2つの絵を同時に見ることはできない

安藤昭子氏(以下、安藤):まず手始めに、みなさんはこの絵を見たことがありますか?  

錯覚芸術の本などでもよく紹介されるものですが、黒を見たときと白を見たときで、見えるものが違うというのはわかりますよね? 

もうみなさんご存知だと思うのでいっちゃいますが、白をみるときは壺が見えるし、黒をみると人が向き合っている絵に見えます。両方に見えるのですが、これを同時にみることはできないんですよね? 私たちの頭はそのようにはできていないんです。どちらかにしか見えないようになっている。

ではこれはわかりますか? 

見たことがある人も多いですかね。これは、どう見るかによって、その人の今の時点の関心事がわかるかもしれないんです。

ここを顎だというように見ると、若い女の人に見えますよね。ここが鼻だと思うと、おばあさんに見えますよね。一瞬にして老婆になったり若い女性になったりと切り替わるのですが、さっきのルビンの壺と同じように、同時に見るということはできないのです。

私たちの脳は、情報を「地」と「図」として捉える

なにを話しているのかというと、私たちの認識というのは、情報をみたときに、なにかしらを「地」としてとらえ、なにかしらを「図」として捉えているんです。これを情報の「地と図」と言いますが、例えばさっきのものであれば、黒を地としてとらえると浮き上がってくるのは壺ですよね。

逆に白を地として見ると、浮き上がってくるのは人の顔が向き合っている様子です。こういった形で、必ずなにか情報を受け取る時に、地と図というのに分けて考えているんですね。

これはちなみになんて書いてありますか? 見えますかね? 

だんだん、「アーッ」という人が増えてきましたが、これは青だけを見ているとわからないんですよ。白を見ていると、わかってくると思うんですが「LIFE」と書いてありますね。これもやっぱり、どちらを地としてとらえるかによって、見えたり見えなかったりするということです。

こういった形で、私たちの頭の中には、まず、情報を地と図としてとらえるという特徴があります。

これを応用すると、ここにコップが1個置いてありますが、コップをなんの地に置くかによって、そのコップが図として見えてくる情報が変わってきます。

置かれた場所によって見え方が変わるコップと、変わらないその実態

たとえば、お店を地としてコップを見ると、これは商品です。ですが、台所に置いてあれば台所用品です。工場に置いてあったら製品といわれ、ゴミ箱に置いてあったら燃えないゴミといわれる。コップというある実態は何一つ変わらないんだけれども、そのコップにはこれだけの多様な情報が含まれているのです。

その多様な情報は、情報の地の見方を変えていくことによって、取り出されるものがくるくると変わっていきます。まずは大前提として、情報の性質としてそうであるということ。情報をとらえる認知の仕組みとしてそうなっているというように思っておいてください。

これがだんだんこの後、物語のお話につながっていくのですが、ちょっとここで変わったワークをみなさんにしていただきたいと思います。

グループになっていただいて、ひとりの人にこれからお配りする絵を手元に持っていただきます。絵を持っている語り手は相手に絵を見せずに、言葉だけでなにが描いてあるのか教えてあげてください。描き手のほうのミッションは、語り手がこういった絵ですよと説明してくれることを聞いて、なるべく元絵に近づけるつもりで手元に絵を描いてください。

書き手は質問をしてもオッケーです。今からお配りしますが、4人1組グループくらいで進めていきたいと思います。前の方は、すいませんが後ろにくるっと向いていただいて、グループを作ってください。

(会場移動)

その4人1組グループの中のお一人にだけ、今から絵を配ります。あと残りの方々には、白い紙を配ります。絵をもらった人は、見せないようにね。このワークは、みなさんの画力を問うているわけではありません。情報がちゃんと伝達したかどうかということを、これから試してみるということですので、気軽にやってみてください。

なるべく元の絵に近づけるように頑張ってくださいね。準備ができたグループから、どうぞ始めてください。

(会場ワーク開始)

それでは答え合わせをしましょうか。語り手はみなさんに写真を見せてあげてください。よろしいですか? 随分、アーとかエーとか聞こえてきましたが、私からグルッと見た感じで、上手に再現しているなというチームに聞いていきたいと思います。

描き手が気持ち悪さを覚える不思議な体験

安藤:これを描いてくださった3人みなさんの絵が、よく雰囲気をつかんでいるんですよね。ちなみにこれは、なにから説明しました?

