「真実と事実、道理を求めて立ち上がることから始めよう」
ヒラリー・クリントン氏がイェール大で語ったレジリエンスの力

イェール大学 卒業スピーチ ヒラリー・クリントン

イェール大学の卒業式で、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身の政治家であるヒラリー・クリントン氏が卒業スピーチを行いました。政治家のみならず、国務長官、上院議員等を歴任。第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン氏の妻であり、1993年から2001年まではアメリカ合衆国のファーストレディを務めました。本スピーチでは夫ビル氏との出会いから、トランプ氏との選挙戦の振り返りまでの歴史を振り返り、アメリカ合衆国の未来を担う2018年イェール大学卒業生に期待していることを熱く語ります。

ヒラリー・クリントン氏がイェール大学で卒業スピーチ

ヒラリー・クリントン氏:ありがとう!ありがとう!ワオ。皆さん本当にありがとうございます。母校に戻ってくることができて、とてもうれしいです。屋外でないのが残念ですが、屋内の方が居心地が良いですね。

サロビー学長、チャン学部長、ありがとうございます。大学フットボールチーム、レーザーバックのファンである、アーカンソーリトル・ロック出身のアレックス、ありがとう。おかげで盛り上がりました。アレクシスとジョッシュ、コメントとご紹介をありがとう。

今日、この場にいらっしゃるすべてのご家族の皆さん、ご友人の皆さん。この佳き日を、共に祝う席に参列させていただく栄誉を賜り感謝いたします。キャンパス外のライブストリームで参加していらっしゃる皆さん、こんにちは。そして何にもまして、2018年卒業生の皆さん。おめでとうございます。皆さんのご卒業を、心からお祝い申し上げます。

皆さんの内、ミシガン州出身の3名の方が不在者投票に間に合わなかったのですが、そんなことは問題ではありません。

(会場笑)

さて、スピーチを進める前に確認したいのですが、新校舎からいらっしゃる皆さんのフライトは、定刻どおり到着していますか。間に合いましたでしょうか。

(会場笑)

フランクリンとマリー、あなたたちは初年度は成績優秀だったと聞いています。残念です。

さて、こうして会場を見渡すと、皆さんは「おもしろ帽子」の伝統を守っているようですね。私もこうして持ってまいりました。

(会場笑)

ロシア帽です!

(会場拍手)

打ち負かすことができない相手であれば、友人になればよいのです。

(会場笑)

イェール大学を選んだ決定打

皆さんとこの場にいると、1969年の秋、法学部の新入生としてこのキャンパスに足を踏み入れた日のことが、溢れんばかりに思い起こされます。私はベルボトムのパンツを履き、マットレスを天井に括り付けたオンボロ車を運転し、まだ見ぬ未来にわくわくしていました。

ここで正直にお話ししますが、実はイェールとハーバード、どちらの法学部に入学するか迷っていました。まだ悩んでいたころ、私はハーバード大学法学部に入学予定の学生が招待されるカクテルパーティに出席しました。そこで私は、さる高名な法学部教授にお会いしたのです。法学部の男子学生が、件の教授に紹介してくれました。どっしりとしたスリーピーススーツを着こなし、懐中時計の鎖が懐から覘いている、そんな教授でした。

(会場笑)

「先生、こちらはヒラリー・ロダムです。彼女は、来年わが校に入学するべきか、ライバル校に入学するべきか迷っているそうです」。友人が私を紹介してくれました。すると、そのご立派な大先生は私をちらりと冷たく一瞥してこう言いました。「まず、我が校にはライバル校などは存在しない。次に、ハーバードにこれ以上女は必要ない」。

(会場笑)

まあ、私はどの道イェール大学へ行こうと考えてはいたのです。

(会場笑)

実際のところ、これが決定打になりました。

ビル・クリントンとの出会い

私は、イェール大学に入学した235人の法学部生のうち、27人の女性の一人でした。法学部への女性の入学が許可された最初の年のことです。4年後に卒業予定の、最初のクラスの女性たちです。『ニューヨーク・タイムズ』は、イェール大学が共学化に踏み切ったことについて、こう報じました。以下引用します。

「女子学生は勤勉であり、940名の男子学生よりもやや優秀な成績で卒業した」。これを読んだ男子学生の一部は、戦々恐々としていたようです。私はショックを受けました。

(会場笑)

