ラグビー日本代表、元主将のマネジメント論

金亨哲氏(以下、金):みなさんに1本簡単な動画をご覧にいれたいと思います。

(動画が流れる)

ラグビーワールドカップ2015で南アフリカに勝ったという話がどれだけすごいかご存知の方、どれくらいいらっしゃいますか?

(会場挙手)

やばい話ですよね。ジャイアントキリングです。そのとき監督をされていたエディー・ジョーンズさんが一番最初にキャプテンに指名して、常に「今までで1番のキャプテンだ」とおっしゃっているのが、今から紹介する廣瀬さんです。

廣瀬さんのお話の中ではキャプテンシーという話がすごく出てきます。この動画は南アフリカ戦の4日前で、この場面はそこでインタビューを受けながらお話しされている廣瀬さんです。けっこういい感じのかっこいい動画で、実はラグビー協会の公式のものです。ぜひお暇があるときにご覧ください。

(動画が終わる)

今年ワールドカップがあることをご存知の方はどのくらいいらっしゃいます?

(会場挙手)

ありがとうございます。毎回ちゃんと手を上げてくださって(笑)。

(会場笑)

あらためて今日のゲストをご紹介します。元ラグビー日本代表キャプテン、今はラグビートップリーグの東芝ブレイブブルーパスのバックスコーチで、一般社団法人キャプテン塾の代表理事、本年開かれるラグビーワールドカップ2019のアンバサダーも務めておられます。廣瀬さんです。よろしくお願いします。

(会場拍手)

では廣瀬さんから10分ほどプレゼンテーションをいただこうと思います。よろしくお願いします。

史上稀に見る大金星の裏側を振り返る

廣瀬俊朗氏(以下、廣瀬):ご紹介ありがとうございます。みなさんこんばんは。

参加者一同:こんばんは。

廣瀬:廣瀬俊朗と申します。今日は寒い中、お集まりいただきましてありがとうございます。カメラに残るということはしゃべられないなと思って。

(会場笑)

(しゃべる内容を)半分くらいにしようかなと思っているんですが……嘘です(笑)。

ワールドカップ2015年は勝利することができたんですが、事前の勝率はこんな感じだったんですね。日本のチームは24年間勝ったことがなくて、唯一の1勝は自分たちより弱いジンバブエという国でした。ワールドカップの中で南アフリカの成績は一番高かったんです。86.2パーセント。一番高い国と一番弱い国が戦って勝ったというのが、2015年のワールドカップです。

24年間勝ったことがなかったチームなので、正直チームが最初に集まった2012年は、みんな日本代表といっても誇りを持っていたわけでもないし、憧れの存在でもありませんでした。

この間(全国大学選手権で)明治大学が優勝しましたけど、あのとき明治のファンの人たちが大泣きしているんですよね。あの人たちが日本代表の試合に来るかと言ったら、あまり来ない。日本の中のラグビーの位置付けというのは、自分の大学が好きとか、自分の高校は好きだけど、日本代表のことはあまり興味ないみたいな、そんな環境でした。

本来、日本代表というのは、日本のラグビーファンの一番の憧れのチームであるはずなんですが、そうではない状況で、それは選手も感じていました。だからみんな日本代表に選ばれたと聞いても、「めっちゃうれしい!」という人もいましたが、「行くのどうしようかな……」と思うくらいの人もいる、実はそんなチームだったんです。

そんな状況の中でエディー・ジョーンズという方が監督になって、僕をキャプテンに選んでいただきました。僕自身チームを作るにあたって何を大事にしているかというと、まさに心理的安全性に近いところかなと思います。

チームのことをみんなが好きになること。そこから始めないと「僕が何を言ったとしても聞いてくれないな」と思ったので、最初は「家族みたいな軍団」という雰囲気をすごく意識して作りました。その4年間の積み重ねが、(スライドを指して)この写真に集約されるのかなと思います。4年間かけてこんなに仲良い家族みたいなチームができたんです。

