挨拶は相手を観察するためのツール
島津清彦氏(以下、島津):みなさん、あらためまして、こんばんは。実はしーさん(竹林一氏)のお話はもう5〜6回おうかがいしているんですが、ストーリーがわかっていても毎回笑っちゃうんですね。鉄板というか、軸がもう本当にブレない。最後は人だということとか、小さいところからイノベーションを起こしていいんだよという、温かいメッセージを毎回すごく感じます。今日も本当にあらためてたくさんの発見がありました。ありがとうございます。
しーさんのお話から、禅語が1つ出てきたんですね。実は「挨拶」って禅由来の言葉で、師匠から弟子に対して問答を投げかけて、どのぐらい悟っているかや勉強をしてるかという、弟子の状態を観察するというのが語源なんです。
挨拶の「挨」は「押す」、「拶」は「迫る」という意味で、「押し迫る」っていうくらいですから、ものすごく強い言葉なんです。その上で、相手の状態をちゃんと見ていくという。目上の人から目下の人に対しての観察ツールとして、挨拶という言葉が本来はあるんです。
最近よく人事の方から、社内で挨拶が減った、返事をくれないからいやだとか、コミュニケーションがなかなか取れなくて、などとお話しをうかがうんですが、観察すること自体が目的なので、返事がなくても別にいいんです。
返事がないのには理由があるんです。10人に声をかけて6人から返事が来たとしたら、6人には6人なりの理由がありますし、返事のない4人にもそれなりの理由があるんですね。そこでどうやって一人ひとりに接していくかということがすごく大事だと思います。禅語の挨拶という言葉から、そういったことをぜひ気づいていただきたいですし、すぐに使える1つのツール、矢になると思っています。
禅の教えがビジネスリーダーには必要だと確信
じゃあ、私からは10分ちょっと、駆け足になるかもしれませんけれども、なぜ僕がここに立っているのかについてお話しします。
もともと私は大企業のスターツグループという、今はもう8,000人規模になっている会社におりまして、そのあともソニーという大企業を経験して、6年前に独立起業したんですね。
正直、大企業の改革はもう無理だなと思って、一時期諦めていました(笑)。それでベンチャーなどの若い経営者の育成をしているんですが、実は独立したあと、私は出家得度しまして。今は曹洞宗の禅僧でもあるんですね。
修行していくなかで、禅の教えが大企業やビジネスリーダーにすごく必要だなと気づきまして、2年ほど前から、大企業や金融庁といった官庁も含めて禅の研修をやらせていただいたところ、非常に好評となりました。いまは毎週のようにやらせていただいています。「座禅 研修」で検索していただくと、私が6年前に作ったシマーズという会社がほぼトップでヒットするようになっています。
さらにここで「心理的安全性」という言葉と出会ったんですね。言葉自体にもすごく惹かれたんですけど、よくよく調べてみると、「ここにはちゃんと科学的エビデンスがあるぞ」と。こういう感覚的かつ体感的な「禅」と、科学的な「心理的安全性」が出会って、ちゃんとサイエンスとして提供できれば、大企業や官庁のような大きい組織も変えられるんじゃないか。そう考えて、ビリビリって電気が走ったわけですね。
7月には会社(ZENTech)を立ち上げて、今回は3回目となるイベントをさせていただいております。
肩書で仕事をし、拙速に物事を進めるという失敗
この言葉に出会う前に、私はたくさんの挫折も経験しました。今日は3割の方がリピーターとおうかがいしているので、新しい話も3割ぐらいさせていただきたいと思います。なぜ挫折したのか振り返ってみると、原因は2つあるなと思うんですね。
1つは、「自分はできる」「自分は偉い」「自分には成功体験がある」といった自信で傲慢になったこと。それに自分が気づいておらず、肩書きで仕事を進めようとしていました。
例えば、指示も「僕が部長だから、僕が専務だから、言うことを聞きなさい」と。絶対うまくいかないですね。一時的にはうまく回ったとしても、絶対に反発や反動があります。
もう1つは、拙速に進めようとしてしまうこと。これはスピードとは違って、プロセスで手を抜いて、丁寧さを欠いたまま進めてしまうことです。本当はAさん、Bさん、Cさんの順番で話さなきゃいけないのに、いきなりCさんに話してしまうとか、数字だけ見て数字から入るとか、そういったプロセスを飛ばしてしまうことです。だいたいこの2つの原因で、すごく失敗をしてきました。
顔面麻痺になり、マクドナルドで買ったモーニングセットをトレーに乗せたまま、八重洲の地下通りをずっと歩いていたところ「大丈夫ですか、島津さん?」と部下に声をかけられたりしました。
たぶん病院に行っていたら「うつ」と診断されて、「3ヶ月休め」と言われてたんでしょうけれど。それはいやなので、行かないで自分で治したという、そんな経験もあります。
