心理的安全性は50年も前から研究されている

金亨哲氏(以下、金):それでは第2部をスタートしたいと思います。先ほどお話しいただいたお二人の活動を、今度はサイエンスで説明してみようと思います。

登壇する石井(遼介)からは、株式会社ZENTechのチーフ・サイエンティストとして、心理的安全性の確保について話をしていただきます。これまでもアカデミアとビジネスをサイエンスの文脈でつなげてきており、『悩みにふりまわされて しんどいあなたへ』という著書は、Amazonの書籍「ストレス」カテゴリ1位となりました。

みなさま、拍手でお迎えくださいませ。石井さん、それではよろしくお願いいたします。

(会場拍手)

石井遼介氏(以下、石井):こんにちは。みなさま、はじめまして。石井と申します。

今回は「心理的安全性の科学」と題しまして、15分ほどお話しをさせていただければと思っております。

「心理的安全性」という考え方には、50年ぐらいの研究の歴史があります。Googleのプロジェクト・アリストテレスで言及されてから、近年日本でも「心理的安全性って良いんだよね」なんて盛り上がっていますけども、実はけっこう長い間、研究されている分野なんです。この50年を15分で話すという、なかなか無謀なことをしようというのが、これからのお時間です。

もう1つ、50年も研究されているというのに、日本ではあまり研究がされていない分野なんですね。なので、今日は日本での(数少ない)研究結果を発表してみたいなと思っています。

問題を解決するプロセス作りが工学者の仕事

簡単に自己紹介から、はじめさせていただければと思っています。

僕には3つぐらいの顔がありまして、1つは行動科学という分野の研究者です。もう1つは学生時代からこれまで、3社ほど会社をつくりました。もちろん、カルビーやスターツのように大きな会社ではありませんが、ゼロから立ち上げてなんとかする、という所で仕事をしてきました。最後ですが、プロジェクトマネージャー。いろんなプロジェクトを立ち上げてオペレーションまで落とすというのが好きで、仕事としていろいろとやってまいりました。

こんな3つの顔があるんですけど、簡単にいくつか紹介をさせていただければと思っています。

僕は行動科学の研究者ですが、もともとは工学系の人間だったんですね。東京大学で精密機械工学を専攻していました。

なので、心理学や組織論について研究している今も、僕のベースは工学にあると思っていて。じゃあ「工学ってなんですか?」ってことなんですが、工学とは、(1)数学や自然科学を応用して、役に立つものを作ろうということです。

先ほどお話のあった「心理的安全性」も、誰かの役に立たないとあまりうれしくないわけですよね。心理的安全になっても、みんな安全でぬるま湯に浸かっていることで、なにも成果が出なかったよね、ではおもしろくない。

つぎに、工学とは、(2)同じ条件だったら何度でも再現可能である状態を作れるようにする、ということです。工場で同じものがどんどん作れる。それこそ、カルビーさんの工場はそうですよね。最後に、(3)プロセスを作って問題を解決するというのが工学の仕事だと思っています。なので、僕のベースはこの意味で工学者なのです。

自分の心理的柔軟性を上げるということができるドリル

3つ目の会社を創業する前に、慶應義塾大学の前野隆司先生という、幸福学の研究者の元で研究を始めました。そこから行動科学の研究者になったんですけれども、その後で一般社団法人日本認知科学研究所を立ち上げました。そこでは、人間だけではなくて動物についての行動科学と、それをセラピーに応用した「Acceptance and Commitment Therapy」を専門領域として研究しています。

人と動物の行動がわかると、行動の習慣化や、チームをどうマネジメントするかといったことについて、徐々に詳しくなってきました。先日カナダのモントリオールで行われたACBS(Association for Contextual Behavioral Science)という国際学会では、うつ傾向を弱めて生産性を高めるプロセスを作ったことについて発表しました。

(スライドを指して)これは計算ドリルみたいなもので、ご自身おひとりで60分とか90分、ただひたすら紙に向かって取り組んでいただくと、うつ度や不安度が下がって、それが半年ぐらい持続します。新しい言葉で「心理的柔軟性」というパラメーターがあるんですが、心の柔軟さ、心のしなやかさがトレーニングできて、それが半年以上も持続するということが起きています。いわば、人間のこころであっても、工学的に取り扱って、同じプロセスで、ある程度再現可能に癒やすことができるプロセスができた、ということです。

