コンピュータに関心を寄せるきっかけとなった「HAL9000」との出会い

服部桂氏(以下、服部):みなさん、暑い中をよくぞ、多数お集まりいただきましてありがとうございます。今日は「人間とロボットが協働する世界」という、なんだかよくわからないセッションに来ていただきありがとうございます。

今日は、Googleの日本本社の社長をされていた村上憲郎さんに来ていただいて、私、服部が茶々を入れながら適当にやろうという話になっています(笑)。村上さんを知らない人はいないと思うんですけれども、村上さんがGoogleでどういうお仕事をされていたか、自己紹介的に一言お願いします。

村上憲郎氏(以下、村上):はい、ありがとうございます。村上です、よろしくお願いします。Googleでという話なんですが、こういうお題をいただくと、今からちょうど50年前の1968年という年をどうしても思い出してしまいます。

当時、私は大学生でしたが、極左暴力学生をしておりまして、すでに逮捕されておりました。その1968年という年をなぜ思い出すかというと、ご覧になった方いらっしゃると思いますけれども、「2001年宇宙の旅」という映画があったんですね。「スペースオデッセイ」なんですかね、英語の題名が。HAL9000という人工知能型のコンピュータが登場しました。それを見て、いつまでもお巡りさんとチャンバラしたり、モロトフ・カクテルを投げつけたりしていても仕方がないかなと思いました。

負け戦なのは以前からわかり始めていましたので、「コンピュータの仕事に就けるかどうかわからないけれど、少しかじってみようか」みたいなことを思ったのが50年前です。その後、日立に行って、DEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション)というボストンにある会社の日本法人に勤めだしました。

わかったふりができるから社長を引き受けた

村上:今回は人工知能の第3次ブームなんですが、第2次ブームのとき、経産省の第五世代コンピュータプロジェクトをお手伝いすることがきっかけになって、最終的にボストン郊外のハドソンという町にありましたディジタル・イクイップメント・コーポレーションのアーティフィシャル・インテリジェンス・テクノロジーセンターというところで、5年お仕事をさせていただく機会がありました。

その時、服部さんは朝日新聞からMITのメディアラボに来られて、たまたま以前から存じ上げてはいたんですけれども、ボストンでしばらくお付き合いをさせていただく、というようなことがありました。日本に帰ってきて、米国のIT企業の日本法人のトップをやらせていただいた結果として、2003年の4月からGoogle米国本社の副社長と日本法人の代表取締役社長を、8年間やらせていただいたということであります。

当時CEOだったエリック・シュミットに「なんで私なんですか?」って聞いたら「あんた、人工知能を少しかじってるから」みたいなことでした。もうその時には、現代のマシンラーニングやディープラーニングのはしりがささやかかれておりました。今日のような隆盛に至るかどうかというのはわかりませんでしたが、「いや、最近のはわからないよ」というふうに言いました。

エリック・シュミットも「俺もちょっと、どこまでわかってるかっていうと、わかってないんだ。あんたを面接したやつに聞いたら、憲郎だったらわかったふりができるっていうふうに聞いたんで、お前にやってもらおうと思う」という話で、「あ、ふりぐらいだったらできるわ」ということで引き受けました。

けっこう乱暴な会社ですから、現在に至るまで世の中とのさまざまな軋轢を引き起こすわけでありますけれども。Googleでの仕事はわかったふりをして、白髪頭というかグレイヘアーの人間が出ていってご説明をすると、少しは納得していただけるのかなということをもっぱらやっていた、というのが正直なところです。

デパートメントからパーソナルなものへ変化したコンピュータ

服部:私が最初にお会いしたのは、村上さんがDECにいる頃です。DECというのは、ミニコン……って今はないですかね。IBMの大型機ではなくて、ミニコンという小さいコンピュータが1960年代くらいに出始めて、それは大型コンピュータの10分の1とか100分の1とかの大きさでした。ミニコンは最初「デパートメントコンピュータ」と言われて、大型機がこの部屋くらいの大きさで1台しかなかった時代に、部門(デパートメント)ごとに買えて使えるようになったことが革新的でした。それが部門ごとに使うようになっていました。

80年代くらいに一番売れていたのは、まさに村上さんにAIを教えていただいた頃の時代にあたりますが、AI研究で一番使われているDEC社のモデルでした。当時の他の一般的なコンピュータではAIがまだ扱えなかったんですけれども、日本では「次世代のコンピュータは、自由に言葉をしゃべって理解する」という夢がちょうど語られていた頃ですよね。

