慶応義塾大学SFCの村上氏が登壇

村上恭一氏(以下、村上):たくさんの方に最後までお残りいただきまして、ありがとうございます。本日モデレータを務める、村上でございます。よろしくお願いします。それぞれ別のセッションに出ている方もいらっしゃるかと思うので、どういう事業をやっているのかについて、鈴木さんを除いた2人から5分ほどもう一度お話しいただくことにします。まず私から、今日の見どころの話をしたいと思います。

自己紹介から始めたいと思います。今日見ていただきたいのは、2つのキーワードですね。1つが、鈴木さんが朝一番(の講演)で出した第2種基礎研究という話。もう1つが、サービス・ドミナント・ロジック(事業や製品・商品をすべてサービスとして捉える)時代に変わっているというお話です。

いまご紹介があったように、私は慶應義塾大学SFCの大学院でわがままを言いまして。最初に就任した時は特別研究教授ということで、研究しかしなくていいということで、教授会にも出ませんし、試験監督もやらないという契約条件のもとで(勤めています)。同じ条件を青山学院大学に突きつけて、法学研究科で客員教授をやっています。青学では知的財産法が担当です。

同時に、SFC研究所のキャリアリソースラボで、人事系の研究と同時に、青学の知的財産連携機構で大学の知財全般の管理をやっています。

社会での活躍は、ゼロワンブースターさんをお手伝いさせていただいているのと同時に、価値創造フォーラム21という経営者団体の顧問を務めていまして、そちらで経営者の方々の育成をしています。ほかにもたくさんあるんですけれども、今回は関係ないので、省略させていただきます。

今日(登壇される)上田さんとの関係で経歴を言うと、2002年度の国際観光学会に論文賞を受賞しています。(「祈祷師」と書かれたスライドを指して)本業はこれです。何を祓っているのかと言うと、デカルトの人間機械論の呪いを祓っているわけですね。「人間が機械なわけがないだろう」というスタンスで、物事を考えていくと(いうことをしています)。

イノベーションにまつわる日本人の誤解

村上:今日押さえていただきたい重要な点ですが、アントレプレナーという言葉はよく誤解されています。ゼロワンブースターさんが出した本の第1章にも出てきます。(スライドでは)2014年に出た論文の絵を取ってきています。海外ではここ(商社)にいる人を言うんですね。さらに深刻な問題が(スライドを指して)これです。今日なぜこのメンバーが集まっているのかと言うと、本来は社会課題があって、それを解決するためにインベンション(発明・創意工夫)が行われています。

オープンイノベーションの最強手法 コーポレートアクセラレーター

だから、イノベーションとインベンションをよく勘違いしていたり、インベンションをやる人がアントレプレナーや起業家だったりするなど、日本ではとんでもない誤解をされているので、うまくいかないわけです。(スライドを指して)これは全部揃ってエコシステム(なんです)。当然、ベンチャーキャピタリストやファイナンスのほうがいるということですね。

MITも同じことを言っています。「『何をやるか』よりも『誰とやるか』がすべてである」ということなので、コミュニティをどうつくっていくのかが問題です。

第2種基礎研究というのは(スライドを指して)これです。みなさまもアクセスできる武田(計測先端知)財団のWebサイトに、吉川(弘之)先生の手書きの図が載っているんですけど、きれいに書き直すとこういうふうになります。

世間の注目を浴びるのは、右端の第1種基礎研究です。現実にリリースされてヒットされる。この(夢と現実の)間を渡すことが本当は重要なわけですね。よくある間違いが、なにかのシーズが市場で一気にリリースできるというものです。こんなことはありえません。真ん中のサポートがすごく重要ですね。

次の間違いもとんでもないのですが、これです。市場にあったもの(他社事例・成功事例)をリバースエンジニアリングすると、なにかが生まれる。これもありえないです。よくある他社成功事例という考え方もおやめくださいということですね。

コーポレートアクセラレーターはなにをやっているのかと言うと、デコボコの山あり谷ありで試行錯誤をしている間の(悪夢の)谷ができるだけ深くならないように、せめて支えているというのが実態かと思います。

日本企業は「心配のマネジメント」ができない

村上:もう1つ、今日上田さんにお越しいただいたのは、世の中がサービス・ドミナント・ロジックに変わっているということです。これについて、ジョージ(Goda George)さんが書いた記事が、2017年5月14日にゼロワンブースターのブログにも出ています。