ニックネームで呼ぶ効果

廣瀬:一番最初に何をやったかと言いますと、まずはニックネームで呼ぶこと。みなさん人それぞれの名前がありますが、苗字で呼ばれるより下の名前で呼ばれるほうが好きなのかなと思います。下の名前は自分の両親が思いを持ってつけてくれている名前なので。

朝会ったときに、「おはよう」だと無視もできますね。(考えられる挨拶として)例えば、何も言わない、「おはよう」だけ。「おはよう、広瀬」「おはよう、トシ」「おはよう、トシ。何してたん?」。5つ選べると思うんですけど、なるべく一番下の「おはよう、トシ。何してたん?」と言うようにしたんです。

そうすることで、向こうも名前を呼ばれるのがうれしいし、ちょっとしたことをお互い言ったり聞いたりすることによって、心理的安全性とは違うんですけど、信頼感みたいなものがどんどん培われていったかなと思います。これが個人的にやってきたことの1つです。そんな感じで仲良くなっていきました。

3つやってきたんですけど、2つ目はいろいろな場を作っていったんです。それはどんな場でもいいんですけど。この場面は国歌斉唱の練習をしています。ラグビー日本代表というのは、まさに今の日本の状況に似てるのかなと思いますけど、多国籍の集まりなんです。

彼らからしたら、「俺ラグビーは好きだけど、アジアの国を背負うって、どうなるんだろう」と不安になっている中で、僕らが一歩寄り添って「日本の国歌を一緒に練習しよう」「みんなが大事にしていることは何?」みたいなことを聞く場を作っていくことで、相手も「認めてもらえるんだな」と思って、「このチームのために力を発揮しよう」と思ってくれるんじゃないかなと思って。

こういう国歌の練習をしたり、チームソングを作ったり。それも別に僕がやれと言ったわけじゃなくて、ある人が考えてくれて。あとはロッカールームを掃除するとか、ボーリング大会するとか。そういう場を作って、チームのロイヤリティを高めるようなことをやってきました。

3つ目にやってきたことは権限移譲で、例えば、2012年からチームがスタートしたんですが、2011年に東日本大震災があったので、その被災者の子どもたちを招待したいなと思って。そのプロジェクトを作ろうとなったときに、誰かに全部お任せしたら、その人が喜んでやってくれて。

それで子どもたちを招待して試合をやったら、その人はめっちゃうれしく思って、またこのチームのために何かやりたいなと思ってくれるんです。居場所を作ると言ってるんですけど、そういうことをやっていって、だんだんチームに対する愛情が深まってきたかなと思います。

チームの「夢」「WHY」を全員で掲げる

廣瀬:もう一方で(この3つとは別に)すごく大事にしてきたことが、「なんのために勝つのか」ということです。仲良い集団になっていって「俺らええチームやん!」となったら、「じゃあ、俺らで何かしたいな」となってくるんですよね。そのときに掲げたのが、「なんのために勝とうか」です。

僕らは24年間勝ったことがなくて、2019年に日本にラグビーのワールドカップを持っていきたいなと思っているのに、その段階で盛り上がらなかったらさみしいなと思って。俺らの大義は憧れの存在になりたいということだったので、そのためには勝とうと言いました。

みなさんの会社で言ったら、「売上を上げるため」じゃなくて、「売上を上げたあとの世界ってどんなんだろうね?」ということで。「これを一緒に獲得したい」という「夢」「WHY」をみんなで掲げて、「そのためにどういうことをしていこうか?」とすごく考えてやったのがよかったです。

僕らは勝つためにラグビーをするんじゃなくて、「憧れの存在になるために勝とう」と考えました。「日本のラグビーを変えるために勝とう」と掲げたのが、すごくよかったのかなと思います。

何がよかったかと言うと、(スライドを指して)例えば僕はこの写真の2列目にいるんですが、1列目のマイケル・リーチとか大野さんとかは、みんな試合出て活躍した人なんですけど、2列目にいる僕と僕の右側の人は、試合に1分も出なかったんです。

