多様性の低い産業分野から、AIの技術革新は進む

―AIスピーカーのようなtoC向けプロダクトが一般家庭に置かれるようになって、エンドユーザーの生活からデータを取れるようになり、身近な生活を変えることができるようになってきました。とはいえ、生産の現場ではすでにAIを使って製造を行っていると思います。少しおかしな質問になってしまうのですが、家庭と産業、どちらの面から技術は発達していくのでしょうか。

村田大介氏(以下、村田):環境をコントロールしやすいのは産業面ですが、おっしゃるようにこれからグッと伸びるのは、たぶん家庭生活のほうじゃないでしょうか。

西川徹氏(以下、西川):産業分野のほうが、環境を技術に合わせやすいという面はありますね。例えば工場という場所は、一般的な家庭に比べてずっと多様性が低いですから。家庭はもちろん、国によって全然あり方が違いますよね。

村田:たしかに、工場でいきなり夫婦喧嘩が始まったりはしませんからね(笑)。

西川:人が突然ロボットをぶん投げたりもしないでしょうし(笑)。安全教育の部分に関してやりやすいという面はあると思います。家庭は本当に、なにが起こるかわからないですからね。赤ちゃんがAIの前に立ちはだかるかもしれないし、AIスピーカーを使ってAmazonで高い買い物をしてしまう可能性もあります。

そういった不確実性の高さに、研究する側の人間としてはもちろんチャレンジしたい気持ちはありつつも、やはり成果をきちんと出していかないといけません。機械の挙動を確実に理解していくという観点では、やはり産業分野からスタートするのがいいですね。

精度の向上には、膨大なデータ量と計算処理能力が不可欠

―ちょっと話は変わって、AIの導入によるモノづくりの変化についておうかがいできればと思います。会社を経営されているなかで、AIの登場によってモノの作り方や設計の仕方が変わったり、あるいはお取引先の変化があったりはしたのでしょうか。

村田:数年前からデザインシンキングという考え方が注目を集めていますよね。ビジネスの流れ、例えばお客様の要望から設備の設計・製造・納入を経てアフターサービスまでの流れをひとつの「デザイン」として考えた場合、これまでの固定観念を外した見方が、イノベーションを触発すると思っています。そこにAIがどう関わってくるかはわからないですけれど、今の仕事のあり方も、この先の技術の進歩に頼りながら変わっていくでしょうね。

一方で、これは半導体産業で特に言えることなんですけれども、これだけ人が技術に依存してくると、品質がよいとかエラーがないといったことがこれまでになくクリティカルな要素になってきます。先だってITPCという半導体関連の会合に顔を出しましたが、そこでも盛んに「クオリティ」が叫ばれていました。

―クオリティや精度という面に関しては、なんとなく日本の産業がすでに得意としているところのように思うのですが。

村田:エラーについて考えるときに、PPMという言葉があります。parts per million、つまりエラーの発生を100万分の1で測るということですが、これをparts per "billion”、要するに10億分の1で測ることを求められているということです。

そのためには、チップのなかに自己診断機能を埋め込んでおいて、不具合が起こったときにチップ自身が発信できるようにしておくなどの対策も、一部ではすでに講じられているようです。例えば自動運転やメディカルの分野においては、不良品が出てしまうと大変なことになってしまいますから。

いかに完璧なモノをつくるかを考えないといけない一方で、産業インフラストラクチャーのセキュリティに関する事案も増えてくると思うんですね。AIを含む最先端の技術を取り込みながらより安心できる半導体製造を行うという動きも、現在ではとてもホットな話題です。

西川:半導体の開発にディープラーニングを活用する際には、もちろんデータ量は重要なんですけれども、精度を上げようとすると膨大な計算量が必要になります。例えば、1つのGPUだと70〜80日かかるような学習というのも出てきているんです。

お話に出た自動運転技術もそうですし、ロボティクスの分野においては100パーセント近い精度が求められています。そうしたこともあり、必要な計算量はとどまることを知らないペースで増えている状況です。単純にトランジスタ層を増やせばそれだけ性能も上がるわけですが、機械の台数が多くなってくると、コストも結果的に上がってしまいますし、なによりそれに伴う電力の消費量は無視できないものになります。

例えば、ロボットのなかに300〜400ワットを消費するようなチップが載っていて、それをバッテリーで動かすとなると、あっという間に電力切れで止まってしまいます。すぐに充電ステーションに戻らないといけないということになると、消費電力をいかに下げるかが極めて重要なところになってくると思います。

グローバルビジネスにおける日本企業の勝ち筋

―ソフトはもちろん、日本が従来得意としてきたハードウェアの重要性も増していくなかで、これまで以上に世界に向けてのプレゼンスを見せていかなければならないと思います。日本の勝ち筋について、お考えを聞かせてください。