私も言いたかったんですけど、村上さんがおっしゃっていた1968年という、今年から50年前に「2001年宇宙の旅」がありましたし、もっと重要なことは、パーソナルコンピュータという概念が、50年前のその頃に明らかになったとうことなんです。

それまでは大きなコンピュータだったのが、「個人が使えて自分を中心にやらなきゃいけないよ」というのをアラン・ケイという人が考えて「ダイナブック」と言ったんです。それはどういうものかと言うと、本来コンピュータはでっかい事務処理をする、パンチカードを入れるといっぱい打ち出してくれるやつだったのに、彼が考えたパーソナルコンピュータは、自分が質問して自分が中心になる、今のiPadみたいなやつが21世紀にできるよって考えたんですね。

当時はまだ、具体的にiPadのようなものを作る技術がなかったので、ビジョンだったんですけれど。まさにその頃「2001年宇宙の旅」という未来を指向する映画があり、そこでパーソナルコンピュータが発想されました。私はVRの本をちょっとかじってたんですけど、VRの最初のシステムができたのはその時なんです。ユタ大学で、HMDを使って3Dのモデルを空間に表示して、手で操作できるようにする研究が始まったのが50年前のことですよね。

そういう意味で、今年は半世紀のとても大事な年です。最近は、村上さんが非常にお得意なAI、ディープラーニング、IoT、シンギュラリティというのがあって「このまま行くと、コンピュータに負けちゃいそう」という話でビビったりしている人も多いと思うんです。「AIが人類を滅ぼすか?」という本がいっぱい売れていて、僕らはちょっと「けしからん。本当にそうなんですかね?」って思うんですけど。

村上さんや僕は、もう仕事がどうなろうと、関係ないわけです(笑)。仕事をしていないし。でも今日ここに来ておられるみなさまは、「毎日スマホやネットワークを使い、AIともコンピュートしていかないといけない」ということで、そういう場面において、まさに今日の主題である「RPA」が非常に大きいキーワードになってくる。

豊かさを感じられない日本の閉塞感

服部:今日は、みなさんのご関心にどれくらいお答えできるかわかりませんけれども、一番ご存知の村上さんに僕が質問する形で進めていきたいと思います。仕事とコンピューター、情報化ということで言いますと、最近、なんとかミクスというのは、ぜんぜん上手くいってない。数字ばかり上がるんだけど「豊かになった気がしない」と。

「コンピュータを使うことによって、SNSがどんどん増えて良くなってるようだけど、仕事増えちゃって困ってるよね」と。その一方で、全く先が見えない閉塞感がありますよね。村上さん、今の産業とか生産性、仕事のコンピューティングに対して、どういうご感想をお持ちですか?

村上:そうですね、この質問を読ませていただくと、2つのことが混じっているような気がします。よく言われる「失われた20年」という話の中で、日本全体のGDP……最近は国内総生産と言うんですか? 各国とも引き続き右肩上がりで、上昇中にもかかわらず、日本は底ばっていると。でも、そうでもないよという話と、生産性の話がこの質問には混ざっているような気がするんです。

最初の、日本全体のGDPというところは、もちろん生産性×人数=GDPというところがあるんで、あまりストレートに分けられないと思うんですけれども、パラメーターとして、やはり日本の人口が減少中であることはかなり大きいんじゃないかなと思います。

もう1つは、その点に引っ掛けて、みなさんが気にしている「お隣の中国にどんどん負けていってるよ」ということです。いろんな意味合いがあるわけですけれども、単純にGDPでいうと、日本が第3位。最近は第4位なんですか。お隣の国は日本の10倍の人口をお持ちなわけですから、そこはそれで問題を抱え込みつつあると思いますけれども、単純に比較してそう言うのは違うんじゃないかな、というのが1つです。

2つ目は、差はありながらも一人ひとりの生産性というところで、やはり少し問題があると。私は経済学の専門家ではありませんが、例えば先進国では基本的にサービス産業の比重が大きくなって、どうしても生産性で見劣りがすると。今日の他のセッションでは、真面目にRPAのお話をされていらっしゃったんだろうと思います。

それは清くて正しい、今日的なテーマだと思うんですけれども。「ソフトウェアが典型的な業務プロセスをやらざるを得ないんじゃないの?」というあたりは、会社という括りの中で計算すると、生産性が著しく改善するわけです。

