社員を全員解雇し、生まれ変わった創業81年のベンチャー企業
工具屋の跡継ぎが痛感した“スクリーニング”の重要性

3代目の改革で激変した創業81年ベンチャー 〜変革の手段としての事業と管理のIT活用〜 #2/2

2018年10月25日、ベルサール六本木グランドコンファレンスセンターにて「事業承継のトップランナーが集結!『アトツギ』のリアルとテクノロジーがもたらす経営改革」が開催されました。これはfreee株式会社と株式会社セールスフォース・ドットコムの共催によるイベントで、事業継承をきっかけに経営改革を実施し、大きく事業を成長させているトップランナーが登壇。事業継承の実態や経営改革におけるテクノロジー活用の重要性など、幅広い観点による講演が行われました。本記事では、株式会社大都 代表取締役の山田岳人氏とfreee株式会社 代表取締役CEOの佐々木大輔氏によるセッション・後半の模様をお送りします。

退職金を支払っての全員解雇

山田岳人氏(以下、山田):組織っていうのは、やっぱり難しくて。業績がすごい厳しくなって、2006年あたりに、このままだとちょっとヤバいっていうところまで経営がいきました。

当時の税理士さんと廃業シミュレーションっていうのを作りまして。いまある建物とか、在庫とか、売掛・買掛全部処分して、整理したら、「いまならやめられる」とか、「これ以上やるとやめられなくなる」とか。

廃業するってめっちゃ金がいるんですよね。「やめるタイミングはいましかない」って税理士さんからも話があって、先代に話をしました。先代に「廃業させてください」と。「このままいったら全員路頭に迷うんで。僕は自分の仕事だったらぜんぜん稼げる自信があるし、もともと起業しようと思ってたっていうのもあったし、リクルートも『返ってこい』って言ってるし」っていうのを話したんですけど。

でも先代は2代目で、親父から引き継いだ会社だから「どうしても残したい」と。その思い入れと、僕の思い入れはぜんぜん違うと思ってます。「どうしても会社は残してほしい」っておっしゃったもんですから、「わかりました。じゃあ、もう1年がんばりましょう」と。

で、当時いた社員に……社員といってもおじちゃんばっかりですけど。当時はもう僕が経営を全部してましたんで。2006年っていうと、先代はもう会社に来てなかったんですね。

それで社員の人に「もう1年がんばりましょう」と。「この1年でもし赤字だったら、もう廃業します」と。「そのつもりでこの1年がんばりましょう」と言って、年はじめにその話をして。その1年後に、見事に赤字だったんですよね。それで全員に退職金を払って、全員解雇しました。それが2007年だったんです。

佐々木大輔氏(以下、佐々木):その時に「次の年、赤字だったらもう会社はないぞ」と言って、なにか変わったことはあったんですか?

山田:なかったんですよね。

(会場笑)

これがカルチャーだと思ってるんですよ。組織のカルチャーっていうか、もうそういうことにずっと慣れてきてるんですよね。僕が会社に入ったときに、「会社の売上わかりますか? いくらですか?」って聞いたら、答えられる社員が1人もいませんでした。

社員の半分ぐらいが営業なんですが、営業の人に「今月の目標はいくらなんですか?」って聞いたら「ない」って言うんですよ。営業で目標がないって、リクルートの営業マンには信じられないんですよね。リクルートって、毎日1番からビリまで張り出されるような会社だったのに、その営業マンが「売上目標の数字を持ってない」って言うんですね。

要は自分がいくら売ってるかもわからないし、会社の売上がいくらかもわかってない。それはその人たちが悪いんじゃなくて、そういうふうにした経営者が悪かったんですね。そういう経営をしてきたっていうことです。それに「モチベーションがね」って話をしても、「餅がなんだって?」みたいなことを言うような、もうそういう組織だったんですよ。

