企業経営には「ファイナンス思考」が不可欠

朝倉祐介氏:今日はお集まりいただきましてありがとうございます。シニフィアンという会社をやっております、朝倉と申します。

10人くらいしか来なかったらどうしようかと思って来たんですが、思いのほか多くの方にお集まりいただきましたね。ありがとうございます。

7月に『ファイナンス思考』という本を上梓しました。今日はそちらの本に書いてある内容についてお話をさせていただければと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論

最初に、簡単に自己紹介をさせていただきます。昨年、シニフィアンという会社を設立しております。シニフィアンは新興企業の成長促進を通じて、新しい産業をつくっていくことを大上段のテーマとして活動している会社です。

活動の一環として、「Signifiant Style」というオウンドメディアも運営しています。上場して間もない新興企業の紹介や、上場前後のスタートアップ特有の課題、日本のスタートアップ・エコシステム等についての考察といったコンテンツを展開しております。よかったらぜひご覧ください。

今回は、丸善さんのイベントにお招きいただきましたが、今までに本は2冊書いています。今日お話しする『ファイナンス思考』以前、2年ほど前に『論語と算盤と私』というふわっとしたタイトルの本も出しています。こちらはぜんぜん売れなかったですね。

論語と算盤と私―――これからの経営と悔いを残さない個人の生き方について

売れなかったけど、けっこう良い内容を書いているつもりでいるので、もし『ファイナンス思考』を読んでご興味をお持ちいただいたら、ぜひ手に取っていただけるとありがたいなと思う次第であります。

私のバックグラウンドをざっとまとめると、もともと経営コンサルタントの丁稚奉公から始まりまして、数名程度のスタートアップの経営、不振上場企業の経営、投資や研究活動といったことをやっております。なにが言いたいかというと、決して財務の専門家ではないということです。

ファイナンスにまつわる本を書いてはいますが、私は銀行員でも証券会社の人間でもございません。大学も経済学部出身でもありません。一方で会社の経営にある程度携わる中において、ファイナンス的な発想、思考が非常に重要だなということを痛感することが多々ありました。

そうした自分自身の経験を元に、課題意識を言語化してまとめたのが、『ファイナンス思考』です。

多くの日本企業は「PL脳」にとらわれている

『ファイナンス思考』について、自分なりに特色といいますか、強調したかったところを3点まとめるとこんな感じです。1つはファイナンスの知識理論というよりは考え方を扱った本であるということ。一応、後半には会計・ファイナンスの教科書的な内容もまとめております。

とはいえ、私は会計・ファイナンスの専門家ではありませんし、基礎知識のまとめ方として上手いかどうかはわかりません。会計・ファイナンスについて突き詰めて学びたい方は、他にも良い本がたくさんあるので、そちらをお手に取っていただいたほうが良いと思います。

2点目はファイナンスを4つの機能に分類して定義していることです。後ほど詳しくお話しますが、これはおそらく新しい取り組みだと思っております。

あとは日本企業を取り巻く思考形態を『ファイナンス思考』と対比して説明しているところが、1つのポイントかなと思っております。お読みいただいた方はわかるように、日本企業を取り巻く思考形態として、「PL脳」という発想を挙げています。

多くの企業がPLをあまりにも偏重するような考え方にとらわれているがゆえに、大きなインパクトを出せていないのではないか、といった問題意識をまとめています。

さて、回りくどい話なんですけど、ファイナンスの話をするに当たって、「会社ってなんのためにあるんだっけ」ということを、事前に理解しておくことが非常に重要だと思っております。

なぜこんなことを言うのかですが、『ファイナンス思考』の執筆にあたり、事前に何人か学生時代の友人などに下見していただき、フィードバックをもらいました。そこで、「ファイナンスというテーマでお金をあまりにも前面に出し過ぎると、ものすごく拝金主義臭がしないか」ということを指摘されたんですよ。

こちらにお集まりの方は丸の内近辺にお勤めのビジネスパーソンが多そうですし、あまりそういった感じ方はしないんじゃないかとは思います。ただ、変な誤解を招かないようにお金に対する考え方というか、スタンスをはっきりしておいたほうがいいかと思い、くどいですけど、あえて本書で考えるお金の意味について、ここで触れておきます。

