人に幸せをもたらす広告テクノロジーの未来
20年間変わっていない「広告媒体としてのネット」の視点

The Next Big Thing: Perspectives from Japan's Top Entrepreneurs #3/3

IVS 2018 2018 Spring Taipei
に開催

2018年6月6~8日にかけて行われた「IVS 2018 Spring Taipei」。セッション「The Next Big Thing: Perspectives from Japan's Top Entrepreneurs」には、CAMPFIRE 家入一真氏、クラウドワークス 吉田浩一郎氏、ソラコム 玉川憲氏、フリークアウト・ホールディングス 本田謙氏、スマートニュース 鈴木健氏、ユーグレナ 出雲充氏という、企業のトップが集結。“perspective”をテーマに「どういった展望を持ち、その地平線の先になにを見つけようとしているのか」を語り合いました。本記事では、これからの広告のあり方から、まとめとしての資本主義のperspectiveについて語ったパートをお送りします。

インターネットはもはや物を探すためのメディアではない

出雲:じゃあその今やっていることを反省して、どういう方向に変えていこうとしているんですか?

本田:そうですね。結局インターネット広告が現れて、それまでと違って「広告を見せると物を買ってくれた」部分の効果が見えるようになってきたことで、今度は「物を買わせたことにあたかも広告が貢献したように見せるには、どのように広告を当てたらいいのか?」ということを突き詰めだしてしまった。

例えば、検索して消費者が商品ページを見て購買までの間に、急に広告がバシバシ出れば、たしかに買うまでに広告が貢献したかに見えます。「でも、そもそも検索してお客さんのサイトを見た人がそのあと買うのは、放っておいても起こるんじゃないの?」みたいな話なので「見てる数字と広告がやるべきこと」がどこかでおかしくなりだした、というのがインターネット広告の1つの面だと思っています。

一方で、インターネット広告が始まって20年ぐらいの歴史の中で、インターネットというメディアが「検索して物を探す」から「どうやって暇をつぶすか?」というスマートフォンメディアに変わってきたのに、広告媒体としてのインターネットの見られ方は20年来ぜんぜん変わっていない、という問題があって。

結果的に「暇な時間なのに追い回され続けている」ということが起きて、それによる消費者の嫌悪から、プライバシーの部分でも我々のような広告事業者がやっぱり言われてしまう、ということが今は起きているのかなと思っています。

出雲:次はそれにどう適応していくんですか?

本田:まず業界全体として気をつけないといけないのは「インターネットはもはや物を探すためのメディアではない」ということです。当たり前であるはずなんですけど、そこがしっかり分かっていない。広告主さんが予算をマーケティングに使う際に、やはりどこかで「インターネットというのは、物を買わせる最後の部分を見ることが可能なメディアである」という認識が依然変わっていない。

そこを叶えるためばかりにテクノロジーが伸びてきてしまったということなので、ちょっと一歩引いたところで当たり前の見方を、もう一度メディアとして見直すべきじゃないかと考えています。

歯抜けのデータがすべて見えるようになる

出雲:しつこいんですけど、鈴木さんにとってインターネットというのは、民主主義の基盤であり、そういう意味でSmartNewsはフェイクニュースと断固戦っていく。非常にmake senseするストーリーですよね。

広告主がインターネットで広告をすると「この人がいくら商品を買ってくれた」というのが追跡できるようになって「これはすごくいいツールだな」ということを理解して、今はそれに過剰提供をして。

それで「なにが正解で、なにが間違っている」という話ではなく、本田さんの考えるインターネットにおいて、その次に「追い回すのではなくて、買わせるのではなくて、広告がどうあるべきなのか?」もしくは「広告というものが、違うなにかに変わっていかなければいけないのだとしたら、それはいったいなんですか?」ということを聞きたくて、ずっとしつこく、その次に次にという、あの……。

本田:ええと、「広告費を出して、消費者に物を買ってもらう」それは当たり前のことなので、ゴールとして見ていいはずなのですが、メディアによってその特性が違う。

新聞やテレビのようなメディアもあってインターネットがある中で、インターネットだけ数字が見え過ぎているから、起きていることだったが、逆にテクノロジーが進化して、インターネットでできたことが、ほかのメディアでもできてくるのかな、と思っています。