先ほど、金(亨哲)君から紹介いただいたように『悩みにふりまわされて しんどいあなたへ』という本を出したのですが、実はこの本が先ほどの計算ドリル集みたいになっています。なので、この本でドリルに取り組んでいただくことで、自分の心理的柔軟性を上げるということができるということです。

もう1つ、心理的安全性というテーマで共有させていただきたいことがあります。少し前に、とある大臣をお呼びしてイベントをやろうということになったんですね。会場と大臣で対話したい!大臣の価値観に迫りたい、とぶち上げたんですが、大臣や政治家のみなさまって講演は好きなんですけど、質疑応答はそうでもなくて。やっぱり誰だって、痛くもない腹を探られるのはイヤじゃないですか。なので、そのコミュニケーションを設計しようということになりました。

つまり、大臣の心理的安全性をどう担保するかについていろいろ考えまして(笑)。

(会場笑)

石井:それがなかなか、上手くいきました。大臣って分刻みのスケジュールで動いているので、秘書官の方はすごく不安そうな顔をされていたんですけど、時間がきても「もう2、3問いいよ」って最後には言ってくださって。きっと、楽しんでいただけたんでしょうね。最終的に、予定の時間を超えてまで質疑に答えてくださるという時間を作るということができました。

「説明」「プロセス作り」「リサーチ・分析」が仕事の軸

ZENTechでは、禅や心理的安全性について、もう少し科学の方向に持っていきたいなということで今活動を進めています。

もしかしたら、僕のブログを読んできた方がいらっしゃるのかもしれないですね。何名か頷いていらっしゃる方がいてうれしいです。「いま話題の『心理的安全性』について、本気出して科学的に分かりやすく説明してみた」という記事を書きましたところ、バズりまして。学びのカテゴリのホッテントリに入りました。このテーマはこれから掘っていく価値があるなと思い、前回「ゼンテクナイト Vol.1」というのをやりました。

そちらと、私が所属している慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメントでとったデータを使って分析をしました。日本ではあまりこのような研究がなかったので、その第1段として、まずはやってみようということでチャレンジしてみました。

このように、会社の立ち上げから、本の執筆、研究など「いろんなことをやってますね」ってよく言われるんですが、実は僕、「説明する」「プロセスを作る」「リサーチ・分析する」という3つのことしかやっていないんです。この3つのことだけを軸に、これまで研究やビジネスをやってきたひと、とご理解頂ければと思います。

6,000回引用された「チームの心理的安全性」オリジンの論文

というわけで、そろそろ本題の心理的安全性に入っていきたいと思います。まずは心理的安全性の学問的な位置づけみたいなところから始めたいと思います。このコンセプトって、実は経営学という大きなくくりの中の、組織論の中の、さらに組織行動学の中にある組織学習論という、だいぶニッチなところに位置づけられるんですね。

この分野は、もちろん人と人との集合である組織を扱うので、経済学とか行動科学、認知科学など、多くの学問分野に影響を受けている分野です。ちょうど53年前、(スライドを指して)このお2人が最初に心理的安全性という言葉をアカデミアに持ってきました。

「組織の課題解決や、新しい挑戦に対して、安心して行動を変えることができると人々が感じるために必要なのが心理的安全性だ」と彼らは最初に捉えたわけです。

それから34年後の1999年に心理的安全性とは「チームの中で『リスクをとっても大丈夫だ』とメンバーに共有される信念にある」とエイミー・C・エドモンドソン先生は言いました。Googleからも引用された研究ですね。この1999年の論文はめちゃくちゃ重要で、論文の引用数って100を超えるとけっこうすごいことだと言われているんですね。この論文は、そんな中で6,000ほど引用されているので、もはやバケモノと言ってよいような論文になっているんですね。