会社は「顧客・従業員・投資家」によって評価される

ミクロ経済学の授業でも出てくる話ですが、会社というものは3つの市場で評価されています。1つは財市場。顧客による評価ですね。みなさんが本を手に取っているということは、顧客として本や著者を評価していらっしゃるということです。

2点目は労働市場。働き心地の良い会社なのかとか、コンペンセーションがちゃんと利いているのかというような、従業員からの評価。

労働市場での評価が高い会社であれば、より良い人材が働きたいとたくさん集まってきます。評価が悪かったら人は集まりません。もう1つは、特に上場企業に関連する話ですが、資本市場。投資家による評価です。この3つの市場での期待にちゃんと応えていくということが、会社経営にとって非常に重要なことです。

会社は、顧客、従業員、投資家の三者の利益のバランスを取っていかなければいけないわけですが、その中でも絶対に欠かせないものが財市場。顧客による評価です。お客様を満足させていないのであれば、どれだけ従業員の人たちが働き心地が良いと言っていたり、投資家の人たちのとって良い金融商品であったりしても、会社が存在する意味はありません。会社というものはあくまで顧客、財市場を中心にして回っているものだと思っています。

それを非常にぴったりと表しているのが、ピーター・ドラッカーです。彼は、会社の目的というのは、顧客を創出してずっとその人たちをリテイン、満足させ続けることであると言っています。

あくまで会社というのは財市場で、顧客からの満足というものを中心に回っているものだという理解です。以上を踏まえて、お金とはなんなのかを考えてみると、お金とは顧客に価値を提供する見返りで得られるものです。

経済学の教科書の中で、貨幣の機能とは一体なんなのかという説明がありますが、1つ外せないのがいわゆる価値の尺度ですよね。どれだけ良いことをしていると思っていて、相手が喜んでくれていたとしても、そこにお金が払われないということであれば、ひょっとしたら実際には価値はないのかもしれない。

「もうその価値を提供しませんよ」といったところで「ああ、じゃあいいですよ」と言われるんだったら、それはやっぱり価値がないんじゃないかと(いうことになる)。回りくどいことを言ってますけど、要はお金というのは世の中に提供した価値の見返りであるという前提に立った上で、ファイナンスを考えていくことが重要なんじゃないかという前置きです。

BSとPLのつながりがわかれば、会計はこわくない

会社というのはお金を尺度にして評価されるわけですね。例えば事業の成果。過去1年度分の事業の成果は損益計算書、PLで通常計られます。

また保有する経営資源。どういったアセットを持っているかは貸借対照表を通じ、お金を単位にして評価される。お金は決して万全なものではありませんが、定量化できないものは評価できません。お金というのは経済活動、会社を見るにあたって、極めて便利なツールだと思う次第です。

今日お集まりの方がどの程度、会計・ファイナンスの知識をお持ちかどうかわからないので、ここからは財務3表の話を少しさせてください。会計の授業で出てくるような話です。

会計の勘所を掴もうとするなら、BSとPLがどういうふうに繋がっているかを理解することが極めて重要だと思います。まず右側のPL。これは非常にわかりやすいと思うんですが、収益、つまり売上ですね。売上から費用、コストを引いたものが利益になります。これは極めてわかりやすいですし、お小遣い帳と同じような構造と思っていただければ良いかなと思います。

ポイントはこのBSなんですよね。PLとBSのつながりがよくわからないというがたくさんいらっしゃるようです。正直に白状すると私も大学時代に会計の授業を落としていますが、いまいちBSというものがわからんなと思っていました。BSとPLの2つの表がどういうふうにくっついているのかを理解すると、非常にわかりやすくなると思います。

BSについて見てみましょう。右側、負債の部と純資産の部というのは、会社がどうやってお金を調達したのかを表現しています。銀行から1,000万円の借り入れがあったら、負債の部には1,000万円の借入として載っかります。資本金も同じく1,000万円であれば、純資産に1,000万円が載って、合計の2,000万円が資産の部に計上される。そういう構造になっています。

先ほどのBSとPLをがっちゃんこしたものが左側の図です。2017年度のBS。つまり2018年3月31日時点のBSと、2018年度のPL、つまり2018年4月1日から2019年3月31日までのPLをがっちゃんこする。もしもPLに利益が出ていたら、この利益が新たに純資産の部に加えられて、BSが大きくなっていく。