そういうことが起きつつあると思っているし、スマートフォンの外にあるメディアは、スマートフォンと親和性が高くなってくることで、インターネット広告で取れた効果と同じようなデータを、広告掲載可能なすべての媒体で取ることができれば、結果的にそこは改善できると考えています。

そこまで来てようやく、インターネット広告が培ってきた広告そのもののテクノロジーはスタンダードになるし、これまで歯抜けでしか見られなかったデータが、すべて見えるようになってくると考えています。

そういう意味では、我々もIoT的な文脈で東京では今、日本交通さんのタクシーの後部座席に、タブレット広告媒体を4,500台ほどつけていただいているのですが、そういったことをやっていると、やはり媒体特性の違いからインターネット広告とまったくやり方が違いましたが、そういう中でも「乗車体験した人からすれば、明らかに広告効果として間違いない」というような話も頂けるようになりました。

一方でタブレット広告なので、当然スマートフォンと相性がいいですし、インターネット広告と同じように、インターネットの外に出た広告媒体の効果計測やモニタリングができるようになってきているので、こういった技術が徐々に拡がっていくのではないか、と期待をしています。

人々に幸せをもたらす広告テクノロジーの未来

出雲:ありがとうございます。違っていたら指摘していただきたいのですが、私の理解では、とくにIoTがわかりやすいと思うんですけれども、インターネットって今までは独立した世界に……IoTというのは、インターネットの世界に飲み込まれるというか、その中にこれから組み込まれていくわけですよね。

あらゆるセンサーやデバイスが、スマホよりもさらに人間に近いものになって、最後マシンとヒューマンが1つになり、いわゆるインターネット的な世界が非常にシームレスに、物理的な世界の上にオーバーラップしていく。という流れに我々が乗っていくのであれば、自然と今の歯抜けになっているという問題は解決される、という理解でよろしいですか?

本田:はい、その期待で合っています。ですので、IoTの場合はやっぱり「データを掛け合わせて、ちゃんと使える状態にする」ことが大事かなと思っています。「スマートフォンが最強のIoTのデバイスだ」ということは、現時点では間違いなくて「スマートフォン」プラスなにかのIoTデバイスが「ちゃんと意味あるかたちでデータを1つにして使えるようになる」みたいなことが求められると思っています。

出雲:インターネットが我々の世界に入ってきて、できるビジネスが拡がってきているから、インターネット化というのは、お三方とも全面的に良いことなんですよね?

吉田:今の話で聞いてみたいんですけど。一方で、家入さんがおっしゃるように、けっこうクローズドなところにコミュニティが移ってきてるじゃないですか。

要は、全部が統合されている中だと、広告は数値の最適化ができると思うんですけど、実際は今はFacebookよりも、メッセンジャーやLINEでグループを作ったり、あるいは地域でインターネットと関係ないコミュニティに回帰してるところがあるんですよ。 こういう広告がリーチできないところに対して、広告のテクノロジーは今後どうなっていくんですかね?

本田:広告の「できる・できない」と「やるべき・やらないべき」はあると思いますが、そういったことが起きているという状況やデータを、なにか広告で使うことになる可能性はあると思っています。

吉田:「データを使えるか?使えないか?」というところのpermissionというか、境なんですね。でもさっきの話だと「全部リーチできるのはおかしい」という流れに今なってるわけじゃないですか。そうやってだんだん、GDPRも含めて、個人の権利がどんどん整備されてくると「広告ってなかなか入り込めないみたい」な感じになってくるんですかね?

