なぜ左右対称の顔を美しいと感じるのか?
私たちの脳の意外な判断基準

コルクラボゲスト対談 佐渡島庸平氏×中野信子氏 #2/4

2017年12月13日、BOOK LAB TOKYOにて、コルクラボゲスト対談が開催されました。佐渡島庸平氏と中野信子氏が登壇し、ベストセラー『君たちはどう生きるか』を皮切りに、集団心理や地理的条件と国民性の関係などを語りました。本パートでは、さらに言語体系と脳の進化の関係など、人間心理や認知の働きについてさまざまな意見を交わします。

思考のあり方を変える2つの様式

中野信子氏(以下、中野):適応戦略が違う場所で育つと、遺伝情報の如何にかかわらず、個体は影響されるんじゃないか、という考え方があります。私たちの生得的な思考の癖を変える方法は2つ考えられます。1つは、ほかの人のやり方を認知的に学びとる、言語情報を介した方法。

もう1つはエピジェネティックな変化への期待です。そんなことが本当に起こるのかどうか、まだ研究途上ではあります。これは、もともとの塩基配列が違ったとしてもその環境に応じて化学修飾が変わり、読み取る位置が変わって、それまでにできなかったことができるようになっていくという可能性を示唆するものです。

それはまだまだわかっていないことだけれども、おそらく思考や性格傾向を決める遺伝子にもこういうことがあるだろうと考えるのは不自然ではないです。ラットのストレス耐性が後天的に、つまりエピジェネティックに母親との接触によって変化するという報告もあります。なので、「こういうふうにしたいな」という人の側にいるというのはすごく大事なことなのだろうと、私は思っています。

操られないようにするには、まず自分の傾向を知るということが大前提。で、その次に操られていなそうだな、と思える人の近くにいることがすごく大事だと思います。

佐渡島庸平氏(以下、佐渡島):そうですよね。僕もやっぱりホリエモンの側にいることは大きいなと思うんですよね。

中野:それはおもしろいですよね。

佐渡島:自分の傾向を知るためにやれることってどんなことがあるんですか?

中野:自分の傾向を知るためにやれることは、自分の観察はまずもちろんやらなければなりませんし、できれば遺伝子も見てみるといいんじゃないでしょうか(笑)。なかなか遺伝子を調べるサービスって……。

佐渡島:あれ、ほとんどよくわからない結果が来ましたよ。

中野:そうなんですよね。読み手の前提知識やリテラシーをかなり要求する部分もあるし、正確さがどれくらいなのか、信頼度がどれくらいなのか、妥当性がどれくらいなのか、まだまだブラッシュアップしなければならないところはあります。

遺伝子から自分の傾向を知る

佐渡島:僕は1回、DeNAのやつをやってみました。

中野:あ、やってみました?

佐渡島:でもなんかね、「ハゲるかハゲないか」がけっこう大きく表示されていて(笑)。

(会場笑)

「世間の興味ってそういうところなんだろうな」と思って(笑)。「ハゲるかハゲないか」と「ガンになるかどうか」みたいなところだけは大きかった気がする。

中野:肉体的なことですよね。サービスによりますけれど、あえて性格的なことや意思決定のあり方については控えめに表現しているような部分もあります。例えば、遵法精神があるかないかとか、知能とか。(DeNAの検査で)知能は出てきましたっけ?

佐渡島:出てこなかった気がするな。

中野:あんまりちゃんと明記はしない感じですよね。数学的能力とか、記憶力が良かどうか、なんていう形で書かれていると思います。一塩基多型なので1文字違うだけで記憶力が良くなったりするんですよ。たとえば人によっては「私、記憶力に自信がないわ、覚える根性がないのかしら」と思っている人がいるかもしれませんが、根性がないのではなくて、単に遺伝的に記憶力のいいタイプではない。

佐渡島:へぇ~。

中野:そういうものは自分の意思ではどうしようもないことがあるので。

調べられるサービスとしては、Googleが出資している「23andMe」とか。日本のサービスだと、DeNAさんや、高橋祥子ちゃんがやっている「Genequest」などがあります。

佐渡島:「Genequest」っていくらくらいですか?

