生まれたときから障がいのある人はそうした欲求に気づかぬ人もいましたが、中途からで病気や事故に遭ったりして、いろいろな障がいがある人たちは、「たった1杯、コーヒーを飲みに行くのもできないの?」と、そういう素朴な疑問があったんですが、実はそういうことに難儀しているんですね。

つまり、生活の中での移動が困難で、旅行は憧れの存在です。 (こうした現状に)「ちょっとおかしいんじゃないのかな」といった憤りみたいなものがあって、「なにがなんでも旅行に連れて行くぞ」というところがきっかけになりました。

「気兼ね」のバリアをどうやって外していくか

今では、イベント、コンサート(に出かけています)。アイドルグループ「嵐」の解散が決まりましたが、うちの中にもジャニーズファンの方がいて、全国で追っかけをしていたりもします。あとで、「こんな使い方してるんだ」というのをご紹介します。

それから修学旅行です。今日も沖縄の修学旅行のアテンドをしている、教育旅行の添乗員のトラベルヘルパーから、「海に入れてあげることができました。よかったです」という報告が入っていますけれども、お風呂のお手伝いや介護全般を外出先、旅先でやっています。

初恋探しなんてこともあるんですよ。80代半ばのおばあちゃんから電話がかかってきて、「いや、ここにどうしても行きたいんだ」と、ある街を指定されて。「どうして行きたいんですか?」と聞くと「いや、それは……」と。

聞けば、私よりもちょっと年上のご家族の息子さんがいらっしゃるんですね。そんなに(障がいが)重い方ではないので「息子さんに連れて行ってもらえばいいじゃないですか」と(言ったんです)。すると「でも、1人で出ちゃダメって言われる」ということで、自分で出かけたくても、家族に「(1人で出かけることは)できない」と(言われる)。

「じゃあ、一緒に連れて行ってもらったら?」と言うと「いや、実は初恋の恋人探しに行きたいから、人には言えないんです」とのことで、そんなときに一緒にお連れしたりすることもあります。

家族だから言えることと、家族だから言えないことがありますよね。迷惑をかけたくないというのもあるし、そういった「気兼ね」でしょうかね。このバリアフリー関係の仕事をしている人たちのなかでは、この「気兼ね」というのは大きな問題ですね。

そういった「気兼ね」をどうやって外していくのかが大事です。介護付きの旅行サービスということでやっていますけど、障がいを持つ人も、ベビーカーを押しているお母さんたちも、もちろん外国から来る人たちも、みんなさまざまなバリアを持っているわけですよね。

それに対して、情報のバリアを少しずつよくしていく、あるいは、介助の仕組みを作っていく、あるいは、先ほどの発表にもありましたけれども、福祉用具がこれだけ在宅、地域に普及してきているわけですから、それをレンタサイクルやレンタカーと同じように、全国で貸し出しができるような仕組みというものを、すぐにでもほしいですね。

ルールの整備を待っていると、年齢的に持たない現状がある

そうしたことを進める役割(を担う)ためには、ある程度情報や知識をきちっと持った人材が必要です。20数年前に取り組み始めた話ですから、ずいぶん長くやっていますが、時間とともに新しい制度やルールができてはいます。

でも、私がなんとかしたいのは、いま目の前にいるこのおばあちゃんがふるさとに行きたいとか、あるいは、家族と一緒に温泉に(行きたいとか)、また、孫の顔を見たり、お小遣いをやりに行きたいといった問題を、いま解決したい。ルール(ができるの)を待っていたり、ハードの整備を待っていると、時間がないんですね。

我々のお客さまも、だいたい1年間で1割ぐらいは亡くなっていきます。本当にラストトラベルになることもあります。もう余命宣告されている方もいらっしゃれば、もともと高齢で80代や90代の方たちもいらっしゃいますから、待っていられないんですね。「じゃあ、もう人海戦術でいくぞ。人でなんとかしよう」というのが、我々がやってきたことですね。

いろいろな方が勉強してくださって、受講者数も1,000人ぐらいを超えたんですけれども、それでもまだぜんぜん足りないですね。もっともっとこういうジャンルに入ってきてくれる方が増えていかなければ成り立たないと考えています。