ちょっと詳しく話をすると、『Journal of Marketing』にも出た話で、「2004年ぐらいからものの考え方が変わってますよね」ということです。それがさらにブラッシュアップされるのは少しあとなんですけれども、ものの見方の問題だということです。

ものの見方の問題とは、お客さまに届ける価値創造が、生産者側から当事者間の共同創造プロセスに移行することがポイントだということです。さっきから顧客を巻き込むという話がたくさん出ていたと思うんですが、最近、UX・CXという言葉が流行りのように出てきているのは、そういうことです。

(スライドを指して)日本企業が抱えている問題は、まさにこれです。心配のマネジメントですね。「こんなところでアイデアを話してパクられたらどうしよう」という。NDA(機密保持契約書)を交わすとか言っている間は、共創ができない企業体質にどんどんなっているわけです。それを信頼に変えていきましょうというお話が、今日のパネルディスカッションのメインになるかと思います。  

みなさまがこの(信頼と心配という)漢字が読めないと思って(ふりがなを)書いたわけじゃなくて、平仮名をよーく見てください。この2つは、1字違いで大違いなんです。でしょ? 「ら」と「ぱ」の違いだけですから。1字置き換えましょう。

ということで、(私と)もしコンタクトを取りたいということでしたら、Facebookのメッセンジャーでも(いいですし)、Eightでも名刺登録されているので、(メッセージを)お送りください。あとは上田さんにお渡ししたいなと思います。よろしくお願いします。

上田泰志氏(以下、上田):みなさまこんにちは。よろしくお願いします。JTBの上田でございます。JTBの経営戦略本部で主に事業開発等を担当しております。私たちJTBという会社は、みなさまに100年以上ご愛顧いただいてまいりました旅行会社でございますが、いろいろな意味で、我々はいま、非常に難しい環境に直面しておりますので、その辺りの話からさせていただきたいなと思います。

まず、我々の現状と課題、危機感のようなところを簡単に共有させていただきたいと思います。 JTBグループとは(スライドを指して)このような会社体です。世界中に数多くの拠点があり、数多くの社員が日々懸命に生業に取り組んでいる、そんな旅行会社グループであります。

一方で(スライドを指して)我々は今、いわゆる「壁」に囲まれている状況だと考えています。(スライドの)上の方に我々が直面しているさまざまな環境が書かれています。(こういった)社会的な環境の変化や、あるいはいままで脅威とは捉えなかったようなさまざまな新しい存在によって、周囲を囲まれているのがいまの我々の会社であります。

そうした中で、下に書いてあるとおり、「改善」や「少しの進化」というレベルではなくて、いままでとレベルの異なった変革やチャレンジを行わなければいけない。そういったことを迫られ、決意しております。

第3の創業期を迎えたJTB

上田:そういったなかで、当社は2018年度から、大きな経営改革をスタートしております。

過去に遡りますと当社はこれまでも改革を繰り返してきた歴史があり、第1期では、いろいろなチケットを代売して手数料をいただくモデルづくりを行いました。次に第2期として、いろいろな旅行素材を組み合わせて、自分たちで値付けをして販売する「パッケージ旅行」のモデルをつくり出しました。

しかし、こうしたモデルがすでに環境変化に適合しきれない状況になりつつある中、我々は2018年度からを第3の創業期と位置づけています。先ほどから社会課題解決という話も出ていますが、まさにソリューションを提供することで、新しい価値をつくっていかなければならない局面に来ているということであります。

我々は世の中のみなさまには旅行業というイメージで定着していると思いますが、経営改革に合わせて「事業ドメイン」も「交流創造事業」と再定義し、「JTBならではのソリューション(商品・サービス・情報および仕組み)の提供により、地球を舞台にあらゆる交流を創造し、お客さまの感動・共感を呼び起こすこと」を目指しております。

そのためのJTBならではの価値づくりのために、旅行業で培ってきたHuman Touchの力をベースに、いかにDigitalの力を掛け合わせるか。そして、まさにアクセラレータープログラムも含めて、その掛け合わせをOpen Innovation & Allianceによって実現することによって、JTBならではの新しい価値をつくっていこうという取り組みを行っております。