参加者1:忘れましたけど、一応、椅子と人といって……あ、違います! 少し芸術的に入って、「非常に気持ちのいい陽が注いでいます」から入りました。

(会場笑)

それで、ブロックの椅子があって、鉢植えの人と犬がいますというように話しました。

安藤:鉢植えの人というように説明したんですね。それで、こう、ちゃんとブリキのようになっているんですね? なるほどなるほど。面白いですね。あと、そちらのチーム。ここもけっこう再現性が高かったのですが。こういった写真でした。同じ人はいますか? 

(会場挙手)

いますよね。こんなふうに描かれました。ちょっと小さいのでこっちにしましょう、こんな感じとかね。あぁそうだよねというようになっているんですが、これはどこから?

参加者2:一番メインになっている、大人の男性2人にはさまれている子どもというところから説明した感じです。

安藤:なるほど。このおじさんたちのぽっちゃり感も、うまく再現できていますね(笑)。ありがとうございます。みなさんにも聞いていきたいところなのですが、時間の関係でこれくらいにします。では向き直っていただけますか。

(会場移動)

どうでしたかね? 変な体験だったと思います。すごく気持ち悪かったでしょう? 描く方は(笑)。

質問者1:質問してもいいですか?

安藤:どうぞどうぞ。

質問者1:こういうときも自分の中に物語を描いて、語ってあげたほうが、伝わりやすい?

安藤:そうです、まさに。先取りをしていただきました。

コミュニケーションは齟齬が起きることを前提に考える

安藤:先ほども、陽が降り注いでいる気持ちのいい日です、から始められた方がいらっしゃったり、別のチームでは構造から始めましたよね? どこから始めるかも人それぞれだと思いますが、ちょっとさっきやった地と図を思い出していただきたいんです。

その一枚の写真をみたときに、なにを地としてみて、なにを図として取り出したいかということを、語り手が意識する。もしくは、描き手が聞くときに、なにが地になっていて、なにが図なのかということに少し頭を傾けてみると、随分コミュニケーションが進みやすくなるはずなんですね。ブラインドスケッチというワークを、ちょっと不思議な写真でやっていただいたので混乱を極めたと思いますが、こういう混乱は日常の中で本当によく起こっていることだと思います。

誰かが言っていることを、例えば自分が部下に対して言ったことは当然伝わっているだろうと思っているけれども、部下からしてみたら、全然違う景色を思い浮かべているというような。それは夫婦関係でも、親子関係でもあるでしょう。ですから私たちのコミュニケーションの齟齬というのは、起こって当たり前だと思ったほうがいいんですね。まず、コミュニケーションは齟齬が前提だと。

相互のイメージはそもそも噛み合わないものだ、と思ったほうがいいということです。ではそのときに、どうやってコミュニケーションを進めていくのかというところが、先ほどご質問でもいただきましたが、どのようにして自分の頭の中にあるものを、相手に伝えて、相手に転写をしていくところまで進めていくかということなのですが、ひとつのシンプルな入り口としては、情報の地と図をまず意識してみるといいですよ、という話です。

ディエゲーネスとミメーシス

このコミュニケーションの齟齬を、どう解消するのかということについては、今まさに言っていただいたように、今日、これからみなさんにやっていただく物語というところを意識していただくと、随分とつかみやすくなるんじゃないかと思います。

冒頭にお話しした、物語というのは私たちの頭の中のさまざまな情報を保存する様式でした、というお話をしたのはこうしたことにも関係があるんですね。

文字がなかったときに、なんとかこの変なブリキのような植木鉢が3つが並んでいる景色というのを伝えようと思ったときに、それをどう表現するのかというところで物語という様式が使われてきたというお話です。またすこし物語の構造のほうに話を戻しますが、物語にもこうした情報の地と図と言える構造がある、というように見た人がいました。遥か昔の文字がなかったころのことです。