これがBSとPLのつながりです。これが理解できると、会計が極めてとっつきやすくなります。もう少し詳しくお知りになりたい方は、『財務三表一体理解法』という極めて良い本があるので、ぜひこちらを手に取ってお読みいただければと思います。

決算書がスラスラわかる 財務3表一体理解法 (朝日新書 44)

「ファイナンス思考」は企業価値の最大化を目指すもの

これは、今の説明をもう一度まとめたものです。BSとPLをまたぐ、ぐるぐると循環する図ですね。会社を巡るお金の流れをもう一度整理すると、会社が調達したお金が負債や純資産に計上される。これが1番の部分ですね。2番で調達したお金を事業に必要なものに投資する。

ひょっとしたら土地を買って工場をつくるかもしれませんし、研究開発に当てるかもしれない。お金がなにかしらの資産になり、その資産を通じて事業を行って利益を生んでいく。事業を通じて得られた利益は純資産に利益剰余金として計上され、BSが大きくなる。

こういった会社を巡る、ぐるぐるとしたお金の流れをどうやってマネジメントするか。これがファイナンスにおいて、もっというと経営において、極めて重要なことです。ここまでがファイナンスを考えるにあたっての大前提となる基礎知識ですね。

ここから少し本題に入りまして、PL脳と「ファイナンス思考」の違いについてお話ししたいと思います。まず、PL脳とはなにかですが、例えば売上や営業利益、当期純利益。

こういった損益計算書、PLといいますが、PL上に現れる指標を目先で最大化することを目的とする思考態度のことを、本書では「PL脳」と呼んでいます。そういったPL脳からよりファイナンス的な発想に考えを切り替えていったほうがいいんじゃないかと問題提起しているのが『ファイナンス思考』です。ファイナンス的な発想とは、会社の価値を最大化することを目指すような考え方を指しています。

ここで、評価軸、時間軸、経営アプローチという3つの観点から、ファイナンス思考とPL脳の特徴をそれぞれ挙げてみましょう。評価軸は先ほど申し上げた通りです。PL脳であればPL上の数字が最大化することが良しとされる。売上が大きくなったら良しとしよう。利益が大きくなったら良しとしよう。

こうした指標が大きくなること自体は決して悪いことではありませんが、そればかりを見て目的視していると間違いを犯すのではないかというのが、本書の問題意識です。一方で、ファイナンス思考の場合は、企業価値が向上しているかどうかを評価軸とします。

新規事業を始めるときの時間軸をどうとらえるか

次に、期間に対する考え方です。PLの特徴は、期間が決まっているということなんですね。例えば上場企業では1年に1度、年度の決算があります。

四半期決算なんかもありますよね。こうした年度や四半期といった期間は、別に経営者が決めたわけではないですよね。「うちの会社の決算は9ヶ月」とか「3年」と決めたわけではなく、基本的に1年や四半期といった定められた期間の中で、事業の進捗を報告することが、予め決められているわけですよね。そういった意味でいうと、PL上の期間というのは、極めて他律的なものなのかなと思います。

事業に取り組んでいらっしゃればよくわかると思いますが、なにか事業を始めようとする時に、時間軸として本当に1年といった予め決められた尺度で見るのが良いとは限らないですよね。成熟化して完全にできあがったビジネスモデルであれば、ひょっとしたら四半期、1年という単位でも、非常に良く状況を理解できるのかもしれないですが。

例えばこれから新しい事業をつくっていこうとする時に、1年の間に本当に利益が出るのかというと、通常そんな事業はなかなかないと思います。足の長い、短いというのはやっぱり事業特性というものがあって、Webサービスのように短いものもあれば、インフラのように長い時間がかかるものもあります。こうした事業特性や状況を鑑みて、自発的に時間軸を設定するのが、ファイナンス思考の重要なポイントだと思っています。

こうした評価軸、時間軸の違いは経営アプローチにも繋がるんですね。PL脳の場合、非常に管理的・調整的になります。例えば消費財メーカーが期末にどっと押し込みをして売上を計上するいったケースを本にも書いています。

あるいは、「どうも今期は目標としていた利益に到達しそうにない」となった時に、マーケティング予算をちょっと削るかとか、経費をなんとかいじることで、帳尻を合わせようとする。このように、非常に管理的調整的になっていくということです。

一方、ファイナンス思考は、最初に「こういった規模の事業をつくりたい」というゴールのイメージがあったうえで、そこから逆算して事業を作っていくという考え方です。非常に逆算的であり、戦略的な発想ですね。