中野:「Genequest」は数万円じゃないですかね?

佐渡島:へぇ~できるんですね。コルクラボのみんなでやって見せ合いっこしたいですね。

中野:おもしろいですね。

スタッフ:さらけ出しちゃうんですか(笑)?

佐渡島:さらけ出しちゃう(笑)。

中野:ただ気をつけないといけないのは、遺伝情報って自分だけのものではなくて親戚も共有しているので、そこは気をつけたほうがいい場合もあります。

佐渡島:なるほど、その個人情報の考え方はおもしろいですね。

中野:そうですね。お子さんとか、同じ遺伝子を半分は持っているので、気をつけないといけないですね。

日本で不安遺伝子を持つ人が増えたのはいつから?

佐渡島:さっきの集団の中での意思決定の話ってみんなも興味があるところだと思うから、そこをもう少し深く聞いてみたいんですけど。

中野:不安遺伝子のことをお話したかと思うんですけれども、それでは、どうして日本では不安遺伝子の人が多いのか。なぜ増えたのか。私はまずそこが気になりました。

そこで、数理社会学の先生とディスカッションをして、南アフリカとの比較じゃないんですけど、アメリカにおける不安遺伝子の持ち主の割合と比較して計算をしたことがあったんですね。

「最初は同じ集団からはじまって、何年経てばこんなに差ができるのか」を計算することができるんです。1世代を20年として、その一方の型の遺伝子を持っていると適応度が1パーセント低くなるという仮定をするのが数理社会学では一般的なようです。

例えば、不安遺伝子を持っていないほうが、日本では適応でないと考えられるので、こうした仮定をすれば、どれくらいの速さで不安遺伝子を持っている方が減っていくかが概算できる。今、不安遺伝子を持っていない人は、日本では3パーセントくらいしかいないんですよ。

佐渡島:へぇ~。

中野:どうすればこんなに減っちゃうのかというのを、アメリカとの比較で考えると。アメリカと日本が「よーいドン!」で分岐したと考えて、その「よーいドン!」がいつあったか。一番最近分岐した、最短を考えると、400年くらい前だろうと。

もっと前の可能性ももちろんありますよ。でもアメリカの成り立ちを考えると、400年以上前だと人種が違うので。だいたい400年ぐらいと考えると計算が合うんですね。もしかしたら400年よりも前は、日本にも不安遺伝子を持っている人がこんなに多くない社会があったかもしれないなと。

佐渡島:江戸時代に増えたかもしれない。

中野:かもしれないです。戦国時代の日本人たちはこんなふうじゃなかったかもしれないですね。確かに戦国武将たちの風体や言ってることをよくよく見てみると、シリコンバレーみたいですよね。ちょっと吹かしてみたり、自分をよく見せる努力をすごく惜しまなかったり。今ある日本人の姿とやや乖離があるなと。

集団からの排除を避ける社会の誕生

佐渡島:(スクリーン上のコメントを読み上げて)縄文とか、弥生とか。

中野:もちろんその可能性もあります。もし江戸時代にフォーカスを当てていいのであれば、そのときなにがあったかと言うと、私たちの社会はそれ以前の商業を推奨していた時代から、一気に重農主義になるんですよね。お米を税金として払うようになったり。

あとは戸籍制度。寺社仏閣を中心とした戸籍制度を作ったことによって、自分が所属する集団からなかなか抜けられないというシステムを作り、集団から排除されることは非常にリスキーだという社会が作られました。集団から排除された人がどうなるかと言うと、その人は子孫を残しにくくなるわけです。

その遺伝子は残りにくくなる一方、集団生活に向いた性格を形作る遺伝子が残りやすくなります。集団生活で排除されない形質となると、慎重でなるべく人から後ろ指をさされず、目立たない、そこそこの幸せを目指す、という感じでしょうか。そういう人が増えていくわけです。

災害発生時には“向社会性”が高まる

中野:日本人の付和雷同性をよく指摘されることがありますけれども、それはこうした環境圧力が長年強かったことによるのと、さらには災害が多いという要素がすごく大きいと考えられます。

佐渡島:それはなんでですか?

