発達障害のある人に必要なことは事前情報による予習

橋口亜希子氏(以下、橋口):いまご紹介いただきました、一般社団法人日本発達障害ネットワークで事務局長をしておりました、橋口と申します。第2部は、隣で星加先生や久保さんといった方々がご登壇されている中、このセミナーに来ていただき、本当にありがとうございます 。

ではさっそくですが、「発達障害から考えるアクセシブル・ツーリズム」について考えたいと思います。

まずみなさんに知っていただきたいのは、発達障害のある人やその家族の中には、発達障害の特性から、旅行に行くことを、もっと言うと外出することを、そもそも諦めている方が多くいることを知っていただきたいと思います。

発達障害のある人の特性や困りごとは、実は誰もが持っている部分でもあります。ですので、発達障害を手がかりとすると、私たちが目指すアクセシブル・ツーリズムの実現がグッと近づくといったこともあります。今日この場は、そのアクセシブル・ツーリズムを実現するために、発達障害を通して一緒に考えていただきたいと思います。

(1つ目が)今日の目次にある、「発達障害のある人の困りごとってどんなこと?」。2つ目が「発達障害を手がかりとした移動と安心の連続性とはどういうことか?」。それから「発達障害を手がかりとしたハードとソフト両輪によるバリアフリーとは?」。そして、「諦めが希望に変わるアクセシブル・ツーリズムの実現に向かって」。この4つのテーマで話していきたいと思います。

発達障害のある人たちの困りごとはどんなことなのか、大まかですが、いくつか挙げてみました。まず1つは、「復習が活かせない人たち」ということなんですよね。ここでみなさんにお伝えしたいことは、「発達障害の人たちに必要なのは、復習ではなく、予習」ということです。

先ほどの基調講演で、バリージョシュアさんが、94パーセントのイギリス人が調べてから旅行に行くと言っていましたよね。発達障害の人たちも先の見通しを立てることがとても大事で、事前に情報を得る予習をしないと外出ができない人も多くいます。つまり、事前情報をしっかり予習していくことが大切な人たちです。

発達障害のある人に見られるさまざまな特徴

それから「できないことを隠そうとする」という人たちでもあります。とくにLD(学習障害)の方にこれはよく見られますね。できることとできないことのアンバランスが発達障害の特徴でもあるので、大人になってから発達障害の診断を受ける人たちもいます。

その人たちは、大人になるまで(発達障害があることに)気づけなかった。つまり、まだまだ発達障害が理解されていないということなんですよね。

それから3つ目、「いつも同じことをしたがる」。これはよく「こだわり」というふうに言われてしまいますが、ここでお願いが1点あります。そのこだわりは、その人にとって安心で安全なものなので、奪ってはいけないということです。

だから「これがないと外出できない」という子もたくさんいますね。でも、そういう子たちから、それを奪うんじゃなく、「これも使ってみるとあなたは外出ができるかもしれないよ」と、新たな安心安全となるこだわりを増やしていってあげることも大切です。

それから、どうでしょうね。日本語で「こだわり」というと、どちらかというとネガティブに聞こえてしまいますが、英語にすると、「こだわり」は「routine」なんですよね。だから、英語にするとちょっとかっこよかったりするかもしれません。言い方も大事かなと思っています。

それから「言葉をそのまま受け止めてしまう人たち」がいます。私の知り合いの青年がコンビニでアルバイトをしたんですね。彼はアスペルガー症候群と診断されています。彼がお客さんに「手を貸してください」と言われました。でも、その時に彼は「手は貸せません」と言ってしまったんです。そうしたら、お客さんが怒って「店長を呼べ」ということになったんですね。

でも、私にはよくわかるんです。彼にとっての「手を貸してください」は、「この手を切って貸すことはできません」という、相手の言葉どおりに受け取っただけなんですよね。だから、「手を貸してください」などと言われたとき、その言葉の背景にある意味や暗黙知のルールがわからなくて困ってしまう人たちも多くいるということです。

「困る子」なのではなく「困っている子」という視点

それから「考えたことをそのまま言葉にしてしまう人たち」もいます。内言語が外言語となってしまう。よく会議の中でもぶつぶつしゃべってしまう人がいると思うんですけど、そういう人たちにとっても、とても大切なのは、「心の中でしゃべっていいよ」という、ボリュームゼロの方法を教えてあげることです。

「しゃべっちゃいけないよ」ということは、発達障害の人たちにとっては合理的配慮じゃないんですよね。なぜなら本人が意識してしゃべっているのではなく、気が付いた時にはしゃべっていることが特性だからです。ボリュームゼロの方法を伝え、「口には出さないけれども、心の中でしゃべっていいよ」という許可をすることが大事かもしれませんね。

それから「いろいろな感覚が特別である人たち」です。感覚過敏の人もいれば感覚鈍麻の人もいる、多様であるということです。例えば、今日この会場ですと、聴覚が過敏な人は、エアコンの音、マイクの音、いろいろな音がもうすべて同一音量に聞こえてしまう。