プロセスをていねいにこなし、観察から始める
そのあと大いに反省して、できるだけ謙虚にということで、チャンスをいただいたんですね。親会社がとあるビル会社を買収して、そこの再生を任せるということでした。
ここまででものすごく痛い思いをしていますから、もう顔面麻痺にはなりたくないと思って、とにかく謙虚に謙虚にということで、ビルメンテナンスの会社の社長として5年弱やらせていただきました。
それを1枚にまとめると、とにかくプロセスを丁寧に、まず観察から始めました。先ほど、挨拶も観察だとお話ししましたけど、ちゃんと目で見ることですね。そのあと、丁寧に質問する。傾聴ですね。これにはコーチングとか、いろいろな技術がありますけれども。
そのあとに自己開示をちゃんとする。失敗談もちゃんと話すということですね。同じ目線で「僕も同じ失敗をしました。いや、あなたよりもっと大きな失敗をしています」と話す。そこで、信頼関係や心理的安全性を構築した上で、アクション(改革)に移していきます。
ちゃんと観て、聴いて、その上で、自分の考えやビジョン、失敗談すら完全にさらけ出していくことで、強固なコミュニケーションのベースができます。ここをしっかりやれば、そのあとは、もううまくいきます。
島津氏が取り組んだアクション
社長であろうとなんだろうと、人生には必ず死があるように、絶対に別れる時がきます。つまり定年が来るわけです。その時に、感謝の気持ちで向き合うことができれば、これはうまくいったなと思えると。
「じゃあ、実際にはどんなことやりましたか?」ということですが、ざっといろいろあります。最も業績の悪かった店長を数字で詰めないとか、繁忙期には現場を回ってカップ焼きそばを差し入れたりとか。あと、社員の家族を会社に招待して、お父さんの椅子にお子さんに座ってもらって、「パパはこんなところでがんばってるんだよ」とか、そんなことをやってきました。
また、すれ違いざまに褒める、エレベーターで褒める。あと、けっこう有効なのは手を振ること。当たり前のことなんですけど、みんな人を見てるんですね。そのときに「こんにちは」だけじゃなくて、こうやって手を振る。
こんな感じで、AKB48じゃないですけど(笑)。手を振るって、本当にちょっとしたことなんですけど、すごく効果があります。部下が不安になって、いつも上司の顔色をうかがっている時に、ニコッと笑って上司が手を振ってくれただけで、それだけでなんか救われることってありますよね。そういうことをやってきました。
でも、うっかり忘れちゃった時は手帳に書いておきます。「明日、田中さんに手を振る」(笑)というところまで書いて、忘れないようにしていました。今だったら、アラームを設定して手を振ると思うんですけれどもね。
宣言だけでなく、文字に残すことでコミットする
他にもいろいろなことをやりましたね。スマイルコンテストとか、着ぐるみを着て仕事をするとか。こういう話をすると、「それって島津さんじゃないとできないじゃないですか」とか言われるんですけど。
今でこそ「心理的安全性」なんて言いますけど、当時は「風土とか社風を構築しよう」と、宣言するだけではなく、文字に残してコミットできるように、日めくりカレンダーを作ったんですね。
例えば、「新入社員は会社の宝です!」ということを人事として言って、全社に飾ったりとか。そんなことをやりました。さらには、社長室を保健室にして、具合が悪い人に「ここでちょっと寝ときな」というようなことをやったりもしました。
(スライドを指して)これは実際の画像なんですけれども、すごくシュールですよね。私が作ったビル会社のかぶり物なんですけど、みんな誰も相手にしないで仕事をしています(笑)。
こんなことをやっていた時に、実は私のボス(会長)と目が合ってしまって。「島津くん、なにをやってるんだ?」みたいな感じで(笑)。でも、さすがに会長は大物なので、ニコッと僕に笑ってくれて、そのまま見逃していただきました。
(スライドを指して)これは焼きそばを差し入れしたときですね。繁忙期が真冬だったので、インフルエンザ対策のスプレー等を全部持っていって。最初、実はカップラーメンを持っていったんですね。そうすると、忙しいときは麺が伸びちゃうんです。
店頭で接客していると、お客さんが来るたびにすぐ接客に入らなきゃいけないんです。30〜40分接客して、残りを会議室で食べようとしても、とても食べられないくらいに麺がパンパンになって伸びきっているので。カップラーメンは失敗したので、じゃあカップ焼きそばにしようってことにしました。
単身女性向けマンション開発の成功事例