イェール大学は私にとっては懐かしい母校で、繰り返し訪れています。創立300周年である2001年卒業生にも、お話しをさせていただく機会を得ました。皆さんにも同様の機会があることを願います。ジェイク・サリバンやハロルド・コーのような非常に近しい友人たちや同僚たちの母校でもあり、今日卒業を迎えるレベッカ・ショウのように、その成長を見守ってきた在校生、卒業生も大勢います。彼女も後ほどスピーチをするとのことです。

ここ2年ほどは、新学部長であるヘザー・ガーキンをはじめとする、イェール大学法学部出身の皆さまと共に仕事をする栄誉を得ました。また、ここにも参列されている多くの卒業生の皆さまが、アメリカ合衆国上院、国務省、そして大統領選での選挙運動を支えてくださいました。私は非常に多くの支援を受けました。2018年卒業生のデイビッド・シマーは、選挙運動のインターンとして大いに貢献してくれました。

(会場拍手)

しかし、ここで告白しなくてはならないのは、イェールにおける青春時代でもっとも意義深かったのは、2年生の時に友人たちと学生ラウンジにいた時に、バイキングのような髭を生やした、背の高いハンサムな青年を見かけたことでした。私が友人に「あの人は誰?」と聞きますと、彼女は「ビル・クリントンよ。アーカンソー出身らしいんだけど、地元の話しかしないの」と言いました。

(会場歓声)

するとちょうど狙ったのように彼が「……そうなんだよ、アーカンソーで取れるメロンは世界で一番見事なんだ」と話しているのが聞こえました。

(会場笑)

私が興味津々でじっと見ていますと、彼も私を見るではありませんか。私たちはそんな風に、お互いを見つめ合っていました。ある晩、二人が偶然図書館に居合わせた時がありました。

(会場歓声)

私は勉強していましたが、顔を上げるたびにどうしても彼の方を眺めてしまいます。すると、彼の方でも私を見ているではありませんか。私はこのままで済ますのはばかばかしいと思って立ち上がり、彼のところに行って言いました。「見つめ合っているだけじゃ難だから、お互い自己紹介しましょう。私はヒラリー・ロダムよ。あなたの名前は?」

(会場歓声)

こうして始まった会話は、今日まで続くこととなりました。

法学部の掲示板に貼られたチラシが人生を変えた

さて、ここイェールで私の人生を変えたもう一つの物とは、法学部の掲示板に貼られた一枚のチラシでした。皆さまのご両親やおじいさまおばあさまに聞いてみるとわかりますが、当時はみんなそうやって情報を得ていたというに留めておきます。フェイスブックのようなものですが、個人情報が流出するようなことはありませんでした。

(会場笑)

ある日、私は法学部を出て「児童防衛基金」(チルドレンズ・ディフェンス・ファンド)という団体を設立した、マリアン・ライト・エデルマンという人権活動家のキャンパス講演のチラシを見かけました。

講演を聞いた私は魅了されました。彼女は、イェール大学で受けた教育を生かし、片田舎のミシシッピで先陣を切って児童の権利擁護プログラムを立ち上げたことについて話してくれたのです。その夏、私はエデルマンの活動に参加しました。

この経験は、子供の権利を守ることについて、司法にできること、できないことに対し、私の目を開くきっかけとなりました。同様のご経験をされた方もいらっしゃると思いますが、この講演は、教室の四方の壁の外の世界について、多くを教えてくれました。以降の私の人生と仕事に命を与える、情熱を見出すことができたのです。

私が卒業してから、イェール大学ではさまざまなことが変わりました。2019年は、イェール大学法学部への女性の入学が許可されてから50周年、イェール大学から初めて女性が卒業してから150周年に当たります。

イェール大学では、一年生の呼称を「フレッシュマン」から「第一学年」へ正式に変更し、さらに驚くべきことに、学生アカペラグループの「デュークス・メン・オブ・イェール」、「フィフェンプーフス」が、女子学生の受け入れを始めたと聞きました。私の「ウィフ」のオーディションのテープは葬り去りました。ウィキリークスでも掘り起こすことはできないでしょう。

(会場笑)

私のEメールがスキャンダラスだというのであれば、歌声はその比ではありません。

(会場拍手)