創業81年のベンチャー企業

組織はやっぱり変えられなかった。1998年から2006年の間ですから、けっこうな期間、経営をやってますよね。代表ではなかったですけど、経営はやってました。先代が僕に個人保証させたくないって、ずっと思ってたんですよ。だから代表だけは変わらなかったんです。

僕はネットをやってて「サーバー借りるから数百万借りるよ」って言っても「サーバーってなに?」ってわかってもらえないんですが、とにかくハンコだけは黙って押してくれました。なにをするって言っても、先代はとにかく「おまえがやるんやったら」ってハンコは黙って押してくれる、そんな人でしたね。

それで2006年に「おまえの好きに全部やったらええけど、とにかく会社を残してくれ」ってなって、それがうまくいかなくって全員解雇して、全員に退職金きれいにちゃんとお支払いをして。2007年にいったん清算して……って言ったら変ですけど、そっからeコマースに完全シフトしていきました。今は社員数が78人ぐらいなんです。いったんゼロになりましたけど、今では78人ぐらいの会社になりました。

そうしてfreeeさんを導入したのは、たしか今年からかな? 僕たちはいま上場準備してるんで、そのなかでいろんなやらなくちゃいけないことがいっぱいあるわけですよね。いくつか探したなかで、freeeさんが一番良いっていうことでやらせてもらって、いまちょうどスタートしてるっていうところです。

僕たちはよく「創業81年のベンチャー企業」って言ってます。いったん会社はなくなったみたいな感じですけど、ちゃんと先代から受け継いだ資産は引き継いでいますよ。

佐々木:ちなみに、「全員を解雇する」ことでなにかとくにトラブルとかはなかったんですか?

山田:そうですね、トラブルはなかったです。だいたい転職すると、転職先でまずカッコええところ見せたろうとするじゃないですか。僕はリクルートからのこういう転職で、工具のことはまったくわかりませんから、リクルートで学んだことでなんかカッコええとこ見せたろうとするわけですよね。

それで一番最初にやったのが「この会社には就業規則がないから、就業規則を作らなきゃダメですよ」と。ちょっとリクルートっぽいこと言うたわけですよ。そのなかに退職規定を盛り込んだんですね。それが後で大変になったっていう(笑)。

(会場笑)

ちゃんとその規定どおりにお支払いしたんで、なにも揉めたりはしなかったです。よく「労基で云々かんぬんありませんでしたか?」(と聞かれますが)、ぜんぜんまったくもめませんでした。けど、めちゃくちゃ嫌われてます。まあ、当然そうですよね。

息を吹き返した会社と、先代の死

2011年に代表を交代したんですね。だから僕、社長歴まだ7年ぐらいしかないんですよ。代表を交代したこのタイミングで「個人保証は僕やりますよ」と。実際は僕が経営してるわけですから「個人保証ぜんぜん気にしなくていいです」と。

これは僕が42歳のときなんですが、やっぱり昔の人は厄をすごい気にするんですね。「厄が明けたら代表を交代しましょう」っていうことで。42歳の2月に厄が明けるので、2月に代表を交代したんですね。

でも、そのちょうど1年後、2012年2月に先代が急死したんですね。会社はもう息吹き返してましたし、あれでしたけど。本当不思議なものでですね、安心したんかちょっとわかんないですけども。

そのときに社葬をするじゃないですか。僕は代表でしたから、喪主は僕がやるじゃないですか。まあ業界って狭いですからどこかから聞きつけて、僕が全員解雇した社員たちも来てくれたわけです。

お焼香してくれました。だいたい焼香したあとに喪主にあいさつするっていうのが流れでしょ。でも、みんな焼香して反対に行きましたからね。僕が喪主でこっち側にいるのに、その人たちだけは僕のほうに来なかったんです。「なにこれ」っていう。もう「完全に嫌われてるな」っていう。

社員の名前はトニー、ジョニー、アントニオ

佐々木:そこから新しい組織を作っていくなかで、どんなことに気を付けていったんですか?