本田:そうですね。「どこかのデータを勝手に使ってしまうことは、もちろんまずい」というのは当然整備されて、もちろん法の範囲で各事業者はやっていますが。ただ一方で、そういった規制をやりすぎると、今度は結局、一部の巨大企業だけしか利用できないようになって「はたしてそれはいいのか?」みたいな問題もあります。

具体的にはAmazonみたいな会社が、物の注文を受けてから届けるまで、1社だけで完結できるようになっている中で、いよいよそこが広告事業を始めたときに「もうそこだけでいいんじゃないか?」みたいなこともやっぱり言われていて。はたしてそれがいいのか、それとももっと独立した専業会社が活躍できたらいいのか。 つまるところは「必ずしもそれは人の幸せなのか?」みたいなところなのかな、と思いますね。

広告が人生の中で果たす役割

出雲:吉田さん、よろしいですか?

吉田:広告は人の生活にとってなんですかね?(笑)。今の話って、notificationの一種だとしたら、善なるものを目指した広告と利益目標を下にやっている広告というのはなにが違うんですか?

本田:これは、文明の過渡期において企業の要求を満たせるものとして存在しているけど、本来的にはなくなるはずのものであると思ってます。

吉田:なくなるはず?

本田:ただ、それがどういうタイムスパンかはわかりませんけど。

吉田:たしかに。

本田:ただ、今の文明の水準で言った場合、企業が、自社の商品を使ってほしい消費者に対して、自社の商品のブランドやメッセージを届ける手段としては、当然必要です。そういったものが必要である時代においては、当然生き残っていきます。

家入:話がまたズレたら申し訳ないんですけど、僕は広告の果たした役割は、資本主義をドライブさせる1つだったと思っていて。「じゃあ資本主義の本質ってなんだろう?」みたいなことをよく考えるんです。

要は「自分じゃない誰か」「ここじゃないどこか」「体験したことのないなにか」そういう今いるここと「本来お前はこうなれるんだよ」「こうなりたいんだろう」など、その差分みたいなものをマネタイズするのが資本主義なのかなって、勝手に捉えていて。

広告が果たした役割って、もちろん良い面も悪い面もあるんだと思うんですけど、資本主義というものを成長させて、国も会社も個人も豊かになっていこうという世界の中では、きっと「もっと僕らはこうなれるんだよ」という世界を描くみたいなものが善としてあったのかな、というふうには思うんですけど。

吉田:おっしゃるように、今の話というのは、情報のアービトラージに価値を置いている人間か、価値を置いていない人間かという話。あるいは、情報のアービトラージによって政治が止揚されたところに対して、ストレスでポーンと来るみたいな。

でも家入さんは、情報のアービトラージにそんなに価値を置いていないように見えるんですけど。要はシェアハウスも含めて「あなたはあなたのままでいいよ」ということをけっこう言い続けている気がするんです。

家入:それは自分自身がそうありたいから、というのがあると思います。よく言われることなので、わざわざ僕が言う必要もないですけど「行き過ぎた資本主義に揺り戻しがかかっている中で、じゃあ僕らはどう幸せに生きるのか?」みたいなものは僕の中のテーマでもあって。

とくに最初の自己紹介の時に言った、日本という豊かさをある意味築き上げてしまった国が、ここから先あまり希望も絶望も逆に見えないというか、希望や絶望のその先を歩いているような感覚がすごくあって。「そこで僕らはどう生きていくの?」みたいなところに今すごく興味があるという感覚なんですよね。

常に答えは変わっていくと思うし、自分の頭で考え続けなきゃいけないんですけど、今の時点で僕が美しいなというか「これは幸せだな」と思う人たちは、きっと地方に住んで小さな経済圏を回している人たちなんだろうなと思っていて。そこらへんはクラウドワークスの思想にも近いのかなという気がします。

資本主義と民主主義の展望

出雲:ありがとうございます。最後はラップアップで。日本から多くのアントレプレナーに来ていただいて、それぞれの事業の展望と「こういうものに注目している」ということをみなさんにシェアする、というお題をいただいていたセッションだったんですけれども、最後は期せずして、資本主義のperspectiveについて話が広がりました。

技術がこれだけ発展してくる中で、広告というものが「今はずいぶん行き過ぎたんじゃないか?」とか「自分たちの扱っている商品やサービスが、今後はインターネット時代にどう資本主義と一緒に使われていくのか?」という非常におもしろい展望の話に、結果として変わってきたと思うんですね。