将来いくらキャッシュを稼げるかが「企業価値」

さて、ここまでファイナンス思考、PL脳とはなにかを整理してお伝えしましたが、肝心のファイナンスとはいったいなんなのかについて、ここからお話したいと思います。本書では、ファイナンスのことを、「企業価値を最大化するために行う一連の活動」と定義しています。

この一連の活動を4つに分類しています。アカデミアの方や、バンカーの方がお聞きになると、単純化し過ぎだというご指摘もあるかと思うんですが、自分自身が財務を専門としていないビジネスパーソンであれば、これぐらいの粒度で理解していれば十分であると私自身は思います。

では、「企業価値」とはなんなのかということですね。ものすごくざっくりいうと、会社が将来どれぐらいのキャッシュを稼ぐのかと思っていただければ良いかなと(思います)。

利益ではなくてキャッシュフローというのがポイントです。本当はそれに現在価値という時間の概念を加えなければいけないので、極めて不正確な表現ではありますが、その事業が将来に渡り生み出すキャッシュと思っていただければよいかなと思います。

念のため、現在価値と、現在価値を算出するための割引率についても触れておきます。なにかというと、1年後、2年後、3年後にもらえる100万円と、今日この場で「あなたに100万円渡します」といって渡してもらえる100万円というのは、価値が違うということですね。

今すぐ100万円をもらって運用すれば……銀行だとなかなか利子が付かないかもしれませんが、仮に1パーセント2パーセントとかで運用できれば、来年には101万円、102万円になるわけですよね。だけど1年後にもらう100万円の場合は、当然運用できないわけですから機会損失が出てしまう。

このようにお金というのは、今もらうか将来もらうかによって、価値に違いが出てくるということだけ覚えておいていただければと思います。ちなみにこういう割引率や、そういうファイナンスの根本的な概念については、石野 雄一さんの『ざっくり分かるファイナンス』という本があります。「ざっくり」というやや力の抜けたタイトルの本ですが、非常におすすめの1冊です。

ざっくり分かるファイナンス 経営センスを磨くための財務 (光文社新書)

企業活動を最大化するための4つの分類

企業価値をご説明したところで、企業活動を最大化するために行う一連の活動というものがなんなのか、改めて整理しましょう。4つの分類です。1つ目が外部からの資金調達です。先ほどお話ししたとおり、BLの右側、負債の部や純資産の部というのは、会社がどうやってお金を調達したかを表しています。

集めたお金のうち、負債の部に計上されるのは、利率や期限など、返済の条件が設定されたお金です。デットファイナンスと呼ばれます。銀行から借り入れるとか社債を発行するなどして集めたお金。どこかのタイミングで一定の利子を付けて返さなければいけないお金ですね。

純資産の部に計上されているのは、エクイティファイナンスを通じて集めたお金。エクイティファイナンスというのは、いわゆる株式ですね。投資をされる方もいらっしゃるかもしれませんが、株式を発行することで会社が集めたお金のが純資産の部に計上されています。

ファイナンスの1つの機能はそういったデットファイナンスやエクイティファイナンスを組み合わせて、会社にとって最適な条件で必要な資金調達をするということです。この資金を使って新しい事業を作っていくわけですね。外部から資金調達をするというのが、重要な機能だと思っております。

2点目が資金の創出ですね。これはいわゆる事業活動です。ここにいらっしゃるビジネスパーソンの多くが携わっていらっしゃるような事業活動そのものも、ファイナンスの一部です。事業活動というのは、ファイナンスの観点から見れば、「資金の創出」なんです。例えば売上を増やす、費用を減らすということですね。

これだけだと「じゃあPL脳じゃん」と思われるかもしれませんが、PLで扱うものはファイナンスの広いユニバースの中の1要素だということなんですよね。これだけで見ていると、全体感を見失ってしまうという言い方もできると思います。当然会社であれば良い事業を通じて売上を上げようとしますし、無駄な費用を使わないに越したことはありません。

ただ、「資金の創出」でも、PL脳だとなかなかつかめないものがあります。たとえば、資金繰りですね。売掛金はなるべく減らして、売ったものがあるならば、なるべく早く回収しましょうだとか、買掛金を増やしてなるべくお金をお支払いするタイミングを先に延ばしましょうとか。そういったことを加えて自由に使える資金の総量を大きくしていくことです。