この分野は組織論に位置づけられるというお話をしました。組織論では3つのレイヤーで組織を捉えます。1つは個人、もう1つはチームやグループ、それから組織です。どのレイヤーにおいても心理的安全性は大事だと研究者たちは捉えています。個人でも、心理的に安全な場所ではいろんなことが学べますよね。クリエイティビティが上がるし、創造性が上がるとされています。さらに、チームならチーム全体の学習が促進されるんです。よって、チームの生産性が上げるという点で、チームの学習が重要視されています。最後に、知識の「共有」と「結合」が、組織においても盛んになるとも言われています。組織の業績が向上するという点で、どのレイヤーにおいても心理的安全性は大事だという話がされています。

「チーム」は名詞ではなく、動詞である

ただ、そのなかでもチームが1番重要だと見ているんですね。なぜかというと、個人が「僕ちょっと英語勉強してきます」って言っても、別に組織が学べるわけじゃないからです。

けれども、例えば「ちょっとミスをしちゃったんですけど、このミスってもしかしたら隣の人にも起きるかもしれません。チームとして対応を考えませんか。仕事のやり方を見直したら、このミスって起きにくくなりますよね」というような話ができると、チーム全体が学べますよね。

そうやって1度チームの段階にあがったら、「他のチームで同じことが起きるかもしれない」と組織全体に展開できる可能性があります。そうすると、チームだけの学びが、組織全体に展開されていくと。これが制度化されてルーチンになると、「組織が学べた」ということになります。個人の学びと組織の学びをつなぐ、1番の大事な要の部分がチームなんだと捉えたのが、この組織論の研究者たちです。

チームとか学習という言葉が出てきたので、もうちょっと補足しておきたいと思うんですけど。チームとは、それ自体がイノベーションであると、Ostermanさんという研究者が言っています。僕たちは今を生きているので、スポーツ以外の文脈で、つまり職場や組織で「チーム」って言葉をナチュラルに使ってますけども、これは1980年以降に職場に広まってきたイノベーションの1つなんだということです。

もうひとつ。チームは名詞ではなく、ほんらい「チーミング」という動詞だ、という主張についてです。 例えば、左右にいる方は今日初めて会った人だったとします。その2人、あるいは3人で、「みなさんチームです」って言われても、あまりチーム感がないですよね。単に個人の集合体であってチームではない。なので、チームというのは名詞ではなくて動詞であると。つまり人々がただグループで並んでいるのではなくて、お互いになにかアイデアを生み出すとか、答えを見つけるとか、問題を解決するとか。そういう活動なので動詞であると。それがチームだと捉えています。

実行志向のチームから、学習志向のチームへ

もう1つ、先ほど「チームが学ぶ」ことが大事だという話が出ました。なんで学習が必要なんだっけ? という話があるんですけども、「これまで」のチームというのは実行志向と呼ばれるんですが、例えば、(スライドを指して)「がんばれば成果が出るから、あとは君たちは言われた通りがんばれ」って言われるのが、左側の「これまで」のチームです。

右側の「これから」のチームというのは、なにが正解かわからないけど、とりあえずやってみて、そこから学ぼうというものです。そのうえで「改善してみよう」とか「もっとアジャストしてみよう」と学んでいかないといけないというのが、右側のチームなんですね。

「これで成果が出る」というのがもうわかっていて、それがどれだけ再現できるか。できるだけばらつきをなくして、マニュアルを守る。そして儲けるのが大事だというのが左側のチーム、つまり、「これまで」のチームです。でも、「これから」はなにが正しいかって、行動してみないとわからないんですね。行動してみてうまくいったかが初めてわかります。

「これから」においては、ばらつきというのは避けるものではないです。「他のお客さんにも同じことをやっているのに、なんでこのお客さんは、こんなにも私たちのことを好きになってくれたのだろう? ちょっとこのお客さんを掘ってみたらなにかあるんじゃないか」と、むしろ改善に活かすものです。

インサイトを得るために有効なものがばらつきなんですね。だから、実験や挑戦をしていかないといけない。失敗から学ばないといけない。今というよりは「未来を作ろう」というのが、「これから」の、つまり、学習志向のチームだということになります。

サーバント・リーダーシップがチームの心理的安全性を作る

というわけで、チームの心理的安全性について研究をいくつか紹介したいと思います。主要な論文4つのなかから、結論だけ持ってきました。

(スライドを指して)1つ目は、チームの心理的安全性は、チームの学習を促進しますと。チームが学ぶからパフォーマンスに繋がるんだと。つまり「このチームは安全だから成果が出ます」ではなくて、「このチームは安全だから、挑戦ができて学べます」ということです。結果的に成果も出るんですと。今日、心理的安全なチームを作ったとしても、明日すぐに成果が出るわけではないんですよね。学ぶのを待たないといけない。