ラグビー選手にとっての一番の居場所はグラウンドなんです。そこに出て直接勝ちに貢献できたら一番うれしいんです。でも僕らの大義・目的は「憧れの存在になること」だったので、「憧れの存在になるために何ができるか?」「2列目の僕は何ができるか」と考えると、後ろにいる子どもたちにサインするだけでも、憧れの存在に近づきますよね。

それは何かと言うと、居場所ができるんです。そうすることでこのチームに対する愛着とか、目的に向かっていく自分だけの居場所ができる。これをすごく大事にしてやってきたので、僕らはワールドカップで歴史的な勝利を収められたのかなと思います。心理的安全性を最初に作ったうえで、大義を作ったのがよかったかなとすごく思っているところです。

言えないことはいろいろあります(笑)。心理的安全性を損なわれるようなことはいろいろと起きました。(カメラを指差して)撮らないでほしいですけど(笑)。

(会場笑)

それはとんでもないことを言われて、「もうこのチームは崩壊や」ということもありました。それでもどこに安全性があったかと考えると、僕らはチームメイトだと思ってます。

居場所とか場を作ることで、選手の結束はすごく高くなったんです。みんなお互いのことをすごく大事にしたので、練習中は辛くてもみんなで温泉に行っていろいろな話をして、「また明日からもがんばろうな」「俺らも頑張ろう」という言葉が出て、それでがんばれたのかなと思います。

いかにチームの「心理的安全性」を保つか

廣瀬:人間関係がギスギスしていたら、おそらく監督からのプレッシャーがあると、チームメイトに対して「お前何してんねん!」となります。俺も「自分のせいや」となったと思います。でも、僕らの人間関係がすごくよかったので、こういう心理的安全性を損うようにプレシャーをかけてくる監督の中でもやってこれたのかなと思います。

この2年間、僕は東芝のブレイブルーパスというチームでコーチをさせていただきました。実はこのチームも……またカットしてもらうことになるかもしれませんが、心理的安全性が少し足りていない感じがあって。

シーズンが終わったから言えるところもありますけど、監督が勝つことや売上を上げることにめっちゃこだわっていたんです。監督自身もすごいプレッシャーの中で、「なんで上げたいのか」「なんで勝ちたいのか」というところがないまま、結果だけを追い求めてしまったのではないかと思います。

だからチームも勝ち負けだけで評価されるような空気になって、居心地が悪くなってしまって、「ミスったら怖い」とか「負けたら怖い」となって、本来自分たちが持っているパフォーマンスを出せないまま、ずっとやってきた。それはチームにとって苦しかったと思います。

僕はコーチとして自分の仕事をしながら、監督に言うこともありました。「僕らは何のためにやるんですか?」「どんな世界を作りたいんですかね?」とか「ワクワクしたくないですか?」と。そうしたら、咋シーズン終わってから、「俺がもっと早く気づけたらよかった」と言っていただいて。

「やっぱり目的を考えながらチームを作っていったほうが、本当にみんなも主体的になって生き生きするし、よかったなと思う」と言っていただいたので、自分自身がチームでキャプテンをやってきた経験は間違ってなかったのかなと、今思っているところです。

こういう経験を踏まえて、今後自分自身としてやっていきたいことが1つあります。スポーツチームで言えば、プレイヤーとコーチ・監督の間にリーダーシップグループがあるというのが最近の流行りなんですけれど、ここに対する教育とかアプローチはあまりされていないのが現状かなと思っていて。

高校3年生や大学4年生になって、いきなり「キャプテンやれ」「リーダーやれ」と言われても、どうしたらいいかわからないんですよね。一生懸命やるんですけど、周りには弱音を吐きたくない。「俺、どうしたらいいのかわからないし、キャプテンとして自信がない」なんて言えないから、グッと1人で悩んじゃうんです。