専修学校、介護福祉士、あるいは社会福祉士は専門学校で教育していますけれども、一昨年からそういったところと組んでいます。学生たち、あるいは留学生も含めて、またハローワークでリプレイスで来てくれるような方たちに対して、公的な制度の資格と併せて、(スライドを指して)こういう資格の勉強をやり始めましたら、前々年まで学校の生徒数が50名ぐらいしか集まらなかったのですが、90名近く(になり)、2年目は100名を超えるくらい生徒さんが集まるようになりました。

「孤独が健康を害する。1人にしちゃダメだ」

介護福祉の世界は、若者からあんまり人気がないと言われてますけど、そんなことはないですね。福祉に関心を持つ学生さんたちはまだまだたくさんいらっしゃると思っています。

(スライドを指して)(当社の取り組みは)いくつかの本でも紹介されています。(スライドの)下の右から2番目に「政経」と書いてありますけれども、こうした高校生の学習教材や、一番左の「ユニバーサルデザイン」、これは小中学生たちの補助教材として学校教育の中でも使ってくれていて、そういうところが増えてきています。

ここからは、「我々がなぜこういう取り組みをしているか?」(についてお話しします)。1つは、イギリスで2014年に言われたことですけれども、「孤独が健康を害する。1人にしちゃダメだ」ということです。「孤立と孤独は違う」という話もありますけれども、どちらもしんどいですね。

介護をしている家族の持つ孤独感、もちろん、ご本人の持つ孤独感というのがあるんですけれども、私も実際に親の介護が始まるまでは、そういったことはよくわからなかったです。でも、実体験すると、やはり刷り込まれるものと言うか、感じるものがありますね。そして、「健康を直接害しますよ」ということがデータとしてきちんと出ています。

東京都には、東京都健康長寿医療センター(東京都老人総合研究所)というものがありますけれども、そこでも同じようなデータが(発表されていて)「認知症の発症リスクあるいは介護になっていく発症リスクが、家から出る人と出ない人ではこんなに違いますよ」「認知症にもなりますよ」「そういう社会的なコストというのか、社会保障の保障費が余計にかかるようになるから、みんな気をつけましょう」ということで、いま一生懸命やっていますね。

また、トヨタ自動車さんや本田技研さんと一緒に、外出の啓発もしています。「みんな(外に)出ましょう」「カフェに行きましょう」「温泉に行きましょう」といったように、啓発活動などもやっています。

長野パラリンピックでの選手の活躍がきっかけに

実際に人が動いている街・国と、あんまり動いてない街・国では、経済にも大きく影響しますね。人の動きが大きくなっていけばいくほど、経済的には活発になる。当たり前ですよね、外に出るわけですから。

電車に乗ったり、バスに乗ったり、あるいは食事をしたり、映画を観たり、コーヒーを飲んだり。だから、経済が(活発になる)。家にいると、ほとんどお金を使うこともない。だから、老人ホームの人たちをなんとか外に出して、喜びとともに街にお金を落としてもらえるように(するのも大切です)。

あるいは、みなさんいま、ビジネスで考えている方も多いですけれども、お金を出してでも買いたいサービスを作っていくには、どういうふうにしたらいいか? 少なくともこれから、東京だけではなく、大阪の万博などのビッグイベントが続きますよね。

経済効果とよく言われてますけど、私はあまりよくわからないですけれども、たくさんの人が動くんだなとか、たくさんのお金が動くんだなというのは、行政や政府の発表を見ているとわかりますよね。ですから、世の中でこうしたムーブメントというのは、どんどん醸成されていくだろうと思います。

1998年に、長野でオリンピック・パラリンピックがありましたね。規模はぜんぜん違いますけど、ちょうどいまと同じようなことが心配されていました。「オリンピックはうまくいくだろう。でも、パラリンピックは大丈夫なの?」とみんな心配していたんですね。でも、日本の人たちは底力があるというか器用というか、大成功しましたね。しかも、選手たちが大活躍したんです。

そのパラリンピックの選手たちの大活躍を見て、障がいを持った人たちは、背中をポンと後押しされたように街に出始めました。旅行もたくさん行くようになりました。

高齢者が旅をしないと、いずれ観光業は衰退してしまう

いま、旅行関連商品の多くは通信販売です。ネットも、電話も、昔はファックスもありました。対面で販売する人の割合がものすごく減っているんですけれども、(買おうとしている人が)どんな人かという質問はありません。