ここからはどんなイノベーションをやってきたかなんですが、正直僕はイノベーションのような大したことはやっていません。ただ、しーさんに言っていただいたように「小さいことでもいいんだよ」ということで、どんなことをやったかをお話ししたいと思います。
まだインターネットマーケティングといった言葉がない2002年ごろに、賃貸マンションの建設部門と「OZmall」という女性向けのサイトがコラボして、単身女性向けのセキュリティのマンションを開発しました。まだセブン−イレブンさんが、やっと「インターネットでマーケティングします」と言っていたような時代ですね。
これを提案した時は、役員会もなにも、みんな大反対でしたね。「女性向け? 危ないだろう。狙われるんじゃないか」「いやいや、そうじゃなくて。セキュリティをしっかりさせて、調光ができるバスルームとか、ロングブーツの入るシューズボックスを作ったらいいんじゃないか?」と。みんな大反対だったんですけど、反対されてどうしたのかといったら、黙ってやっちゃいましたね。
(会場笑)
絶対にうまくいくと思ったんです。結局はメディアに取り上げられて、いろいろなところから取材が来たんですね。そしたら会社も急に変わって、「我が社はこんなことやってます」という感じで急にアピールしたりし始めました。
なんでもいいから日本一になったことがあれば、もれなく初任給に1万円プラス
あとは、「探し・育て・活かす」という採用の方法です。採用の目線がみんなバラバラだったので、当時、一気通貫の戦略人事を始め、全部チーム化しました。
他にも「一芸×採用」ということで、学生時代になんでもいいから日本一を取った人は、初任給で1万円プラスにしますというのをやったんですね。そしたら、これもメディアからけっこう取材を受けまして。それでいい採用ができたんです。サーフィン日本一とか、ハンドボール日本一とか、レスリング日本一とか。すごい学生が1年目に何人も入ってきたんですね。
そうしたら既存の社員が「俺だって昔◯◯で日本一だったんだから手当くれ!」と言い出して。既存のほうを向いてアンケートを取ってみたら、ちゃんばら日本一とか縄跳び日本一とか、まったくよくわからないものがたくさん出てきて。認定をどうしたかというと、日本一をとった時の画像を見せてくれたら、一応それでOKということで。そんなこともやってきました。
これは大したことないんですけれど、休暇制度もあります。みんななかなか休みを取らないので、記念日休暇というアニバーサリー休暇をやりまして。「どんな記念日でもいい、絶対全部OK出す」ってコミットしたんですね。
「犬のポチの誕生日でもいい」とか言ってたら、本当にそういう申請が上がってくるわけですよ。そしたら人事のスタッフが「島津さん、これ本当にいいんですか?」「いいと言ったら、いい!」と。これはいまだにけっこう喜んでいただいているみたいですね。
イノベーションは異質なもののかけ合わせから生まれる
子育て支援は普通の手当なんですけど、名前を変えただけです。「エンゼル手当」とか「ファミリー手当」と、ただ名前を変えたりして作りました。いろいろな手当制度をやったので、当時の給与明細を見るともうめちゃくちゃで。「エンゼル手当」「ファミリー手当」「日本一手当」「金星給与」とか、とにかくいろいろなことをやっていたので、なんだかおもしろい給与明細になっていたんですね(笑)。
そのなかで、「結局イノベーションってなにかな?」となると、僕のなかでは「かけ算かな」と思っています。0→1とよく言いますけど、「そもそも世の中に0ってあるの?」という考えもありますよね。だから、まったく異なる遠いものをかけ合わせるだけで、けっこうイノベーションって作れるんじゃないかなと。
なので、今日は「心理的安全性×禅」ということで、なんとなく違う遠いところにあるようなものかけ合わせていくことで、イノベーションを作っていけたらと思っております。
心理的安全性と禅はどう交わるのか
「心理的安全性と禅はどう交わるのか?」というところで、心理的安全性の構築の前提としてはやっぱりリーダーのあり方が関係してくるんですよね。
それは肩書きや立場だけじゃなくて、一人ひとりのなかにあるリーダーシップと、自分自身のあり方で。自分の中にまず心理的安全性を作らないことには進んでいかないんですね。それには、やっぱり自分と向き合う「禅」という考え方が非常に大事です。まず自分の状態を知るということですね。
もう1つが、先ほどの「挨拶」という禅の言葉もそうですが、禅語という言葉の力を活用して、自分でマインドセットする。なにかあったときの転ばぬ先の杖になるような、そんな言葉がたくさんあります。そういったところで交わっていくと確信をしております。
ということで、私からの話は以上とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。
(会場拍手)