山田:後継者の組織作りが一番難しいというのは、僕の場合はリセットしたんであれですけど、その後は言ったらどうにでもできる組織じゃないですか。

10年ぐらい前から、いまは「ティール組織」ってみんな言いますけど、僕たちは「ホラクラシー」っていう、アメリカのザッポスとかがやってる役職がない組織っていうのを当時からやっていてですね。

さっき佐々木さんが僕を「ジャック」って呼んでくれましたけど、うちの社員は全員イングリッシュネームで呼び合うんですね。社員は僕のことを「社長」って呼ばないです。みんな「ジャック」って言います。僕の親しい人は、みんな僕のことを「ジャック」って呼びますけど。

社員の他にも、いまは会社法上の役員もいますから、トニーとかジョニーとかアントニオとかがいっぱいいるわけですよ。

(会場笑)

東京の二子玉川にお店があるんですけど、そこの店長はアリーっていいますし、働いてる女の子もニッキーとかアンジーとか、もうみんなそうです。名札見てやってください。ちゃんと「ニッキー」とか「アンジー」とか書いてます。それで全員が呼び合うっていうような、いわゆるフラットな組織にしています。

「ティール組織」って本が最近すごい話題になったんであれですけども、どれだけみんなが自立している組織ができるかってところを非常に強くやっていて。いまはそんな組織の運営をやっている感じですね。

生産性へのこだわりは、業務をパンクさせた苦い経験から

佐々木:あまりにもアナログなビジネスをしていたとお話しがありましたが、最近ではすごく生産性とかそういったことを重視して経営をされていると聞いています。きっかけみたいなこととか、そういうやらなきゃいけないと思った背景とかってあるんですか?

山田:生産性は僕たちの会社でもすごく言います。「生産性を上げていきましょう」って。会社は成長していくごとにだんだん従業員も増えていくんですが、じゃあ従業員が増えただけ収益も増えてるのかっていうと、大抵の会社は減っていってるんですよね。なのに昇給していかなきゃいけないっていう、なんか相反するところがあってですね。

本当は生産性が上がっていけば昇給して当たり前なんだけど、生産性が上がってないのに昇給だけしていくっていう会社がいっぱいあるから、それはおかしくなるよねっていう話ですね。

僕たちは生産性にすごくこだわってやってますけども、きっかけはeコマースをスタートしてアクセル踏んだときに、業務がパンクしたことなんですよね。一気に売上がポンポンポンと上がったタイミングがあって。

2002年にeコマースがスタートして、2009年まで昨対同月比を割ったことがなかったんです。その時代は、たぶんeコマースをやってる人なら誰もがそう経験したと思うんですね。楽天さんなんかもガンガン伸びてたし、Amazonもガンガン伸びていってる。その伸び方も半端なかった。

でも2009年2月に初めて、僕たちは昨対同月比を割ったんですよね。そのときに「これはまずいな」っていうことで。やるんだったら日本一になろう、商品アイテム数を日本一にしようということで、当時1万8,000アイテムだったアイテムを10万アイテムにまでにしたんです。

国内だけではできないんで、中国の四川省まで行って。中国人の女の子を5人雇用して、そこでひたすら商品登録するっていうチームを作って。それで一気に跳ねたんですけど。受注がバーンと跳ね上がるっていうことは、当然お客さんからの問い合わせも出荷も増えるわけですよね。それで現場がもう疲弊しちゃって。

コア業務とノンコア業務の徹底した切り分け

そのとき社員10人ぐらいでしたけど、日本一になるって決めて始めたのに、朝パソコン開いたら、受注処理の女の子が「あーあ」って言うんですよね。「ああ、今日も帰れない」と。要は注文がたくさん来てて、今日も帰れないのがわかるということです。注文がいっぱい来たら「ワーイ!」って言わなあかんのに、「あーあ」って言っちゃってるのっておかしいですよね。