そこに、サードオピニオンみたいに、僕とか元キャプテン経験者とか入っていくとか。もしくは同じように悩んでいるキャプテン同士が学べるプラットフォームができれば、すごく意味があるのかなと考えています。キャプテンがよくなったらチームがよくなるのは間違いないので。

キャプテンやリーダー自身がチームを動かすみたいな、こういうマネジメントを作っていけると、チームはよくなるのかなと思って。こういう仕組みを作りたいと考えています。

僕はこれをスポーツだけでなく、ビジネスのフィールドでも同じようにキャプテン学みたいなノウハウの仕組みを作りたいと思っています。ビジネスでいうと、プレイングマネージャーさんか課長さんか、ちょっとした現場のリーダーになった人でしょうか。

いきなりリーダーになってしまうと、彼らもどうしたらいいのかと悩みます。「リーダーの経験なんてないのに……」「うぅ……」と自分らしくなくなって失敗する。でも、苦しいのは自分だと思っていたら、実は周りのほうが苦しくなっていて、「あのリーダーじゃ僕たちはやっていけない!」となってしまう。

こんなふうに変なスパイラルに陥ってしまうのはよくないと思うので、そこに対して第三者がアプローチして、みんなでリーダーについて学んでいけるようにする。

そうすると生産性が上がっていく。そして大きなことを言えば、日本が豊かになることにつながって、自分が本当にやりたい見返りのないことができる。まさに僕は、見返りのないことができるということが幸せな人生だと思うので、今後そういうことをやっていきたいなと思っています。だいたい10分ぐらいですか。

:ありがとうございます。

「ジャパン・ウェイ」が生まれた経緯

:お話を少し深掘りさせていただいて、そのあとでできるかぎり会場も巻き込んでお話を聞いてみると、おもしろいかなと思います。「大義を成し遂げるには?」というところで、廣瀬さんはよく大義を成し遂げるための覚悟とビジョンとハードワークのお話をされていたと思います。そちらについて深くお話をうかがっていいですか?

廣瀬:「なんのために勝つのか」というのは僕が一番大事かなと思っていますが、みんな最初は「何のために生きるのか?」「なんでその会社なのか?」という思いを持って働いてますよね。でも、だんだん現実的な生き方になってきて、もともと持っていた思いとか志を忘れて、なんとなく自分に不満を持ちながら、「でもしょうがない」みたいに生きているのではないでしょうか。

原点の大義につながると思って、ここにもう1回立ち返ることが大事です。僕自身もこう言いながらいつも振り返るようにしています。「何のため?」をしっかり持っていたら、覚悟が生まれると思います。そして、覚悟が生まれたら何がいいかというと、すごい応援されると思うんです。

子どもたちでもそうですよね。周りの小さい子どもでも、「こいつすごい思いでやってるな」と思ったら、何か支えたいなと思いません? 何かこの人にやってあげたいとか、失敗しても助けてあげようと思うんじゃないでしょうか。それは人の覚悟を見てるんだと思います。大義を持つと覚悟が生まれるんです。覚悟を持ったらいろいろな人にサポートされるというのがすごくいいと思います。

大義をどうやって成し遂げようかというのが、ビジョン、あるいは道のり・過程ですね。ここはいろいろなやり方があると思います、ラグビー日本代表で言えば、「ジャパン・ウェイ」という言葉を掲げたんです。誰かのコピーをするんじゃなくて、「自分たちらしさって何なの?」というのをすごく追求しました。

例えば、ラグビーで言えば、海外の選手はめっちゃ大きいですけど、僕らは小さいですよね。小さい選手は下のボールを取るのが早いです。寝て起きるのも早いです。日本人はけっこう持久力があるからマラソンが得意ですよね。そしたら「持久力を使った戦い方をすれば勝てるんじゃないか?」とか。

「僕らしか持っていないものって何?」ということをエディー・ジョーンズさんが教えてくれて。「それで強くなるよ」と言われたのが、僕らにとってすごく説得力がありました。

