アブダクション・ワークショップ

安藤昭子氏(以下、安藤):それではお題をお出しします。身の周りにあるアブダクション、日常の中で知らずに行なっているアブダクションを見つけてみてください。以下の公式になんとなくあてはまればOKです。

「あれ?」と思うことがあった。でもこういう仮説を立てれば、その「あれ?」と思ったことは、説明つくよな、「ということは、こういう仮説は成り立つなー」と思考していくこと。

今日外は雨降りですが、雨が降ると地面が濡れる、今日は雨が降っている、だから今日は地面が濡れている、というのは演繹ですね。

それで、朝出かけようとしたときに、「あれ? 地面が濡れている。あ、そっか、雨が降ったのか!」って思うのは、アブダクションのほうなんですね。

この行ったり来たりの違いというのを、少し自分の体験の中からずるずる引っ張り出していただきたいので、少し考えてみましょう。

じゃあここから2分くらい計りますので、まず考えてみてください。

(参加者、各自考える)

頭の中だけで組み立てるのは難しいかもしれないので、お話し始めましょうか。お隣の方と、「これもアブダクションですかね?」というのを、交し合っていただけますか? 私から後ほどお話をお聞きしますので。どうぞ。

(参加者、話し合う)

音楽における仮説検証

安藤:はい、ありがとうございます。どうですかね? ちょっと共有いただいて、「なるほどね!」というのをお聞きできたかもしれないですけど。少し、どんな例が出たか聞いていきましょうかね。さっきそのへんで、お話うかがったのがおもしろかったので、ご紹介していただけますか?

参加者A:みなさんこんばんは。私、音楽がすごく好きで、音楽のこととかいろいろ考えていて。音楽って、コードがあって、ハーモニーのことなんですけれども。

メジャーコードとかマイナーコードとかある中で、メジャーコードを聴いたら、まあほとんどの人が楽しい気持ちになったりだとか、嬉しい感情が出たり。マイナーコードを聴いたら、悲しかったり。というのがすごい、「なんでだろ?」というのがあって。それを一つ事実としたときに、仮説ってどんなのがあるのかなー? って。ちょっとまとまってないんですけど。

例えば、音って結局は空気の振動なので、波の形がなにかしら、ここから先ちょっと難しいんですけれど。まとまっていないんですけども。自分の感情だったり、あと犬や植物も音楽聴かせたら反応するなんていう話もあるので。

なんかこう、生命がそういう波のパターンを認識して、それに対して同じような反応を返すというようなことが仮説かなあと。もしかしたらこのあたりを研究されている方からすると、答えがあったりするかもしれない。私はそこ知らないんで。そんなことを考えていました。

安藤:はい、ありがとうございます。

(会場拍手)

おもしろいですね。マイナーコードとかメジャーコードって、当然そういうものだと思って聴いているものですけども。それを、「あれ?」という、驚くべき事実と見てみると、じゃあそこにどういう説明仮説があれば、それって説明できるだろうかと。それが今お話くださったことですね。

「朝起きたら家だった」ことを驚くべき事実として捉える

安藤:こういう小さな疑問から、いろいろな研究が始まっていくんだと思うんですけれども。先ほども「いや、ここからがまとまっていないんです」っておっしゃってましたが、飛躍力のある仮説ほど、最初からきれいに説明できるはずがないんですよね。

ニュートンだって、相当苦労したことでしょうね。万有引力を導き出すまでに。「驚くべき事実C」に、「あれ?」と思った、で、それを説明できる仮説が、頭の中でモヤモヤっと、なんとなく浮かんできた。それだけでこのアブダクションがみなさんの頭の中で働いているということなので、ぜひそういったきっかけを大事にしていただきたいですね。

小さな兆しを見落とさずに先に進めていくことでなにかすごい発見につながるかもしれないし、人が思いつかなかったおもしろいことが出てくるかもしれないし、そういうようなきっかけとして、このアブダクションという考え方を使っていただけるといいなーと思います。

はい、ありがとうございます。じゃあ、せっかくなので、お互いにお話して聞いた話がおもしろかったという人でもいいですし、自分がちょっと思いついちゃったという人でもいいんですけども、いらっしゃいませんか?