そのときに、業務の切り分けをすごいやったんですよ。コア業務とノンコア業務を切り分けようとして。僕たちの会社のコアって、強みってなんだっけ、ノンコア業務は僕たちがやらなくてもいいよねっていうことを切り分けようとしました。

社内で配送処理をしていたんですが、出荷はノンコア業務だと。ページの画像切り抜きもノンコア業務だし、全部外注しようということで、物流センターも3PLに投げました。切り分けていって、コアに集中しようとしたんですね。

よく「業務改善してください」って話が出るじゃないですか。それで現場に「業務改善提案してくださいね」って言ったら、みんな手が止まるんですよね。だって、日頃からやってることですから、別にそれが当たり前と思ってるし、それに改善をするとかってあんま考えないんですね。

そこですごくうまくいったのは、「面倒くさいことを書き出して」って言ったことです。面倒くさいことはいっぱいあるんですよ。あれもこれも面倒くさいと、いっぱい書き出してくれました。「その面倒くさいことをつぶしていこう」というかたちにしていったら、めちゃくちゃつぶせました。

しょうもないことから言うと、メーカーさんから直接ユーザーに送ってもらう直送って、梯子なんかは100パーセントそうなんですけど、その場合の納品書って僕たちがユーザーに郵送しないといけないんですね。そうすると、もう毎日のように封筒の束に切手貼って、郵便局に持って行かないといけないわけですよ。雨の日も雪の日も郵便局に行くわけです、毎日。

それが面倒くさいって書いた子がいたんですね。「じゃあ、それ全部つぶして」いこうと。その女の子は郵便局に「私、これ持っていくのすっごい面倒くさいんですけど」って電話したんですね。

(会場笑)

そうしたら「あ、そうですか。じゃあ、取りに行きますよ」って言ってくれたんですよ。それなりの距離ですけど「行きます」って。「どうせ配達行ってるんだから、ついでに行きますよ」って。それで集荷に来てくれるようになったんですよ。

しかも、すごい量も増えてきたんで、「もう切手貼らなくていいですよ」と。「別納でぜんぜんいけますから」ってなって、切手も貼らなくてよくなった。雨の日も郵便局に行かなくてよくなった。そういうしょうもないことですけども、改善をひたすらしていきました。

取引先も含めたIT化

あと、当時は発注もFAXでしてましたけど、注文がバーッと増えるとFAXの注文用紙も増えるわけですよ。(指で厚みを示して)こんなに出てくるんですよね。

それでバーッて発注するじゃないですか。そうすると、その発注したものに対してメーカーさんが納期を横に追記して送り返してくれるわけですよね。そうすると、送ってたのと同じ量のFAXが返ってきます。それを見ながらパソコン画面に打つ、みたいな。日本ぐらいですよ、こんだけFAX使ってる国。

でも、取引先は「FAXで送ってくれ」って言うんです。僕たちはEDI、要はネットで発注したいんですと言っても、「うちはそんなんもうわからへんから」って言うんですね。

だから僕たちはEDIを自分たちで開発して導入し、「わからない」って言うところにうちの社員が行って、向こうで「こうやって処理するんですよ」って横で教えてあげると。そうしたら「簡単やん」ってなるんで、それをひたすらずっとやっていって、いまは98パーセントくらいがWeb-EDIになりました。当時はずっとFAXで送ってて、「いつまでおまえFAX送ってんねん!」って言われてたんですよ、そのとき。

(会場笑)

もうずーっと1日中FAX送ってるから。発注が1日5回ぐらいあるから、ずっと紙の束を送っていて。それをIT化していって。いまは会計まわりの処理をすごい(IT化)していっています。

経費精算とか、いままで経理がめちゃくちゃ大変だったところがめちゃくちゃ楽になりました。あとは数字出したり云々かんぬんっていうのを、いまバックヤードのほうでやってる感じですね。

スモールビジネスでAmazonに勝つには

佐々木:ちなみに、事業に関して最後に1つだけ聞きたいんですけど。NewsPicksの取材記事にも書いてありましたけど、「Amazonに勝たなきゃいけない」って言ってらっしゃいますよね。これって、これからスモールビジネスにとってけっこうな命題になってきてるんじゃないかなと思っていて。

ジャックさんが考える、Amazonとか巨大なネットプレイヤーに小さなビジネスが負けないようにしていくための秘訣みたいなところを教えていただけますか?