あとはGPSをつけたり、ドローンで練習を見たりしました。ただ単に根性というだけじゃなくて、ちゃんと科学的なアプローチをとったのも、すごくよかったと思います。

最後、ハードワークというのは、当たり前というか、どうしようもないことだと思いますけど、何か大きなことを成し遂げようと思うなら、もうがんばるしかないと思います。

2015年は全部で168日合宿したんですが、朝5時半くらいからと、10時からと、午後4時からと、1日3回のトレーニングを延々と繰り返していって、それで最後は南アフリカに2点差で勝ったのかなと思います。

でも単にハードワークをすればいいということじゃなくて、しっかり正しい道程を経て、正しい努力をしなきゃいけないと思います。そこはエディー・ジョーンズさんがGPSやドローンなどを使って上手くやっていたと思います。

歴史を変えた強豪国ウェールズ戦での金星

:廣瀬さん自身、途中でキャプテンを外されてしまった時、振る舞い方や、プレイヤーとしての戦いに変化が生じたのでしょうか。

廣瀬:そうですね。キャプテンは一番光栄なポジションだと思うので、それを外されたときはすごくショックで。その理由は「too slow(足が遅い)」と言われたんですよ。「そんなん、いまさらわかってるやろ」と僕は思いました。「なんで俺がキャプテンしているんだ」とちょっと思いました。

(会場笑)

2年間やって、3年目に外されたんですが、その時はすごいストレスで、結膜炎とか肉離れとか、痔にもなったりして、すごい身体に支障をきたしました。

そのとき何に助けられたかというと、1つはやっぱり仲間でした。このチームメイトがすごい好きだったし、家族もそうですね。そういう人に見守られているとわかったので、このチームのために僕はがんばりたいと思いました。

もう1つは、キャプテンの時は調子いいことばかり言っていたのに、キャプテン外された途端にシュンとなってなんかぶつぶつ言っていたら、人としてかっこ悪いじゃないですか。「あっ、これはあかんな」と思って。

逆に考えたら、このつらい状況を自分なりに打破したら、何か新しい世界が見えるのかなと思ったんです。それで、「違う世界を見てみたいな」「これが成長するチャンスかな」と思ってがんばれるようになりました。なので、起こったことをどう捉えるのかによって、自分のマインドが変わっていったのかなと思います。

:ありがとうございます。もう1点、覚悟というお話でしたが、最初の覚悟から4年間、ずっとモチベーションを維持できるなんてことは、普通はできないのではと思います。しかも、かなり夢物語に近い大義を掲げられて、それを成し遂げようとチームを作っていったということでしたが、「この大義はいけるかな」と思われたのはどのタイミングだったんですか?

廣瀬:「憧れの存在」は最初からいける感覚がありました。人なんで多少の上下はあるんですけど、いろいろなところで、例えば電車に乗ったらたまに「いやー、がんばったね」とか言ってくれるファンの人がいるんですよね。そういう時にまたうれしくて覚悟が決まる。「ああ、俺やってきてよかった」とか。ことあるごとにそういうきっかけをもらえるのがすごくよかった。

自分から取りに行くこともありましたね。ラグビーだけのフィールドじゃなくて、いろいろな世界でがんばっている人に会うと何かいい刺激がもらえるときもあったし、そういうことを繰り返しているうちに、自分の覚悟がどんどん決まっていったと思います。

:そうですよね。その過程で、廣瀬さんがキャプテンの時に成し遂げた一番大きな栄光で言うと、たぶんウェールズ戦かなと思ったんですけど、こちらご紹介しても大丈夫ですかね。

廣瀬:はい。

:ウェールズに勝ったというのはすごい話だったんですね。詳しくは廣瀬さんから、その時何があったのかみたいなエピソードもふまえてご紹介いただきたいです。

廣瀬: 2013年の6月15日に勝ったんですけど、ウェールズはラグビーで「ティア1」といわれる強豪国の1つで、日本代表は勝ったことがなかったんです。対戦が決まった時は、「まさか、やるの?」みたいな。エディーさんに「ほんまですか?」「無理でしょ」と言ったぐらいの国だったので、正直に言いますと勝てるとは思ってなかったんです。