2020年の東京オリンピックでの「おもてなし」みたいな流れの中で言うと、それこそソフトウェアロボットには任せきれない。対人的なサービス業とサービス産業に限定すると、すぐに特効薬のように効くものを編み出しているかどうか。それには、まだひと工夫もふた工夫もいるのかなという感想を持っております。

日本とアメリカ、それぞれの国家プロジェクトの結末

服部:最近びっくりするのは、80年代の僕がMITにいた頃はバブルで、日本企業のほとんどはニューヨークの土地を買ったりしていましたし、世界の時価総額のトップ10のうち、6つか7つくらいは日本の銀行とかが占めていたんですよね。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とあんなに言っていたのに、今はGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)ですから。

それに中国の企業が持っている時価総額は桁違いになっていて、トヨタでさえ20位とか30位みたいな状況になっています。ゲームのルールが違ってきていて、昔の金融の自由化というころに情報化が進んでいる頃から、さらにそれが進んでしまった。

世界全体が情報ベースに動いているので、昔のような資本主義とか働き方では比較できなくなった。「新しいサービス化の波に乗れているか乗れていないかで、こんなに差がついちゃうんだ」ということだと思うんですけれども、やはりショッキングですよね。

村上:そうですね。私は日立の後、アメリカの手先をしていたんで「お前に言われたくないよ」というところがあるかとは思いますが(笑)。当時のことを思い出すと、第五世代コンピュータプロジェクトに試作機まではこぎつけるんですけれども、商用機まで持ち込めなかった。一応失敗ということになるんですが、アメリカから「日本の産業政策はアンフェアだ」という茶々が入り始めます。

つまり、第五世代コンピュータプロジェクトという民間企業のある産業について、「大型プロジェクトと称して国が資金を要求し、一気に技術革新を果たそうとするということはやってはならない」みたいな圧力が、日本に対してかかります。

基本的に第五世代コンピュータプロジェクト以降は、大型プロジェクトというのはないわけですけれども。一方で、アメリカのDECに勤めていてわかるのは、今回の第3次ブームに対して最も影響力を与えたのはどこかと言うと、アメリカのDARPAといわれる組織なんです。

これはDefense Advanced Research Projects Agencyというアメリカの国防総省、Department of Defenseの一部門で、高等研究や先端的な研究に対して、国防総省の予算を分配するという組織です。例えば、当時のAIの主導的な大学というと、MIT、カーネギーメロン、ラッツガー、ピッツバーグ、スタンフォードみたいなところで、私も仕事で何度か訪問させていただきました。

そこでは、みんなDECのコンピュータを使っているわけですけれども、ほとんどすべてアメリカの4軍から寄付されている。ネイビー、アーミー、エアフォース、マリン、つまり、陸軍、海軍、空軍、海兵隊というところから寄付されたんです。コンピュータルームに行って「ああ、ぜんぶDECのコンピュータだな」と思いながら見ていました。

ですから、日本には「大型プロジェクトをやめなさい」と圧力をかけながら、アメリカはしっかりと国防総省の予算をつぎ込んでいた。何につぎ込んでいたかと言うと、ARPANETという、現代のインターネットと人工知能なんです。人工知能といっても、当然、国防総省が一番興味を持っているのは戦闘ロボットなんですけれども、今、花開いているとしたら自動走行車ですね。

オートノマス・ビークルあるいはドライバーレスビークルというかたちで登場しつつあるものも、DARPAのコンペでいろんな大学が参加しています。例えば、スタンフォード大学のチームは何度か優勝していますけれども、そのチームは今、GoogleのWaymoというところの、かなりのメンバーを占めているといったあたりで、アメリカはかなりしたたかに物事を準備してきている、ということは否めないと思います。

第4次産業革命は「アメリカも同じスタートラインから」日独の願い

服部:戦争というのは悲惨なことですけれども、なにか問題があるところにイノベーションが起きていて、それはビジネスという戦場でも起きていたと思うんですけれども。アメリカ側にはビジネスのシリコンバレーとかウォールストリートがあって、その下にさらに軍事とか非常にクリティカルなアプリケーションがあるということで、おっしゃる通り、自動運転もそうですよね。

そういう中で「どうやってビジネスを担保していくか?」ということは、すごく大きい。AIなんて日本から見るとキレイごとに見えて「それを生成するのに一番いいやつを開発したら、仕事でも役に立つよね」というような文脈になっているかもしれないですね。