山田:いわゆるAmazon Effectっていうか、Amazonの影響を受けてるっていう小売業の人たくさいんいると思いますけども。僕たちは2014年に初めて、大阪にDIY FACTORYっていうリアルなお店を出したんですね。出店するときはめちゃくちゃ反対されましたね。社内からも、役員からも、金融機関からも反対されました。

だって、同じものを売るんだったら、ネットとリアルのお店とではぜんぜん収益構造が違うでしょ。アパレルはどんどんお店を閉めていってまし、「僕たちはネットで収益でてるのに、なんでお店を出すの?」「こんな儲からないことをなんでするの?」って言われたんです。でも出店したのは、やっぱりAmazonができないことをやらないとダメだと思ったからなんですね。

僕たちはネット企業だけども、Amazonよりも先に小売業でお店を出しましたから。これが実はすごい当たって。すごい来客数でした。それに日本中のホームセンターが視察に来ました。

「物を売ることを目的としないお店」にしたんですね。体験型店舗ってことで、ずっとレッスンをやってます。もう365日、そこでずっとやり方を教えてるんです。二子玉川のお店も同じですから、東京にお住まいの方は二子玉川ライズのお店を見てください。

Amazonが来れない市場の創造

そこでレッスンをして、工具の使い方なんかを教えています。なぜかというと、市場を創造しないといけないからです。「DIY」のマーケットはまだ日本にないんですよね。ぜんぜん日本に浸透してなくて。でも、やりたいと思ってる人は実はたくさんいる。

日本の住まいの環境は、空き家問題が示してるようにむちゃくちゃ不自由なんです。衣食住のなかで、着るもの、食べるものはすごい自由になりましたけど、住むところだけは本当不自由で。

賃貸物件は触っちゃいけないとか、もうどんなルール作ってるんだと。部屋を触っちゃいけないって、人生のくつろぐ場所を触っちゃいけないってもうありえない。そんなルールができてしまっているのを「変えていこう!」っていうのがこのお店です。

Amazonにはそんな理念はないですから。僕たちがどういう価値を社会に提供するのかを会社として持ってないかぎり、Amazonには絶対に勝てません。もう絶対負けますよ。

「なにを成したいのか?」を僕は社員にすごく言いますけども、そういうところをしっかり持ったうえで、メーカーさんとかサプライヤーさん、いろんなところとパートナーシップを組む。あとは、リアルの体験をしてもらう。

僕たちはGreenSnapってアプリを持ってるんですけど、緑のInstagramみたいな、もうグリーンしか出てこないインスタみたいな感じです。ぜひGreenSnapをインストールしてみてください。そういうメディアを持って、「こういう暮らしがいいですよね」とか、DIY FACTORY COLUMNっていうコラムで啓蒙したりとかもしています。

食でいうところのクックパッドみたいなもんですね。なにかを作りたいと思ったときに見るサイトみたいなものを作って、市場を創造していくっていこうとしています。Amazonができないことをやっていこうっていうことなんですが、そのほうが絶対楽しいんです。戦う仕事をひたすらしてると、しんどいですよね。

佐々木:本当にそうですよね。やっぱり楽しいことをして、楽しく戦うっていうのが。

山田:そうですね。うん。

後継者の悩みは、やっぱり後継者にしか分からない

佐々木:ではお時間になりましたので、最後にジャックさんが考える「跡継ぎとしてどうやって企業を変えていくのか?」と、実際どうしていったらいいのかと悩んでいる方も今日はすごく多いと思うので、そういった方に簡単なアドバイスを最後にお願いします。