1年ぐらいかけてずっと準備してきて、それで勝てた時に、日本のラグビーがすごく大きく変わった気がしますし、東京の秩父宮ラグビー場でやったんですけど、お客さんが満員だったんですよね。それを見て僕らは本当に「やらなきゃいけないな」という思いが強くなりましたね。

:すごくいいエピソード、ありがとうございます。

リーダーが素直でピュアであることの意味

:次に、僕がとても印象深いエピソードで、これは著書にも書かれているから問題はないのかなとは思っているんですが。東芝でキャプテンをされている時代にもトップリーグの優勝を経験されている。高校時代も大学時代もキャプテンをされている中で、東芝の時が一番覚悟を求められたという話があるんですが、その時のエピソードをご紹介いただいてもいいですか?

廣瀬:ログミーさんにはカットしてもらわなきゃいけないかもしれませんけど。

(会場笑)

実はラグビー部で不祥事が重なったんですね。チームメイトによる窃盗があったり、ドーピング検査の中でカンナビノイドという大麻の成分が出て大問題になったんです。それは本人のダメなところはあるんですけど、日常的に吸っていたわけじゃなく、もらったタバコに大麻の成分が入っていて、それがたまたまドーピング検査で出て。

会社で大問題になって、ラグビー部がなくなるとか、その後「ラグビーはいらん」みたいなことを周りの人に言われたりして、すごい窮地に陥ったんです。その時、僕がキャプテンやっていて。

最初は「なんで俺がキャプテンのときにこんなことが起きるんだ」とすごいネガティブなアプローチをしていたんですが、途中から「自分だからこそ乗り越えられるから、自分がキャプテンのときに起きたんだな」とマインドを変えて考えました。

それと、そんな状況でもたくさんの人が応援してくれているというのがわかって、本当にうれしいなと思って。こんな状況の僕たちでも応援してくれる人たちに対して、恩返ししたいなと思ってやったら、勝てたんです。それはすごい自分自身にもいい経験でした。でも勝ったからいい経験と言えるんですけどね。負けたら「最低のキャプテンや」みたいになっちゃいますね。わからないな……。

:お話をうかがって、そのマインドの切り替えは、ものすごいなと思いました。

廣瀬:そうですね。どう捉えるかはすごく大事だと思います。今自分自身がすごく大事にしているのは、「失敗してもいいかな」という思いです。チャレンジしないほうが怖いかなというのがあって。チャレンジして失敗したんだったら、そこから学んで、次はもうちょっとよくなればいいのかなと考えるようになりました。

今までは周りを気遣って、「みんなはこういうこと聞きたいんじゃないかな? だからこういうこと話そうかな」みたいに、すごく空気を読んで発言することが多かったんです。でもあの時は何も考えずに自分の内なる声を話せたんです。そしたら、たぶん今までで一番響きました。

その時にリーダーとして学んだのは、「やっぱりリーダーは、ピュアで自分が思っていることを素直に言うぐらいがいいのかな。裏表があるリーダーのほうがよくないのかな」ということですね。

:この話は『なんのために勝つのか。』という著書にも書かれていて、すごいおもしろい話なので、ご関心があれば読んでください。

落選した9人からの熱いメッセージ

:会場を巻き込んでいく前に、もうひとつおうかがいしたいなと思っていて。僕がすごく好きなエピソードがあるんです。南アフリカに勝つ前、廣瀬さんはもう試合に出ないことが決まったあとに、1つビデオを流されたとうかがっていて、このお話をご紹介いただいてもいいですか?