古代ギリシャの劇の中ですが、構造として地の文と図の文というものがやっぱりあった。ここでいう地の文とは、なにか出来事を淡々と説明している情報のことです。その上で、図の文として会話が起こっていくと。大体そうした構造になっていたんですね。地の文のことを「ディエゲーネス」といって、図の文のことを「ミメーシス」というようにいったらしいのです。

ミメーシスというのは、模倣という意味もあるのですが、事実関係を語る地の文に対して、世界のあり方を写し取ろうとしたもの、とも言えると思います。世の中の、目に見える現実とは限らないさまざまなことを、そこに浮き上がらせてきているのが図の文でありミメーシスだったんですね。

古代ギリシャ劇のような見方をしていた本居宣長

ついでなのでもう少し。ミメーシスにはアナロギアとパロディアという、もう2つの考え方がセットのようについてくるのですが、まずミメーシスという図の文として浮き上がってくるものがあって、それらを拡張していく方法論としてアナロギアというのは、まさに前々回やったアナロジーですね。類推していく、なにかに似ていると思う、なにかを連想していくという方法の思考。

パロディアというのは、パロディです。なにかをマネしながら、面白く豊かな情報にしていくということ。このミメーシスとアナロギアとパロディアというものを組み合わせながら、古代劇というのは作られていきました。

日本でもこうした見方をした人がいるのですが、本居宣長は知っていますか? 本居宣長という人は、地の文にあたるものを「ただの詞」と表現したんですね。図の文にあたるものを「あやの詞」いうように言いました。

ただの詞というのは、事実関係ですね。例えば歴史がどうなっていって、天皇がどうして、幕府がどうしてというような、現実に起こってきた、年表にかけるようなことがただの詞。そこでは語り切れないさまざまな人の機微や感情だったりするものを、あやの詞というように言ったんですね。そして人々の営みを表現するのであれば、あやの詞がすべてであると、この本居宣長という人は言いました。

ギリシャ劇と同じ構造ですね。これを編集工学の観点から情報としてみると、「コードとモード」という言い方もできます。モードというのはみなさんも聞いたことがあると思います。ファッションや洋服もモードと言いますよね? コードというのはなにかの記号やスペック、モードというのは様式や印象だったり。

つまり左側のグループは、曰く言い難いものというんですかね? 右側は事実関係として知りえるものですね。それらの組み合わせによって、私たちのさまざまな情報解釈や、今日のテーマで言えば物語というものはできていますという話を付け加えました。

物語を「型」として考える方法

ですから、先ほどのみなさんの写真を説明するときも、おそらく地と図というお話はしましたが、あちらのチームは、まずおじさん2人がいて真ん中に子どもがいますというように構造から始めました。

それはどちらかというと地の文。情報の地だったと思います。構造のほう。それが、なにか楽しそうだったり、ウキウキするような場面ですといったように、こちらの方はね、陽が射す、気持ちのいい日ですという、どちらかというとあやの詞のほうから入りましたが、そういった形で、現実的なスペックと曰く言い難い雰囲気というようなものを組み合わせながら、いろいろなものを解釈しているということですね。

それではさっそく、物語の構造の中身の方に入っていきたいと思います。お手元のパンフレットにある「イシス編集学校」では、物語編集術のプログラムもあります。

イシス編集学校の中では「守・破・離」というものがあり、「守」というのが編集術の基本のところをやります。「破」というところで編集術の応用として、この中に物語編集術も入ってきます。物語の型を学ぶと誰でも物語が書けますよ、ということをさまざまなお題で組み合わせてイシス編集学校では伝えています。そこで習う型の一部を、今日はイシス編集学校から持ってきました。

ここではみなさんに物語を書いてもらうこと自体が目的ではありません。この物語の型を使って、いかに自分自身だったり、組織だったりを考えていくと良いかなというのを、一緒にみなさんと考えたいということです。

物語の5大要素

ここに「物語の5大要素」とあります。まず、物語にはワールドモデルというものがあります。これは、世界模型、世界モデルとも言われますが、まずその物語が、世界設定、舞台設定の上に成り立っているものなのかというのがワールドモデルです。物語の世界観ですね。

