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「体験」って必要ですか?(全6記事)

「他人を変えたい」という気持ちを手放すと楽になれる 密室状態の航海から学んだ、疲れないコミュニケーション

2018年9月7日~17日にかけて、日本財団「SOCIAL INNOVATION FORUM」と、渋谷区で開催した複合カンファレンスイベント「DIVE DIVERSITY SUMMIT SHIBUYA」が連携し、都市回遊型イベント「SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA」が開催されました。今回は「『体験』って必要ですか?」と題し、情報学研究者ドミニク・チェン氏、海の学校・内野加奈子氏、角川ドワンゴ学園 N高等学校副校長の上木原孝伸氏が登壇。Whole Universe代表理事・塚田有那氏をモデレーターに、子どもの得意なことを見つける質問の仕方や、SNSの世界や大自然の中でのコミュニケーションについて議論しました。

得意なことは、努力した覚えがないのに褒められるもの

塚田有那氏(以下、塚田):また上木原さんにお聞きしたいのが、何をしたいのかがわからないという高校生がたくさんいらっしゃる中で、彼らはどういうふうにそのプログラムを選んでいくんでしょうか? 先ほどの職業訓練のお話でも、最初はイカ釣りとかまったく興味がなかったわけじゃないですか。

上木原孝伸氏(以下、上木原):そうですね。例えば教員の仕事は変わってきていると思っていて、おそらくもう知識を伝えるという仕事はなくなっていくんだろうなと。いわゆる一流の先生が全員に一番前の席で授業をするということが、ネットを使えば生放送でできてしまうわけです。

そして、教員には「子どもたちに自分が得意なものを見つけさせて、それに対してどういうふうにアプローチするべきか」が言えるような伴走者にならなければならないよ、と伝えています。

子どもたちも「得意なことはなんですか?」と訊かれても、あまりピンとこないことがありますが、そういうときは「あんまり努力した覚えがないのにやたら褒められたことってない?」と訊くんです。それはその子が向いていることなんですよ。努力しないとできないことはあるし、努力することは大事なんですけれども、それは実は得意なことではなかったりします。

でも、絵の勉強をしたこともないのに、絵はすごく褒められたりするようなところに(才能の)種がある。その種を今度は仕事に繋げていくにはどうすればいいか、という話をしていく。先ほどドミニクさんがおっしゃったように、ある仕事に就くということすらナンセンスだなと思っていて。

塚田:そうですよね。

上木原:いわゆる仕事に就くというのは異質だと思っているんですね。それでN校生には、「ある職業に就くことよりも、こういうことを起こしたいという志を一つ持ったほうがいいよ」という話をしています。

ある子は企業とITと音楽を繋げたい。仕事ではなく、そういう志を持って、今いろいろな取り組みをしている子がいたりします。そういう10年先が分からない時代になっているので、「コンパスを持て」というのはちょうどいい言葉をいただいたなと思って(笑)。

時間をかけてやり続けられることも能力の一つ

塚田:本当にそうですよね。あと、得意なことというと、どうしても能力と考えがちだと思うんですけれども、好きだからずっとできることもあるじゃないですか。たぶん時間をかけ続けられることも能力の一つだと思っていて。

(スライドを指して)これは確か日本財団さんもスポンサーをされている、東京大学先端研の異才発掘プロジェクトで「ROCKET」というところがあります。ここはネット上ではないんですけれども、N高の小学生版というか、特殊すぎて学校に行っていない子たちが集まる環境があります。そこの先生にお話を聞いたときに、とにかくキノコが好きな子がいるんだと。

あまりにもキノコが好きすぎて、中学2年生の頃には、とにかくキノコを見たらどのキノコかわかるキノコ博士のようになり始めていて、「次は世界のトリュフを目指す」と言って、トリュフを探しているらしいんです。

何になるかの話をするなんて、ナンセンスじゃないですか。キノコを好きでいられる情熱は何にもならないかもしれないですけれども、それを世界一のレベルまで知ろうとする、その情熱の部分が種だと思うんですよね。

上木原:高校生には、何かに夢中になれることが一番大事なんです。うちのN高生にも、とにかく御朱印帳が大好きな子がいるんですよ。お寺の御朱印帳をずっと集め続けている子。それが何になるのと言われたらなんだけれども、御朱印帳を見れば、ああこのお寺ですねと全部言えちゃう。その情熱というか、何かに夢中になった経験が、圧倒的に高校生には大事だと思う。

ドミニク・チェン氏(以下、ドミニク):そういう子が未来の『ポケモンGO』を作れるかもしれない。

上木原:そうだと思います。(笑)

ドミニク:収集ですからね。

上木原:はい。

罵詈雑言があふれる140字の世界をポジティブに変えるには?