時間もあるので2番目の質問にいきたいと思います。日本でのちょっと暗い話がありましたけれども、今AIという波の中で、産業革命以来の第4次産業革命っていうのは、18世紀の蒸気を使った動力の革命に電気の革命、次にコンピュータの革命があって、さらにAIとか、情報革命が起きるということは言われてますね。

村上:私は去年の3月まで、新電力とよばれるエネルギーの上場企業の代表(取締役)を最後の仕事としてやらせていただいていました。去年3月、日独がハノーバー宣言というのを調印しましたが、予告として「日独、手を携えてIndustry4.0、第4次産業革命と呼ばれるものを推進していきましょう」ということなんですね。

アメリカは、ほとんど同じことをIndustry Internetというやり方で進めようとしております。どうして日独が手を携えて、みたいなことを考えたかというと、やっぱりアメリカは手強いと。今、服部さんおっしゃったように、第3次産業革命はコンピュータを使った革命なんです。

Industry Internetというネーミングからわかるように、これは第3次産業革命の延長だというふうにしか捉えられません。そうなると、アメリカが勝ちということを日独共に認めざるを得ないということになりますから、それはメルケルさんも安倍さんも「ここはひとつ仕切り直しで、今までのことは御破算願いまして、もういっぺんアメリカを含めて、よーいドンでスタートラインに立ちたい」という思いなのだと思います。

コンピュータ本体の開発に軸足を置いていた日本

村上:先ほどの話に戻るんですけれども、第五世代コンピュータという、日本が国家戦略として取り組んだ80年代のコンピュータ産業の中でDARPAの存在はわかっていました。DARPAがインターネットと人工知能をやっているということもあって、コンピューティングという点で言うと、ARPANETというネットワーキングではなくて、わかりやすい、先ほども名前が出たHAL9000みたいなコンピュータを作れないか、というところに集中をしたわけです。

インターネットは、1991年でしたか、CERNからワールドワイドウェブ、HTMLという新しい仕組みが提唱・発明されて一気に花開きました。その方面で仕事をした人間からすると、内心忸怩たるものがあるのは、政治的な背景としては「ソ連が崩壊したので、インターネットを民間に全面的に使わせてもいいよ」というアメリカの思惑も働いたとは思いますけれども、そうなった時に、日本は軸足の置き方をネットワーク側じゃなくて、どちらかというとコンピュータ本体そのものに置きすぎてたよね、という反省点もあるということであります。

服部:頭が良い人がみんな東大に行けばみんなが良くなるかというと、そういう人たちが権力を握るとロクなことしない、みたいな(笑)。産業自体は、誰か偉いエリート1人が何もできない人を全部まとめてやればいい、というノリだったと思いますけれども、Industryというのは、どちらかというとIoTで工場を動かすみたいな話が多いと思います。要するに、まさにコラボするということですね。

私はホロスという会議をやっていて、『<インターネット>の次に来るもの』というアメリカのケヴィン・ケリーの本を翻訳したんですけれども、「インターネットが何をもたらしてくれるのか?」とか「インターネットがすごい」とかいうよりも、みんながすごいわけですよね。

あれを使うと、みんながすごくなって、ピコ太郎もできるわけじゃないですか。みなさんも、そうなれるわけですよね。今までレーベルに入ってなかった人ができちゃったり、横丁のおばあさんがすごいアプリ作って世界にデビューみたいな、そういう閾値を下げてみんなをやる気にすると、70億人が働いてくれるんですよね。すごいことになると思います。

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

RPAを活かすには、まずは定型業務効率化の改善から

服部:それではRPAのほうに戻りたいと思います。次の質問をお願いできますでしょうか。3番目のスライドをお願いします。やっと本題というか(笑)。デジタルロボットとかAI、つまりRPAについてです。私もちょっと不勉強で、今日来られた方々は、RPAに非常にご関心があって、お仕事にどう応用するか? という意識で来られていると思うんですけど。

こんなに流行っているのかと、びっくりしました。私の友達も「RPAってすごいんだよ」「あれをやれないと就職できないよ」みたいな。学生さんのセッションもあって、けっこう話題になっているんですけど、いったい何なのですかね? いわゆるAIというか、情報を次のステップへというか。村上さんはRPAをどう捉えていますか?