ナレーターというのは、語り部です。物語を話す人。小説であれば著者かもしれないし、演劇であればナレーターの人が物語を進めるかもしれない。必ず、物語はなにかを語る人がいないと進まないので、ナレーターがいます。

キャラクターは、言わずもがなで登場人物ですね。一人のこともあれば、複数のこともあります。あとは、さまざまなシーン。これは、1枚1枚の写真のようなものと思ってください。シーンが組み合わさって、ストーリーになっていきます。

物語はどんな物語であろうが、それがどんなに長かろうが短かろうが、この5つの要素が必ず入っていて、これらが組み合わさることで、1本の物語ができている。そして、物語には必ず始まりと終わりがあるということですね。

真ん中に物語の母型というように書いてありますが、これは後ほど詳しく説明をします。物語には「母型」といえるような話の流れの型があるんですね。

これは、ジョセフ・キャンベルという神話学者が解明したものですが、たくさんの神話を調べていくと、同じような話の構造、型といえるものがある。みなさんに物語編集を体験していただくにあたって、まず物語はこの5つの構成要素と物語の母型といえるものがあるというように思ってみてください。

シーンを組み合わせてストーリーを作るワークショップ

今日2つ目のワークに入っていきたいと思います。これもイシス編集学校の「守」で出てくるものなんですが、「カット編集術」と呼んでいる編集術の型です。

これはなにをするかというと、あるシーンを組み合わせてストーリーを作るという遊びのような、練習のようなものです。

ここに4つのシーンが書いてあります。「1. テーブルの上の手紙」。それ自体は1つの静的なシーンだと思ってください。「2. 車窓を見つめる女性」、「3. 青空に飛行機雲」、「4. 会議中の男性」。映画を見るようなつもりで、この4つのシーンを思い浮かべてみてもらうと、同じ順番でもそこから想起されるストーリーというのは、人それぞれだと思います。

テーブルの上に手紙があるのは置き手紙なのか? 電車に乗って窓の外を見つめている女性がいる、手紙を置いて出てきちゃったのか? 青空に飛行機雲のシーンに切り替わって、女性のスッキリした気持ちを表しているのか? 会議中の男性が写って、この男性は女性が出ていったことを知らないのか? というように、こうしたストーリーを思い描くともなく、勝手に思い浮かばれると思うんですよね。シーンが並んでいると。

これを、今私が適当にいったストーリーなのですが、並び替えたり、繰り返したりしながら組み替えて、1本のストーリーを作ってみてください。ワークシートはみなさんのお手元にあります。

カット編集術という2つ四角が書いてある紙があると思いまが、これの左側のところに「シーンの組み替え」と枠が書いてあります。ここに、簡単に書けるように「手紙」「女性」「空」「男性」と書けばいいように、字を赤くしてありますので、これを何回使ってもいいので、シーンを順番に置いていってみてください。

それを置いたら、右側に簡単で構いませんので、「どういうストーリーだったのか」ということを書いてください。この女性が若いかどうかもわからないし、手紙が置いてあるテーブルが日本風なのか洋風なのかもわかりません。それはもうすべてみなさんの想像力にお任せしますので、これから5分とりますので、まずはチャレンジしてみていただけますか。

組み合わせの妙で物語が変わっていく

質問者1:なにを目指すかで、ぜんぜん色が変わってくるので、どうやったら良いですか? 早い方がいいのか、おもしろいのがいいのか。

安藤:スピードでいうと、まず5分の中に収めるつもりでやっていただくと良いです。おもしろくしたいか、ちょっと人の心を動かしたいか、色っぽくしたいか、というのもみなさんにお任せします。ただ、ストーリー、物語なので、なにかしら人の中に物語が浮かんでくるようなものを作ってください。

もしも、やりにくかったら、もう1つだけご案内しますね。例えば、「車窓を見つめる女性」のシーンのあとに「手紙」、もう1回「女性」、もう1回「手紙」と繰り返すだけでも、4つが単に並んでいるだけとは、何回も出てくるシーンが強調したいことだったり、そこから暗示したいことだったりすることが出てきますよね。ということをうまく使いながら、この4つのシーンを自由に組み替えてみてください。

質問者2:編集の技を見せるということですね?

