ダイバーシティ実現の契機となる東京オリンピック

藤田裕司氏(以下、藤田):みなさま、こんにちは。ただいまご紹介いただきました、東京都産業労働局長の藤田と申します。

本日はお忙しい中、「アクセシブル・ツーリズム推進シンポジウム」にご参加を賜りまして、誠にありがとうございます。また、日頃より東京都の観光振興施策にご理解とご協力を賜っておりますことを、重ねて御礼申し上げる次第でございます。

東京都には、2017年の1年間で、海外から1,377万人、また国内から5億2,000万人を超える旅行者が訪れています。開催まで2年を切りました東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けまして、東京は、国内外からさらに多数かつ多様な旅行者をお迎えすることとなります。

東京都は、世界で初めて2度目の夏季パラリンピックを開催する都市でございます。これは、ダイバーシティの実現に向けた大きな契機となる大会となります。

東京都はこれまでも、競技会場・観光施設周辺の都道や宿泊施設のバリアフリー化、鉄道駅のホームドアやエレベーターの設置などを進めてまいりました。世界中からあらゆる人々が集う東京2020大会を控え、より一層のバリアフリー化を推進していく必要があると考えております。

特に、宿泊施設のバリアフリー化につきましては、障害者・高齢者など、より多くの方々が快適に利用できる宿泊環境を整えるため、日本で初めて、車いす使用者用客室以外の一般客室を対象にしたバリアフリー基準を条例化するとともに、改修などの補助の拡充も実施していく予定です。

すべての人が平等に参加できる社会環境の実現

藤田:こうした取り組みを国内外に広く知っていただくために、「OPEN STAY TOKYO 全ての人に快適な宿泊を」と題しまして、「OPEN STAY TOKYO」というスローガンの下、皆様と協力して宿泊施設のバリアフリー化の機運を醸成してまいりたいと考えております。

世界の有名な観光地では、車いすで自由に移動して楽しめるところが数多く出てきております。都内の公共施設や交通機関等のバリアフリー化は着実に進んできておりますけれども、全ての方が平等に参加できる社会や環境について考え、行動する、いわゆる「心のバリアフリー」をさらに進めていくなど、障害のある方、あるいはご高齢の方も、誰もが気兼ねなく旅を楽しみ、自由に行動し、訪れる方をおもてなしできる、そういう街に東京を変えていく必要があると考えております。

そのためには、観光業界の皆様や都民の皆様一人ひとりが、高齢者や障害者の観光に対して、主体的にサポートする機運を高めていくことが大事です。

本日のシンポジウムでは、こうした機運を盛り上げますとともに、皆様の行動の参考となる様々な取り組みをお知らせしてまいりたいと考えております。

まず、グリズデイル・バリージョシュア様から、「海外出身の電動車いすユーザーから見た日本のアクセシブル・ツーリズム」につきまして、基調講演をいただく予定としております。 パネルディスカッションとミニセミナーでは、アクセシブル・ツーリズムに精通しているみなさまから、さまざまなご意見をいただくことになっております。

また、「バリアフリー化の取り組み事例」や「サポート機器などの展示」、「バリアフリー、旅行の専門家による相談」などの企画もご用意しておりますので、ツアー旅行の企画や受入環境整備の参考として、ご活用いただければと思っております。

結びになりますが、本日のシンポジウムをきっかけに、高齢者や障害者など、誰もが安心して快適に都内観光を楽しめる環境整備が一層進みますとともに、オリンピック・パラリンピック競技大会を通じた価値あるレガシーとして「世界一のおもてなし都市・東京」の実現に向けて、皆様方のお力添えをお願い申し上げまして、挨拶とさせていただきます。

本日は、よろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。

(会場拍手)

司会者:藤田局長、どうもありがとうございました。それでは本日の講演を始めさせていただきます。基調講演を「海外出身の電動車いすユーザーから見た日本のアクセシブル・ツーリズム」と題しまして、ACCESSIBLE JAPAN運営者のグリズデイル・バリージョシュア様よりご講演をいただきます。

グリズデイル様は、生後半年で病により手足に障がいが残り、4歳から電動車いすでの生活を送ってこられました。高校卒業時に日本を訪れた際、地下鉄の駅で、自分が乗ったおよそ130キロの電動車いすを駅員が6人がかりで持ち上げてくれた経験から、「日本は住みやすい国」という印象を持ち、「いつか日本に住んでみたい」と思うようになったそうです。

現在は、日本で生活しながら、海外の障がい者に向けた日本観光の英語情報サイト「ACCESSIBLE JAPAN」を運営されております。

それでは、グリズデイル様、よろしくお願いいたします。

(会場拍手)

1日の最初と最後に出会うのはヘルパーさん

グリズデイル・バリージョシュア氏:Hello everybody. I’m really excited to talk about……あっ、ちょっとすみません、(同時通訳機器の)日本語のスイッチが入ってませんでした。

(会場笑)

私を見ると、すぐにわかることが2つあると思います。1つ目は、私が日本出身ではないということです。私は東京に似ているところで生まれました。まぁ、(そうは言っても)ちょっと東京と違いますよね。カナダにあるトロントの小さな村の、近くにある牧場で育てられました。