ですので、「障がいがある、なにか特別なサポートが必要な方は教えてください」と言うんですけど、そんなことは、まだ長野大会のときはありませんでしたから、東京駅に着いてみたら、車椅子で来られたとか、成田空港に行ってみたら、「いや、耳が聞こえないんですよ」といったお客さんだったり、そういうことがわんさか出てきました。

「あ、これは……」、観光や旅行業界の人たちも「まずい」ということで、いろいろなルール・対応っていうのをやってますけど、まだまだすべてがうまくいってるわけではないですね。

観光と旅行の関係者のみなさんで話すことは、日本は先ほどお話しした人口カーブのように、どんどん人が少なくなって、だいたい70代になると、旅行をしなくなっていき、このままだと旅行業・観光業は衰退しちゃうよね、といったことです。

そういう中でいま、外国から来る人たち、インバウンドにものすごく国は力を入れていますよね。実際にそれがうまくいって、海外に行く方が1,800万人のところ、外国から日本に来る方はもう3,000万人で、倍になろうとしています。じゃあ、この先さらに増やしていこうと(取り組んでいますよね)。

さっきの基調講演にもありましたが、外国から来る方たちは、言葉の問題があって不自由で、お話ができない人と同じように言葉がわからない、あるいは文字が読めない人と同じように意味がわからないといった状態です。

一方、(日本で)増える人たちは……高齢な人たちが増えていくわけですから、ここを仕事として考える人たちは、もう避けては通れないところになってきていると思います。

時間とお金があっても、健康でなければ旅はできない

時間もお金もあれば旅に行ける、私もこの仕事を始めるまでは、そう思っていました。ところが、もう1つ、非常に大きな要素があり、それは健康という要素だったんですね。逆に言うと、健康に不安を抱えながらでも旅ができるとすれば、安心して、安全で、快適な旅ができます。

そこに行けば感動があるということで、そういう(方が旅行に行くのを促すような)ことをすれば一石五鳥ということで、あながちウソではないと思います。

もう1つ、国交省の先輩から聞いた話で、(そうしたことは)家族の健康向上……レスパイトケアといいますけれども、家族のQOLの向上にもつながると考えています。

じゃあ、はじめの1歩はどういうふうにするか。(スライドを指して)これは、このイベントのチラシにあるイラストですけれども、わかりやすいですね。一番左の赤ちゃん、ベビーカーを押しているお母さん。こういう人たちも(サポートを)必要としています。

それから、これはハーネスを付けているから盲導犬でしょうかね。目の不自由な方。あるいは、杖をついている方。これは、おばあちゃんですからお年寄りでしょうかね。それから、車椅子を使っていらっしゃる方、あるいは、それをサポートしている人たち。こういった人たちがアクセシブル・ツーリズムの対象になりますね、ということかと思います。

学生たちに最初に教えていることは、(スライドを指して)これですね。外国から来る人たちもいますが、日本ほど高齢社会が進んでいない国もあります。それから、高校を出たばかりの子どもたちですから、まだおばあちゃんとかがいても元気だったり、あるいは、核家族で遠くにおばあちゃんがいて、同居していない子どもたちも多いですね。お年寄りが近くにいないわけです。

また、障がいを持っている人が近くにいない(子どもたちも多いです)。そうすると、(どう対応していいか)わからないんです。だから、とにかくよく観察する。しっかり見て、違いを見つけて、そういう目線を養っていこうということです。

「なにか事情があるのかもしれない」と思える心の余裕

だから、この勉強を始めると、「この改札は車椅子で通れるかな?」「このバスは、どうやって乗るんだろうか?」「この食堂は、どうしたらいいのかな?」ということが、どんどん気になってくるんですね。「今日、ここに来るにはどうしたらいいか?」「どこで乗り換えて、何をするべきか?」といったことをたくさん考えるようになります。

そして、勇気をもって行動してみましょう(と伝えています)。こんなことを2年ぐらいかけてやるんですけれども、違いを知るという行為は、お年寄りだからとか、障がいを持つ人だからというわけじゃないんですね。男性と女性、ジェンダーの問題もありますし、もちろんお年寄りと若者たちや、外国人と日本人で、何が違うんだろうと「考えること」が大切です。