安藤:そうですね。まずはみなさん、1回物語作りを実践してみてください、ということです。ここで言いたいことは、組み合わせだけで変わっていきますということです。同じ素材の組み合わせの妙だけで、いろいろと物語が変わっていきます。

あと2分をめどに、右側のストーリーの中になにかしらのストーリーを書いてみてください。短編小説を書くようなつもりで。

(各自ストーリーを作る)

安藤:そろそろ良いですか? まだ途中の方もいらっしゃるかもしれませんが、なにかしらみなさん、書いていそうですね。それでは、さっきのブラインドスケッチのチームで、お互いに発表してみていただけますか。語り部になって語ってあげてください。こういったストーリーですと。まずはシーンをどういう順番に並べたのかというところをみなさんにお話ししてから、これはこういうストーリーです、と語る順番が良いと思います。

(グループでストーリーを共有)

参加者が生み出した、イマジネーション溢れる物語

安藤;何人か聞いてみたいと思います。では、最初に順番から。

発表者1:まずは「女性」のシーンが出てきて、「会議中の男性」、それからまた「女性」が出てきて「青空」、それから「手紙」です。

安藤:はい。

発表者1:ストーリーは、遠距離恋愛中の女性と男性で、日本に女性がいて、海外に男性がいるということなのですが、女性は東京での大切な仕事を終えて、京都の自宅に向かう電車に乗っています。ぼんやり、ほっとしながら窓を見つめています。男性は海外にいるのですが、スーツがすごく似合った男性なので、会議中の男性を思い浮かべながらぼーっとしている。それで、女性のシーンに戻ってきて、電車に乗っているのですが、またぼーっと見ていると、空に飛行機が飛んでいる。その後に、京都について自宅に戻るのですが、自宅のテーブルの上に彼からの手紙が届いているという状況です。

安藤:ありがとうございます。

(会場拍手)

安藤:手紙は最後どうなるんだろうと思ったら、彼からだったんですね。東京から京都にというところが生々しくていいですよね。では、こちらの男性。

発表者2:順番は、「男性」、「女性」、「手紙」、「空」の順です。「会議中の男性」のシーンでは、なぜか落ち着かない男性。時折、携帯、時計を眺めています。シーンが変わりまして、横たわりながら窓を眺めている女性がいます。書きかけていた手紙を思い出しながら、回想シーンに入ります。手紙の名前が「生まれてくる君へ」と。「ようやく会えるんだね」とそんなことを書いてます。「ママになれるかな」というようなことを書いて、「そういえば君の名前は決まっていなかったね」というところで、「君の名前は」と書きかけたところで、また車のシーンに戻りまして、空を見上げて「君は空ちゃんだね」と。

(会場拍手)

安藤:手紙に文字が書いてあるところまで、ちゃんとシーンを演出されたところがまずいいのと、最後「空」で「空ちゃん」。みなさんのイマジネーションはすごい。

発表者3:すいません! そうそう、彼のが......。

安藤:推薦が? ぜひぜひお願いします。

発表者4:順番は、「手紙」、「女性」、「空」、「男性」と、スクリーンの順番のまんま考えてしまったのですが。夫がいなくなって5年になった。あまりにもそれは突然だった。パイロットだった夫は航空ショーで北海道に行くと言ったきり、戻ってこなかった。その足跡を追って、北海道行きの寝台列車に乗った。すると、ある男がテーブルに手紙を置いて去って行った。そこには「空を見ろ」と書かれていた。車窓を見つめる女性。飛行機が走り去って行って、飛行機雲で文字を書いていく。「殺したのは田中」。

(会場笑)

同じ空を見ていたとなりの田中。どんどん青ざめていく。女性は田中の元に向かっていった。

(会場拍手)