(会場挙手)

はい。ありがとうございます。

参加者B:すごい軽くて情けない話なんですが。人工知能の仕事をやってます。そんな科学寄りの自分ですが、朝起きたら家だった、みたいな事実があって、「驚くべき事実C」があったときに、あ、昨日飲みすぎたんだという(笑)。 

(会場爆笑)

それ以外のことがあったらちょっと怖いんですけど(笑)。

(会場爆笑)

安藤:はい(笑)。ありがとうございます。ちょっとほっとしましたよね、なんかね(笑)。こんな感じでいいんだという。そうですね、アブダクションですよ。

朝目が覚めたら家にいるというのを、いったん驚くべき事実Cだと思ってみると(笑)。そこでの説明仮説として、ああ帰ってこれたんだな、昨日、というね(笑)。いいと思います。

こんな感じで日常の様子に少し違う目を向けてみると、思いがけない発見というのがあるかもしれないという話ですね。

科学の諸観念は、すべてアブダクションによってもたらされている

今までの話を、もう一度、このチャールズ・サンダース・パースという人の言葉を借りながら振り返ってみたいと思います。

先ほどもご紹介したように、彼はアメリカの哲学者です。この人は論理学者でもあり、数学者でもあり、科学者でもあるという、まあすごい頭脳の持ち主なんですが。もう100年ちょっと前に亡くなっちゃってるくらい、昔の人なんですね。

アブダクションを提唱したわけですが、アブダクションの何がすごいかということをパースはいろいろ説いてるんですけれども、そこから3つぐらい言葉を持ってきました。

「アブダクションというのは説明仮説を形成する方法であり、これこそ、新しい諸観念を導入する唯一の論理的操作である」と言っています。この唯一の論理的操作というところがポイントなんですよね。論理的操作は、もちろん演繹も帰納もあるんですけれども、新しい観念を生み出せる、唯一の論理的操作だ、と言っています。

じゃあ帰納と比べるとどうなんだ? というと、帰納法はなんら新しい観念を生み出さないとパースは言っています。同様に演繹からも新しい観念というのは生まれてきません。科学の諸観念というのは、すべてアブダクションによってもたらされている、と言っています。

それでアブダクションは、ここがすごく大事なところなんですが、しばしば直接的観察のできない事実を推論する、って言っています。

まさにさっきのニュートンの万有引力なんていうのは、目に見えないだけじゃなくて、そういう考え方自体なかったものというのを、ある仮説形成の推論の形式から生み出せるわけですね。

といったようなことで、このアブダクションが持つ力というのは、ある飛躍的な仮説を導くことによって、まったく新しい観念を生みだせるというところにあります。

こういったことが、チャールズ・サンダース・パースが亡くなってから100年ちょっと経っている現代ですけれども、現代にきてじわじわ注目され始めているというのは、おそらく市場環境もどんどん変わっていって、ものすごく不確実だからですよね。

仮説が正しいかではなく、もっともらしいかどうかが重要

先が読めない中にあって、これまでの成長期の中で辿ってきたように、もう追いつけ追い越せで、ある方向に向かって効率を追求するだとか、価格を安くすることを追求するだとかという、そういう競争の中で勝っていくことだけではもう生き残れないという時代になった。

そういうときに、じゃあ自分たちが今置かれている、このある考え方の枠組みとか価値観の枠組みというところから、いったん出ないといけないかもしれない。自分たちが今まで置かれていた、大前提としていたものを、一回疑わないといけないかもしれない。最適化よりも創造性が問われるフェーズが増えているのでしょう。

そういうところに立たされたときに、演繹法や帰納法では前提を疑うプロセスは入っていないので、こういう思い切った仮説を形成する方法論が今、見直されているんじゃないかなと思います。

編集工学研究所ではよく「アブダクティブ・アプローチ」という言い方をしますけれども、飛躍的な仮説を導くための、4つの条件ということをパースがちゃんと残してくれています。

まず、飛躍的な仮説を導くためには、その仮説がもっともらしいかどうかです。正解であるかどうか、間違ってないかどうかというのはわからないんですね、仮説だから。だけれども、「なんかそれありそう!」と思えるかどうかというのがまず1つ、その仮説の優位性とを見極める一つのセンサーになるということですね。