我々は観光に行きますから、地元の人と他から来た人で街づくりなんかをやると、時々ぶつかったりします。でも、逆にそういう違った意見でぶつかり合うことが大事なわけですよね。

あるいは、右利き・左利き(も同じ話です)。東京ではエスカレーターは右側を通り抜けるという習慣があるけれど、大阪に行くと逆ですね。実は、これでもすごく困る人たちがいる。どういう人たちかというと、右に麻痺のある方はエスカレーターのベルトを左手でつかまりたいんですね。左(が麻痺)の方は右でつかまりたい。そうすると、(右か左かの)どっちかにされちゃうと、すごく困るんです。

いま、リハビリをやっている作業療法士さんや理学療法士さんたちも、やっぱり一緒に(エスカレーターに)乗ろうと、そういう運動をされていますよね。なんとなく習慣に流されてそっち(右や左)にいっちゃうんですけど、それだと困る人がいるんです。また、途中で(前が詰まって)つかえられると「なんだ?」と思うこともありますよね。

でも、「なにか事情があるかもしれないな」と思える心の余裕が必要になってくるんじゃないかなと思っています。健常や障がいというのは、まずそういったところを理解する必要があります。

思いだけの、心のバリアフリーも大事

あのイラストのように、本当にさまざまな方がさまざまな不安を抱いたり、それがために気兼ねをしている。それから、(対象が)広いがゆえに、きちっと絞り込んでいかないと、本当に総花的になってしまって、なかなか対応できなくなります。

我々の先輩たちが取り組んできた、旅行会社さんのなかで取り組んできた、だいたい広げすぎる、あるいは、期待が大きくなりすぎると、もうあれもこれもやらなければいけなくなるので、採算が合わなくなる。だから、なんでもいいです。誰に対して、先ほどの4つのイラストの誰に対してやるのかでもいいですし、自分で想定できる人たちがいるんであれば。で、その人たちにどんなサービスをするのか。

事業としてやっていく人たちが多くいらっしゃるということですから、そういう意味では商品にしないといけないですよね。思いだけの、心のバリアフリーももちろん大事です。あれは、ちゃんとしたトレーニングのプログラムになっているから、成り立っている。みなさんは、いったい何を商品として提供するのか、そしてどこでやるのか。

障がいを持つ人たちが中心の、旅行に関してよかったことという調査を共用品推進機構さんが実施したときに、多くの当事者団体のみなさんにヒアリングをしているんですね。残念ながら高齢介護や高齢福祉の団体は入っていないんですけれども、障がいを持つ人たちが旅に出たときに「こんなことをされてよかった」といったもの(がまとまっています)。

これを全部やろうとすると、たぶんどんなに大きな企業でも難しいんじゃないかと思います。情報のバリアフリーとして、アクセシブルな情報提供を、例えば旅行会社の場合であれば、旅行サービスの中に入れるのか、あるいは、医療サービス付きの旅行サービスの中に入れるのか……私たちがやっているのは、介護サービス付きの旅行サービスです。これをどうしていくのか(が重要です)。

情報のアクセシブルとは?

ユニバーサルやアクセシブルというのは、これら(調査結果)すべてに対して呼びかけられていて、そのための環境を作ろうということです。でも、すごく幅が広いです。

例えば、情報のアクセシブルについてです。世田谷に松陰神社通り商店街……松陰神社のあるところですが、道路をフラットにしたり、商店街の情報を音声で流すようにしたりといった取り組みをしています。道を整えるのは街でやらないといけない取り組みですけど、音声情報を流すというのは、新しい技術を使ったり、ちょっとした工夫でできるようになってきているんですね。

それから、例えば旅館さんやホテルさんも、先ほどの帝国ホテルさん(のやり方)を真似てみる。これから取り組む方が実際に福祉道具や食器などを見て、できれば自分たちが対象にしている人たちを一緒にご案内しながら、そういう情報を得る(のもいいと思います)。

それから、(スライドを指して)これはリフト付きで、スライドシートが出てくる車。伊東温泉ですから、伊東駅まで行くとこういう車で送迎をしてくれます。旅館の中(だけ)がバリアフリーになっていてもダメで……そもそも、どうやって(旅館まで)行ったらいいかと。そこで伊豆急さんが、そういったシニアの人たちを東京・横浜から迎えて、サポートをしてくれています。京王プラザホテルさんもやっています。