非常に喜ばしく思うのは、今日の卒業生の皆さんの出身地が、アメリカ全50州とコロンビア特別区のみならず、プエトリコ、グアムその他56の国に渡ることです。皆さんはキャンパスでの4年間、遅くまで起き朝早く起き、壁で仕切られた小机で過ごし、統計の海で舵を切り、科学の山を登ったことでしょう。ひょっとしたら、卒業式のラストダンスですてきな人を見つけたかもしれません。

(会場笑)

若者が持つレジリエンスの力

そして今、皆さんはまさに次の冒険に乗り出そうとはりきっていることでしょう。でも、もしかして、あまり乗り気でない方もいらっしゃるかもしれません。双方の気持ちがわかります。なぜなら、2018年卒業生である皆さんは、「この国が、史上かつて無いほど病みが深い時代」に卒業するからです。60年代卒業生として、共感します。

ディケンズの「二都物語」からこの有名な言葉を引用しました。なぜなら、皆さんもご存じのとおり、「素晴らしい時代だった」と言った後に「でも最悪の時代でもある」と締めくくることが多いからです。

しかしこの言葉には続きがあります。「しかしそれは叡智の時代でもあり、愚かしさの時代でもあった。信仰の時代でもあり、不信の時代でもあった。光の季節でもあり、闇の季節でもあった。希望の春にして、絶望の冬だった」。

ディケンズが描写したのはフランス革命へと至る時代ですが、これは乱高下する今日のアメリカにも当てはまります。私たちが生きているのは、基本的人権や公徳心、報道の自由、事実や道理までもが、いまだかつてないほどの暴力に晒されている時代です。

一方で、民主主義とアメリカのためとなる新たなモラルが信じられ、市民が参加し貢献しようという意欲の時代をも目撃しつつあります。

ここで良いお知らせです。

もし、この状況に立ち向かおうという集団がいるとすれば、2018年卒業生の皆さん。それは皆さんに他なりません。

皆さんはすでに、この病んだ時代の指導者としての資質と勇気とを見せました。何にもまして、皆さんはレジリエンスがあることが実証されています。このレジリエンスという言葉は、ここ最近の私の心にたびたび浮かんできたものです。

私のヒーローの一人であるエレノア・ルーズベルトは言いました。「恐れることをやめ、対峙した一つひとつの経験が、自分への勇気と自信を与える。そしてこの恐怖を乗り切ったことが、次に来るそれにも対峙できる自信につながる。」これが、まさにレジリエンスなのです。

敗戦の傷は未だ残る

これは、とても重要なことです。なぜならすべての人が、どん底に叩き込まれるような経験を必ずするだろうからです。そこで立ち上がり、進み続けられるか否かということが、非常に大切になってきます。今まさにイェールを卒業せんという皆さんには、納得しがたいことかもしれません。

しかし実際、人生では間違いも犯しますし、失敗することもあります。どんなに素晴らしい資格を持ち、能力があったとしても、それは同じです。私が保証します。

(会場笑)

ええ、そうですとも。2016年の選挙戦直後はたいへんでした。みんながそれぞれの手段をもって自分を納得させようと努力していました。私は森の中を長時間散策しました。

(会場笑)

イェールの学生であれば、イーストロック公園を散策するところでしょう。私は何時間もtwitterのウサギ穴に迷い込みました。皆さんであれば(フェイスブックの)Yale Memesグループでしょうね。

(会場笑)

私はシャルドネを開けましたが、皆さんであれば「ウォード」での「ペニー・ドリンク」でしょう。

(会場歓声)

私はヨガの「片鼻呼吸法」を実践しますが皆さんであれば「心理学とグッド・ライフ(イェール大学で大人気を博した授業)」を履修するのでしょうね。

(会場歓声)

さて、話を戻しましょう。ええ、そのとおり私はまだ克服していません。

(会場笑)

イェール大学を公正で安全な学び舎に

2016年の選挙戦について、いまだにいろいろと考え、犯した失敗を後悔しています。

しかしながら、アメリカ史上まれに見るほど、展開が想定外で波乱の多かった大統領選挙を理解することは、将来この国の民主主義を守っていく一助になるのではないでしょうか。保守派、革新派、中立派であろうと、民主党派、共和党派であろうと菜食主義者であろうと関係ありません。皆が関心を持つべきことです。