経営全体を俯瞰して比較検討ができているか

3点目はよりダイナミックな機能です。「資産の最適配分」。事業を通じて築いた資産の中にはお金、キャッシュも含むわけなんですが、これを事業構築のための新規投資や、株主債権者の方々への還元に振り向けていくことです。資産の取得、あるいは売却もそうです。新しい工場を買おうだとか、自社で持っている意味のない工場はお譲りしようということです。

あるいはM&Aですね。事業の買収や売却も含みます。事業に対して今までになかったような大規模な先行投資をするのも資産の最適配分。

事業の維持運営とは別次元でなされる大規模な先行投資であれば、R&Dもそうですし、マーケティングもそうです。これに加えて、借入金の返済や株式への配当、自社株買い。これも資産を最適化する取り組みと定義付けています。

ここでのポイントはなにかというと、それぞれを見ているとまったく違う行為に見えるわけですね。例えば事業の買収、売却であれば、「経営企画部の仕事だよね」となる。あるいは人材がいないんだったら人事部や事業部の仕事なんじゃないかなとなる。R&Dもそうですよね。あとは借入金の返済、株主への還元とかは、それは財務部や経理部の仕事なんじゃないかとかというように、別セクションのまったく違う仕事に見える。

こうした一見まったく違う機能に紐付いているように見える行為を横比べすることです。今は株主に還元するよりも、人材採用にお金を突っ込んだほうがいいかとか、あるいはその逆だったりとか、部門での閉じた判断を越えて、優先順位付けしていくことですね。単純にセクションごとに予算を投下して、「この中で上手くやってくださいね」だと、個別に最適化した打ち手ばかりになってしまいます。

会社全体を俯瞰し、今はR&Dにお金をかけるよりも事業買収したほうがいいんじゃないかといった比較検討をするということですね。

「経営というのはM&Aだよ」という言葉の真意

雑誌の『週刊ダイヤモンド』さんで『ファイナンス思考』の特集を組んでいだいたんですけども、その中で三菱ケミカルホールディングスの小林会長にお会いしてお話をうかがったんですね。

あの方は研究畑のご出身で、47歳までずっと研究所にいらしたんですが、その方がおっしゃってたのが、「いやあ、経営というのはM&Aだよ」ということです。今までいろいろな基礎研究の分野で、多くの研究者を輩出することはできたけど、事業には結びつかなかったとおっしゃっていました。

こうした経緯を踏まえて、M&Aをより重視しているとのことです。会社によって最適解というのは異なると思いますが、なかなかそういうふうには考えないじゃないですか。分野を横断して考えるというのが「資産の最適配分」におけるポイントだと思っております。

以上、ファイナンスの機能として3つ挙げました。外部からの資金調達。資金の創出。あと資産の最適配分ですね。こういったそれぞれの活動の正当性や、会社をこれからどういうところに持っていくかという意思を、ちゃんとコミュニケーションすること。これが4つ目の機能です。ステークホルダーコミュニケーションです。

上場企業であれば、株主に対して、どう説明するかということが非常に重要です。債権者、お付き合いのある銀行さんに対するコミュニケーションも重要ですし、従業員も会社にとっては非常に重要なステークホルダーなので、自社の方針についてちゃんと説明する必要があります。こういった一連の活動をファイナンスと定義しております。

「ファイナンスというのは資金調達のことでしょ?」「市場からどれぐらいお金を持ってくるかということなんでしょ?」と捉えていらっしゃる方がいますが、『ファイナンス思考』の考え方でいうと、確かに重要な機能の1つではあるけども、として非常に狭い解釈だよということです。

ここまで「ファイナンス思考」というのがなんなのかというお話をしました。ではなぜ、「ファイナンス思考」というものが、重要なのかということですね。私が如実だなと思うのが、このグラフなんですよ。本の中にも出しているグラフなんですが、1990年の冒頭から見て、S&P500とTOPIXがどのように推移してきたかを表しています。

起点をもうちょっと前に遡るともっと激しくなるんですけど、流石にそこまで激しいとちょっと嘘っぽく見えるなと思って1990年にしています。やっぱりこれはなかなかショッキングな図だなと思うんですよね。日本はGDPで見ても1990年以降は、ほぼ横一直線なんですよね。アメリカや中国と比べると相当差をつけられている。