村上:先ほども少し言及しましたけれども、50年もコンピュータの周辺をうろうろしていた人間から言うと、歌謡曲で『昔の名前で出ています』という曲がありますが、その逆で「同じ人が違う名前で出てきているだけじゃないの?」という側面が無きにしもあらずだろうと思います。他のRPAのセッションで似たようなご感想をお持ちの方もいらっしゃると思います。

「定型業務をよりしっかりと切り出して、それをロボットにやらせましょう」みたいことですね。そのための準備としては、まずはビジネスプロセス・リエンジニアリングみたいな、「一昔前の手法で、まずは業務プロセスをそれに乗りやすいように改善するところから」みたいなお話もされていたんじゃないかと思います。ですから、ダメだと申し上げているわけではなくて、コンピュータによる業務効率の改善という点で、今そういうタイミングにきていると。

しかも、素晴らしいツールが各社から提供されるようになって「IT部門のソフトエンジニアがたくさんいないとできない」と思っていたのが、「少しツールの使い方を覚えれば、その業務の人たちが直接やれなくもないよ」みたいなことになってきているということは、非常にいいことかと思います。

専属バトラーとともに働く社会が将来やってくる

村上:この質問にSiri、アレクサ、コルタナ、Google先生の名前が出ているということは、「RPAはどうもAIと微妙に違うよ」と。まさにその通りのところがあって、「人間様がどうしても関わらざるを得ない、あるいは人間しかできない仕事に集中できる」という言われ方で、他のセッションではRPAの良さみたいなことも話されたかなと推測しております。

やっぱりSiri、アレクサ、コルタナ、Google先生っていう一連のものは、デジタルパーソナルアシスタントと呼ばれるアプリケーションですよね。それが今はバトラー、つまり執事と呼ばれる完成形に向かってどんどん改良が続いているわけです。バトラーというのは、語の本来の意味ではご主人様の人生を共に生きるような方々、のことを意味しています。

そう聞くと「奴隷ですか?」というご印象を持つかもしれませんが、そうではなくて。バトラーは欧米の貴族階級みたいな人たちにお仕えするお仕事ですから、誇り高いお仕事です。Siri、アレクサ、コルタナ、Google先生は、将来的にはみなさんのバトラーになることを目標として開発されていってるわけです。

将来的には人間がもちろん労働をするわけですけど、会社でどなたかおひとり様をお雇い申し上げるという時に、この社員さんには専属のバトラーがついてくるようになると。バトラーと呼ばなくてもいいんですけれども、そのような人工知能がつくと。社員を雇う時に1.5人雇っている、下手すると1.9人雇っているみたいな、そういう時代も出てくるのかな、ということを考えます。

その社員のことをぜんぶ心得て、社員と同じことをやるというわけではないんでしょうけれども、ソフトウェアロボットが業務をある程度こなしていくという、第1段階のことを今日のセッションではお話をされているのだと思います。将来的には、働くということに関して、人間1人に対して専属のバトラーがいるということを最初からの条件として、業務のプロセスをもう一度見直す時期がやってくるだろうなと思っております。

70億人のビックデータが集まったバーチャル国家

服部:一番難しいのは人間ですよね。コンピュータはプログラムを作って早く回せば、決めた業務量をどんどんやってくれるわけですけど、「仕事の手順が違っちゃった」「会社を辞めた」「組織が変わった」っていう時に、一番不確定要素が多いのは人間なので。それを上手く結びつけないと、AIのビッグデータとかいうのもゴミしかデータが取れないわけですよね。

私は、ケヴィン・ケリーの書いた本の中でとても印象に残っているのは、20年前にできたGoogleが始まった直後にケリーがラリー・ページに、「検索エンジンなんて儲からないでしょ。みんなやってるのになんで今頃やるの?」と聞いたらしいんです。

市場はもう他社にシェアが取られているからビジネスは難しいと指摘したら、ページさんは「いや、本当のAIを作っているんだ」と返したそうです。要するに、検索をする世界中のデータを集めることとで、ビッグデータを取ってAIを強化することを当時から意識していたという事ですね。

Googleというプラットフォームは、共同オフィスみたいになっていて、そこには組織とか国とか関係ないわけじゃないですか。70億人のいろんな人たちの日々、疑問に思ったこととか、仕事の相談とか、いろんなことが、とにかく全部それに載ってくるということになると。ある意味、世界中の70億人の会社、バーチャル会社、バーチャル国家みたいな。