体制も大きく変えました。実は私たちは昨年度まで、地域・機能ごとのいろいろな会社に分社をしていました。これを1つのJTBに統合するというアクションを行いました。

また、基本戦略としても、左下のグラフ部分に書いてありますように、いまは比較的割合の大きいグレーの領域の旅行の利益規模を保ったまま、青い領域のソリューションビジネスの利益規模を大きく拡大していこうという方針で、取り組みをしています。

背景としてありますのは、「いまの事業モデルをこのままやっていても、我々に未来はないのだ」という危機感です。ある意味、いまの事業モデルを破壊してでも、新しいイノベーションを起こしていかないといけない。こうしたなかで、いま、私どもとしては第3の創業に挑んでいるということであります。

オープンイノベーションには2種類ある

上田:ただ、自分たちだけでは内から壊すことはなかなかできません。だからオープンイノベーションという取り組みをしているということです。私どもは、2つのオープンイノベーションがあると認識をしております。

左側にあるアウトサイドインは、世界中の破壊的イノベーションの情報を積極的に集め、その中から内へ取り込んでいく考え。一方インサイドアウトは、内から我々の強みやリソースを発信して、それに対してスタートアップを中心としたみなさまにいろいろなご提案をしていただくという考え方です。

実際の取り組みについてご紹介します。まずアウトサイドインについてです。私どもは、上にあるような、いくつかのファンドに、LP(リミテッド・パートナー)として出資をさせていただいていまして、そこからさまざまな情報をいただいて、Research、Findings、Ideationといったプロセスを経て事業を模索していくという取り組みにトライをしています。

一方、今回、ゼロワンブースターさんのカンファレンスに登壇させていただいたのは、たぶん、もう1つの考え方の取り組みのほうを目に留めていただけたからだと思っています。それはインサイドアウト型ということです。「我々JTBグループは、こんなリソースを持っていますよ」「こんな強みがありますよ」「こんなことをやりたいんですよ」ということを、内から外のみなさまに発信をして、それに対してアクセラレータープログラムの中でご提案をいただきました。

結果的に、スタートアップを中心とした254社の企業さまにご応募いただきました。そして、隣のお部屋にも何社かいらっしゃっていますけど、4社の企業さまを採択をさせていただいて、実際に事業化に向けて取り組んでおります。

……これが現在のJTBでございます。

こんな取り組みをしている会社として、ぜひ今日は活発に議論に参加できればと思っています。よろしくお願いします。

村上:お疲れさまでした。ありがとうございました。それでは、DRAPER NEXUSの中垣さま、お願いします。

ベンチャーと大手企業の協同の最大の問題

中垣徹二郎氏(以下、中垣):DRAPER NEXUSの中垣です。よろしくお願いします。私はベンチャーキャピタルとして、通常はスタートアップ向けに投資をしています。M&Aや上場まで導くためのファンドからの投資を生業にしています。

設立当初から、日本の事業会社さんからファンドにお金をお預かりしていました。それはある意味で、事業会社さんは(我々に出資した)お金を増やしてもらおうというよりは、事業創造の場やベンチャーと協業して、新しいビジネスの機会の源泉を得たいということから、我々に対してお金を預けていただいていました。

そのなかで、実はいろいろなベンチャー企業と事業会社のマッチングもそうですし、ビジネス開発や、イノベーションを起こしやすい風土のある組織をつくっていこうということで、社内での新規事業をどうやったらつくれるかというご相談をかなり受けています。

ベンチャーキャピタルでありながら、まさに事業会社さんのなかでの事業創造の場に同席させていただくことが非常に多くございまして、そのなかで今日のパネルに呼んでいただいたという経緯がございます。

ベンチャーキャピタルとして、ちょっと違った立場からいろいろな話ができればと思います。よろしくお願いします。

村上:ありがとうございます。ではパネルに入っていきたいと思いますが、その前にみなさまにお知らせがあります。お客さまと接点が重要とか、協同が重要だと言いながら、一方的にここで話していることもないかと思いますので、みなさまの質問、あるいはご意見をsli.doでお受けしています。

先ほどのセッションの中でも問題になったように、ベンチャーと大手企業とのコーポレートアクセラレーターの最大の問題は、おそらく両方の時間の流れがあまりにも違いすぎることです。

本川(達雄)先生という生物学者が書いた、『ゾウの時間ネズミの時間』という本があります。一生で打つ心拍数は同じだけれども、寿命が違うのは、体内で流れている時間が違うという、非常におもしろい時間概念が書かれています。

ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)

まず、コーポレートアクセラレートに取り組まれている上田さまから、どんなことが起きたのかという実体験の話、それから中垣さまから、実際に投資しているなかで客観的に見ているとなにが起きているのかという話ですね。そして、JTBに関わらず、いろいろな会社で取り組んでいる鈴木さまから、順番に意見をお話しいただければと思います。上田さま、よろしくお願いします。

大企業はベンチャーとのスピード感の差に気づかない

上田:私どもはオープンイノベーションの一環で、アクセラレータープログラム(を始めて)2年目になります。先ほどご紹介した254社は2年目の件数なんですが、1年目にやっていた時は、いまお話しいただきました「スピード感の差」ということに、実はあまりピンと来ていない状態でスタートしてしまっていました。

そして、やっぱり、かなり多くのスタートアップ企業のみなさまから、「JTB、全然遅いな」ということで、相当いろいろなご意見をいただきました。

それを踏まえて、2年目の今回、改めてスタートするにあたりまして、具体的に期限を切ること。それから、各タームで定期的にミーティングをするんですけど、そのタームごとにどのレベルまで行こうねという目標設定をちゃんと定めること。これをやることで、期間内で一定の成果を出すことを必死になってやってきました。

村上:やっぱり最初は(スピード感の差に)気がつかない。

上田:そうですね。言葉や知識としては聞いていたんですけど、率直に言って、なかなか本当に実感として感じることはできていなかったかなと思います。

村上:なるほど。野中郁次郎という、世界的に有名な知識創造理論の先生が、「現場の体験を持ってしないと、実際に知識は生まれないんだ」と言われていて、まあそんなものかなという気もしなくはないんですけど。中垣さんは、客観的に投資しながら見ていて、いかがですか?

シリコンバレーのスタートアップは基本的に赤字

中垣:日本でもだんだんそれに近づいてきていますけど、シリコンバレーのスタートアップは、平均すると1年半から2年に1度、増資をしないと死んじゃうんですね。なぜかと言うと、基本的に赤字だからです。それくらい難しいチャレンジだったり、短期的には売上にならないようなテクノロジーに対する投資をしています。しかも、増資にそれなりに時間がかかるので、1年半しか事業に集中できない。

最近は減りましたけれども、昔よくあったのは、例えば大手企業さんと提携をして、次のステップに行こうとすると、「NDAの相談に1ヶ月以上かかります」というケースがありました。1年半ということは18ヶ月しかないのに、その1ヶ月はビジネスの会話がなにも始まらずに、NDAに費やされるというのは無駄な時間であり、少なくとも1週間以内に解決しない限りはもう忘れられる。

ただ、これくらいの時間軸というのは本当にあって。まさに僕らがこういう活動を始めたばかりの頃に、いろいろな会社にどんどん紹介をしていって、その場は盛り上がるんですよ。だけど次のステップにならない。

NDAが本社に行って、本社のリーガルマターが想定外のNDAにまったく慣れていなくて、通常と同じような、まさにM&AをするためのNDAになってしまうと、(締結するまでに)1ヶ月かかるんですね。その間に「なんだっけ?」と言われるということが本当にありまして。

それは、現場の部長のサインでできるぐらいに簡単で限定された範囲で、お互い(情報を)開示しましょうというところから始めて、深くなったらもっと深いことをやればいい。それくらいの段階を経るプロセスに変えることで、実はすごくスムーズになるというケースがあります。

村上:ありがとうございます。私は法学部の教員をやっているので、よくあるパターンで、経営の場に行くと、必ず法学部の悪口を言われます。「どういう教育をしているんだ」というかたちで起きるのが、典型的なパターンです。ただ、経営側から言うと、所詮人に話してパクられるようなアイデアだったら、市場に出してもパクられるレッドオーシャンにしかならないところを、無駄に秘密で守ろうとするようなことがよくあるパターンかなと思います。

その辺りについて、JTBさんの案件に関わらず、鈴木さんのいままでの経験をお聞かせください。

自社のスケール感・スピード感を自覚する大切さ

鈴木規文氏(以下、鈴木):大手企業とスタートアップのギャップって、もうスピードはone of themに過ぎなくて、私は大した問題ではないと思っています。例えば、もう複数回アクセラレーターを回されて、スタートアップとのコミュニケーションに慣れると、実は速いんですよ。