中野:東日本大震災の時が顕著だったのですが、災害が起こったとき、我々は助け合おうとか、絆とか、誰からともなく言い出しますよね。そしてそれを多くの人が自然に受け入れるような気分が社会に形成されていきます。

これは、「反社会性」の逆の働きで、「向社会性」というものです。向社会性が高くなるのは、オキシトシンという物質が分泌されるようになるのだと考えられています。これが高まって「みんなで一丸となって危機に対応しよう」「誰か困っている人を助けてあげたい」「仲間だったら助けてあげたい」という気持ちが高まります。

助け合いの気持ちが高まるとか、絆が強くなるとか、これ、すごくいいことのようでしょう? だけど、これは恐ろしいことでもあるんです。「助け合おう、みんなのために」という機運が高まっている時に、そうでない人がいたら、その人はどんな目に遭うか。

私が説明しなくてもやすやすと想像できてしまうと思いますが、たいへんなバッシングに遭うでしょう。何気ない笑顔の写真をアップロードしたり、楽しげなコメントをするだけで炎上してしまうという現象が起こります。

オキシトシンというのは、助け合いの気持ちを高めると同時に、自分の集団の中に原稿のルール似合わない異分子を検出して、「この人、ズルをしてるんじゃないか」「私たちの努力にタダ乗りしてるんじゃないか」という人だとみなし、その人を激しく攻撃する傾向を強めるものでもあるんです。

この現象がどうして起きるのか不思議に思って、攻撃する人を断罪する人も多いでしょう。でも「攻撃する人を断罪する」も構造的にはまったく同じなのです。この傾向が強いのは、日本の地理的な条件から、どうしても仕方がないことです。日本人がダメとかいうことではないんです。

この地理条件に適応して、こういう特性を備えることで生き延びてきたのが日本人ということです。日本が災害大国であり、地理的な条件を変えることができない以上、この性質はこの先長いこと変わることはないでしょう。逸脱者として生きるにはかなりの覚悟がいる風土であるということでしょうね。

ただ、もう日本に定住するというスタイルがなくなる未来がやってくるのであれば、こういう集団は崩壊していく可能性がある。

佐渡島:Google翻訳とかで言語の壁がどうなるのかって言うと、そんなに簡単になくならなさそうな気もしますからね。

中野:そうですね。10年、20年で変わるとは思いません。けれども、50世代、100世代という長い世代を経ていくうちには、変わる可能性があるのかもしれません。

文字情報は人間だけが持ちえた生存戦略のひとつ

佐渡島:遺伝子による影響というか支配をかなり受けながらも、自分の行動を変えられる方法ってどんなことなんですかね?

中野:文化遺伝子、ミームという考え方がありますよね。生物が生まれてこのかた、長らく環境に適応するために「これが適応する形質だよ」というものを記録する媒体がDNAしかなかったわけですが、人間は別の媒体を作り出したんです。

DNAに記録するしかなかった情報を、比較的大きな記憶容量を持つ脳というものができてからは、記憶というかたちで残しておくことができるようになった。人間はしかもこれを文字情報で分配も拡散もできる。もうDNAに記録して継承しなくてもいいわけですよ。

何千年何万年経っても読める媒体がもし存在するなら、その長い長い時間を遡って、当時の適応戦略を引っ張り出してきて、またそれを活かすことさえできるわけですね。これはDNAなんかに記録して、行き当たりばったりのギャンブル的な要素が大きい有性生殖という仕組みに依存して継承したり拡散したりするより、ずっとずっと効率がいい。

長時間の保存に耐えうるし、一気に何百万部と拡散できることもあるでしょう。有性生殖では情報は混淆するし、次世代を百万どころか一個体残すことさえたいへんな大事業です。

さらに、もともとの遺伝子が無意識的に取らせる生存戦略とは別に、私たちは意識的に短時間で生存戦略を変えることができる。これが私たちの持つ脳の一番の特徴です。「本屋さんでお話をするから本の重要性を過大に持ち上げている」というわけではなくて、文字情報は、人間だけが持ち得た生存戦略の一番有用なもののひとつだと思っているんです。

佐渡島:おもしろいですね。その文字情報によって人はどれくらい変わるのか? 