もう1つ、どういう時にチームの心理的安全が生まれるか。1つは上質な人間関係ですと。それがあると、失敗から学ぶという行動が強化される。3つ目は、業績に対してのチームの心理的安全性は、チームのエフィカシー・有効感よりも大事だということです。

サーバント・リーダーシップとは、要は支援型のリーダーシップですね。「みなさんこうしてください」って命令・指示するリーダーではなくて、チームのメンバーをどう助けることができるか、どうチームのメンバーを武田雅子さんの座右の銘でいくと「全機現(禅の言葉で、その人その人の、全ての機能を現す、こと)」させることができるか、という観点で支援することができるリーダーが、チームの心理的安全性をつくります。

最後、心理的安全性というのは、チームが学習するこということを通じて、最後に意思決定の質が上がるという研究があります。

4つをまとめると、心理的安全性はチームの学習を推進し、中長期でみると業績の向上や質の高い意思決定につながるということです。上質な人間関係とリーダーシップ。とくにサーバント・リーダーシップというのが、チームの心理的安全性をつくるのに重要なんだというふうに研究されています。

心理的安全性のあるチームのほうが、ミスの回数は増える?

もう1つ、コンフリクトという概念があります。組織論の中では3種類のコンフリクトを定義しています。1つは、人間関係で「あいつが嫌い」だなんて、よくありますよね。

次に、タスク・コンフリクト。例えば、今外国からのお客さんが家に泊まっていて、明日の朝食におもてなしでなにを出すべきかという時に、ある人は「ドーナツが良いと思います」と言う。もうひとりは「いや、僕はりんごが良いと思います」と言う。これって、どちらもお客さんのことを考えていますけど意見が違いますよね。でもこれは別に、「あなたが嫌いだから私はドーナツが良いと思う」って言っているわけではないですよね。人間関係ではなくて、同じタスクに対しての物ごとの見方が違うというのが、2番目のコンフリクトであるタスクです。

最後は、プロセス・コンフリクト。「それはうちの管轄ではありません」というもの。逆に、おいしいプロジェクトだと、「いや、それはうちがやりますよ」となる。そうやって取り合うパターンがありますよね。

こういった3つのコンフリクトが定義されているんですけども、基本的にはこれらは、チームの業績においてすべてネガティブに働きます。ただ、心理的安全性がある時に限っては、コンフリクトがあると、業績にプラスの影響があるとわかっています。

要は、ものごとを多面的に検討できて、問題だと感じることのできるメンバーは「これはこっちのほうが良くないですか?」とチームに提案できる。そういう健全な衝突がちゃんとあるというチームのほうが、当たり前ですけどより学びが早くなって、業績に貢献するわけですよね。

別のところにフォーカスすると、実は心理的安全なチームのほうが報告されるミスの回数は多いと言われています。でもこれって、本当にミスが多いのではなくて、ミスをした時にちゃんと「ミスしました」と言えているからです。こっそり自分で処理して隠したりしなくなるから、ミスの回数が多く見えるんですね。

心理的安全性のあるチームのほうが、ないチームより衝突や問題が報告される可能性が高い。つまり、もみ消されないとか、隠蔽されないということですよね。もう1つ、起きた衝突とか問題というのは、心理的安全なチームでは「お前が悪いから起きたんだろ!」という人間関係のこじれになるのではなくて、「じゃあそれ、みんなで解決策を考えようよ」と前に進むための問題として使われるということです。だから、業績にプラスの影響があるということになります。

心理的安全性とは、つまり「これでいいのだ」である

ここまで「心理的安全性すごい」という話をしてきたのですけども、もう1度振り返っておこうと思います。いろんな定義があるんですけど、どれも難しいです。なので、まとめました。

チームの心理的安全性というのは、チームに共有された信念だと。それは、「私はありのままの自分でいても大丈夫なんだ」という信念です。それを構成するのは、「間違いを認めても大丈夫です」「助けを求めても大丈夫です」、そして「意見を言っても大丈夫です」という、この3つの大丈夫があること。