逆に、感覚鈍麻で熱さなどがわからない人は、ストーブの前に座って背中が燃えていても気づかないという人もいます。だからさまざまであるということなんですね。

それから、発達障害の人たちは「情報が入りすぎて困っている人たち」と考えていただくといいと思います。発達障害は、ある意味「情報処理障害」とも言えます。それは視覚や聴覚だけではなく、さまざまな感覚によって情報が入りすぎて困ってしまっている。

今の世の中は、情報過多になってしまっています。先ほど帝国ホテルの人が「過剰にしすぎてしまうと病院のようになってしまう」と言っていましたが、情報も過剰にしすぎてしまうと、情報が取捨選択できなくなって困ってしまう人たちも多くいるということですよね。

以上、ちょっと簡単ですが、発達障害の人たちはこんなことで困っているんですよね。ここでみなさんにお願いしたいのは、発達障害のある子は「困る子」とよく言われてしまいます。でも、それは違うんですね。実は「困っている子」なんです。だから「困る子は実は困っている子」であるという視点がとても大切になります。

アクセシブル・ツーリズムのキーワードは「安心」

では、2つ目の「発達障害を手がかりとした移動と安心の連続性」に関して、お話ししていきたいと思います。先ほども申し上げましたように、心づもりや、見通しを立てられるような事前情報の提供がとても大切です。調べてから行く。事前に情報が提供されることで見通しを立てられる、そういう心づもりが必要な人たちということです。

それから、暗黙知にあるルールや当たり前、常識を見える化してあげること。「わかって当然」とか、忖度とか、場を読むのが苦手な人たちです。それらを具体的に見える化することはとても大事ですね。なので、最近のコンビニはとても行きやすくなっています。レジ待ちの列がわかりやすく、「ここに並ぶ」と足マークなどをつけてくれているところは、もうめちゃくちゃいいですね。

ただ、先日知り合いの方に聞いたら、足マークが1個しかなかったそうなんですね。そこに前の人が並んでいたら、「ここは僕の場所だ!」ってバンッて突き飛ばして、そこに立とうとしちゃったそうです。だから、足マークは3人分ぐらいあったりするともっといいんでしょうね。

それから「部分ではなく全体の支援」。先ほどシンポジウムで言っていましたが、今はけっこう点では充実しているんですね。点での支援が充実していることはたくさんあります。でも、それが線や面にはなっていない。だから、私は部分最適が重なって連続していくことで、全体最適になるような支援がとても大事なのかなと思っています。

そして、部分(最適)で安心を得ながら、その安心を積み重ねていく移動がとても大事だということです。個人的な話ですけれど、私はすごく方向音痴なんです。だから、池袋や新宿の駅がめちゃくちゃ苦手です。なぜかというと、途中で表示が変わってしまったりして、そこに移動ルートがわかっているという安心が連続していないからなんですよね。

だから、部分で安心を得ながら、それを積み重ねて移動できるということが大切なんですよね。それは通勤においても通学においても旅行においても、何においてもそうです。

先ほどのパネルディスカッションで星加先生が、「安心感を持って」という文言や、「それがちゃんと保障されている」と言っていましたよね。これからのアクセシブル・ツーリズムという点では、やはり「安心」はキーワードになると思っています。

「見た目にはわからない困難さ」への配慮

安心において大切なことは「情報とわかりやすい動線がちゃんとバリアフリー化されている」ということです。情報が過多過ぎても困ってしまう。「なんでも乗せ」は困ってしまうわけですね。多機能トイレにもさまざまなピクトグラムが全部貼ってあったりしますが、情報が過多になっていてけっこう混乱しちゃったりするわけですよね。

だから、ちゃんと取捨選択して、必要な情報がきちんとわかりやすく表示されるというのがとても大事でしょうね。それが動線としてバリアフリーになっていることがすごく大事かと思います。

「感覚に配慮した空間」というところでは、今ヨーロッパのデンマークで「Sensory Accessibility Design」というものが研究されています。部分ではなく全体というところで、建築・設計という点で、感覚も取り入れたアクセシブル・デザインを考えましょうということです。

最後に、「見た目にわからない困難さへの配慮」はどうしてもお願いしたいですね。例えば、発達障害のある人たちの中には、通常のトイレに行けない人たちもいます。でも、それが見た目にはわからないから、「一般のトイレはあちらですよ」と言われてしまったりする。だから、この見た目にわからない困難さへの配慮がすごく大事なのかなと。

発達障害というものがまだまだ歴史が浅く、発展途上にある中では致し方がないんですけれども、発達障害を含めて、見た目にわからない障害のある人たちのバリアフリーや、アクセシブル・ツーリズムが実現していくことは切に望むところです。

では、「発達障害の人たちに大切なバリアフリーってどういうこと?」について、ハードとソフトの話をしたいと思います。このたび、バリアフリー法で改正されたところには、「バリアフリーはハードとソフトの両輪が一体となって」と明記されていますね。

バリアフリーのソフト面は、ハードを補填するものだけではないんです。段差があって、車椅子の人が通れない。じゃあ、みんなで車椅子を持ち上げてあげましょう。それはソフトですが、それだけがソフトじゃないんです。ソフトだけを必要とする人もいるということなんです。ハード面を補填する部分もあるけれども、そうしたソフトだけを必要とする人たちもいるという認識が、私はすごく大事かなと思っています。