Facebookの利用者は20億人を超えていると言われていますけど、国に関係のない、世界レベルのWikipediaみたいな仕事の環境が、そのまま使えるとは言わないですけれども、できてるわけですよね。その中に、70億人の共通するビッグデータがある。

要するに、1人の頭のいい人が「うーん」と考えるんじゃなくて、70億人からそれを集めてフィルタリングするってすごく頭が良いなと思いましたし、まさに今、村上さんがおっしゃったように、70億人の共同意識みたいなものをサポートするのは自分でできないですよね。

データというのは毎年2倍くらい増えているらしいですから、とても個人が全部チェックできないですし、人間は一日に多くて7つか8つくらいしか、新しいことがわからないらしいです。だから、それをフィルタリングして、きちんとまとめて、あなたはこれを読んでくださいというあたりを、バトラーに任せると。

RPAの未来というか、RPA自体がAIかどうかっていうよりも、AIがディープラーニングしてくれて「あなたにはこれが一番いいし、これを買っておくといい、この仕事をした方がいいですよ」ということをやるこは、インターフェースとしてすごくおもしろい技術だと思います。そういったことが重要だったりするんですよね。

軍事研究を控えることになったGoogle

村上:先ほど申し上げたように、私の最終面接は、エリック・シュミットだったんです。ですから、創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの面接はありませんでした。入社してすぐに、2人に紹介されて、2人から「憲郎、僕たちがやろうとしていることはね」と、今服部さんがおっしゃった、まさしくそれに相当する説明を受けました。

「憲郎、あなたがパソコンの前に座るでしょ。あなたがパソコンの前に座ったら、パソコンの画面にあなたが今、欲しい情報がパッと出てくる、そういうものを作るよ。今、作ろうとしているんだ」というふうに。

その時に完全に理解できたかどうかはわかりませんけれども、Siri、アレクサ、コルタナ、Google先生など、バトラーというかたちに進化を遂げつつあると。彼らは、もう2003年の時に「デジタルパーソナルアシスタントと呼ばれる領域を、一人ひとりのユーザーに対していつの日か提供したいな」と思っていた、ということだと思います。

服部:Googleは恐ろしいですね(笑)。最近は軍事研究もしているらしいですけど。では最後の質問にいきましょうか。RPAの先にある、将来像になるんでしょうかね。

「RPA、AIの先にある情報化や仕事、我々の未来はどうなっていくんだろう?」という不安はあって、「AIは20年、30年経ったら、シンギュラリティが起きる」とか言ってますけど、本当にシンギュラリティは来るんですかね?

村上:先ほど服部さんが、軍事研究ということを述べられましたが、もう私はGoogleとは7年か8年ほど縁がないわけで。言い訳する立場では、もうないんですが、ご紹介しておきたいのは、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、Googleの仕事の中に先ほど申し上げたアメリカ国防総省の予算に基づく仕事というのがあると。

組織形態としては、アルファベットという持ち株会社の下にいろんな子会社があって、その中でGoogleというのが引き続き重要なんですが、そこを任されているのが、ピチャイという方です。そのピチャイに対して、社員の方々が「軍事研究といったところに巻き込まれていくのはいかがなものか?」ということで、署名運動みたいなことをやったんですね。やめるべきだということで。

それに対して、経営陣でいろんな議論をしたとは思いますけれども、「基本的に直接それに携わるということについては、少し控える」みたいなことになりました。それ以前から、androidというスマホのOSを作ったアンディ・ルービンという人が、androidの開発を退いて最後1年かけて仕事をしたのは、ロボット会社の買収です。

6社か7社くらい買収したと思います。一番最後に買ったのが、ボストン・ダイナミクスという会社です。YouTubeでご存知の方もいらっしゃると思いますが、少し気味の悪い、四つ足のロボットとか、あるいは2足歩行のAtlasっていうバク転とかやっているようなロボットです。あの会社を買収したんですけれども、もう見るからに戦闘ロボットというか。

海兵隊の予算で開発したということも秘密でなく公になっていますから、ちょっと扱いにくかったと思います。ご存知のように、そこはソフトバンクさんでしたかね。売却を終えております。ですから「どっちに対しても、フルコミットはできないよね」みたいな雰囲気はあったんじゃないかな、ということを申し上げて、この4つ目の質問の方に戻りますと。