ですから、みなさんがサービスを考える時に、どこでやるのか。生活圏の地域の中、街の中でやっていこうと考えているのか、それとも日帰り旅行ぐらい……(スライドを指して)これは介護事業者さんが多いですが、お出かけの行事を作っているものもあります。さらに、もうちょっと周遊型で宿泊まで(のものもあります)。今後、この先(のターゲット)には北海道があり、沖縄があるということです。

東京で考えるのであれば、東京は日本一の観光地ですから、東京を熟知して、東京の中でできるサービスに絞り込んで、外国から来る人たちも(対象に)含めてやるというのも(いいでしょう)。

水上を走る救急車のアクセシブル

(スライドを指して)これは函館市の事例で、外出支援というものです。商業の活性、街づくりと一緒にやっている事例で、函館市のホームページなどにも(記載が)あります。「街が移動を保証」していて、そこにいろんな事業者やボランティアもいるかたちです。そういう人たちもあわせて、移動に困難のない街を作っていこうというやり方で、スーパーなどでもありますが、イオンさんやヨーカドーさんなんかでも、こういう取り組みをしています。

それから、どこで勝負するのかということですが、例えばこれは車椅子を使っている代表の方が、自分が街に出たり、旅行をするには、こんな情報やあんな情報がほしいという、情報サービスを提供しています。

私も、ここにボランティア活動で行って、街歩きをしながら実際に街のチェックをしました。これは、いまだからできる情報への取り組み方ですね。こんなようなアクセシブル・ツーリズムというものもあります。

海外の事例ですと、(スライドを指して)これは水の都ベネチアですね。ベネチアでは、救急車も水の上を走るボートなんですね。こういう人たちが街の人たちの救急対応をやっているんですけれども、あそこも巨大な観光地ですから、観光客にも、こういうインフラを共用させてくれるわけです。水の街の移動を支える人たちですが、バスも車椅子対応になるわけですね。

それから、さまざまな分野の人たちの連携がどうしても必要になってきます。今日、もし時間があれば、ワークをして、みなさんで仲良くなっていただきたいと思ったんですけども、とてもそんな時間はなさそうです。できれば、1人でも2人でも知り合い(を増やして)、名刺交換するなどしてください。

「人」と「情報」をつなぐ

ご本人や家族、介護事業者さんや施設の職員さんといった支える側のアクセシブル・ツーリズム。ホテルや観光施設、それに温泉地などの迎える側のアクセシブル・ツーリズム。同時に、この間をつなぐ人たちもいます。

「つなぐ」(の意味)は2つあります。1つは移動で、鉄道や観光バス、飛行機、最近はクルーズで船なんかもありますよね。このように、移動をサポートする人たち(の「つなぐ」です)。

もう1つは、みなさんのように勉強して、知識が増えた人たちは、この情報のつなぎ合わせ、コーディネーションをやっていきます。これ(情報を「つなぐ」こと)が重要になってくるわけですね。

いずれにしても、移動も含めたシームレスなサービス(を考えると)、どこか1つがつながっていなかったら、やっぱり実現しない。鉄道ががんばって、(目的の)駅までは行ける。旅館もがんばって、館内のバリアフリーをやる。ところが、駅から旅館に行くまでの足がない。だから(旅行に)行けないんです。あきらめちゃうんです。

その移動はわずか10分や15分かもしれないですけど、そこでも線が切れていたら、やっぱり(旅行に)行けないんですよね。そういうことをつないでいくために、JTBのみなさんも「Tourism for All」というコンセプトを出しています。すべての人……でも、すべての人を(対象にして)やるためには、総力を挙げて繋いでいかなければいけないわけで、いろんな人たちと地域の支援も含めて組んでいく(必要があります)。

時代はシェアリングエコノミーに向かっている

また、福祉用具も変わっていきます。技術は通信だけではないです。いままでは、障がいを持つ人、あるいは医療関係の人たちが使うようなものが作られてきましたけれども、これからは、それは一般化していきます。みんなが高齢になっていくわけですからね。

そういう中で、誰かが何かを独占するんじゃなくて、共用(が大切です)。いま、シェアリングエコノミーという新しい経済が生まれ始めていますが、たぶん考え方はそっちにつながっていくんだと思います。上手な、あるいは新しいお金の流れ方ですね。高いから行けないという人は、最初から行かない。でも、価値のあるものだったら、お金を払ってでも買いたい、行きたいという人たちはたくさんいます。