要するに、現在私個人としては問題ありませんが、一人のアメリカ人としての私は懸念しています。個人のレジリエンスは大事ですが、我々が必要とするレジリエンスの取るべき形は、これだけではありません。コミュニティとしてのレジリエンスもまた必要です。

それは、皆さんがキャンパスに在学中に具現したレジリエンスです。皆さんが2年生時の5月に体現したレジリエンスです。まさに、レジリエンスのすばらしい実践例でした。

(会場拍手)

300余年以上続いた、この大学史上もっとも素晴らしい実践例だったといえます。

それは、有色人種の女性たちが先導し、在学生や卒業生が支援し、全ての人にとってのイェール大学を公正で安全な学び舎にするという決意のもとに実践されました。多くの皆さんが、この5月はこの大学が経験した中でもっとも決定的な瞬間だったと断言しました。

これは、2018年卒業生の皆さんと皆さんの価値観について、大切なことを物語っています。なぜならアメリカは、これまでにないほど分断されているからです。

アメリカは、相対峙する2つの陣営により二極化され、世界の見方が分断されてしまっており、データがこれを裏付けています。リベラル・保守層が増え、中庸層が減少しています。政党がイデオロギー的にも地理的にも一致しています。

つまり、北部の民主党支持層と、南部の共和党支持層が減少しているのです。また、人種と信教によるあからさまな分断が以前より増強されています。中庸派の減少に伴い、主義主張の違いによる敵対心が増しています。

さて、ここで政治の話をするつもりはありませんが、これは単に2つの陣営による問題にはとどまりません。アメリカ政界の過激化は、均衡の取れたものではありません。アメリカの指導者は、露骨なヘイトのレトリックで国民を駆り立て、変化を厭い、世界をゼロサム的な見方でしか見ることができないため、相手が利益を得るのであれば、こちらには損失が出るに違いないと考えます。これが、二極化と争いへと誘うレシピなのです。

「ラディカルな共感」がアメリカ病を治癒する

アメリカ社会は今まさに綻びようとしており、人々を結びつけるコミュニティの絆は砕け散ろうとしています。これは単なる「問題」にはとどまりません。なぜなら、和平の席であるべき感謝祭の食卓における不和へとつながるからです。

さらに「問題」なのは、民主主義を実現する市民の精神を破たんさせることです。トクヴィル(アメリカ機関の分析で知られる19世紀のフランス政治家)がアメリカ人の特徴として非常にユニークとした心のありようです。

アメリカの病を治癒するには、私がいうところの「ラディカルな共感」が必要だと考えています。非常に困難ではありますが、人種、階級、政党を超えて手を差し伸べ合い、自分自身とはまったく異なる人の視点から世界を見る必要があります。そして論理的に話し合い、不快ではない方法で反対意見を述べる道を探り、コミュニティとしての感覚と共通の人間性を取り戻す必要があります。

政治について考え、指導者の良し悪しを判断する時には、単に自分個人の暮らし向きが、2年ないし4年前よりも良くなったかを考えてはいけません。私たちは、アメリカ全体が豊かになったのか、国家としてより良く、強く、豊かになったのかを考えなくてはなりません。皆さんがイェールで学んできたのは、まさにこういったことでしょう。

自分のクラスメイトのお父さん、つまり家族と国に尽くしてきた一人の人間が強制送還されてしまった時に怒りを表明するには、不法移民である必要はありません。黒人学生が不当な扱いを受け、差別の標的となることを理解するには、有色人種である必要はありません。

私たちには、これからやるべき仕事がたくさんあります。銃乱射事件の生存者であるテキサスの少女の気持ちを理解するには、銃で撃たれる必要はありません。彼女は、学校でこのような事件が起きたことについて驚きはしなかったと言っています。彼女の言葉を引用します。「この学校でも、いつかは乱射事件は起こるだろうとは思っていた」。

アメリカでは、若者の教育が失敗しています。こんなことはもうたくさんです。私たちは今こそ共に手を取り合って、可及的速やかに常識的で安全な銃規定を設けるべきです。

(会場拍手)