山田:跡継ぎっていうか、僕は後継者としてやらせてもらってきて、最初はすごく腐ってました。さっき言ったみたいに、ぜんぜんおもしろくないし、業界もなんか変な人ばっかりっていうか、変な要求ばっかりされるし。でも、そうしてても経つ時間は同じなので、やっぱりどうせやるんだったら楽しくしたいと思ってる。

後継者の人は感じると思うんですけど、僕にはいま子どもが2人いて、子どもにちゃんと胸を張ってできるビジネスをしたいと思っています。あとは、僕はそうですけども、墓参りに行ったときに胸を張って墓参りできるか。そこがすごい自分に対して問えるところだと思うんですよね。

僕はいま行けますけど、「なにか後ろめたさがあるんだったら、それはやっぱりなにかおかしいんじゃない?」っていうところがある。後継者ってそんなもんじゃないかな、というふうに思います。

で、どうやって変えるかっていったら、もうやるしかない。僕たち、社内の合言葉が「やるしかねえ」なんで。それですかね(笑)。まあ、後継者も血で継ぎますから、合理性も関係なくって。僕は血を受け継いでませんけど、そういう感覚があります。

「どっちが合理的だ」って考えるんじゃなくて、例えば「先代だったらどうしたんだろう?」とか、例えば「どっちだったら子どもに自信を持って言えるだろう?」とか、そういう血で考えるっていうところがやっぱりあると思いますね。

あと、ひとつだけ宣伝になるんですが、社団法人のベンチャー型事業承継っていうですね、「ベンチャー型事業承継」で検索してもらったら出てくると思うんですけど、社団法人を今年立ち上げてるんですね。僕はそこで理事さしてもらってるんですけど。

家業をいわゆるベンチャーのように変えていって、新しい価値を作っていこうと。どっちにしたって変えていかなきゃいけないですよね。お茶の家元15代目とかやったら知りませんよ? それでもたぶん変わらなきゃいけないと思うんです。

普通にビジネスやってたら、もう(ダメになってしまう)。たぶん変わっていってるはずなんですよね。そこをどう変えていくのかっていうことで。さっきの(講演で)「佃煮屋さんからミートボール屋さんになって変わった」って仰ってる方がいましたけど、時代のフェーズによって変えていく必要があると思うんです。それを僕たち「ベンチャー型事業承継」って呼んでるんですけど、そういう社団法人を作ってます。

後継者には後継者にしかわからないことがあって、なんぼ親しい友人でも、いくら親しい夫婦っていうか仲の良い夫婦でも、わかんないんですよね、これは。後継者には後継者にしかわからないことっていうのがあるので、そのコミュニティを作って、そこでナレッジを共有しようとしています。よろしくお願いします。

組織文化の変革に再チャレンジできるとしたら

司会者:お時間も迫ってるので、1つだけご質問があればおうかがいできればと思いますけども、いかがでしょうか?

(会場挙手)

質問者:freee株式会社に勤めておりますイズモと申します。実は私、200年続いておりますお菓子屋さんが母親の実家でして。それを事業承継するっていう前提でfreeeに入社しまして。今日は有休を取って、堂々とここに来ております(笑)。

(会場笑)

質問者:聞いてるなかですごく共感できるところがあって。私も母親の実家なので、名字が違って、資産をそのまま引き継ぐわけではないというところだったりとか、あとは従業員に20年選手が多くて「どうしようかな」というところがあったり。

あとは、freeeに入った理由がホラクラシー型の組織を作りたいっていうのがあって。それはfreeeっぽいなっていうがあって、freeeに入ってるかたちなんですけど。

お聞きしたいのは、一度もう廃業されて、リスタートされたなかで「組織の文化を変えられなかった」という話があったと思うんですけど、もし廃業する前に戻ってやり直すとしたら、どういうことができたかなと思われますか? もしくは、できないのか。できるとしたらなにをやるのか、そのあたりを教えていただけますでしょうか?

