人材開発部誕生に関する密談

中神美佳氏(以下、中神):これまで4つの「Soup Stock Tokyoらしさ」についてお話をしていただいたんですけれども、5つ目の「らしさ」今まさに取り組んでいる「ヒトづくり」の話を聞きたいなと思っていまして、ここからは(1人加わって)3人のトークセッション形式でやりたいと思います。

Soup Stock Tokyoは「世の中の体温をあげる会社」なんですけれども、全員で「世の中の体温をあげる」という独自の「ヒトづくり」や「働き方」の話を聞いていきたいと思います。

スープストックトーキョー取締役の江澤から、まず自己紹介をお願いします。

江澤身和氏(以下、江澤):初めまして。株式会社スープストックトーキョーの江澤と申します。

ここまで上村さんからデザインやクリエイティブのお話をさせていただきました。ここからはSoup Stock Tokyoの、そういったものを作るときの人の巻き込み方や、どのようににそれを今ある店舗全体でお客様に届けているのかを、お話したいと思っております。

(スライドを指しながら)簡単に私の自己紹介がここに年表みたいに書かれているんですが、2005年の2月にアルバイトとしてSoup Stock Tokyoに入ったのがスタートですね。そこから社員になり、店長をやり、エリアマネージャーをやりました。2016年の2月に、スマイルズから1事業であったSoup Stock Tokyoが分社しまして、1つの会社になりました。その半年ほど前の2015年の10月に、今まではなかった「人材開発部」という部署が会社内にできました。

Soup Stock Tokyoって、たとえばデザインとか商品はけっこう、お客様に向けてメッセージとして届けられているけれども、「人の魅力」っていうのは、なかなかお客様や、働いている自分たちも自信を持って言えないというところがありました。でも、私は2005年からアルバイトとしてずっと働いている中で、この会社の魅力は「人」だと思っていたんですね。

「なんでその魅力が外に発信できてないんだろう」、「外の人に伝わってないっていうのがすごくもどかしい」と感じていまして、2015年10月に「人材開発部」という「人の魅力をどう引き出し、伝えていくか」を考え実行していく部署ができた時に、そこの責任者を任せていただきました。その(Soup Stock Tokyoの)分社のタイミングで取締役を兼任しておりまして、今に至るっていうところです。

取締役が語る「Soup Stock Tokyo」

江澤:最初に話をしていないというのもあれなんですけれども、会社の話をこのタイミングでいたします。一応、株式会社スープストックトーキョーがどういう会社かってことですが、ヴィーナスフォートのお店が1号店だったんですね。そこのお店がオープンしたのが、1999年ですね。

そこからずっと、スマイルズっていう会社の中の1事業としてやっていたのですが、株式会社スープストックトーキョーっていう会社として設立したのは2016年の2月です。今は社員が184名、アルバイト(以下、パートナー)が1529名という所帯になっております。

店舗は(一部は)今リニューアルでクローズしているところもあるのですが、全部で68店舗(2018年8月時点)ありまして、ほとんどが外食のイートインです。みなさんが知っているSoup Stock Tokyoはそちらのタイプかなと思います。ほとんどのお店(がそのタイプ)です。

さらに、冷凍のスープを専門で売っている「家で食べるスープストックトーキョー」という、百貨店のデパ地下とかに入っているものが10店舗あります。

自由が丘に1店舗だけ、「also Soup Stock Tokyo」という路面のお店もあります。ここはお酒も販売していて、一人で食べるというよりはむしろ、みんなでシェアして食べるようなスープの鍋の料理も出しております。

あとは、「おだし東京」という、こちらも1店舗だけなんですが、品川のエキュートの駅中にお店がありまして、「和のSoup Stock Tokyo」として展開している店になります。

売上で言うと約80億円なんですが、(スライドを指しながら)ここには出ていない店舗以外の卸しとかギフトとかで今、冷凍スープの分野がかなり売上が伸びています。通販もそうですね。なので、80億のうちの1/4ぐらいは冷凍スープ、実店舗を持たずに販売しているところの売上があります。

人材開発部の施策は現在進行形

江澤:私も2015年10月から人材開発部で働かせていただいている中で、「人の魅力」というのはどういうふうに磨いていくのかとか、世の中にどうやって出していくのかをいろいろとやっているんですね。

たださっき、最初の自己紹介で(スライドに)書かせていただいている年表を見てわかる通り、本当にぜんぜん人事の専門の人でもないですし、そういう勉強をしてきたわけでもなく、学歴でいうならば短大しか出てないんですね。それで、短大を出た後も5年ぐらいフリーターとかニートをしていた時期もあったりして……。そういう「学び」をすごくちゃんとしていたかっていうと、あまりそういうわけでもありません。