もっとシンプルにいきましょう。 つまり、心理的安全性というのは「大丈夫」です(笑)。

(会場笑)

つまり「これでいいのだ」ということですよね。こういったことが、過去50年、アメリカで研究されてきたんですね。

日本版「心理的安全性」の尺度・指標をつくろう

ここからは日本版を作ろう!という話をします。まず、ただアメリカ版の質問項目を引用して和訳して使うことが本当に役に立つのか?という問題があると思います。日本の組織、風土ならではの心理的安全性というのは、実は米国版に、いくつか別の要素を加えて定義できるのではないかと思っています。

こういう研究構想を持っていて、「まずは尺度を作る」というのはすごく大事だと思っています。尺度というのは、なにで測るか。つまりメジャメントですね。例えば科学において、測定ってその時代の科学の限界を決めるぐらい、めちゃくちゃ大事で。ガリレオ・ガリレイは「振り子って時間等時性があるよね、どんなに大きく振っても、振り子は同じ時間で戻ってくるよね」というのを発見したと言われているんです。でも当時は時計がなかったので、ガリレオさんはなにをやったかというと…、脈拍で測ったんです。

脈拍で測っても、そんなに正確ではないじゃないですか。彼は別の実験で光の速さを測ろうとしたんですけど、「うーん、光の速さはどうも…無限に速いっぽい?」と結論づけたりしていて。今では、299 792 458 m / s とわかってますよね。このように、その時代の科学の限界を決めるのが計測なので。まずは日本の組織でちゃんと測れるものを作ろうというのが、やりたいことです。

禅と科学の関係性

イベントが、ゼンテクナイトという名前ですし、もうちょっと禅に絡めていきましょう。禅の中で、科学になっているものって実はいくつかあります。マインドフルネスと座禅って、けっこう被る部分がありますよね、とか、禅っていろんな知恵の集大成なので、座禅だけが禅ではありませんよねとか、いろいろあるのですが。例えば、禅の一部は、ACT(Acceptance and Commitment Therapy)という行動科学の一分野である程度科学されています。

例えば禅でいう「即今、当初、自己」、要は「いま・ここ」について、ACTの中ではこんなふうに説明されます。

今、この絵のような女の人と犬がいるとします。犬は世界をそのまま見られるのに対して、人間は夕陽が沈むきれいな景色を見ていても「明日部長に提出する資料、どうしようかな……」なんて思ったりします。今ここにいるはずの人間が、別のところに意識が向いてしまっているわけですよね。

犬は「いま・ここ」に居ますが、人間の意識は「心ここにあらず」です。

人間は言葉を持っているので、もっというと、言語を含めた、ロゴや絵など、シンボルを操作できてしまうので。本当は「いま・ここ」にしかいられないはずの生き物が、「いま・ここにいない」ことができてしまう。

もう1つだけ言うと、本当は「いま・ここ」じゃなくて、「いま・ここ・わたし」までがセットなんですね。ではこの「いま・ここ・わたし」というのはなにかというと、「視点」なんです。

当たり前のことなんですけど、今について「今」って言えるのって、今しかないじゃないですか。でも、さっき僕が「今」って言った時って、今からすると、もう「あの時」。 同じように、ここについて「ここ」って言えるのって、ここしかないわけですよね。ちょっと移動すると、さっき「ここ」って言っていたところは、「あそこ」になってしまう。そして、当たり前ですが、私について「私」と言えるのは世界中で私しかいないわけですよね。このように、生きている限り、どういう状況になっても変わらない視点、自分の中が見ている、世界をどう見るかという視点が「いま・ここ・わたし」なんですよ。

逆に、「いま・ここ・わたし」だけじゃなくて、「あのとき・あそこ・あの人」といった、違う視点からものごとを仮想して見られるようにとなると、もっと自由になって、心理的に柔軟になれます。「自分のことだけではなくて、他人のことを考えましょう」って昔からよく言われますけども、これはどういうことかというと、視点を切り替えましょうということなんですね。

視点を切り替えるトレーニングをやると、子どもの自閉症の強度が下がるといった研究がいくつかあります。知能を上げるのにも、このトレーニングを繰り返すとけっこう有効だと思います。思い込みから自由になれるトレーニングなので。