中野:おもしろいですよね! その研究も少しずつ行われています。

世間のほとんどの人が読解力を持っていない

佐渡島:僕、ちょうど『ドラゴン桜2』の仕事で、東大ロボを作っている人工知能(研究者)の新井先生のところへ取材に行ってるんですよ。

中野:いいなぁ、見たい。

佐渡島:そしたら、「世間のほとんどの人が読解力を持っていない」と。

中野:へぇー!

佐渡島:みんな入試問題を、問題がわからなくて答えが解けていないんだと思っていたら、ほとんどが問題を“読めていなくて”答えられていない。ほとんどの人が“理解していない問題をなんとなく答えられる能力”だけを身に付けて大学に入っていくと。

中野:へぇー、そうですか!

佐渡島:しっかり読解力がある人というのは大学の学歴に左右されないんだけれども、大学の入試問題ぐらいまでやることが限定されていると、気合いと根性だけで理解していないことを答える能力をもっている人もけっこういると。

中野:そこって、ある程度は身についちゃうんですね。

佐渡島:東大問題レベルであれば。

中野:そうなんですか! 読解力ね。おもしろいですね。

佐渡島:だからこうして会話をしていても、僕がどれくらい読解しながら追加で質問しているのか、みんながどれくらい理解しているのかは、けっこう怪しいと。

中野:なるほどね。

佐渡島:そこが怪しかったら、けっこう行動って変わらないというか。

中野:なるほど。そういう疑義も確かに提示されます。100パーセント理解されるということは当然ないと思うので。しかしながら文字情報がほかのモダリティに比べて優れているだろうと思うのはですね……。

(スライド上のコメントを見て)ちょっとおもしろいご指摘があったので取り上げたいと思います。「絵のほうが言語を超えるのでは?」という。確かにこれはインパクトもありますし、絵のメッセージ性が一意的に決まって明確にわかりやすいものであれば、絵のほうが力を持つだろうと考えられます。表意文字なんかはそうやって成立したんでしょうね。

しかしながら、佐渡島さんのお話にもあった通りで、読解力がこれほど人によってバリエーションがあり、読み取れていないということがすでに明らかになっている。ということは、絵を見て感じるものというのは実はあまりにも幅が広すぎて、正確な意図が伝わりにくい可能性が高い。誤解を生んで対立を招いてしまうこともあるかもしれない。

例えば、鳥は歌でなにかを伝えたりメスを誘引したりします。その情報っていうのは人間に置き換えると、言語情報ではなく音楽かもしれません。

音楽と置き換えるならば、音楽を聞いて、「悲しい曲だな」「アップテンポな曲だな」「元気が出る曲だな」ということはわかっても、そのメッセージは一意的には定まらないですよね。

言語であれば、例えば、今日は佐渡島さんは格好いいメガネをしていて、デニムを履いていて、靴下はボーダーで、ということを解像度よく一意的に伝えることができます。しかも、その情報は画像よりもずっと圧縮したかたちで伝えることができます。これは言語を使う大きなメリットです。

脳の“虚構を理解する力”の進化

中野:文字を持たない民族が世の中にはいますよね。文字というのは実は虚構をつくることができるんですね。

佐渡島:『サピエンス全史』でも話してるところですよね。

中野:おっしゃる通りです。虚構をつくることが得意な人たちと、それができない人たちがいる。例えば、歴史的には、インカ帝国の人たちが有名でしょうか。彼らに何が起きたか。噓によって騙されやすいのはどちらか、という命題があります。

嘘に対して耐性があるのは、虚構をつくることに慣れてる人たちであろうと考えられます。虚構の存在を知らない、嘘に慣れていない人はやすやすと騙されてしまうだろうと。

ひょっとしたら、アイヌ民族もそうだったのかもしれない。とても人を信頼する心の美しい人たちであったかもしれない。けれども、嘘を知らないという本質的な弱点を抱えた集団でもある、という可能性を考えることができます。文字は私たちに嘘をつかせることで、私たちを守ってるところもあるという考え方。 

佐渡島:中野さんって、石川善樹とけっこう交流あるんですか?