2つ目は、私が障がいを持っていることです。私の障がいは「脳性麻痺」といいます。脳性麻痺とは、どういう障がいでしょうか? それは、脳へのダメージです。(ただ)普通の脳のダメージと違って、生まれたときになにかトラブルがあり、それが成長にも関わっています。

(人によって)それぞれの症状があると思います。ちょっとだけ歩くのが大変な人もいますけど、私の場合は両手と両足で、手はうまく使えないし、歩くこともできません。(スライドを指して)その証拠の写真があります。電動車いす(での生活)は4歳からです。あとは……すごくかわいかったですね(笑)。(ほかに)なにがあったかな? わからないですけど。

私の日常生活には、たくさんの手伝いが必要です。朝に最初に会う人と、夜に最後に会う人がヘルパーさんですね。ヘルパーさんのおかげであちこちへ行けて、いろいろなことができます。朝のシャワーとか仕事の支度とか、あとは夜の掃除とか食事の準備とか。ヘルパーさんのおかげで、毎日生きています。

日本好きな日本語教師からの影響

おでかけするときにいろいろな手間があると思います。(例えば)交通では、普通にGoogle Mapの(案内の)通りには行けないことがけっこうあります。乗り換えがあると、その「2分で乗り換え」は「ちょっと嘘だ」と思って、いつも20分ぐらいを(想定に)入れています。

(スライドを指して)たぶんみなさんもご存じだと思いますけど、日本の交通路はこういう感じで、鉄道はこういう感じですね。スロープを出していただいて、行き先で誰かが待ってくれているんですね。私の(故郷の)トロントの地下鉄には、こういうサービスがありませんので、それ(があること)を日本は本当に誇りに思っていただきたいと思います。

でも、残念なところは、レストランとかに行くときに大きな敵がいることです。それは、段差ですね。日本は本当に「段差の王国」だと思っていて、どうしてこんなに段差が好きかわかりませんけど。けっこう、毎日ぶつかっている敵ですね。とくにショッピングセンターとかで(ほかの部分が)完全にバリアフリーの建物なのに、わざと雰囲気のために段差を作っているのが、本当に不思議なことですけど。

さて、どうして私は、大自然に恵まれているカナダから日本に来たのでしょうか? ド田舎のカナダですが、高校には日本語の授業がありました。当時の私は、「ITの仕事をしたいな」と思っていました。まだバブル時代でしたから、日本のソニーとか任天堂とか、そういうところで働けたらいいなと。「もしかして、日本語もしゃべれたら役に立つかな?」と思って、すごく勝手な理由で日本語の勉強を始めて。

その(日本語の)先生は日本人ではなく、日本に住んでいた外国人で、勉強よりも日本の話が好きでした。文化とか日本の映画とか、いろいろとなんでも教えてくれたんですね。それで、だんだん日本に行ってみたいなと思うようになりました。「でも、どうかな。行けるかな?」とけっこう悩みました。

両親がいつも教えてくれたのは、「夢を追いかけてほしい」ということでした。「もしかしたら、健常な人と(比べると)もっと時間がかかるかもしれないし、やり方は違うかもしれない。それでも、やってみてほしい」と教えてくれました。

それでも(私の懸念としては)「日本に行けるかな?」ということだったんですね。まだけっこう情報不足でしたから、「どうかな?」(という懸念がありました)。それでも、お父さんと「そういう言葉(想像するだけで不安に思うこと)だけじゃなくて、現実に一緒に行きましょう」と話し合って、2000年に初めて日本に来ました。

もうびっくりしたのは、(一度来日してからは)逆に「行ける」と思ったんですね。何度も何度も遊びに来て、2007年に住むようになったんです。逆に、もう(カナダへ)戻らない。カナダの国籍を捨てて、2年前に帰化して、日本の国籍を得ました。

車いすでも乗れるエスカレーターに感動

また証拠写真があります。(先ほどご覧いただいた)かわいい子はどう(成長)したかな? というと、こうなりました。高校の日本語の授業です。

そして、2000年に(日本へ)来ました。日本の駅は、こういう感じでしたね。その時は法律が変わったばかりで、まだエレベーターのない駅がすごく多かったんです。

(それでも)日本の工夫を見て、けっこう感動しました。例えば、このエスカレーターは3段分の段差が(平らな)台になって、「あ、車いすでも乗れる」と思いました。「やっぱりすばらしい国だな」「住んでみたいな」と思って、日本に来ました。

日本でいろいろな良い経験があって、「いただくばかりで悪いかな、恩返ししたいな」と思ったんですね。ただ、それよりも、日本に対する愛がありました。今もあります。

例えば、恋人が見つかってすごくすてきな人だったら、「この人は、すばらしいよ!」と、たくさんの人に伝えたいですよね。同じように、私は日本を愛していて、たくさんの人に日本のことを好きになってほしい。とくに、障がいを持っている方に日本を好きになってもらって、ちょっとチャレンジして日本に来て(もらい)、日本のファンになってほしいですね。

でも、やっぱり段差のように(障がい者にとって、改善すべき)ニーズがあるかなと思います。