たぶん、1回目やられて、「あ、もう遅いんだな」と気づかれて、「もっとスピードを上げなきゃいけないんだな」とすごく意識をされているから、今度はなにが起こるかと言うと、スタートアップから見たら「速いな」と。もともと(大企業は)遅いというイメージがすごくあるからなんですよね。

なので、実はスピードという課題はone of themでしかない。課題はもうコミュニケーション全般に存在しているので、ことさらスピードにこだわる必要はないかなと思っていますね。大手企業のみなさまは優秀なので、1回経験されたら、もう改善されます。

村上:その辺りは、けっこう認識の違いがあって。1980年から1990年ぐらいにかけて、実は世界の組織論はまったく変わってしまっています。ものじゃなくて、認識なんですね。私の経験から言うと、地域活性化のために非常にいい蒲鉾をつくっている会社があって、それをみなさまが知っている大手の某コンビニチェーンにつないだら、「これは確かにうまい。すごくいい製品だ」「うちが全国展開するからつくってくれ」と。

(でも蒲鉾をつくっている会社は)「いや、いまから工場を何軒つくらないといけないんですか。そもそも原料を選りすぐっていて、いいものだから数がつくれないんですけど」という話になって、逆に説得しないといけなくなって、ついていけないというパターンもけっこう出てきたりしています。

自分たちのスケール感やスピード感をどういうふうに認識しているかは、すごく重要かと思います。2年目になって、その辺りはどういうふうに改善されましたか。

小松製作所が協業で「失敗はない」と語る理由

上田:そうですね。当然、大きな社会課題の解決のようなことにトライしようと、1つのスタートアップさんだけですべて解決できるということはありえません。ただ、一方で我々のような、若干オールドスタイルで仕事をしている会社からすると、スタートアップさんは、規模感としてはやや小さな課題に対する取り組みかもしれませんが、非常に斬新なアイディアや新しいテクノロジーを積極的に使っているところに関心があります。

つまり、大きさもあるんですけど、取り組みやスピード感も含めて、「いかに卓越しているか」に対して、私たちは価値を見出したいと思っています。そして、それを一緒にスケールできるかどうかは、今度は我々がどこにどれだけリソースをつぎ込めるかにかかっていると思うんですよね。

村上:ふと思ったんですけど、いい会社だなと(笑)。中垣さんから、1年目、2年目、3年目というところの変化としてはどうですか? どういうふうに変わっていくのか、あるいは変われないところはどうして変われないのか、ということとか。

中垣:そういう意味では、スタートアップとの付き合い方にすごく慣れている会社がいくつかあります。私が親しいところでは、コマツ(小松製作所)さんの事例があります。コマツさんはいろいろなベンチャーとの連携を非常に上手に、グローバルにやられている会社です。

「失敗事例を教えてください」と僕が聞いたんですよ。そうしたら、「実はない」と。「そんなことはないでしょう。なんでですか」と言ったら、実は彼らは、ドーンと大きな買収や提携もされているんですけど、その数倍、数十倍の小さなパイロットをやっています。

パイロットはパイロットでやることがあるから、POCをすることが成果でありそのあとにつながらなくても、失敗とはみなしていないそうなんです。数百万円から1千万円、2千万円ぐらいまでは、そもそも現場で決められるんですね。無数のパイロットプロジェクトを走らせて、そのなかでよくなってきたり、ちょっと早いなというものは、変な話1~2年友達に戻って寝かせたあとに、もう一段踏み込んでいく。

そういうことをやって、本当にこれは相性もいいという時にドーンといって。そこは失敗しちゃいけないんだけど、付き合いも長いし、何度かプロセスも経ているから。信頼関係もあれば、自分たちのクライテリアをちゃんととっているので、実は大きな失敗ではない。

細かいことを無数にやるのは、成果が出ないんですよ。そこで成果を求める会社だと「なにをやっているんだ」ということになるから、逆に大きいことをやろうとして、いきなりコケるところもあります。

「小さいことをやっても仕方がないじゃないか」と言ってしまう会社が多いなかで、(コマツさんが)「小さいことはやることに意味があるから、そこでは失敗はないんです」と言い切っているのは、本当にベンチャーとの付き合い方をすごく(わかっておられる)。

あえてベンチャーキャピタルとして、ドーンと億単位の投資をする時と、シード投資で数百万、1千万円くらいの投資をする時って、そんな感じなんですよ。ベンチャーとの協業のなかで、それと同じようなポートフォリオの組み方をされているなと感じます。

大企業がスピード感を出せない本当の問題点

村上:それがベストパターンですが、くどいようですけれども、やっぱり体験からしか学べないのが人間の性だとすると、そもそも小さくやってしまったことは失敗ではなくて体験、いわゆる授業料という考え方も昔はあったわけです。コマツさんは、その辺りが実はわかっている会社だという部分ですよね。鈴木さんは客観的に見てどうですか? 

