なんでも書き残す愚直な“記録屋”が語った、東日本大震災で忘れがちなこと

Reconstruction from Kirokuya's viewpoint #1/2

東日本大震災の「風化」が進む中、人々は震災とどう向き合っていけばいいのか? 人生の記録をこと細かく書き残してきたという佐々木敦斗氏は自身を「記録屋」と称し、記録屋の観点から震災を伝える活動を行う。メディアによる報道の多くが現地の「人」が捨象された内容となっていることに疑問を呈する同氏が、被災地で生きる人の「生の記録」を残していくことの重要性を訴えました。(TEDxUTokyo)

スピーカー

「どうにかするぞ」

(「どうにかするぞ」と書かれた前掛けを会場にアピールしながら登場)

「どうにかするぞ」

今日はこの前掛けをつけてしゃべります。今日はこの前掛けを家からずっと付けてきました。

(会場笑)

今日は丸ノ内線に乗ってきたのですが、これまでこれをつけて山手線にも京王線にも東北新幹線にも乗ったことがあります。皆さんこれ見て変だと思ってますよね、空気読めてないと思っていますよね。違うんですよ。これを見てください。

みんな付けてるじゃないですか。この夏の流行ファッションですよ。そうですここの仲間も私も同じ思いを抱いているのです。どうにかするぞ、岩手。

私は岩手県盛岡市の出身です。父方の実家は岩手県宮古市にあります。私の大好きな宮古の街も震災から2週間後こうなってしまいました。

本当に目を覆いたくなるような光景でした。それでもどうにかするぞ、そう思って東京で被災地支援団体を立ち上げて、今東京から被災地の復興を応援しています。今日は東日本大震災に関して記録という観点でお話をしていきたいと思っています。なぜなら私自身が「記録屋」だからです。

「記録屋」としての人生

私はこれまで人生の様々な記録をつけてきました。それを少しご紹介しましょう。

日記、これはつけますよね。

これが私が高校3年間ずっとつけ続けた学習の日記です。これをつければ東大に合格できる。私高校時代は弓道部だったんですよ。

こうやって1本1本どうにかするぞって打ちますよね、すると1本1本記録をつけたんですよ3000本以上。

地道に地道に自分自身と向き合い続けた結果、選手にはなれませんでした。

なれなかったのでほかの選手の記録をとっていました。

私は英語の勉強をすごく頑張ったんですよ。こんな感じで英語の辞書がこうなっています。

1枚1枚開いたページ折って記録してしまう。すごく英語の勉強頑張りました。でも、今日は日本語です。今日は世界中にも中継されていて、ハーバード大学にも中継をされているらしい。カメラどこ、カメラ?

(カメラに向って)

「I’m sorry. I can’t speark English well.Sorry」

(会場笑)

これだけはどうにもなりません。

なぜここまで記録にこだわるのか

さて本題です。

東日本大震災の記録について話しているのですね。東日本大震災の記録。皆さん3月11日に何をしていたかわかりますか。どこで何をしていたか覚えていますか。私は記録屋です。つまり記録しています。

これが私の3月11日です。

これが3月12日の記録です。この日から私はTwitterで現地宮古の情報を発信していました。385回のツイート全部記録しました。

そして、これが3月13日の記録なのですが、なんかこういうことをやってもテロっぽくないのでそろそろやめましょう。なぜ私がここまで記録に拘るのか。それは自分自身の人生を豊かにするためです。

人は忘れる生き物です。でも、残しておけば過去の自分と向き合うことができます。そして過去の自分は色んな気付きを私に与えてくれます。でも馬鹿だな、ダメだなとか、字を間違えてるじゃんとか思うのですけど、でもやっぱり過去の自分と今自分は向き合って次の一歩を歩んでいます。

東日本大震災は私にとって本当に人生を変えた大きな出来事でした。この1年間ずっとつけ続けてきた記録があります。これとしっかり向き合って将来をかけてこの岩手の復興に取り組みたいと思っています。

さて、今ひとつの数値が出てきました。1,057,000。皆さんこの数値なんだかわかりますか。これは去年1年間に生まれた赤ちゃんの数です。

つまり、震災から1年以上たちましたからもうこれだけの赤ちゃんがここに生まれたことになります。この日本に震災を知らない赤ちゃんがこれだけ生まれています。彼らに震災を伝えるのは我々ひとりひとりです。我々ひとりひとりが1000年に1度と言われた災害を伝えなければなりません。皆さんどうですか。実際被災地に行かれた方どのくらいいらっしゃいますか?