日本の人口減少と企業価値への感度の違いがもたらしたもの

ちょうどいいタイミングで『週刊ダイヤモンド』さんにこんな図が出ていたので一部抜粋していますが、世界時価総額ランキングを見ても同様の傾向ですよね。これは1989年のランキングですが、NTTや興銀は今はもうないですからね。住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行は、ことごとく合併されてしまった金融機関です。こういったところが世界時価総額ランキングのトップを占めていました。

今はどうかというと、残念ながら平成30年時点で世界時価総額のトップ20に日本企業は入っていない。トヨタさんは、このもうちょっと下に現れると思いますが、今のところ入っていないですね。

では、なにがこんな事態を招いてしまったのかというと、一番影響が大きいのは人口構造の変化でしょう。右肩上がりで人口ボーナスを享受していたところから、一気に転換して、人口オーナスの状態に突入してしまった。

これが一番の課題だとは思います。とはいえ、日本と他国の差はそれだけではなかなか説明できないとも思っています。今回GAFAを本の中で挙げていますが、Apple、Amazon.com、Alphabet、Facebook、Microsoftも素晴らしい会社です。そういった会社の活動を見ていると、ファイナンス、企業価値に対する感度の違いというものが如実に現れているんじゃないかと思うんですよね。

こういった会社が上位を占めているというのは非常に示唆に富んでいるんじゃないかなと思う次第です。そういった問題意識もあって、今回『ファイナンス思考』という本を書きました。

PL脳と「ファイナンス思考」の留意事項をいくつか挙げておきます。PL脳、PL脳とかなりおちょくっているような表現になっているので、「PLなんて見ても仕方ないんだ」と思われるかもしれないですが、そんなことは決してありません。会社の今の事業の実力を計るにおいて、PLは非常に重要なものです。ただ、そればかりを見ていてはだめだということが一番お伝えしたいことです。

PL脳的な経営アプローチが機能する環境というものもあるわけですよね。本の中では高度経済成長を挙げています。いまの日本の市場環境でも、シルバービジネスなどは比較的こうした環境に近い状態にあると思います。

シルバービジネスの戦略は、高度経済成長期のダイエーと同じ

あるシルバービジネスの経営者の方は「自分たちは高度経済成長期のダイエーと同じ戦略をとっています」と明確に言っています。マーケットがどんどん広がっていくから、その面をどうやってとるかということですね。今の日本でも、そういった極めてPL的な発想がワークする市場も確かにあるということです。

また、PLは現場を管理する上では極めて重要なツールですよね。みなさんも組織の中で管理会計を使っていらっしゃるかもしれないですし、自分たちの部署の目標PLもあるかもしれませんが、別にそれ自体が悪いわけではないんですよ。極めて重要で使い勝手の良いツールです。

ただ問題は、会社全体を指揮するような管理職の方々が、現場の感覚で、そのまま全社の経営戦略を立てようとすると、間違った結果に結びつくということですね。

また、成熟した事業からキャッシュを絞り出す方針が悪いわけでもありません。海外に投資に積極的な会社を見ていると、「やっぱり日本の事業は完全にキャッシュカウと見ているんだな」と感じることが多々あります。

日本の事業だけを個別に見るとPL脳的な取り組みをしているように見えるわけですが、その事業は成熟しきってキャッシュを得るべき事業なんだと割り切って考えることは、『ファイナンス思考』とも矛盾しません。

また、会社がどういったステージにいるのかによって、求められるファイナンスのリテラシーは非常に異なってきます。これは本の中にも書いていることで、私はどちらかというと新興企業やスタートアップに関わっている人間なので、若い経営者とのお付き合いが多いんですね。

それこそ創業間もないベンチャー、スタートアップの世界でいうと、ファイナンスってほとんど資金調達だったりするわけですよね。VCからどれだけお金を引っ張れるかとか。それこそがファイナンスであると。

ただ、このままの感覚で会社が成長しても突き進んでしまうと、苦労することは多々あります。上場した新興企業を見ていても、今までの上場準備に向けた経営管理や、いかに投資家から資金調達をするかといった、未上場時のファイナンスの発想から抜けきれていないと感じることが多々あります。会社のステージによっても必要なファイナンスの機能は変わってくるということです。