そして2つ目が、じゃあそれというのは検証できるのかということ。それがまったくもって検証できないことであれば、仮説としても成り立たないので。この検証の可能性というのが2番目にあります。

ただし、この仮説が思い浮かんだ時点では、おそらく、検証の可能性というのはまだわからないんだと思うんですね。さっきの万有引力もそうだと思います。なので、一度もっともらしい仮説が思い浮かんだら、それを検証するための方法というのを、どんどんどんどん考えていくというのが、この後の探求のプロセスだと思います。

名探偵コナンは超アブダクティブ

先ほどのメジャーコードとマイナーコードというのを、「どうして人間はそれを、感情的に悲しいとか楽しいとかって、みんな思うのだろうか?」という疑問もしくは「驚くべき事実」が思い浮かんだときに、「なにか波長が影響しているんじゃないか?」という仮説が自分でもっともらしいなあと思ったら、それを調べるための方法論、検証のためのやり方というのを科学的に追究していく段階に入っていくわけですね。

3つ目が、取り扱いが単純であること。あまりにも複雑なものは仮説として最後まで突っ走ることができません。そこでは思考の経済合理性も非常に大事になってくるわけですが、ある仮説をたてることによって、なにかを達成するまでの時間とかエネルギーというのが非常に節約できるものであること、というところですね。

この仮説が一つ思い浮かべば、いろんなこといっぺんに説明できるというところがあれば、これは思考の経済合理性にかなっていると言えるのではないかと、パースは言っているということですね。

科学的な発見にかぎらず、このアブダクションによって事を運んでいくことを生業としている人たちもいますよね。「名探偵コナン」って、超アブダクティブだと思います。これ、コナン君に限らずね、ホームズもそうでしょうし、古畑任三郎もそうでしょうが、探偵とか刑事さんって、こういうことしてますよね。

「こんなところに金のボタンが落ちている」というのが「驚くべき事実C」。「なんでこんなところに金のボタンが落ちているのか?」という説明仮説を考えていくと。「あ、そういえば、あのときすれ違った、あの女の人の第2ボタンが外れていた!」で、そうすると、殺人現場と近いからどうだとかこうだとか、という推理が始まっていくと。

この、なにか、みんなが見落としそうなところに、「驚くべき事実C」を見つけるところから、コナン君の推理は始まっていくわけですね。

今日みなさんにお話しするためにスライドを作っていて、「そうだよな、コナン君ってアブダクションしているよな」って思って。ちょっと画像をお借りしようと思って調べたら、なんとですね、いまこれイベントやってるらしいんです。名古屋と福岡で科学捜査展というのがあって、コナンくんの思考プロセスをたどれるようなワークができるらしいんですね。

で、よく見るとですね、「手がかりはゼロじゃない」というふうに書いてあって、サブタイトルで「真実への推理」ってあって、ルビで「アブダクション」って振ってあるんですよ!

(会場どよめく)

「おー!」と思って。「やっぱコナン君はアブダクションなんだ!」って思ったんですけど。

もしも名古屋とか福岡行かれる方いらしたら、体験してみるとおもしろいかもしれないですね。たぶん、この展示会場でみなさんを通らせるプロセスが、いまお話したようなアブダクションのプロセスになっているんだと思います。きっと。

コナカのオーダーメイドブランド「DIFFERENCE」

あとは、世の中を見回してみると、「あ、その手があったか!」というようなことをやられている人たちというのは、どこかでこのアブダクションのプロセスを通っているはずなんですね。

そういう目でちょっとマーケットをながめてみまして、アブダクティブなヒット商品というのをいくつか集めてみました。

1つ目が、コナカのオーダーメイドブランドの「DIFFERENCE」というスーツ。男性の方、持っている方もいらっしゃるかもしれないですが。スーツって、もともと昭和の途中くらいまではオーダーメイドで作られて、一張羅というように、非常に高いお金をかけて、大切な一着を作りました。

だけれども、経済が成長していって、ビジネスマンがほとんどスーツを着るようになって、安いスーツ、まあ吊るしのスーツというんですかね? というのが主流になってきました。それで、青山とか、コナカもそうですけれども、ああいう大型店舗がいろんなところにできて、たくさんのスーツが売られるようになりました。