鈴木:私は、日本の大手企業はみなさま優秀な人ばかりだと思っていて。とくに改善がお得意じゃないですか。だから、1回経験すれば、みんなできるんですよ。スタートアップとコミュニケーションして、「スピード感はまったく遅いな。これはスピード感を合わせないといけないんだ」とみんなが気づいて改善しようとするんですね。

本当は、改善しようとしない別のポリシーがあるところが問題なんですよね。みんな気づいているんですよ。気づいているけれども、例えば、このスタートアップを支援したら、本業の誰かを傷つけるという問題があると、スピード感を出せない。別の理由なんですよね。だから、「壁をつくりましょう」と僕はよく言っているんですけど、そこのほうが問題かなと思っています。

村上:それを聞いて、どうですか? 

上田:そうですね。我々は現在は旅行業が中心ですけれども、当然、我々の中にも、既存の事業の推進と新しい事業の開発という二つが存在します。現在新しい事業の柱を創るミッションを担っているのは、私がいる経営戦略本部という部署です。みなさまからすると、経営戦略本部が事業開発をやっているのは、なんとなく違和感があるかもしれないですけれども、実はかつては事業開発という専門の部署があり、そこに壁を作っていたんですね。

ただ、我々はあえて経営戦略本部という組織のど真ん中に事業開発を置いています。そして、当社にとって、それぐらい第3の創業が重要だということの現れとしても経営戦略本部自体を「特区」扱いにしています。

例えば、働き方や仕事の進め方がほかの部署と違っていて、いろいろなチャレンジがやりやすいようにしているので、少し特殊なんですが、「壁」がある。一般的によくある、会社の隅っこや出島に壁があるのではなく、会社のど真ん中に置くというのはちょっと特殊かもしれないですね。

上層部を説得するカギは「本人の本気度」

村上:私が昔西武百貨店の営業企画室にいて、いろいろな新規事業をバンバンやった時に、大半は潰れたというか、やばいと思って逃げ出したのが実態なんですけど。「特殊部隊をつくれたら楽だ」ということで、未だに覚えているのが、梅田ロフトは私も含めたメンバーが企画して、阪急のど真ん中に建ててやる、ということでやったものです。

それは楽なんですが、会場からも(質問が)来ていまして、「上を説得する時にどういうところを心がけているのか?」と。とくに、鈴木さんはそれでいろいろ苦労すること(があると思いますし)、お手伝いされている立場だと思うので、今度は順番を変えて鈴木さんから(お願いします)。

鈴木:本当に、説得って答えがないなと思っています。説得せざるを得ない人や機関など、会社によってもバラバラなので、アプローチも違いますし、いろいろな方向を示してくれとよく言われるんですけど、方向がないんですよね。

ただ、その時に、私がいつも担当者に「本当にそれをやりたいですか?」という問い方はするんですね。「本当にやりにいきたいですか?」「会社を辞めてやるという最後のオプションは残っていますよね?」ということを(お聞きしています)。

すみません、これを言ったら身も蓋もないですが、(担当者に)そのオプションを示すと馬力が出て、やっぱりさらに一生懸命になって説得を試みられることはあると思います。

村上:本人の本気度? 

