映画監督 M・ナイト・シャマラン氏の卒業スピーチ

M・ナイト・シャマラン氏:ドラゴンズ(ドラゴンは同校のマスコット)の皆さんいかがですか? 

(会場歓声)

まず初めに、私がどれほど感謝しているかについてお話しさせてください。私は以前、イーグルスの試合の際にジョン・フライ氏(学長)にお会いしました。スーパーボウルのチャンピオンになる前のことです。ドレクセルは良いコミュニティですから、とても感謝しています。

それに評議会の皆様にも感謝しています。この会場には2万から2万5千人ほどいらっしゃるようですが、私にお話しする機会を与えてくださり、皆様に感謝をいたします。非常にありがたく感じています。

私は今日、実はみなさんにお聞きしたいことがありまして、参りました。この中でどれくらいの人が世界を変えるのでしょうか。

(会場歓声)

みなさん全員が立ち上がって叫び、歓声をあげてこのスタジアムを震えさせるのが理想的でしたが。私のことをご存知ない方に自己紹介いたしますと、私は映画監督で、インドで生まれ、人生をずっと、このフィラデルフィアで過ごして参りました。

今日は私の異なる2バージョンのライフストーリーをお話しいたします。今の所はその両方が事実です。これはしばしの間、互いに現実的になることを目的にしたもので、学位授与式の話としては珍しいものかもしれません。

世界で最も”高給取り”の脚本家となった

まずバージョン1です。私は二つの奨学金をもらって、NYUの映画学校へ行きました。そして三年少しで卒業し、初めての映画を21歳の時に製作しました。歴史上最も若いプロの映画監督の一人となりました。当時一番の入札合戦でオリジナルの脚本を売り、それから三本の映画の脚本を手がけ、その映画は三つのスタジオで、その年の三大ヒットフィルムとなりました。

そのうちの一つは『シックスセンス』でした。脚本を25歳の時に書き、27歳の時に監督をしました。あの作品は映画史に残る大ヒットになりました。それからというもの、止まることなく脚本を書き、監督を続けてきました。最高三十億ドル以上のヒットを出しました。映画は私が頭の中で考えたオリジナルの作品です。文字通り、私は世界で最も高給取りの脚本家です。

みなさんがご存知のすべてのフランチャイズフィルムからオファーを受け、思春期の頃から書き続けてきたすべての脚本が映画化のオファーを受けました。世界の国々において数え切れないほどの回数、私の映画は1位を記録しました。

きっとこのスタジアムにいらっしゃる成人の方、皆さんが私の作品を一つはご覧になられたことがあるかと思います。つまりここにいらっしゃるすべての大人の方々は、きっと私にお金を払われたことがあるでしょう。

私は映画制作の他に仕事をしたことはありません。私が世界の他の映画製作者のいる部屋に入れば、お会いできて光栄です、とよく言われます。私が世界中のアーチストに会えば、あなたは憧れの人です、と言われます。

映画界は私を「価値のないもの」と見なした

そして私のキャリアの2つめのバージョンはこうです。21歳の時に初めての映画を作りました。二週間で一つのシアターに引き抜かれました。二つ目の作品は二、三週間でいくつかのシアターに引き抜かれました。二本目の映画は有名な映画評論家たちに評価されると、こき下ろされてしまいました。

24歳で二度失敗し、新婚の奥さんと実家の客間に住み、脚本をFOXに売ることができましたが、監督としてはすぐにクビにされてしまいました。『シックスセンス』を皆に見せましたが、誰も成功すると思わなかったので、その映画は当時その年の最悪の時期に公開となりました。

何度か立て続けにヒットを出しました。そしてNewsweek誌が私の作品を今年最悪の映画と呼びました。何年もの間、「失敗作」「才能なし」という賞をもらいました。ネット上にはブログで私を馬鹿にし、映画学校に送り返すための基金を集めるというものまで現れました。評論家からは嫌われ、ブロガーからも嫌われました。

子供向けの映画を製作しましたが、馬鹿にされ、失敗作に終わりました。自分が気に入った作品のプレス上映をしましたが、その上映中にある人が立ち上がり、「これは駄作だ!」と言いました。そんなことには後にも先にもありませんでした。

スタジオのコンピューターがハッキング被害にあい、そのハッキングのメールの中に、「あなたは信頼できないし、雇うことはないでしょう」という内容のものがありました。自分の頭の中から出てくる考えを、自分で疑うようになってしまいました。私の業界は、私を価値のないものとみなしたのです。

私は教訓です。時に幸運を手に入れ、それでも自分が見せかけであることを示した人間です。私はインデペンデントフィルムを自費で制作しています。すべてのスタジオにパスされ、経済的崩壊ギリギリの線にいます。自分自身を信頼していません。

人は自分の持つ大きな力に気づいていない

この二つのバージョンの生活をどのように説明できるでしょうか。なぜこれら二つの話のつじつまがあうのでしょうか。私にとってはつじつまが合います。当時に戻って全てを理解することができます。仕事には原則があります。しかし私はそれを理解していなかったのです。私はいつも非常に大きな力を持っていたのに、それに気がつかなかったのです。

今日ここで強調したい理論があります。それは、あなたがた一人一人には非常に大きな力がありますが、あなたはそれに気づいていないのです。なぜそう思うようになったのか、ある出来事がありました。

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