たぶん私自身の強みは自分自身がパートナーだったことと、そこから社員を経て、会社内でいろんな働き方をしてきているので、その時々に抱いていた「なんでこうなるんだろうな」とか「もっとこうだったらいいのにな」という思いが、けっこうたくさんあることですね。

せっかく人材開発部(の部長)という役割をもらったからには、実際に働いているみんなのためにそういうのを制度にしたり、いろんな取り組みをしていくことで、「人の魅力」をどう磨いていけるのかなっていうのをやっております。

もちろん自分一人でやっているわけではないので、上村もそうですし、経営会議のメンバーとかで、みんなで話しながら進めています。働き方だったり、人材開発という人の教育の部分だったり。パートナーさんに向けたものもありますし、社員に向けたものもありますね。

この2年ぐらいで一気に進めていてまだまだやり切れていないものがたくさんあるのですが、とにかくなにかをやり始めるというか、ただ今までのものを「まずはこれをやろう」って地固めばっかりしていると、結局なにもできないなと思いました。なので、現状を見るというよりは、とにかく「『こうなりたい』って思うものに近づくためになにをすればいいんだろう」っていうので、(手探りで)始めているものがたくさんあります。

閉店から移転へ 顧客との関係性を維持するミッション

中神:ありがとうございます。(スライドに)けっこういろいろな施策が並んでおりますけども、今日はちょっとこの中から3つくらい特徴的なものを紹介していきます。

まず1つ目は「68のご挨拶」。こちらを企画したのが上村さんですよね?

上村貴之氏(以下、上村):はい。

中神:「68のご挨拶」の詳細を説明してもらってもいいですか?

上村:はい。今年(2018年)の年始にやった企画です。全店の店長が自分の言葉でお客様に向けての年始のご挨拶を書きまして、それを各店のポスターやリーフレットとして掲げました。(スライドに)映っているのはリーフレットですね。あとWebでは全店舗のご挨拶の内容が見られます。

(スライドを指しながら)この右側が今年やった「68のご挨拶」のうちの1つです。アトレ川崎店というところのポスターです。左側のものが、有楽町店っていうお店があったんですけれども、そこが閉店する時のポスターですね。

2016年に(有楽町店は)閉店することが決まっていたんですけども、なにかできないかっていう思いがありました。

(スライドの写真は)ちょっと見えにくいんですけれども、奥が工事中のビルになっています。そこが今ある東急プラザ銀座です。その東急プラザにお店ができることになって、(有楽町店は)閉店して移転するようなかたちだったんですね。

なので「やらなきゃいけないこと」というか「ミッション」としては、ここの有楽町店にいたお客様との関係はそのままに、東急プラザ銀座のお店に来てもらうということ。それが、1つ目的としてあったんです。どうやってお客様に移転後もついて来てもらうか、ということですね。

デザイナー・上村氏が目指した顧客との関係性とは

上村:Soup Stock Tokyoに行ったことがある方はわかると思うんですけれども、スタッフとお客さんとのコミュニケーションって、あまりないんですよね。オーダーする時に「これください」って言うぐらいです。「今日はいい天気ですね」みたいなそういう会話って、ほとんどない。それはしょうがないと思うんですけれども、ただこの閉店するというタイミング、次に移転しますよっていうタイミングなので、ぜひスタッフからお客様に声をかけてほしいと思いました。

僕は、「店員さん」「お客様」じゃなくて「店員の◯◯さん」「お客様の◯◯さん」っていう関係が作れたらいいなと思いまして、勝手に「beyond the counter」っていう、(日本語に訳すと)「カウンターを越えて」っていうプロジェクトを一人で考えました。(スライドの「ご挨拶」の例を指しながら)これは店長ですけれども、それをするために、まずはスタッフが「スタッフさん」じゃなくて「スタッフの中山さん」なんだっていうことを認識してもらう。そのために、「自分の言葉で閉店の挨拶を書いたらいいんじゃないか」っていうことで、やったのが2016年。実際に、お客様とスタッフの距離も近づき、移転後も足を運んでくれるお客様が生まれました。

今年(2018年)の年始になにをやろうかってなった時に、68店舗あるんだったら全員でそれをやろうとなりました。発想までは単純でしたね。やるのは大変でした。というのが、(「68のご挨拶」までの)流れですね。