(会場数名挙手)

ありがとうございます。結構いらっしゃいますね。そうですね、皆さん実際それぞれ色んな感覚で被災地のことを五感を使って感じたと思います。その他にもいろんな事を思っていると思います。でもそれを10年後も残していきますか。10年後も同じ感覚でいられますか。だから記録が大切なのです。10年後に残していかなければなりません。

人という視点で考えていくことの大切さ

3月11日。その重みを10年後にひとりひとりが残しておく必要があります。しかし、震災を知らない人に伝えるのは非常に難しいです。それをお示しましょう。ちょっとこれを見てください。

変わりました。3月10日に何があったかわかりますか?

(会場の1人回答)

おー、答えが返ってくると思わなかった。はい、言われちゃいました。3月10日に東京大空襲がありました。

1945年、65年前の出来事です。皆さんおそらく多くの方々が体験をしていないと思います。ですから実感がわかないと思います。10万人以上が亡くなったとか、ちょうど今週東京スカイツリーがオープンしますが、その辺の下町のエリアが大変な被害にあったとか。

あるいはこういう写真を見せられても中々実感がわかないと思います。私はこの難しさをどうやって解決できるかそう思ってこの東京大空襲の震災の記録が展示してある記録館に足を運びに行きました。するとそこに衝撃的な記録がありました。

人は、燃えながら走っていました。この記録を目にしたときに私の目の前に3月10日の光景が浮かび上がってきました。皆さんの目の前にも浮かんでいると思います。そうです。大切なのは数字でもあるいは出来事でもない……。

人の記録です。人の記録を語り継いでいくことで我々は災害の悲惨さや空襲を自分に引きつけて考えることができる、私はそう思います。

東日本大震災も一緒です。東日本大震災も人を思いやり、人の痛みを分かち合い、そして我々が災害を自分に引きつけて考えることが大切です。東日本大震災を「人」という視点で考えていくとまた違った考え方ができるのです。

復興という言葉の裏にある「人」に目を向けてほしい

これをご覧ください。

これどこだかわかりますか。それにしても本当にきれいな光景ですね。私が撮ったのですけど。

(会場笑)

もう1枚あるのです。まぁ記録屋ですから。

これどこだと思いますか。盛岡、私の故郷です。一般的には被災地とは言われない地域です。津波の被害を受けた沿岸部から100km以上離れています。そして、もちろん津波の被害を受けていない。

しかし、人に焦点を当てると、ここに1000人以上の人々が避難されています。そしてその方々と私はお話をしてきました。ちょうど今週も行って話を聞いてきました。色んな方がいます。おじいちゃん、おばあちゃんがいます。

家は元々沿岸にあった。しかし、慣れ親しんだ故郷を離れ内陸の盛岡に来た。自分の住所もわからない、覚えられない。それでも色んな人の繋がりを見つけて、新しい生きがいを見つけてそれぞれが前を向いて進んでいるおじいちゃん、おばあちゃんがいました。

沿岸の学校から内陸に避難してそれでも前を向いて困難を乗り越えて進んでいる小中学生がいました。それを支える先生方がいました。

私の目の前に彼らのひとりひとりの顔が浮かんできます。彼らの姿が浮かんできます。彼らを笑顔にするために私は今東京にこうして出てきております。復興という言葉、何回も何回も言われました。皆さんも聞いていると思います。

でも、復興という言葉の裏にあるひとりひとりの思いに気付いて欲しい。復興という言葉の裏にあるひとりひとりの生き方に目を配って欲しい。

「どうにかするぞ」そうやって前を向く東北の人々の姿を皆様の心に記録してください。ご静聴ありがとうございました。

<続きは近日公開>

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1 なんでも書き残す愚直な“記録屋”が語った、東日本大震災で忘れがちなこと
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