ヒラリー・クリントン氏がイェール大学で卒業スピーチ

ヒラリー・クリントン氏:ありがとう!ありがとう!ワオ。皆さん本当にありがとうございます。母校に戻ってくることができて、とてもうれしいです。屋外でないのが残念ですが、屋内の方が居心地が良いですね。

サロビー学長、チャン学部長、ありがとうございます。大学フットボールチーム、レーザーバックのファンである、アーカンソーリトル・ロック出身のアレックス、ありがとう。おかげで盛り上がりました。アレクシスとジョッシュ、コメントとご紹介をありがとう。

今日、この場にいらっしゃるすべてのご家族の皆さん、ご友人の皆さん。この佳き日を、共に祝う席に参列させていただく栄誉を賜り感謝いたします。キャンパス外のライブストリームで参加していらっしゃる皆さん、こんにちは。そして何にもまして、2018年卒業生の皆さん。おめでとうございます。皆さんのご卒業を、心からお祝い申し上げます。

皆さんの内、ミシガン州出身の3名の方が不在者投票に間に合わなかったのですが、そんなことは問題ではありません。

(会場笑)

さて、スピーチを進める前に確認したいのですが、新校舎からいらっしゃる皆さんのフライトは、定刻どおり到着していますか。間に合いましたでしょうか。

(会場笑)

フランクリンとマリー、あなたたちは初年度は成績優秀だったと聞いています。残念です。

さて、こうして会場を見渡すと、皆さんは「おもしろ帽子」の伝統を守っているようですね。私もこうして持ってまいりました。

(会場笑)

ロシア帽です!

(会場拍手)

打ち負かすことができない相手であれば、友人になればよいのです。

(会場笑)

イェール大学を選んだ決定打

皆さんとこの場にいると、1969年の秋、法学部の新入生としてこのキャンパスに足を踏み入れた日のことが、溢れんばかりに思い起こされます。私はベルボトムのパンツを履き、マットレスを天井に括り付けたオンボロ車を運転し、まだ見ぬ未来にわくわくしていました。

ここで正直にお話ししますが、実はイェールとハーバード、どちらの法学部に入学するか迷っていました。まだ悩んでいたころ、私はハーバード大学法学部に入学予定の学生が招待されるカクテルパーティに出席しました。そこで私は、さる高名な法学部教授にお会いしたのです。法学部の男子学生が、件の教授に紹介してくれました。どっしりとしたスリーピーススーツを着こなし、懐中時計の鎖が懐から覘いている、そんな教授でした。

(会場笑)

「先生、こちらはヒラリー・ロダムです。彼女は、来年わが校に入学するべきか、ライバル校に入学するべきか迷っているそうです」。友人が私を紹介してくれました。すると、そのご立派な大先生は私をちらりと冷たく一瞥してこう言いました。「まず、我が校にはライバル校などは存在しない。次に、ハーバードにこれ以上女は必要ない」。

(会場笑)

まあ、私はどの道イェール大学へ行こうと考えてはいたのです。

(会場笑)

実際のところ、これが決定打になりました。

ビル・クリントンとの出会い

私は、イェール大学に入学した235人の法学部生のうち、27人の女性の一人でした。法学部への女性の入学が許可された最初の年のことです。4年後に卒業予定の、最初のクラスの女性たちです。『ニューヨーク・タイムズ』は、イェール大学が共学化に踏み切ったことについて、こう報じました。以下引用します。

「女子学生は勤勉であり、940名の男子学生よりもやや優秀な成績で卒業した」。これを読んだ男子学生の一部は、戦々恐々としていたようです。私はショックを受けました。

(会場笑)

イェール大学は私にとっては懐かしい母校で、繰り返し訪れています。創立300周年である2001年卒業生にも、お話しをさせていただく機会を得ました。皆さんにも同様の機会があることを願います。ジェイク・サリバンやハロルド・コーのような非常に近しい友人たちや同僚たちの母校でもあり、今日卒業を迎えるレベッカ・ショウのように、その成長を見守ってきた在校生、卒業生も大勢います。彼女も後ほどスピーチをするとのことです。

ここ2年ほどは、新学部長であるヘザー・ガーキンをはじめとする、イェール大学法学部出身の皆さまと共に仕事をする栄誉を得ました。また、ここにも参列されている多くの卒業生の皆さまが、アメリカ合衆国上院、国務省、そして大統領選での選挙運動を支えてくださいました。私は非常に多くの支援を受けました。2018年卒業生のデイビッド・シマーは、選挙運動のインターンとして大いに貢献してくれました。

(会場拍手)

しかし、ここで告白しなくてはならないのは、イェールにおける青春時代でもっとも意義深かったのは、2年生の時に友人たちと学生ラウンジにいた時に、バイキングのような髭を生やした、背の高いハンサムな青年を見かけたことでした。私が友人に「あの人は誰?」と聞きますと、彼女は「ビル・クリントンよ。アーカンソー出身らしいんだけど、地元の話しかしないの」と言いました。

(会場歓声)

するとちょうど狙ったのように彼が「……そうなんだよ、アーカンソーで取れるメロンは世界で一番見事なんだ」と話しているのが聞こえました。

(会場笑)