そんな中で、コナカの社長の湖中さんが……、この社長さんは現場大好きで、いつも現場にいる方だったらしいんですね。で、現場でお客さんの様子を見ていたら、いろいろあれやこれや商品を見たあげくに、首を傾げて帰ろうとされるお客さんがいらしたと。「見つからなかったんだな」とその社長さんは思われて、声をかけられたらしいんですね。

「どういう商品があれば、お気に召すような、お買い上げいただけるようなものになりましたか?」ということをお聞きしたら、そのお客さまは、「いやあ、どうもなんと言っていいのかわからないんだけれども、自分にピッタリくるものがなかった」っておっしゃったというんです。これが湖中さんの、「驚くべき事実C」だったんですね。

「まあ、そういうお客さんもいるよな」と思えばそれまでだったんですけども、「どうしてこの人は、これだけの品数がある中で、自分に合うものがないと思ったのだろうか?」というところから、湖中さんの仮説推論は始まっていくんです。

「自分にピッタリ」の感度が変わってきていることに気づいた

湖中さんは、昨今のeコマースのブームとかにいろいろ思いを馳せていかれたようです。これだけ自分にピッタリの商品というのが、スーツに限らずですよ、ネットで探しまくって、自分に合うものだけを取り寄せるというようなスタイルができてきた世の中で、スーツ1着選ぶときにも、完璧に自分にピッタリじゃないと、ピッタリと思えなくなっていると。

その「ピッタリ」に対する感度が、世の中の人は変わっているんじゃないだろうかと思われたわけなんですね。ということは、どれだけ品数を増やして色数を増やしたりしても、例えばあと1000着増やしても、お客さまが選ぶのが1着だとしたら残りの999着は無駄になるわけですね、そのお客さまにとって。

というところで原点に戻ってくるんですよ。「これはやっぱりオーダーメイドを実現するべきなんじゃないかと。今の技術をもってすれば、当時数十万円したオーダーメイドというのが数万円台で作れるんじゃないかというもう1個の仮説を立てて、そこを研究していくわけですね。

で、3万円台のオーダーメイドスーツという、業界的にはビックリするような出来事だったらしいですけども。こういうものを作られて、大ヒットしたわけです。湖中さんのアブダクティブアプローチがもたらした勝利ですね。

小麦粉が使われないのは、美味しくないのではなく、めんどくさいから?

もう1つ、これもちょっとおもしろかったので取り上げます。日清の「クッキングフラワー」。キッチンにあるという方も結構いるかもしれないですね。うちにも1個あるんですけど。

日清で小麦粉の開発をしていた担当の方が当時、小麦粉が思うように売れないという課題の中にいらしたそうです。いろいろアンケートを見ると、レシピに小麦粉って書いてあっても使いません、という人が多い。

小麦粉って流行らないのかな、とか。今の人たちって小麦粉を美味しいと思わないのかなというのが一つ、考え方としてあったんだと思うんですよね。

ただ、いろいろアンケートの項目を見ていく中で、レシピに「小麦粉少々」って書いてあっても使わない、小麦粉はだいたいキッチンの棚の奥のほうにしまってある。この担当の方は、そういったアンケートの事象を結びつけていくわけです。

たった少々の小麦粉のために、奥にしまわれてある大きな袋を出してきて、少々だけ取るというのって、考えてみれば面倒くさい。つまり「面倒くさいんじゃないか?」って思えてきたんですね。「小麦粉って、美味しくないんじゃなくて、面倒くさいんじゃないか?」という仮説を立てたと。

そうすると面倒くさくない小麦粉を作ったらいいんじゃないか、ということを思いつかれて。今までは小麦粉で競争しようと思ったら、なるべくたくさん入って安くて品質の良いものをという方向だったものを、ガラっと一転します。面倒くさくないパッケージに入った、すぐに使える小麦粉という商品を開発したわけですよね。

そうすると、この「クッキングフラワー」というのは、うちもそうですけども、お塩とかお砂糖とか並んで置いておけるぐらいのサイズ。で、使うときもパチッと蓋を開けて振りかければ「小麦粉少々」が実現する。それでまたパチッと閉めて、置けばいい、と。