安藤:ありがとうございます。なんかいい話で終わるんだろうなと思ったら、田中でしたか。おもしろい。みなさん1個1個のシーンの中に、相当情報をいろいろと膨らませていただきました。情報が膨らんでいくと、繋ぎ目がいろいろとできてくると思うんですよね。それを選びながら順番を考えていただいたと思います。

物語回路が動き出さないと、ひとつの物語は生まれない

安藤:あと、どなたかおすすめの方はいらっしゃいますか? 今のように。うちのチームのこの人の話を聞いてという方、もしいらっしゃったら教えてください。

では、こちらの方でお願いします。

発表者5:はい。順番は、「男」、「手紙」、「女性」「空」の順番です。シチュエーションとしては、大豪邸の中でテーブルを囲んで4人くらいの中年男性がお互いに怒号を飛ばしているところから始まるのですが、お互いになにをやっているかというと、富豪である自分の母親が死んでしまったところの相続会議をしていまして、遺書を囲んで「この相続は俺がするんだ」とお互いに怒号を飛ばしているようなシチュエーションです。

その中で、遺書にズームをしながら回想シーンに入るのですが、昔はそんな仲の悪い兄弟4人も非常に仲が良く、父親を送る電車の中を見ながら、母親が笑顔で手を振ったり、息子たちもキャッキャと笑いあっていたりしたのですが、そんな和やかな田舎の風景の中で、空にシーンが移りまして、飛行機雲も空がとても綺麗に輝いています。そこで、また現在に戻ってくると、同じように空自体は青くとっても綺麗な飛行機雲があるのに、その青空の下では男性が怒号を飛ばしているようなシーンで終わりになります。

(会場拍手)

安藤:ありがとうございました。おもしろかったですね。まず会議が遺産相続の会議だというところにくるのが意外な設定ですが、その中でも、青空の飛行機雲を空想シーンとして使ったり、同じその空想シーンを重ねるように現実に戻ってきたり、時間旅行を同じシーンで演出されたというかたちでしたね。

もう本当にみなさんに聞きたいくらいなのですが、今のワークではものの5分くらいで、たった4つの素っ気ない情報から豊かな物語があちこちで生まれていたと思います。この作業をしていただく中で、さっきみなさんにお話した物語回路という話がありましたよね? あれが多分動いていたと思うんですよ。

そうでないと、これしかない情報から1本の物語はできないはずなんですね。なにかこういう展開になったらこういうオチだとおもしろいんじゃないか、これだと聞く人がびっくりしてくれるんじゃないかといったように、もしかすると無意識のうちに、自分が今までに聞いたことがあったり、見たことがあったりする物語のなにかの型を借りてきて、当てはめているというようなことをしていたかもしれません。

自分のなかに物語る力があると知るためのワーク

もう1つ、今のみなさんの作業をしていただいた上で見ていただくと、もう少しわかりやすくなると思うんですけれども、ワールドモデル、先ほども世界定めというような言い方もしましたが、これをしないと物語が作れなかったはずなんですよね。

例えば、東京から京都に向かう新幹線の中かもしれない。夫が亡くなってから5年が経ったかもしれない。そこはそれだけのセリフなのですが、みなさんの頭の中のイメージは、どこかの住宅街に住んでいる奥さんの風景が浮かんでいたり、京都に向かう電車に乗っている女の人はこんな格好をしているのではないかとか、なにかしらの世界の想定が初めにあるはずなんですね。

それがあった上で、シーンは私が提示した4つのシーンというのがありました。その1つひとつのシーンに対して、みなさんがイマジネーションを膨らませてくださいました。そこにいろんなキャラクターが出てきました。「女性」としか書いていないし、「男性」としか書いていないんだけれども、怒号を飛ばしている人もいれば、お腹に赤ちゃんがいる人もいる。いろんなキャラクターが出てきましたね。それらが組み合わさってストーリーになって、それをみなさん上手に語ってくださったわけですけれども、それを語っている人がみなさんナレーターでしたね。

この5つの要素が合わさって、今5分間でそれぞれ短編小説のような物語を作ってくださいました。こんな感じで、自分のなかに物語る力があるんだということを、まずはここで思い出していただきたくてこのワークをいれました。