私が興味津々でじっと見ていますと、彼も私を見るではありませんか。私たちはそんな風に、お互いを見つめ合っていました。ある晩、二人が偶然図書館に居合わせた時がありました。

(会場歓声)

私は勉強していましたが、顔を上げるたびにどうしても彼の方を眺めてしまいます。すると、彼の方でも私を見ているではありませんか。私はこのままで済ますのはばかばかしいと思って立ち上がり、彼のところに行って言いました。「見つめ合っているだけじゃ難だから、お互い自己紹介しましょう。私はヒラリー・ロダムよ。あなたの名前は?」

(会場歓声)

こうして始まった会話は、今日まで続くこととなりました。

法学部の掲示板に貼られたチラシが人生を変えた

さて、ここイェールで私の人生を変えたもう一つの物とは、法学部の掲示板に貼られた一枚のチラシでした。皆さまのご両親やおじいさまおばあさまに聞いてみるとわかりますが、当時はみんなそうやって情報を得ていたというに留めておきます。フェイスブックのようなものですが、個人情報が流出するようなことはありませんでした。

(会場笑)

ある日、私は法学部を出て「児童防衛基金」(チルドレンズ・ディフェンス・ファンド)という団体を設立した、マリアン・ライト・エデルマンという人権活動家のキャンパス講演のチラシを見かけました。

講演を聞いた私は魅了されました。彼女は、イェール大学で受けた教育を生かし、片田舎のミシシッピで先陣を切って児童の権利擁護プログラムを立ち上げたことについて話してくれたのです。その夏、私はエデルマンの活動に参加しました。

この経験は、子供の権利を守ることについて、司法にできること、できないことに対し、私の目を開くきっかけとなりました。同様のご経験をされた方もいらっしゃると思いますが、この講演は、教室の四方の壁の外の世界について、多くを教えてくれました。以降の私の人生と仕事に命を与える、情熱を見出すことができたのです。

私が卒業してから、イェール大学ではさまざまなことが変わりました。2019年は、イェール大学法学部への女性の入学が許可されてから50周年、イェール大学から初めて女性が卒業してから150周年に当たります。

イェール大学では、一年生の呼称を「フレッシュマン」から「第一学年」へ正式に変更し、さらに驚くべきことに、学生アカペラグループの「デュークス・メン・オブ・イェール」、「フィフェンプーフス」が、女子学生の受け入れを始めたと聞きました。私の「ウィフ」のオーディションのテープは葬り去りました。ウィキリークスでも掘り起こすことはできないでしょう。

(会場笑)

私のEメールがスキャンダラスだというのであれば、歌声はその比ではありません。

(会場拍手)

非常に喜ばしく思うのは、今日の卒業生の皆さんの出身地が、アメリカ全50州とコロンビア特別区のみならず、プエトリコ、グアムその他56の国に渡ることです。皆さんはキャンパスでの4年間、遅くまで起き朝早く起き、壁で仕切られた小机で過ごし、統計の海で舵を切り、科学の山を登ったことでしょう。ひょっとしたら、卒業式のラストダンスですてきな人を見つけたかもしれません。

(会場笑)

若者が持つレジリエンスの力

そして今、皆さんはまさに次の冒険に乗り出そうとはりきっていることでしょう。でも、もしかして、あまり乗り気でない方もいらっしゃるかもしれません。双方の気持ちがわかります。なぜなら、2018年卒業生である皆さんは、「この国が、史上かつて無いほど病みが深い時代」に卒業するからです。60年代卒業生として、共感します。

ディケンズの「二都物語」からこの有名な言葉を引用しました。なぜなら、皆さんもご存じのとおり、「素晴らしい時代だった」と言った後に「でも最悪の時代でもある」と締めくくることが多いからです。

しかしこの言葉には続きがあります。「しかしそれは叡智の時代でもあり、愚かしさの時代でもあった。信仰の時代でもあり、不信の時代でもあった。光の季節でもあり、闇の季節でもあった。希望の春にして、絶望の冬だった」。

ディケンズが描写したのはフランス革命へと至る時代ですが、これは乱高下する今日のアメリカにも当てはまります。私たちが生きているのは、基本的人権や公徳心、報道の自由、事実や道理までもが、いまだかつてないほどの暴力に晒されている時代です。

一方で、民主主義とアメリカのためとなる新たなモラルが信じられ、市民が参加し貢献しようという意欲の時代をも目撃しつつあります。

ここで良いお知らせです。

もし、この状況に立ち向かおうという集団がいるとすれば、2018年卒業生の皆さん。それは皆さんに他なりません。

皆さんはすでに、この病んだ時代の指導者としての資質と勇気とを見せました。何にもまして、皆さんはレジリエンスがあることが実証されています。このレジリエンスという言葉は、ここ最近の私の心にたびたび浮かんできたものです。

私のヒーローの一人であるエレノア・ルーズベルトは言いました。「恐れることをやめ、対峙した一つひとつの経験が、自分への勇気と自信を与える。そしてこの恐怖を乗り切ったことが、次に来るそれにも対峙できる自信につながる。」これが、まさにレジリエンスなのです。