そしたらこれがバカ売れしたらしいんですね。なんだ、日本人は小麦粉に飽きてるわけじゃなかったんだ、というのが、この「クッキングフラワー」のヒットの裏側のお話でした。

飛躍的な仮説が成立するときには、個人的なイマジネーションが必要

もう一つだけ、「いきなり!ステーキ」です。これ私もけっこう好きなんですけど、最近この看板あちこちで見ますよね。飲食店としては大ヒット商品と言っていいと思いますけども。

この躍進の背景にあったのは、美味しいお肉をたらふく食べたい、そういう欲求をたくさんの人に満たしてもらいたいという社長さんのシンプルな動機だったようです。

このことを実現するために、それこそものすごくいろんな研究をして。「いきなり!ステーキ」って、原価が7割から8割ぐらいあるらしいですね、これってもう外食産業ではクレイジーなビジネスモデルだと思うんですけれども、それを実現するために回転率を上げるだとか、立地を安くてなるべく人がバッと集まれるところに選ぶとか、さまざまな作戦を組み合わせて、「いきなり!ステーキ」というのが、そこそこの味の牛肉を安くパッと食べられるというスタイルとして確立したんですね。

執念ですよね? それってほとんど。おいしいステーキを食べるためには、高いお金を払っていい席に座ってゆっくり食べるというのが常識とされていたステーキの世界で、こういうものを、実際にビジネスとして成立するまで執着を持って実現するというところにはなにがあったのか? というお話です。

この社長さんが昭和30年代にコックさんとして修業を始めたときに、初任給のお祝いとして先輩から、「好きなものを今日は奢ってあげるから言ってごらん」って言われて、ビフテキって言ったらしいんですね。

ただ、その先輩が、あーだこーだ理由をつけてポークソテーをごちそうしてくれたらしいんですよ。

(会場笑)

ポークソテーも美味しいには美味しいんだけれども、どうしても自分はビフテキが食べたかったんだと。それで、そのビフテキのレストランで値段を見たら、自分の初任給と同じ値段だったらしんですね。そのビフテキが。これは先輩、さすがにごちそうしていただけないや、と。

のちにコックさん時代に、捨てることになっている脂身の端っこをちょっと調理して食べてみたらしいんです。初めて食べたそのビフテキの端っこが、言葉が出ないくらい美味しかったと。それがその人にとっては強烈な原体験になって、これをたくさんの人に味わっていただきたい、と。

そういう目で世の中を見ると、おいしい牛肉を安く簡単に食べられるお店ってないんだな、という気づきからはじまって、それが実現できればたくさんの人が喜んでくれるに違いない!という強い仮説をもとに、この「いきなり!ステーキ」のビジネスモデルを確立するまで執念を持ち続けたというお話だったわけですね。

ここで言いたかったことは、アブダクティブな飛躍的な仮説が成立するときというのは、これがロジカルシンキングとの一番の違いですが、個人的なイマジネーションとか、個人的な探求心とか、それがエンジンになるんですね。

なので、この「いきなり!ステーキ」の社長さんも、儲かるビジネスモデルというところから考えてたらここまで行けなかったかもしれない。だけれども、仮説がここまで生き続けるというのは、「クッキングフラワー」にしてもコナカにしても、そうかもしれないですけれども、なにか自分自身の、その人の中にしかない原体験や問題意識、そういうものが仮説を駆動していく、という構造にあると思います。

正解追求主義という曲者

まとめに入りますが、じゃあその飛躍的仮説を阻むものというのを、ここでもう1回あらためて考えてみましょう。もしかすると会社の中で蔓延してたりするかもしれないですが、常識とか、思い込みとか、前例主義というのは、こういった飛躍的な仮説というのを阻みますよね。

固定観念から出られないと、驚くべき事実というのを取り逃がすと思うんですよ。編集工学研究所の話になりますが、近畿大学の図書館のプロデュースをしています。大阪にある非常に今元気のいい大学さんですが。近畿大学はこのところ「固定概念を、ぶっ壊す。」というスローガンのもとにいろいろなことにチャレンジしているんですね。