「共感」が必要なのは、個人の生活や家族、コミュニティの中心だけではありません。公共の生活やポリシー、政治の中心でもあるべきです。政治と「共感」とは、常に共にあるわけではありませんが、共存は可能であり、さらには共存するべきなのです。

民主主義の危機に、ひとりのアメリカ人として考えること

元アメリカ合衆国国務長官マデレーン・オルブライトは、著作「Fascism: A Warning」でこのように述べています。「精神の寛容性、他者への思いやり、すべての人が平等であるという命題は、ファシズムの繁栄を許す自己中心的なモラルの麻痺に対しての、唯一にしてもっとも効果的な解毒剤である」。

マデレーンは、個人的な経験として、赤ん坊の時にチェコスロバキアからナチスに追われて亡命しました。戦後は帰国を果たしましたが、少女期には共産主義政権に追われて再び亡命したのです。

これは、昨年に民主党が取った一つの形のレジリエンスを思い起こさせます。1787年のフィラデルフィア憲法制定会議後、ベンジャミン・フランクリンは―――彼はイェール大学から名誉学位を授与されていますね―――独立記念館を出た通りで見知らぬ女性に声をかけられました。「先生、この国は何になったのですか。共和国家でしょうか。君主国家でしょうか」。するとフランクリンは答えました。「共和国家です。維持できればよいのですが」。

現在、私たちの民主主義は大きく育った危機に直面しています。街に戦車こそ駐屯してはいませんが、現在進行していることは国家としての存続に関わることです。選挙戦で敗北した民主党員としてではなく、母国を失うことを恐れる一人のアメリカ人として、このように考えます。

政治をも超越するべき根本的なものは存在します。法と報道の自由の下に戦争を遂行し、選挙の合法性を否定し、恥ずべき汚職に手を染め、国の指導者とは公僕であるという考えを排除する行為は、国家としての統一を脅かします。真実と道理、証拠と事実への攻撃に対しては、私たち全員が警戒するべきです。

卒業生とその保護者の皆さんは、世界でも一流の教育の費用を支払い終えたばかりです。イェール大学の歴史学教授、ティモシー・スナイダーは著作『暴政――20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』にてこのように語っています。「真実を棄てるのは、自由を棄てることと同義である。真実が無ければ、論拠が無いため、権力を批判できる者が存在しなくなる。真実が無ければ、すべてのものが見世物に過ぎなくなる」。

この著作と最近出版された「The Road to Unfreedom: Russia, Europe, America」において、スナイダー教授は声を大にして警告を発していらっしゃいます。なぜならば、真実とフィクション、事実、現実との境界を消去する行為は、権威主義の中枢をなす特色であるからです。その目的とするところは、国民に理論と道理を疑うように仕向け、自分たちがまさに頼るべき相手に対する不信の種をまくことにあります。その相手とは、実証や国民を基盤として政策を執る指導者やマスコミ、専門家を指します。

「行動すること」のすばらしさ

つい先週、元アメリカ合衆国国務長官レックス・ティラーソンはこのように述べました。「国の指導者が真実を隠蔽するならば、我々国民は真実に基づくことのない、別の現実を受け入れるようになる。そうなれば、我々アメリカ人は自由を放棄することになるだろう」。 少々時期を逸した感はありますが、彼はまったくもって正しいと思います。

では、私たちはどのように民主的なレジリエンスを構築していくべきでしょうか。教室の中やキャンパス内にとどまることなく、日々の生活において、真実と事実、道理を求めて立ち上がるところから始めるべきだと考えます。

例えばそれは、社会におけるチャンスと平等性とを得られる、高等教育の大切さを訴えることかもしれません。例えばフェイク・ニュースを目撃した時には声を上げ、勇敢なジャーナリストたちや彼らの報道に対しては、新聞を購読するなどの支援をすることです。

(会場歓声)

何にもまして明らかに大切なことは、投票に参加することです。大統領選挙だけではなく、すべての選挙において投票をすることにあります。

アメリカは今、困難な時代にさしかかっています。しかし、私たちは以前にも困難な時代を切り抜けてきたではありませんか。

バラク・オバマが大統領に当選した晩、私たちは歓喜に酔いしれました。彼と対立する立場にあった私でさえ、有頂天になりました。それはまさに、希望に満ちた瞬間だったのです。