村田:IoTを社会に実装するには、超パワフルなものから単純だけど省エネなものまで、CPU周辺の高速処理から人里離れた山奥でのセンシングまで、さまざまな種類の半導体が必要になります。そんななかで、日本には半導体を扱う多様な工場が新旧含めてたくさんあります。数だけじゃなく種類も多く作れるんですね。

単に大量生産だけではなく、これからの社会で必要とされる一品料理的な半導体の製造も得意ということは日本ならではの強みなのではないかと思います。そして、そうした多様なお客様に育てられた、世界に冠たる装置・材料メーカーが日本には存在します。

―なるほど、ありがとうございます。村田社長のほうから、日本企業の勝ち筋に関して西川社長にうかがいたいことはありますか。

村田:半導体工場のなかでも、大きなものになると搬送用のビークルの数が1,000台を超えてくることもあるんですね。このビークルの位置を全て把握して、「近道はこっちだぞ」「こっちは渋滞しているぞ」と一台一台に指示して最適に走行させればいいと直感的に誰もが思うんですが、そうした全体管理でもし1台でも見失ってしまったりすると、全部止まってしまうおそれもあるんですね。

そういうリスクを考えると、ある程度冗長性を持たせた今のやり方のほうがいいのかなと思っています。ただ、最適な走行管理が実現すれば、必要なビークルの台数を今よりも減らせるでしょう。私たちの売上も減りますが、半導体製造は更に一歩進化するでしょう。

一般道を走る自動車と違って、工場内の移動範囲は限定されていますし、問題の解としては見つけやすいと思うんです。とはいえ、いろいろな不確定要素があってできそうでできないのですが、こうした改善が日本メーカーの勝ち筋につながってくるんじゃないかなと思っています。西川社長はどう思われますか。

西川:それはぜひ取り組んでみたい課題ですね。例えば半導体の1つのプロセスにおいて、外的要因がなにもないとして、1,000台のビークルを管理して動かすことになれば、計算量的には爆発することになります。

ただ、ある種の近似解で計算して、爆発させないような最適解を導き出すことはできると思います。一方で、実際の工場で問題になるのは不確実性だったり、急な需要の変化にも対応できるか、それをいかに予測できるかだったりすると思いますね。

例えば電力の問題も、需要を完全に把握できているなら最適化するのは難しくないですが、その需要の変化をディープラーニングを使って予測しつつ、最適化することはできると考えています。こういったエネルギー分野は、いま、ディープラーニングの大きなターゲットとなっているので、このような全体最適化の問題をいかに解くかは、これからよりホットな分野になっていくのではないでしょうか。

―西川社長が、すべての問題を解決してくれる感じがしますね(笑)。

西川:いやいや(笑)。ただ、こういった実世界の問題解決の難しさに対応していくのは得意としていますし、そうしたことにエキサイトするメンバーが集まっている会社ではありますね。

実際に、ディープラーニングがデータセンターの最適化に成功している事例もあります。つまり、ディープラーニングによって不確実性の問題をある程度解くことができれば、その領域を最適化して、より精度の高い最適解を導き出すことができるようになるんじゃないかと思うんです。そうして、実世界の問題を解決していきたいですね。

他国にはない、日本のSEMICONがもつ特色

―今日はありがとうございました。最後に、SEMICONにいらっしゃる来場者の方に向けて、一言ずつメッセージをいただければと思います。

村田:私どもは機械メーカーですから、いろんな見本市に行くことがあるんですね。なかでもSEMICONは変わっていて、多様なスピーカーが登壇するセミナーがありますし、異業種も多数出展しています。これだけセミナーやカンファレンスが充実している見本市は、他にないと思いますね。SEMICONの展示会はアメリカやヨーロッパやアジアにもありますが、SEMICON Japanはまた違う、際立った特色があると感じています。

すぐに役に立つなにかを探しに行くというよりも、「行ってみたら意外なモノと出会えた」というおもしろさがある見本市だと思います。好奇心のある方に、ぜひ来ていただければうれしいですね。

西川:今回SEMICON Japanの基調講演を務めさせていただくということで、非常に光栄に思っております。私たちは、ディープラーニングの世界において計算力が重要だと考えています。それはつまり、計算機の力が必要になってくるということなんですね。計算機の発展を支えてきたのは、間違いなく半導体技術です。

私たちは、この計算機が今後どうなっていくのかというビジョンを、今回の講演で示していければと思います。世の中の新しい変化を捉えていくこと自体が、半導体技術においても新しい価値を見出すチャンスになります。SEMICONはそんなチャンスをつかめる場所ではないでしょうか。

私たちが取り組んでいるのは、ディープラーニングやロボティクスの世界ですが、この小さな世界だけでも産業構造は大きく変わりつつあります。開発の方法自体も変わりつつあるわけです。これから20年くらいの間に、こうした時代の変化が起こっていくなかで、半導体業界はどうあるべきなのか。それを知るチャンスにしてもらえればと思います。