労働とは生み出したものの対価として給金があるということ

村上:これも先ほど申し上げたんですけど、これからはRPAでソフトウェアロボットやデジタルワークフォースを通じて、デジタルトランスフォーメーションというか、今、流行りの3大話みたいなことを、みなさん一生懸命おやりになっていくと思うんですけれども、それはそれで正しい方向性だと思います。

繰り返しになりますけれども、その上でやはり片側では、社員一人に対して、そのうち0.8人くらいのバトラーと言ってもいいんでしょうか。社員のすべてを知り尽くした、ほとんど社員と思ってもいいようなものが登場してきて、それを併せてハイヤリングする、雇い入れるというところになってきます。そうすると働き改革というか、働かせ方改革というか、今進行中の様々なことで言うと「残業というのは、何なのでしょうか?」「時間で働いているんでしょうか?」という。

つまり、労働というのは何かを生み出したものへの対価がお給金なんじゃないかなという感じがしております。ですから、(スライドを指して)バックキャスト、フォーキャストと書いてありますけれども、業務改善ということになると、どうしても今あるべき姿から、1歩、2歩、次の一手という感じで、フォーキャストで物事を考えがちなんだろうと思います。

もう1つ、「そういう社員を雇うと、0.8人くらいのAI社員がついてくるよ」みたいな時代が、もうそこまで来ているということを十分考慮に入れて、そこからバックキャストして、片側ではRPAの導入のプロセス、デジタルトランスフォーメーションをやっていくと。このトランスフォーメーションという時には「そのような時代が来るぞ」というところから、バックキャストを考慮に入れておやりになるとよろしいかな、という感じがしております。

AIの発達で今の仕事がなくなる

服部:一番怖いのは、コンピュータを使うことによって、業務の改善や効率化が進行するんですけど、仕事自体が変わってしまうということで。ネットワークになると、遊びが仕事になるとか、さっきブラック企業の話もしていましたけれども、24時間仕事になるとか、仕事なのか休みなのかわからない。それで、自分の趣味も仕事になるし、仕事が趣味に進行してくる。

私は「仕事を変えちゃう」という概念自体が、産業の考え方だと思います。それは工場があって、そこに定時に集まって、全員でがんばろうねみたいな考え方で、我々は今の仕事を同様に考えがちですよね。オフィスがあって、ここにタスクが与えられて、それを効率よくこなすっていうのは、確かにその部分は大切なんですけれども。今までは「コンピュータが問題を与えられて、それを効率よく処理していく」という方向にきたんだけど、今のネットワーク社会は、それを調整するステージに来ていると思うんです。

仕事が増やせないという人もいらっしゃるかもしれないですけど、新しく仕事を探して、まったく違う人と世界の裏と結びついて、こういう仕事があるのかとか。チャンスや問題を解決することより、問題を増やしてくれた方が僕は良いと思うんですよね。つまり、これからAIなんかが発達してくると、GoogleやAIに聞くと、これはどうやれば答えが出る、RPAを使わなくても勝手にAIが判断してやって答えを出す、みたいなものが出てくると思います。

これは限りなく0円になって、仕事じゃなくなると思うんです。RPAの先には、みなさんの日常の業務がなくなると。「そしたらおまえ、どうするんだ」という感じになって、そうすると「会社の給料のためというより、Wikipediaみたいなシェアリングエコノミーで、みんなに、友達にいいことをしてあげて、みんなの会社で、今度グループで何かやろうよ」みたいな仕事になる。それは、今の会社の仕事とは違うかもしれないけど、そういうのはAIで変わっちゃうんじゃないかなと思っています。村上さんはどう思いますか?

働くことと人生を送ることの境界線がぼやけ始めている

村上:そうですね。誤解を恐れずに言うと、Googleは究極のブラック企業なわけですよね。残業代は払いませんし、食べ物とか、果物とか、駄菓子とか、飲み物とか、ぜんぶオフィスに溢れかえっていて、それを勝手に食べて、三食昼寝付きみたいな。昼寝付きということは、徹夜ということなんですけれども、わかりやすく言うと、やっぱり時間で払ってはいないということです。

仕事と人生とワークライフバランス、みたいなことも片側では言われるんですけれども、Google的に言うと「社員の方々、ずーっとオフィスにいてくれるなら、それに越したことはないですよ」というところがあるんだろうと思います。そうなってくると「人生と働いているって、どの部分が何だろう?」っていう。