山田:何年かずっと経営やらせてもらって、当然20代〜30代そこそこの頃の自分と比べたら、やっぱりぜんぜん違うとは思うんですけど、そこに戻ってあの当時の会社をどうやってうまく活性化というかできたかなと思うと、いまでも僕は自信がないです。

入り口のスクリーニングが一番大事

やっぱり組織っていうのは、僕たちもいまもそうですけど、一番大切なところっていうのはスクリーニングだと思ってるんです、採用だと思ってるんですね。その入り口を間違えると、もうなんて言うんでしょう、どうしようもないところがやっぱりあってですね。会社の文化とそもそも合ってないとか、無理やり雇用しようとかがんばらせようとか思うと、非常に労力がかかる。

あとは、僕たちもあったんですけど、当時の僕が行ったときの社員は、飲みに行ったら会社の悪口しか言わないです。もう会社の悪口をあてに酒を飲むっていう、そういう習慣があって。で、僕が後継者でしょ。で、社長、僕はまだまだペーペーでしたけど、社長の悪口をめちゃくちゃ言うんですよ。僕の義理の親父ですけど、だから。それを僕の前で平気で言う。「どういう神経してるんだ?」って、そういうのとか。

それにネガティブキャンペーンをする人とかが出てきたリするじゃないですか。自分だけが思ってるんやったらええけど、周りとか、あとは後輩とかに、「会社こんなんやねんで」「誰々さん、こんなんやねんで」とかいうようなことを言う人がいて。僕たちは、だから、そういうなかでは、何人も辞めてもらった人もいます。

そういうのを許していくと、組織が腐っていくんですよね。とくに新卒なんかを採用していくのに、夢持って入ってきた子に対していきなり先輩が会社の悪口ひたすら言うみたいな、こんなの絶対あっちゃいけないじゃないですか。

だから、やっぱり組織っていうのは、一番大切な分野ってやっぱりスクリーニング、最初の入口のところですね。あとは、ビジョン・ミッション・コアバリューっていうか、そこのところを徹底してやりますんで。スキルはもうその次ですね。

営業マンでめっちゃ売れる奴がいたんですよ。売上をすっごい握ってる人で、やっぱり自分が売ってるからえらそうにするんですよね。その人はもう辞めてもらいました。一番売れる人に辞めてもらいました。そこのトレードオフというか、そこをしっかりやれないと、たぶん難しいんだろうなと思いますね。

僕のやり方が絶対正しいとは思ってないですよ? それでもちゃんとやれる人もいれば、僕はできなかったっていう話ですし。なんでもホラクラシーにしたらいいとは思ってないので。

freeeさんみたいな、どっちかっていったら自由で、ITでみたいなところはホラクラシーってやりやすいと思いますけど。……何て言うんでしょう、他では絶対できないようなところもあるじゃないですか。銀行とかですかね。あとは鉄道会社とか。自分のペースでこの時間に着くように来ました、とかじゃ困るわけじゃないですか(笑)。

(会場笑)

そういうところとは、また違うと思いますけどね。

司会者:ありがとうございました。では、お時間決まってますので、質問1つで切らせていただきます。大都の山田さまとfreeeの佐々木のご登壇になります。みなさま、拍手でお見送りください。ご登壇ありがとうございました。

(会場拍手)

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1 後継者に必要なのは“負債まで引き継ぐ”という覚悟 工具屋を継いだ元リクルート社員が、跡継ぎの苦労を語る
2 社員を全員解雇し、生まれ変わった創業81年のベンチャー企業 工具屋の跡継ぎが痛感した“スクリーニング”の重要性

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