ある意味では、今もまた希望に満ちた瞬間であるともいえます。なぜなら、これは戦いにより、より高まった希望だからです。失うことにより鍛えられ、リスクに対する洞察は深まりました。

私たちは、人々を傷つける政策に対抗し、すべての人が尊厳をもって扱われるために、立ち上がりつつあります。私たちは、この意志を実践に移すべく行動を起こしています。行動を起こすことが非常に困難になる日が来るとしても、それはただ、行動を起こすことがいかにすばらしいかを実証するに過ぎません。

事実、多くの国民が今まさに行動を起こしています。日々、足を引きずり戦いのさなかに戻っていく苦労は、並み大抵のことではありません。しかし私たちは実践しているではありませんか。だからこそ、私は楽観的でいられるのです。なぜならば、アメリカ人が信じがたいほどにタフであることが立証されつつあるからです。

イェールの変革を成し遂げた

この数か月間、私は希望をもたらしてくれる多くの人と出会ってきました。考えられないような悲劇を耐え抜き、勇気と不屈の精神とをもって対応した、パークランド高校(銃乱射事件のあったフロリダ高校)の生徒たち。大統領選後に私が設立した組織を通して出会った、リーダーや団体の人たち。市井の人々が続々と起こす戦いを支援するために設立した組織です。生まれて初めてデモ行進を起こし、選挙人登録し、以前には考えられなかったような問題を解決するために渦中に飛び込んで行く市井の人たちです。

選挙に立候補し勝利していく女性たちの波のうねりや、日常の一部として女性がハラスメントや暴力に耐えるべきだ、という概念を捨てつつある女性や男性に、私は希望を見出しています。

長い道のりになるでしょう。参戦するべき戦いは多々あり、日々新たなものが勃発しています。寝ずの番を続けて、目を閉じず、心を曇らすことなく、両手を上げて投降して「誰か他の人が代わりにやってくれ!」と言わないようプレッシャーをかけ続けるのは、容易ではありません。

なぜなら、アメリカ史上でも今この時ほど、自分たちの行動の持つ力を信じる、国民一人ひとりの力が必要とされる時代はないからです。たとえその力が目には見えず、上り坂に向かって戦うような苦労を強いられたとしてもです。

自分の応援する陣営が敗北したとしても、国民一人ひとりが、毎回の選挙において投票することとは、究極の信念なのです。我々には自治が可能な力がある、という信念です。国民すべてを向上させ前進させるための結末へと導く、栄光ある実践的な妥協のために、共に歩み寄ることができるという信念です。

私たちは、歩調を合わせ、お互いを頼り、至るところに長所を見出し、英雄を讃え、子どもたちを励まし、敬意をもって反対意見を述べる道を探るべきです。

さらに必ず迎えるであろう、いくつかの敗北にも備えるべきです。ジョン・マッケインは、先日私たちにこのように述べました。「正当なる主張だけが実を結ぶわけではない。それが敗北を喫したとしても、大切なのは進み続けることである。何が起きようとも、進み続けるべきである」。

皆さんが今まさに卒業しようとしているイェール大学は、私がかつて卒業したイェール大学とは非常に異なるものです。さらには、4年前に皆さんを迎え入れてくれたイェール大学とも異なるものです。

4年前、イェール大学には、女性の名を冠したカレッジは一つたりともありませんでした。しかし現在の学生たちは、LGBT権利擁護の先駆者、パウリ・マレー・カレッジにてその遺産を受け継いでいます。また、イェールの「隠された人物」にして、アメリカにおける最初のコンピュータ・プログラマーの一人でもある海軍士官の名が冠された、グレース・ホッパー・カレッジが、彼女の栄誉を讃えています。

このような変革は、自然に起こったわけではありません。皆さんがそれを可能にしたのです。戦いを続け、信念を貫き、ついにその結果、イェールが皆さんを変えたのと同じくらい、皆さんはイェールの変革を果たしたのです。

そしてこれからまさに、皆さんが世界に爪痕を残す番です。皆さんとイェール大学、そしてアメリカにとっての最良の時代は、これから訪れることを私は知っています。皆さん一人ひとりに、果たすべき役割があり、貢献するべきものがあるのです。2018年卒業生の皆さん、ありがとうございました。そしておめでとうございます。

(会場拍手)

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