塚田:かつ、先ほどのドミニクさんが、気配を感じるとか、インターネット空間の共同の感覚についてお話しされましたけれど、あの(N高で実施されている)Slackホームルームっていいな、と思っているんです。

要するに、自分が好きだと思ったことが、誰かにちょっと認められるとか、共有できることから増幅していくことがすごくあると思うんですね。ただ一方で、ちょっと違う話を入れると、インターネット空間やテクノロジーを使ってシェアしやすいとおっしゃっていましたけれど、あえてお聞きすると、今は感情の増幅というものがすごくあって、ネガティブな感情も増幅しやすいと思うんです。

とくにTwitterの空間を見ていると、うんざりするほどいっぱいあるじゃないですか。140字の世界は、なんでここまで罵詈雑言があふれてしまうのかということも、やっぱりネットの功罪の一つであると思っています。そこをどうにかしてポジティブ、well-beingな方向に持っていこうと考えた場合、どうしたらいいんですかね?

ドミニク:結局さっきの環世界の話で言うと、ふだんこういうふうに対面で話していたり、もしくはSkypeなどでお互いの身体の映像を見ながら、雰囲気を見ながら話すときには、かなり複雑な情報を交わしているわけですよね。

だけど、Twitterは140字だから、マダニになったような状態(視点)になるわけですよ。なんか虫けらになって人間の言葉を使っているみたいな、非常に貧しいコミニュケーションをやっている。

塚田:はい。

ドミニク:貧しいというのは客観的な言葉で、良い悪いということではないんですね。140字だからこそ言えることもあるし、だから僕自身も、いかにバランスをとるかということに苦心しています。

今のSNSが非常に深刻な問題をもたらし始めていることが、とくにアメリカを中心にいろいろな統計データが出てきています。とくに10代の子たちがSNSを使えば使うほど、精神状態が不安定になることが定量的にわかってきていて、それに対して各種の取り組みが始められています。

だから、是正すべき問題点が非常に多く出てきているのは、そういうことが起こるという想像力なしに、「こうやったらもっと中毒状態になる」「こうやったらもっとみんながどハマりする」というふうにして企業が物づくりをしてきたから。そして、例えば、それを規制する法律があるのかなどという議論が少なかったんです。

だけど、僕はこれは時間をかけていけば解決できることだと思っています。どんなテクノロジーでも、どんな文化にしても、成熟していくフェーズがある。最初の未熟なときに問題が起きたからそれを止めようとか、テクノロジーを一切使わないという話をするんじゃなくて、もっと成熟させるにはどうするかを議論し始められる時期にきているんじゃないかと思っています。

お互いの存在がリアルに感じられれば、炎上を防げる可能性がある

ドミニク:さっきお見せした「Type Trace」という、テキストを再生するようなもの(注:コンピュータ上のタイピングを時間情報とともに記録し、再生できるソフトウェア)。僕のゼミでも全部Slackでやっているんですけど、例えばあれでTwitterみたいなものを作ったり、もしくはSlackでやってみると、なんだか相手がそこにいるという感覚があるんですね。

どうしてTwitterで人を馬鹿にしたり、人のことを罵倒できるかというと、生態心理学の言葉でいうところのアフォーダンス(注:環境のさまざまな要素が人間や動物に影響を与え、感情や動作が生まれること)を持ってしまっているんですね。

それはなぜかというと、まだ仮説なんですけれども、いろいろな検証の仕方が可能だと思っています。活字で書かれたテキストは自分の筆跡ではないので、他人事になっちゃうんですよね。さらにそれが、どこかに放り投げたものとして置かれてしまう。

そうすると、なんだか自分が言った感覚がなくなる。だから悪いことも言えると。これって、Twitterなどで人の悪口を書いている人を同じところに集めて、現実世界で引き合わせて、「さあ続きをどうぞ」とやったら、たぶんできないんですよね。

人間は構造的に、面と向かって罵詈雑言ができないようになっています。そういう社会規範がある。だったら、お互いがまるでそこに存在しているかのような感覚を少し入れることによって、Twitter上で起こっている炎上などを防げるかもしれない。今は仮説状態なので、「かもしれない」という言い方をしていますけど、けっこう自分としては確信を持って研究しているところであります。