その近大さんから「図書館の固定概念をぶっ壊すような図書館をつくってください」という依頼を受けて、ここからはもう、先ほどのアブダクションなんですね。「それって何だろうか?」ということを考えて。2年前に近畿大学にオープンしていろいろなところで話題にしていただきました。会社案内の中にも例が載っているので、よければ後ほど見てみてください。

固定観念をいかに破るか、越えるか、アブダクションはそのジャンプ台になる、ということです。2つ目に正解追求主義って書いてありますけど、じゃあその固定観念を破っていくぞ、と思っても、「破る際の方法論は間違ってないか?」みたいな視点に立っちゃうとですね、ここで途端に飛躍力は落ちるわけですね。

それが失敗か、失敗じゃないか、なんていうことは、最初の仮説がポンと出てきた時点でわからないですよね。失敗しながら検証を重ねて、なにかしらの仮説ごと新しいものが構築されていくというのがアブダクションなので、この、正解追求主義というのはけっこう曲者ですね。

3つ目は整合性至上主義です。目に見える整合性だけを追求していくと、その背後にある大いなる法則が浮上しない、と。

だいたい新しい発見って、いろんな人がその仮説を一発聞けば、「ああ、そうだったのか」と思うような、ここでは大いなる法則って言い方をしてますけども、そういうものというのは、物事の背景にあって見えてない場合が多いですね。

先ほどのヒット商品の例なんかでも、目に見えないところというのを信じて、仮説を立てて、そこを検証して、実現方法を探っていったという話でした。そういったことを可能にするためにと考えていくと、組織の環境の話になっていきます。

人間には、正しく推測する本能的能力がある

組織の中でアブダクションの力を発揮させたいと、飛躍的な仮説があちこちで生まれる状態にしたいと思うのであれば、このあたりのところの組織文化を仮説思考にとって安全な環境に変えていくというんですかね。思い切った仮説を前に進めるための安全な環境を、組織は提供できているかなって思うのも一つ大事なことだと思います。

あとこれもチャールズ・パースが大事なことを言っているので一つ紹介しておきますが、アブダクションの大前提として、「人間には本能的な洞察力がある」って言っているんですね。

これ進化論的にアブダクションを語っているところなんですけども。人間の精神には本来、自然について正しく推測する力がある、これはもう本能だって言っちゃってるんですよ。

パースが例を挙げて言っているんですが、例えば生まれたばかりのヒヨコだって、地面に落ちている種とか木の実とか、食べられるものだけをついばむってことができるじゃないかと。石をついばんだり、木をついばんだりという余計なことをしなくても、それができると。それがヒヨコの本能だと言っているんですね。

同じように人間も、正しく推測する本能的能力というのがあるはずなんだと。これ言い方を変えると、自分の中でひらめくこととか直感だとかは、なにかしら正しい方向に向かっているに違いないといったん思ってみよう、というのを勧めているということでもあるんですね。

同じことですけども、「人間の精神は考えられるあらゆる仮説の中から、ある有限回の推測によってもっとも正しい仮説を考え当てることができる」と。そういうものなんですとチャールズ・パースは言っています。

アブダクションがイノベーションのドライバーとなる

今日、冒頭に申し上げたように、おそらくこのアブダクションという推論方式が、とくに今の世の中でイノベーションと言われる事を起こしていくにあたって、なにかしらの強力なドライバーになると思います。

なぜかというところを3つまとめていますけども。アブダクションというのは、複雑だったり不可解な状況に、一足飛びの理解をもたらすことができるんですね。この一つの仮説を以ってすれば、「あ、そうか、全部説明つくじゃん!」ということに至れる推論プロセスです。

且つ、アブダクションというのは、まだ世の中にないかもしれない観念すら、推論することができる。ないものを考える、というところですね。それができる推論です。

あとこれは先ほどお話したことですが、大事なこととして、アブダクションは、好奇心とか探究心とか、原体験とか、個人の想像力によって駆動しているものです。

ここが一番、ロジカルシンキングで徹底的に鍛え上げられた人からとすると、受け入れにくいところかもしれませんが。

例えばなにかのビジネスモデルを考えるときに、自分の原体験や個人的なイマジネーションが問われてるなんて、あんまりビジネスマンは思わないですよね? けれども、思い切った飛躍的な仮説を生み出そうとすると、そこが非常に大事です、という話です。