廣瀬:はい。ビデオメッセージを作りたいなと思ったんですね。それはワールドカップの試合の直前ですごい緊張してて。というのも、1995年にニュージーランド代表に145対17で負けたというのがあるんです。もう歴史的大敗で、ラグビーファンの人はみんなガクッてなったんですよね。「俺ラグビーやってた」なんて言えないような状況になっちゃって、みんな隠れていたんですよ。

「2015年のラグビーワールドカップで同じように100点ぐらい取られて負けたらどうしよう」と、みんなめっちゃ不安だったんです。もう寝られない人もいたし。この状況を変えたいと、ぼんやり思っていたんです。どうすればいいかと思った時に、ビデオメッセージが一番いいかなと思ったんです。それで僕が日本にいるチームの人にお願いしたのは、日本のトップリーグだったんです。16チームぐらいですが、その各チームからのメッセージと。

あともう1つは、日本代表は4月からワールドカップの9月までの期間、40人ぐらいでずっと合宿をしてまして、最後にワールドカップに行けたのは31人なんですね。9人落ちたんです。落ちた9人からのメッセージがあったらみんなめっちゃうれしいんじゃないかなと思って、彼らにそのメッセージ作ってくださいってお願いしたんです。

そうしたら、2〜3日で本当に作ってくれて、ワールドカップの南アフリカの試合の前の日の夜にみんなで見たんです。

みんなが応援してくれてるのがわかって、すごい純粋にうれしかったんです。僕の口から「日本のみんなが応援している」と言うのと、本当に彼らからの肉声で「応援している」と言うのでは、ぜんぜん感じるものが違うなと思ったので、すごくよかったなというのが1つです。俺らだけじゃない。日本の仲間が応援してくれていると。

もう1つよかったのは、ふざけたメッセージがけっこうあったんですよね。ピンクの水着を着て、乳首が見えてるみたいな、「あっ、ごめんなさい、失礼しました」みたいな。

(一同笑)

そんなものもあって、初めてみんなで大笑いしたんです。そしたら、みんなすげえ楽になって。「なんだ。大丈夫だ、俺ら」みたいになって、「明日やるだけやな」となりました。心理的安全性になるのかわからないですけど、ふと地に足がついたというような意味ですごくよかったかなと思います。

:廣瀬さんがピュアにチームを思われていることが伝わったんだと思います。

目標は共有し、過程は個々を尊重する

:心理的安全性の部分でもう最後に1個だけお聞きしたいです。お越しになっている方はビジネスマンが多いのかと思うんですが、たぶんビジネスマンの方々からすると、例えば自分にリーダーシップがなかったりとかすると、「心理的安全性ってどうやって作るんだよ?」「そもそも自分がどうやって振る舞ったところで起きないことなんじゃないか?」「パフォーマンスが高い人たちにしかできないことなんじゃないか?」みたいな話があるかなと思うので。

ラグビー日本代表は、それこそ「日本代表」なので、「勝とう!」という意思はやはりみんな高いほうだと思うんですけど、その中でも、例えばもし自分がビジネスマンで、チームをうまく1個1個チェックしようとしたら、まず何から始められるかとかありますか?

廣瀬:最初に説明したのと一緒かもしれないですが、まずは人間関係だと思うので、とりあえず朝起きて会ったら「おはようございます」「どう、何かしました? 昨日」みたいな、まずはそんな感じから入るかな。上司を変えるのはなかなかできないと思うので、上司に対しては、ちょっとずつ「何のためにやるんですかね!?」みたいな。

(会場笑)

「これやったら、どんな世界になるんですか?」「ワクワクしたいですね!」みたいな感じから、僕は入っていくと思います。

部下の人がいるんだったら、「俺らはこのためにやろう!」という最後の絵だけ見せて、その過程は「みんなでやりたいことを教えて?」とか「俺にはわからないこといっぱいあるから」という感じで、最後のゴールだけは一緒にしますけど、途中に関しては個々を尊重したいなというのが、今僕自身が考えていることです。

:ありがとうございました。

実はZENTechでも、全員ニックネームで呼ばせていただいていて、僕も実は島津さんのことを「バビさん」と呼ばせていただいているんです(笑)。なので、それはすごい効果ありますよということはお伝えしたかったです。