鈴木:はい。

村上:これは、今日も話題になっているコミュニケーションの考え方、あるいは世界で新基準を生み出す教育で。日本で意外と知られていないんですけど、アメリカでトップのバブソン大学という大学があります。いまトヨタの社長さんなどが出ているところです。その大学ではまず聞く質問が決まっていて、「お前は何者だ」「お前はなにができるんだ」「お前は誰を知っているんだ」。この3つしかないというときに、これは明確に答えられません。

曖昧なオーナーシップが新規事業をダメにする

鈴木:そうですね。よく言われるのは、テクニック論を欲しがるんですよね。「どういう手続きをしたら説得できますか」と。答えはないんですよ。だってさっき言ったように、会社によってぜんぜん違う。人によっても違うので、「こういう手続きをしたらできますよ」なんて言えないんですよね。なので私は、本人がどう思っているかがすべてじゃないかなと思っているんですよね。

村上:中垣さん、どうでしょう。

中垣:まさに大企業の中での新規事業創造という前提で言うと、たぶんその瞬間になにかを言われて事業をつくることから、自分がなにかを創造する、オーナーシップを持って進めていくのは大前提です。

なので、さっきの鈴木さんの話とかぶっているとは思うんですけど、基本的に社内でその事業をやって成功するということは、もちろんファーストアドバンテージもあるんですけれども、その会社の中でやることにメリットがある前提で、それがないとなかなかしんどいと思うんですよ。

その時に雇用の関係というよりは、ある意味で投資家である会社に対して、「こんなにもいいプロジェクトだったら投資するべきです」と。まして、「自分という人間にこれをやらせるべきである」と(言えなければいけない)。この会社が投資をするともっと成功するというストーリーがあれば、もうそれで突き進むしかないし、それは実は外から受けたほうがいい場合もあると思うんですよ。それはまさに、(会社の)外に出る機会なので。

これは、どこかでちゃんとプレゼンテーションをして、会社からイエス・ノーを出してもらうことで、決着をつけることがすごく大事です。本当にやりたければ外に出てやればいいし、この会社でやることがあると思っていてやるんだったら、イエス・ノーで決着をつけるしかないんですよ。

フワーっとしたままやり続けていて、誰かが持ち上げてくれて事業が立ち上がっていくような曖昧なオーナーシップのなかで進んでいるものは未だに多くて、そういうものはたしかに立ち上がらないんじゃないかなと。いろいろなプレゼンテーションをたまに聞くんですけど、そういうふうに感じるところはまだまだ多いかなと思います。

村上:ありますね。研修でやるパターンで、笑い話みたいなものがあるんです。すごくいいビジネスプランなので、役員がその気になって、「じゃあ、君が明日から責任持ってやれ」と言ったら、本人が目を丸くして「僕ですか?」と答えたっていう。「これは私が考えたプランで、なんで私が(やるんですか)」というような。「現業のほうが好きなんですけど」と言い出すようなものですよね。

中垣:それです。

村上:ありがとうございました。JTBさんは、その辺りはどうですか?

ものの見方が変わるチャンスをつくりだす

上田:まず、会社全体がそういうモードに行くかどうかに関しては、当社の場合でもそうですが、明らかにトップである社長の「意思がどうであるのか?」に尽きます。当社ではあるタイミングで社長にシリコンバレーに行ってもらい、ベンチャーキャピタルさんや、スタートアップ企業が実際に開発をしている現場で、いろいろなディスカッションをしてもらいました。

先ほど体験という話もありましたけど、やっぱり本当に目の当たりにすること以上の体験はないんだろうなと思います。行く前と行ったあとでは、社長自身の危機感や考えがさらに強まったと思っています。それ以降、できるだけ多くの人間がそういうチャンスが得られるように、海外視察やカンファレンスへの参加を組織的な仕掛けとしてやっています。

村上:なるほど、それはいい仕掛けですね。(私も)偉そうに言っていて、この間びっくりしたんですけど(笑)。ワールドエコノミーフォーラム(世界経済会議)、いわゆるダボス会議をやっているところが、社会問題を解決するシュワブ財団という財団を立ち上げているんです。

何がすごいかって、「こういう問題ですごく理不尽に感じるんだ、こうでこうだ」と言うと、いきなりビル・ゲイツがぺろっとメモを出してきて、(ペンで)ピッてやる。ピッ、がチェックなんですよ。

中垣徹二郎氏(以下、中垣):すごい(笑)。

村上:そう。それで、ケタが違う。

(一同笑)

「えっと、これ1ドル100円として、100倍したら……指いくつ?」というような(笑)。そんなものがぺろっと出てくる。それを目の当たりにすると、天下に錦の旗を立てることがどれくらい重要かがわかります。

さっきからセッションで、たぶんみなさまに刺さっていないなと思うのは、コンセプトで動くということが、いまの日本企業はすごく弱くなっているので。どの社会問題を解決するとか、コンセプトでやるということで動きにくくなる時代なのかなと(思います)。