大企業とスタートアップがかみ合わないのは「ファイナンス思考」の違い

ここで、本を書いた今になって思うことを何点か挙げます。

ひとつは大企業とスタートアップの関係について。大企業とスタートアップの親和性が悪い原因のひとつは、ファイナンスの感覚にあるんじゃないかということです。

見ていると、スタートアップの経営者と大企業の方がなかなか上手く噛み合わないなと感じることがあります。プロトコルが揃わないんですね。

スタートアップというのは、最初にドーンと先行投資をして、事業を大きくしてから後々になって投下した資金を回収するんだという発想じゃないですか。PL脳的な考え方で考えると、そもそもそんなことはやらないほうがいいわけですよ。

「数年赤字を垂れ流します」という事業を、目先のことだけを考えるなら、やらないほうがいいわけですよね。そういったスタートアップの現場に成熟した事業を担当していらした大企業の方がいらっしゃると、「ちゃんと売上を立てることが大事じゃないか。なんで利益が出てないんだ」といった話になることがあるわけですね。

これは、成熟した事業であればごもっともな話で、ちゃんと利益を出すことが必要なわけですよ。ただ、そういった考え方でスタートアップに接してしまうと、今の小さい規模感に最適化した経営体制になってしまう。

ここでスタートアップと大企業の間に食い違いが生じるわけですが、ファイナンスについての根本的な発想の違いがあるんじゃないかと思いますね。

もう1つは「ファイナンス思考」に転換する難しさ。「ファイナンス思考はわかった。確かに重要そうだ。それはわかった」と。そのうえで、「じゃあどうすればいいのか」とよく言われます。これが困るんですよね。私が答えを持って書いているというわけではないので、どうやって身につければいいんだと言われても、けっこう困ってしまうんですよ。

「ファイナンス思考」に発想転換するにはどうすべきか?

PLばかりをずっと見ていた方が、いきなりファイナンス的な発想に転換するのは、なかなか簡単じゃないと思います。実は答えがありません。とはいえ、そもそも発想を知らないと話にならないわけだから、まずはファイナンス的な発想について知ってほしいと思います。

身につける方法があるとすれば、自分で事業をちゃんと回してみるということ以外ないんじゃないでしょうか。そういったところは総合商社さんはけっこう上手くいくケースが多いのかなという気はします。

十数人の零細企業でも、経営に取り組んでいると、PLとBSのつながりといったものを肌身で感じるわけですよ。キャッシュフローの重要性や資金繰りの重要性も肌身に感じるわけですよね。それが大きい組織の中にいらっしゃると、なかなか見えづらい側面はあるのかもしれません。

あと、本の最後に「ファイナンス思考」というのは意志の問題なんだと書いていますが、「ここまで数字の話をしてきたのに、なんで最後にそんなふわっとした話になってしまうんだ」というお叱りをよく受けます。

ただ、これは根拠がないわけでなはなく、本当にそうだと思っているんですよ。企業価値やお金の価値というのは割引率で現在価値に差し戻して計算できるんだというお話をしました。この割引率というのはどうやって計算するのかという話なんですが、割引率=リスクフリーレートとリスク・プレミアムですね。

リスクフリーレートというのは、いわゆる放っておいても絶対に増える額。一般的には10年物国債のレートを使います。国債は基本的に国の財政は破綻しないという大前提に立つと、10年間まったくなんの工夫もしなくても稼げる額です。これにプラスアルファして、その事業や会社特有のリスクを加味するのがリスク・プレミアムです。

上場企業だったら、例えばベータ値に対する乖離などから試算するという事になっていますが、それでは未上場企業だとどうなんだと言えば、現実的には自動的に算出できるものではないわけです。

もしかしたら5年間赤字かもしれない。だけど6年、7年、8年経てば回収できると思う事業に取り組もうとする時、それに対してどれだけのリターンを求めるかは、客観的には算出できません。

もちろん、資本コストよりも高いとか、そういう最低限の条件は設定できますが、結局自分たちの事業はどれくらいのリスクで、どれくらいのリターンを求めるのが妥当だなんて数字は、客観的には弾けません。だからこそ、自分たちが手がける事業をどれくらい大きく育てるんだという意思、志なくして設定できないんですよね。

もうちょっと上手く言語化してご説明できればと思うんですが、結局のところ「ファイナンス思考」というのは、志に強く根ざした話だということはお伝えできればと思います。