パタスモンキーの生態

ステファン・チン氏:ドクター・スース著『ロラックスおじさんの秘密の種』は、1971年に出版されるや、たちまちベストセラーになりました。

欲深いワンスラーが、トラッフラの樹をすべて切り倒してしまったため、動物たちは住処を失い、窮地に陥ります。おどけた樹の守護精、ロラックスも登場します。物語は世界中を感動させ、幅広い世代に、環境保護への関心を抱かせました。

さて、研究者の多くが、この物語は単なるおとぎ話ではないと考えています。ロラックスと貴重なトラッフラの樹は実在し、実際に絶滅の危機にあるというのです。

1970年9月、セオドア・ガイゼル、またの名をドクター・スースは、環境保護について本を書こうと思っていましたが、アイデアに行き詰り、気分転換のためケニアへ旅行へ出かけました。

ガイゼルは、恐らくそこで初めてパタスモンキーに出会い、アカキア・ドレパノロビウム(アカシアの一種)の樹との密接な関係性を目にしたものと思われます。

パタスモンキーは、ユーモラスな顔立ちの霊長類で、アフリカのサバンナに群れを作って生息しています。他のサルとは異なり地上で生活しており、脅威を受けると、樹上に避難するよりも走って逃げる場合がほとんどです。時速55キロメートルという圧倒的スピードで走ることが可能であるため、大抵の捕食者から逃れることができるからでしょう。

これほどのスピードは、パタスモンキーの脚が非常に長いために出すことができるものです。パタスモンキーの脚は、彼らがアカシアの樹を好んで食料にすることから、このように進化したと考えられています。

アカシアはよく見られる樹ですが、食料にするには広範囲に分布しているため、パタスモンキーは、ヒトのように長距離を歩行できるよう進化したのです。そのためパタスモンキーは、食料の実に4分の3を、アカシアの樹に依存できるようになりました。

主食はトゲに詰まった樹液

パタスモンキーが食料とするのは、カルシウムや鉄分、マグネシウムなどミネラルを豊富に含んだ、アカシアの樹液です。しかし、より好んで食べるのは、ドクター・スースのイラストに出てきそうな、アカシアの膨らんだトゲの中に住むアリなのです。

このアリは、アカシアが草食動物に食べられることを防いでくれる役割を果たしますが、パタスモンキーは、これが大好物です。ごちそうの詰まったトゲは、小型な種のサルには頑丈すぎて割けませんが、アリのみで十分なたんぱく質を摂取できるパタスモンキーには好都合なのです。

アカシアとアリは、年間を通して摂取できるため、他のサルが好む果物などよりも、パタスモンキーにとっては遥かに安定して頼りにできる食料源です。唯一の問題は、彼らのような大型のサルには、樹液やアリが大量に必要となることです。

パタスモンキーのオスの体重は12.5キログラム、メスは6.5キログラム近くあります。このサルの群れが十分に食料を得るには、アカシアの群生が大量に必要であり、群生から群生へ渡り歩くために、長い四肢が発達したのです。

通常であれば、アカシアの樹は十分にあるはずでした。少なくとも、ガイゼルがケニアを訪れ、『ロラックス』の着想を得た1970年には、アカシアは豊富に生えていました。

ガイゼルが、パタスモンキーと彼らの好物のアカシアから、ロラックスやトラッフラの樹の着想を得たという100パーセントの確証はありませんが、研究者たちは、この説を裏付ける証拠を何点か指摘しています。

もちろん、ケニアでよく見られる樹とサルから、着想を得たであろうタイミングが、ちょうど合致している点が挙げられますね。また、作品に登場する樹のイラストは、アカキア・ドレパノロビウムと非常によく似ており、草原の中にぽつんと群生で生えている点までそっくりです。

さらに、ロラックスの外見は、パタスモンキーにそっくりです。研究者たちが、顔の類似度を解析したところ、ロラックスとパタスモンキーの類似度は、他のドクター・スースのキャラクターや他種のサルをはるかに上回るものでした。

しかし残念なことに、実際の生態も、物語の筋に沿ったものになりつつあります。ガイゼルが、インスピレーションを得るためにケニアのライキピア高原を訪れた際には、アカシアの樹はごく一般的な樹木であり、物語で描かれたような絶滅寸前の樹の話は、想像の中の未来のことでした。

パタスモンキーは危機に瀕している

しかし、それから何十年も経った現在、アカシアの樹は劇的に減少しました。その一因として、エサとしてはあまり適していない、他種の樹との競争に、アカシアが負けつつあることが挙げられます。

この競合の背景は、複雑なものです。原因の一つは、人間が土地を開墾したことにより、草食動物の種類と分布が変化したことです。

ある保護区で調査を行ったところ、樹木の生態は、ゾウのような大型の草食動物の分布に影響を受けることがわかりました。彼らの貪欲な食欲に、灌木や幼木が被害に合うのです。その上、気候変動の影響で干ばつが頻繁に起こって食料となる草が減少したため、近年の大型草食動物は、樹木を主な食料源としつつあります。

しかし、大型の草食動物がいなくなれば問題解決とはなりません。2014年の調査で、研究者たちがケニアで大型の草食動物を移動させたところ、アカキア・ドレパノロビウムの苗木の生存率が激減しました。これは、ネズミのような小型の動物が増えて、彼らに苗が食べられてしまったためでした。

また研究者たちは、気温上昇と降雨量の減少により頻発するようになった山火事も、多大な影響を与えているのではないかと懸念しています。火に焙られたアカシアからは、共生関係にあるアリが死滅します。そのため、ますます草食動物の餌食となりやすくなるのです。

気候変動に直面した、この貴重な樹を保護するにあたり、長期的な対策が議論されていますが、その間も、アカシアの減少は、霊長類のロラックスに影響を与えつつあります。今のところ、パタスモンキーは絶滅の危機にあるとは見なされていませんが、アカシアの減少に呼応して、ここ数十年で個体数は減っており、生息地も縮小しています。

ケニアからアカシアから消える日には、パタスモンキーもまた、その姿を消すことになるでしょう。「もし、君のような誰かが一生懸命頑張らなければ、世界は変わらない」のです。