Googleには20%ルールがあって、「勤務時間の20%なんでも好きなことをやってもいいんだよ」というものです。「開発だったら、自分が開発したいものを開発していいんだよ」ということをよくお聞きになると思いますけれども、それは時間としての20%ではないんですよね。能力やエネルギーの20%です。

その裏側には何があるのかというと、会社ですから、やはり、年間の目標を設定されて、クォーターごとを評価する、目標管理がされているわけです。その目標を「8割の能力、8割のエネルギーで達成可能」というところで設定して、その上で20%ルールがある。「自分の好きな、会社のプロフィールとは関係なく、何を開発しても良いですよ」ということもありますし。

開発ではない、セールスや管理部門の人たちは、ボランティア活動、社会貢献といったところに20%を使っていいですよ、という。そうなってくると、服部さんがおっしゃったように、働いているということと、人生を送っているという境界線が、かなりぼやけ始めているんじゃないかな、というふうに思います。

今回の第3次ブーム初期の頃に「AIに負けるんじゃないか?」「仕事はぜんぶロボットに取られてしまうのではないか?」みたいなことがささやかれましたけれども、今日のRPAでわかるように、せいぜいやってもらえるのは、とりあえずジェネラルパーソンな定型的な業務というところであります。

それこそ、オートノマスな人工知能みたいなものは、まだまだ。わかりやすく言うと、私みたいに自己意識があるようなものは、まだ手がかりすら掴めていないわけですから、あまり心配する必要はなく、逆に「働く中でソフトウェアロボットに任せられるところは、任せていけばいい。そんな仕事は、人間がわざわざやらなくてもいいんじゃないの?」っていう辺りのことから、始まっていってるんだと思います。

RPAにはできない、新たな自分の生き方を発見する

服部:そうですね。時間なので、そろそろ締めたいと思います。私も村上さんと同感で、ちょっと脅かすようですけど、20年後、みなさんも自分の仕事があると思わないほうがいいと思いますけどね。

産業革命が始まった時に、ほとんど8割は農民だったわけですよね。機械がしょうがないから、ぶっ壊すという人もいたんだけど、そういう人たちは失職して新しいビジネスに就いたわけじゃないですか。だから「機械ができないこと、RPAができないことは何か?」というのが重要で、今の会社の業務は、超えた後に会社もなくなっちゃう可能性もあるかもしれないですよね。

仕事の働き方というのは変わってくると思うんで、みなさんの自由を開放して、人間として働くということを強化して、自分のどういうことを仕事にしたいのか、RPAに任せればいいと思うんですよ。その時間を、新たな自分の生き方とか、自由とか、そういうことを考える時間に使った方がいいですよね。ポジティブに受け取りたいと思いますけれども、どうでしょうか。最後に一言。

村上:はい。ラリー・ペイジだったか、セルゲイ・ブリンだったか、セルゲイのほうがかなり刺激的にどばっと言うので、きっとセルゲイが言ったんだと思いますけれども、「AIの開発を若い我々がやっていて、仕事がなくなる、みたいな心配をしている人もいるようだけど、それは逆に考えれば、人間がそのうち仕事をしなくてもいい社会が来るんじゃないの?」みたいな気楽なことを、無責任で言っておりました。

そんなに簡単な話ではないというのは、みなさんよくおわかりになっていると思うんですけれども、結果として第4次産業革命を経由する中で、人類が迎える新しい時代が始まっているところじゃないかな、というふうに考えております。

服部:そうですね。ケヴィン・ケリーも言ってますけれども「ポジティブに捉えるか?ネガティブに捉えるか?」でだいぶ違ってくると思います。ちょっと針小棒大な話になったかもしれないですけども、これを活用したうえで、人間を再発見する。「仕事って何だったの?自分って何だったの?」みたいなことができるといいなと思います。

ちょっと時間がオーバーしてしまいました。いつも村上さんと話していると、長話と言ったら申し訳ないんですけれども、思ったことを自由に言えるので、とても楽しい話ができたと思います。お役に立てたかどうかわかりませんけれども、みなさんも長時間どうもありがとうございました。

村上:ありがとうございました。

※元Google Japan 代表取締役社長 村上憲郎 氏とホロス未来会議2050 発起人 服部桂 氏のセッション動画はこちらから閲覧いただけます。(RPA BANKのプレミアム/アカデミー会員登録が必要です)