かきむしると余計にかゆくなるメカニズム

蚊、トコジラミ、クモ。こういった虫に刺されたことが一度でもある人なら、「かゆい!」という感覚が身に染みていることでしょう。とっさにその部分を掻いてしまって、かゆさを鎮めようとしますよね。

かゆみは確かに去りますが、ほんの一瞬です。ひとときの間、かゆみから解放されて満足しますが、やがてかゆみの返り討ちにあいます。かきむしっては更なるかゆみが発生し、それを繰り返した末、やっと人は学習するのです。

研究者たちの間では、これは通称「かゆみと掻破の悪循環」と呼ばれています。この仕組みを理解することが、かきむしると余計にかゆくなるメカニズムの解明につながるかもしれません。

「痛み」と「かゆみ」は別のもの?

かゆみとは長らく、皮膚が刺激を受け、微弱な痛みを感じている状態だとされてきました。しかし、実はそうではないことがわかってきました。

今日では、かゆみの感受に特化した「かゆみの受容器」の存在が明らかになっており、脳に伝達されるのは「かゆい」という感覚のみなのです。その代表選手が、マウスから検出されるGRPR(注;ガストリン放出ペプチドgastrin-releasing peptide:GRPとその受容体GRP receptor:GRPR)です。

「痛み」と「かゆみ」は別のものとはいえ、双方の伝達経路には多くの共有部分があります。そのため、かゆいところをかくと、満足感を得られるのです。つまり、爪で皮膚をひっかくと、痛みの受容器に刺激を与え、痛みの信号が、かゆみの信号を上書きするのです。 かくことにより、脳の感じるかゆみは紛らわされます。

セロトニンはかゆみを増幅させる

ところで、話はまだ続きます。痛みの感覚が伝達されると、脳は神経伝達物質であるセロトニンを放出し、痛みを緩和させようとします。この働きには短所があります。

セロトニンは、幸福感を感じる物質として有名ですが、体内においてはこの他にさまざまな働きをします。この場合は、困ったことに、かゆみを増幅させてしまうのです。マウスでは、セロトニンは、かゆみに特化したGRPRを活性化させてしまうため、こういった現象が起こります。そもそもGRPRの役割はかゆみの伝達ですから、かゆいという感覚が増幅してしまうのです。

多くの研究者が、人体のメカニズムもほぼ同様であると確信しています。つまり、かゆい箇所をかいてしまうと、脳が刺激されてセロトニンを放出し、その結果、悪循環が続くのです。

研究者たちは、GRPRとセロトニンの受容器は、位置的に密接しているため、このようなことが起こるのではないかと推察しています。つまり、それぞれがお互いに干渉し合ってしまうのです。

かゆみを抑える「やりとり」の阻害

現在、セロトニンの機能は正確にはわかっていません。しかし、セロトニンとGRPRとの「やりとり」を阻害すれば、かゆみをほぼ抑えることができることがわかってきています。かゆみを安全に抑えることができれば、慢性的なかゆみに苦しむ患者への画期的な治療につながるかもしれません。

科学は奥が深く、かゆみに関わるたんぱく質や受容器は、ほかにもたくさん関連するため、まだ解明するべきことが多々あるかもしれません。さらなる究明が待たれます。とりあえず、ひととき治まるとはいえ、今はかきむしることを我慢するしか手はありませんね。