Twitterが僕たちの世界の見え方や世界の働きかけ方を変えたということは、いつでもどんなときでも、どれだけTwitterが広まっていようが、それは再定義が可能だということです。僕は大学なり教育機関の本丸は、再定義が可能だということや、リアリティをどう伝えていけるかということじゃないかと思っていますね。

「他人を変えたい」という気持ちを手放すことで楽になれる

塚田:再定義、リフレームという言葉を最近よく使うんですけど、まずはリフレーム可能であると伝えることが、たぶん先ほどの上木原さんのお話でもあったのかなと思います。そこでまた話を戻して内野さんへ振ると、先ほどカヌーのお話をお聞きしましたけれど、11人ぐらいですごい密室状態じゃないですか。そこでの人間関係ってどうだったんでしょうか。

内野加奈子氏(以下、内野):今、ドミニクさんの話を聞きながら、思い浮かぶことが本当にたくさんあって、どこをどう伝えたらいいかなと思ったぐらいなんです。カヌーの上での感覚でいうと、例えば今おっしゃっていた「自分が言った感覚がない」というものの真逆ですよね。まさに(笑)。

11人で、しかも日常ではありえないような、(カヌーは)20メートルはありますけれども、ほとんどプライベートがない空間で、自分のしたことが直にすぐに返ってくる。しかも、それがちょっと大袈裟にいうと、自分たちの生命を支えているカヌーの上の雰囲気を左右するわけです。言ってしまえば、自分の一つひとつのアクションが自分の生命自体をちょっと左右するようなものの中にはいたな、ということをすごく思っています。

言葉が見つからないんですけれども、それはすごく豊かな人間だったり、豊かな時間を生み出す一つの条件というか、一つのきっかけになっているんです。というのは、逆に、やっぱりいい人でいられなくなるんですよね。なんだか常に優しくは在れないとか(笑)。

なんだかお互いに、ダメなんだ、ダメなんだ、というような気持ちになってきて(笑)。でも、そうかといって相手を変えようとすると絶対うまくいかない。まず、私は「相手を変えたい」という気持ちを手放さなければいけなかったところがすごくありました。でも、そうしたときにすごく楽になったんですよ。中にはとんでもないことをする人もいるじゃないですか。

塚田:うん。

内野:大きい社会であれば、嫌なら避ければいいようなものも、狭い空間の中では、自分たちが次の目的地に行くときまで向き合わなければいけない。そういうときに、相手を変えるということから、そのまま受け入れるというか、認めるというか。とにかく相手を変えようという気持ちを手放したときに、いろいろなことが違う関係性になっていきました。

2週間ほとんど寝ないで航路を決める「ナビゲーター」

ドミニク:ちなみに、11名のクルーの船長のような、ヒエラルキーみたいなものはあるんですか?

内野:そうですね。みんなそれぞれ星の見方などを学ぶんですけれども、「航路をここにする」と最終決定するナビゲーターと呼ばれる方が一人います。このカヌーがどこにいるのかを知る唯一の手がかりは、自分たちがどの距離・どの方角へ来たかという記憶の蓄積でしかないので、その人は基本的に寝ないんですよ。

塚田:うん。

内野:例えば、2週間なら2週間寝ないんですよ。

塚田:え!?

ドミニク:死んじゃわないんですか?

(会場笑)

内野:寝ちゃうと、その間の記憶が切れちゃうじゃないですか。

塚田:えー(笑)。

ドミニク:数分だけ寝るとか?

内野:もちろん数分くらいは寝るんですけれども、1時間、2時間寝たりはせず、立ったまま15分仮眠したり。例えば星がすごくきれいに見えていて、うねりも風も安定していて、このスピードであればこの距離は必ず進むだろうと概算ができるときに30分休んだり、1時間寝るというような。そういうナビゲーターみたいな人が1人います。

それと、キャプテンという船全体の帆を見てくれる人がいて、あとはみんなクルーで3人ずつぐらい。全部で11人いるので3、3、3ぐらいでチーム分けして、その中でちょっと責任を持つ人というのはありますけれど、ナビゲーターもキャプテンも本当に役割という感じで、ヒエラルキー的な感じではないですね。