滅多にこういうテーマで議論を終えることはないと思いますので、最後はせっかくですから鈴木博士にぜひ資本主義と民主主義の展望と、その中において鈴木さんが果たしていきたい役割について、宣言して終えていただければと思います。鈴木さんお願いします。

鈴木:そうですね。最後にテクノロジーの話と結びつけるかたちで、資本主義と民主主義についてお話ししたいと思います。そもそも歴史上の概念として「資本主義」というものが出てきたのは、マルクスが『資本論』(Das Kapital)を出版してから、世の中に浸透していきました。

この時に、資本主義とはなにが起こるかというと、基本的な労働賃金がその人の生存できるぎりぎりまで下がっていくということが起きてしまう。それは「資本というものが基本的に自己増殖する」という性質を持っているから必然的にそうなりますよ、ということを危惧したわけですね。

そのあと歴史上では面々と、いわゆる共産主義や社会主義陣営と、それから自由主義陣営の間でさまざまな思想的な論争が起きて、実際に戦争も行われました。

そういう中で、例えば、だいたいどの国にも最低賃金が設定されていますが、資本主義をうまく飼いならしていくことで、そういった資本主義の性質を止めるためにやりましょう、というものだし、社会保障とはそういうものなんですね。義務教育もそうです。

テクノロジーと人間の関係は細胞単位にまで発展する

鈴木:一方で、資本主義自体がある種の自律性を持っていて「そもそも人類のために資本主義があるのか、資本主義のために人類があるのか、もはやわからなくなってしまっているよね」ということをみんな薄々気づいているわけです。

資本主義自体が自律性を持って拡張してしまうということは、例えばネグリ=ハートの『〈帝国〉』という本にも書かれています。

この話と直近のテクノロジーの進化という話は、実は基本的に関係性があって、つまり「ある種の自律的な進化を遂げるようなシステムと人間の関係をどう捉えていけばいいのか?」という問題なんですね。

どういうことかと言うと、例えば資本主義だけではなくて、テクノロジーというもの自体がすでに自律的な進化を遂げてしまっている。「テクノロジーが自律性を持っていて、人類がそれに対して寄生されている」というような考え方もあります。

こういった、人類を超えた別のレイヤーで自律性を遂げた進化というものも見つかっていて「人間の認知的なリソースや情熱が、実はそれに搾取されているのではないか?」というような議論があるわけです。

テクノロジー的に今は「これをいかに人類が飼いならして、新しいフェーズに移行していくのか?」ということが問われていて、おそらくなんらかの意思決定システムや資本主義、ある種の資源の分配の問題が、最終的には両方とも関係してくるんですね。

どういうことかと言うと、資源が無限であれば、ほとんどの問題は問題として認識されないんだけれども、資源が有限だから、分配の問題というものが現れるんです。資本主義も民主主義も最終的に分配の問題になるんだけれども「これを最もよいかたちで分配する社会システムというのものは可能なのか?」ということが問われていて。

ベーシックインカムの問題もそうなんですけれども、最終的には「生物的なリソースをどういうふうに我々が使っていくのか?」という問題に帰結するので、おそらくブロックチェーンテクノロジーみたいなものが入ってきて、細胞単位でリソースの管理というものがなされてくる。プロトコルというのが生まれてくるわけですよね。

これは、バイオテクノロジーとナノテクノロジーの進化によって、おそらく細胞単位でのテクノロジーが生まれてきて、そのプロトコルからなんらかの新しいかたちが生まれてくるんじゃないかな、というふうに思っています。

出雲:ありがとうございます。すばらしい展開になりました。資本主義の展望を細胞単位まで解き明かして、鈴木さんに最後まとめていただきました。

鈴木:そうですね。

出雲:今日はまさかこういう展開になると思ってませんでしたので、おそらく非常に大変な通訳の負担をかけてしまったと思いますが、がんばって想定外の内容の話を通訳してくださった通訳ブースのみなさんと、そして日本から来てくださった起業家のみなさんに最後の拍手をいただいて終わりたいと思います。どうもありがとうございました。

(会場拍手)

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