で、特に組織やチームのリーダーが、この思い込みから自由で、視点が柔軟であるとき、チームの心理的安全性の前提である「心理的柔軟性」が確保されるわけです。

日本の組織に合った「心理的安全性」の尺度をつくりたい

ACT以外でも科学されている部分があって、これは医学の分野ですが、ジョン・カバット・ジンさんの研究する「マインドフルネス・ストレス低減法」というものです。座禅、要はマインドフルネスで、不安とかうつ傾向とか、恐怖といったものが減ったという研究があります。

こういうのを紹介していくと無限にできてしまうので飛ばしていきますが、実は禅とかマインドフルネスの領域って、研究の世界では20年ぐらい前から、徐々に医療に取り込まれたりとか、心理学に取り込まれたりとかしてしています。ある程度、数字で成果が出ますねとなってきている領域です。でも、我々の多くはビジネスピープルなので、治療の文脈ではなく、やっぱりそれが組織の成果になるとか、業績が上がるとかいうところつながってほしいわけですよね。

もうちょっとビジネスの領域に持ってきて、それをちゃんと研究して数字が上がることが示せればいいなというのが、僕が思っているところです。というわけで、日本の組織の心理的安全性を科学したいと思っています。

日本版、ということについて、少しだけ補足をしておきます。例えば米国だと、とりあえず意見を言えると偉いみたいになるんですけど、日本では別にバイパスしてもいいわけですよね。まったく発言できなくて、組織になにも影響も及ぼせないとなると、ちょっとストレスが溜まるかもしれませんが。

ですから例えば、信頼できるリーダーとか先輩とか課長がいて、この人に直接話して「ああ、わかった、じゃあそれはなんとかしておくよ」みたいなかたちで、自分の意見が組織になんらかの影響を及ぼせる、という心理的安全性もあると思うんですよね。しかも、根回し調整ができないところよりも、できたほうが成果は出そうですよね。

アメリカの組織だからできるものではなくて、日本の文化にあった、日本の組織を測れるものというのを作りたいというのが構想です。

心理的安全性のあるチームは仕事へのエンゲージメントが高い

これはアメリカも含めてですけども、日本の組織に合った心理的安全性って、この4タイプに分類できそうだなということがわかりました。

1つは【助け合い】ですね。「困った時はお互いさま因子」です。2つ目は【話しやすさ】。つまり、「なにを言っても許される因子」。3つ目は【受け入れ】。「とりあえずやってみよう因子」ですね。4つ目が【新奇歓迎】。要は「問題、どんと来い因子」ですね。

(スライドを指して)前回の結果はこういうかたちになっています。ちゃんとパフォーマンス向上につながるなというのは、まだn数が100個ぐらいしかないので、これをもって確実にそうですとは言えないのですけれども、今のところ、相関がありそうだなということまでは言えます。

少なくとも、いま言えることとしては、まずリーダーが大事。特に、リーダーのコーチングスキルが高いというのがけっこう大事ですよということですね。とはいえ、コーチングスキルが低いと成果は出ないけれども、高いからといって成功が約束されているわけではありません。

このデータには、みなさん一人ひとりの協力が必要です。ご協力いただいた方には本スライドを共有しますし、さらに個別のフィードバックもします。実は先ほどの講演中に分析をしていたのですけども、19時7分現在、82名の方にご回答をいただけました。(スライドを指して)だいたい分布はこんな感じになっています。

今の80名のデータを見てわかることとしては、心理的安全性のあるチームは仕事へのエンゲージメントが高い。幸福度の中でも「ありがとう」とか「つながり」への感謝の因子というのがあるんですけど、それが高い。

それから、チームの心理的安全性のためには、特にチームリーダーが「心理的柔軟性」を持っていることが重要だということも見えてきました。つまり、リーダーよ柔軟であれ、ということですね。みなさまにも、社会にも、こういった知見を還元していきたいと思いますので、ぜひ調査・研究にご協力頂けますと嬉しいです。

というわけで、私の「科学」の話は、こちらでおしまいです。 金先生、お戻ししてもよろしいでしょうか?

:はい。ありがとうございます。みなさん拍手でお願いします。

(会場拍手)