あと、何か小さい問題や緊張が起こったりしたときに、それを放っておかないということがあります。それがすごく小さいうちにさらけ出すということがありましたね。

時代の変化に追いつけなくなったら、若者に教えてもらえばいい

ドミニク:お話的に宇宙飛行士の探査ミッションのクルーみたいな(笑)。

内野:そうなんですよね(笑)。

ドミニク:下手したら全員が死んでしまうような状況の中で。

内野:なんだかこのカヌーが大海原にぽつんとあるときの感覚としては、宇宙とは環境はぜんぜん違うんですけれども、やっぱり海も一歩出たら人間が生きていける環境ではないので、自分の命が何に支えられているかがすごくクリアになるんです。

この水があるから今日も生きられて、この食べ物があるから、という感じで、その中に人も含まれる。あなたがいるから私が今日生きられている、というような関係がすごくクリアではありましたね。

ドミニク:その感覚って、たぶんN高さんでも多々あると思います。僕が教師になったのは去年からなんですけれども、教師になろうと決めた一つの大きな理由が、テクノロジーを使っているとどんどん更新されていってしまうということ。

それでやっぱり思ったのが、今は僕30代後半になって、若い人たちが使うツールを作ってきたわけなんですけど、もう感覚的に自分にはわからない時代に突入したと。それは一つの諦めであるんだけれども、その感覚を常に自分に教えてくれる人たちは誰だろうと思ったら若い人たちなんです。だから、大学にいれば、毎年新しい人が僕に教えてくれる(笑)。

だから、こういうことを言うと無責任に聞こえちゃうかもしれないけど、常に「教えにも教わるものがあるはずだ」という信念というか、そういう思いで大学で教えることを始めてみたら、やっぱりそういう(教えられる)ことが日常的に起こるわけですね。

それは例えば、SNSというものを僕よりもぜんぜん高い解像度で、無意識のうちでも深く分析していたり。まあ深すぎる分析のせいでちょっと気持ちが落ち込んでしまう子たちがいるんですけれども。内野さんのお話の中で、すごく共感するなーと思うのが、コントロールしようとするのではないコミュニケーションのあり方のことなんですよね。

発酵食品の微生物と職人の“コミュニケーション”

ちょっと話が飛んでしまうんですけど、僕がそのことに気づいたのは、発酵食を作るということをやっている中だったんです。N高さん(の職業体験)では発酵食作りってありますか?

上木原:発酵食はないですね(笑)。

ドミニク:ぜひ、特別講師で実演を(笑)。

上木原:ちょっと考えます、はい(笑)。

ドミニク:今そこに僕の妻が来ているんですけれど、糠床というものを10年ほど前から何回か潰して腐らせてしまって(笑)。奥さんにまた腐らせたのかと怒られ(笑)、3回ぐらい腐らせたりしながら、今4世代目をなんとか腐らせずにやっています。

糠床の話をしてしまってすみませんね。糠床には、乳酸菌や酵母などが何兆匹といるわけですね。例えば1キロの糠床の中に何兆匹もの微生物がいて、ポンと野菜を入れると翌日とか2日後には発酵させてお返ししてくれる。これも交換条件でやっているわけですが、普通は「糠床をいかに効率的に管理するか」を考えてやればいいと思いがちなんですけど、そういうことをやっていてもぜんぜんおいしくならないんですね。

ときどきリスクテイクして、ふだんよりちょっと塩を多めに入れるとか、昆布を入れてみるとか、自分で工夫してみる。そうすると、乳酸菌や酵母たちが元気になって、今までにない味にしてくれる。これは、僕だけじゃなくていろいろな発酵食品に関わっている人たちを取材したりして、その人たちがおっしゃっているんですけど、制御しようとしないんです。

管理しよう、制御しようということではなくて、常に相槌を打ち合って、「どうこれ、どうこれ?」「いいよ」みたいな(笑)。微生物の声が聞こえるわけじゃないんですけど、本当にコミュニケーションとしかいいようがない。場合によっては、職人さんたちが微生物たちの言いなりになっているって(笑)。

(会場笑)

ドミニク:(微生物たちが)「俺たちを元気にさせろ」ということに、ひたすら従っているというふうにおっしゃる。例えば日本酒造りの杜氏さんなど、たくさんのいろいろな人たちにそういう話を聞きました。

それは教育もそうだし、もしかしたら、友人や家族とのコミュニケーション、もしくは自分の子どもとのコミュニケーションという意味でも、なにかを一方的に押し付けたり、教えるというのではなく、新しいやり方みたいなものも考えられたらおもしろいなとすごく思うんですよね。

塚田:今のナビゲート、ナビゲーターっていい表現だなと改めて思いました。

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