でも、その人たちがダブルでコストを支払うのは大変です。少し工夫をしながらやっていくことになります。それに偏見を持たれることもありますし、準備不足なこともあります。また、例えば認知症の方と契約は成り立つのかといったこともあります。

こういうことを、新しいルールとして考えていかなければいけない。でも、まだそういった議論がないんです。いろんな旅の準備などでも、そういうものが必要になってくるわけですが、曖昧なままご案内するというのは、やってはいけないことです。

もう時間ですので、そろそろ終わりにさせていただきます。質問は(受けても大丈夫でしょうか)、もう時間で終えるかたちですか? 

司会者:少しだけ、よろしくお願いします。

篠塚:東京都の制度でもいろんなものがあり、相談員派遣というものもやっていますので、そういう人たちは思いっきり活用したほうがいいと思います。

司会者:ありがとうございます。では、ご質問を2ついただきます。挙手をお願いします。せっかくの機会ですので、どうぞご質問があればお願いいたします。

ハワイに見る、受け入れ先として完璧なハード

質問者1:どうもありがとうございました。先ほど、函館の移動支援の取り組みの例が出たんですけれども、全体をきちんとつなぐという話の中で、着地というか、行った先の受け入れを、市民なのか観光業者なのかはわかりませんけれども、そういう方々に担っていただけると、各地に行くのがより楽になるかと思います。

函館のような事例は、ほか(の地域)ではどういうレベルでどういうかたちになっているかを教えていただけたらと思います。

篠塚:介護保険をやっていらっしゃる事業者さんが、介護保険外の制度を使ったサービスにも取り組もうというところが、ここ数年で盛んになってきました。それは、(介護される)ご本人に対して自立を支援するということでもありますし、社会福祉法人さんなどの場合は、地域貢献として取り組むようなケースも出てきています。

いずれにしても、仕組みとしてできているところはまだ少なく、まだ社会実験している段階ではないかと思います。

ただ、こういう制度の後押しといったことよりも、例えば沖縄などは町ぐるみで……観光地でもあり、住んでいる人たちもいるわけですけれども、そういうところの情報や人材、ハード上の改善やホテルなどは、法的な制度よりもむしろ進んでいるんじゃないかと思います。

アメリカもそうですし、ハワイなどは、受け入れ先としては完璧と言っていいくらいに、いろんなハードが揃っていますので、困ることはないです。

司会者:ありがとうございました。では、もう1問、質問をお受けいたしますがいかがですか?

他国のアクセシブル事情

質問者2:先ほどのお話の中で、ベネチアの事例があったと思います。おそらく、海外に実際に行かれて、進んでいるなと感じられた取り組みがもしあれば……先ほどのハワイのお話もそうかもしれないですけれども、教えていただければと思います。

篠塚:社会制度の背景が違うというところがありますけれども、アメリカには「障がいを持つ人たちのためのアメリカ人法」があって、きちっと受け入れないと罰則になります。また東京都は、国よりももっと厳しい基準で、宿泊施設の整備を始めたりしています。

そういう意味で、日本はハードも含めて進んできているとは思いますが、例えばイギリスなどの場合は、ロイヤルファミリーが盲導犬の育成をサポートしています。海外からやってくる人たちが、自身のインフラを使ってやることもありますし、アメリカでは民間企業がそういうことをやっています。北欧諸国は税金や社会保障などで、給料の半分以上が持っていかれます。このように、国で仕組み化されているのです。

北欧から日本に来る人たちは、うちでいう「トラベルヘルパー」みたいな人たちを連れてきているのですが、彼らは税金で賄われる働き手です。かかる費用はそんなに変わらないですから、それをどこが、どういうふうに負担しているか、どういう制度で国が回っているか……またそれによって、ミニマムではここまでは(税金や社会保障で)やって、ここから先は自費でやるなど、そこはさまざまです。

そういう調査は必要だと思いますし、我々も20年前に(調査を)やってそれきりですので、最近はまたやらなければいけないなと思ったりしています。ありがとうございます。

司会者:どうもありがとうございました。篠塚さま、大変貴重なお話をありがとうございました。どうぞ、盛大な拍手をお願いいたします。

(会場拍手)