中野:会いたいんだけど、機会が……

佐渡島:あ、ないんですか! じゃあ、今度ちょっと紹介します。

中野:本当ですか?

佐渡島:石川善樹も、あいつ研究論文を読むの大好きじゃないですか。

中野:そうですよね。

佐渡島:それで、彼と話してたら「人間の進化は基本的には止まってるんだけれども、脳だけが変わってる」と。

中野:そうですね。

佐渡島:それで、脳の虚構を理解する力が、この50年ぐらいで進化していて。

中野:素敵な方ですね!(笑)

佐渡島:それで、世代間の格差で、例えば差別について話すときに、若い人は父親に「相手の気持ちになって考えてみたら、そんなことできないだろ」って言うんだけど、父親のほうは、その実験の例だと「俺は黒人じゃねぇから、黒人の気持ちはわかんねぇ」って言う。そういう話を善樹がしてたんだけど。

中野:すごいなあ。

佐渡島:それって一生、理解し合えないじゃないですか。

中野:理解し合えないですよね、それは。

佐渡島:うん。

中野:理解し合えないということを前提に、お互い節度を持ったコミュニケーションを取ることが、最適な解になるんじゃないかと思います。

言語体系によって脳の構造が変わる

佐渡島:その仮説のなかで、日本のほうがオタク文化が進んでいて、二次創作が進んでるじゃないですか。だから、それは虚構を見て、さらに虚構を考えて楽しむという、虚構への理解力が圧倒的に進化しているんじゃないかと。

それを幼稚性だと指摘する場合もあるんだけれども、そうじゃなくて、脳の進化と捉えられるんじゃないか、ということを善樹が言っていて。

中野:さすがおもしろいこと言う人ですね。私もそれ賛成です。文字というか、言語体系によって変わる脳の部分はすごくあると思います。私たちは、文字情報によって規定されるものは解像度高く認知できるけれども、そうでないものはほとんど概念として処理することができないといってもいい。

その臨界期がやっぱりかなり若い頃にあるので、若い頃に触れた言語体系のいろんな価値観で見ている可能性があります。

ひょっとしたら……佐渡島さんは南アフリカにいらした(時期)は?

佐渡島:中学なので。

中野:あ、中学だったらやっぱりあれですね。

佐渡島:はい。言語体系ができてるんです。日本語なんですよ、僕は。

中野:現地で使われているのは、アフリカーンス語……。

佐渡島:あ、英語ですね。あとはちょっとアフリカーンス語。

中野:なるほど。その環境で育った人では、もっと違う物の見方をしてる可能性があるわけです。それは単に物の見方が違うというよりも、言語によって物を認識する部分がそういうふうにできたということなので、情報処理に使っている脳が違うということになります。

父親の恐怖は遺伝する?

中野:その脳の構造の違いが一代限りで終わると思いきや、そうでもなかったりするんですよ。まだ人でどの程度起こるのかはわからないんですが。これはエピジェネティクスのおもしろいところで、マウスの実験だと、少なくとも1世代後には環境の違いにより獲得した能力が移行するように見える。

佐渡島:そのおもしろい具体例ってなにかあるんですか?

中野:人間でですか?

佐渡島:はい。

中野:人間ではどうかな。マウスの……。

佐渡島:はい、マウスでも十分おもしろいですけど。

中野:マウスの例だと、恐怖条件付けがありますよね。

佐渡島:どういうやつですか?

中野:変なにおいを嗅がせながら電気ショックを与える。

そうすると、電気ショックを与えなくても、変なにおいを嗅がせるだけで、マウスが恐怖を感じるようになる。フリージングといって、身をすくめて動かなくなったりする行動を起こしたりするんです。父マウスにこの恐怖条件付けをしておくと、子どもマウスもそのにおいを嗅がせたときにフリージングを起こす。

佐渡島:おー。だから、あれですね。「ヘビが怖い」という気持ちが遺伝してる、みたいなことと似てる感じですね。

中野:そうですね。似てますね。でも、母マウスにそれをやっても、子どもには影響がないんです。

佐渡島:え? そうなんですか?

中野:お父さんだけ(笑)。「父親が怖がったものが怖い」ということが、ひょっとしたら人間でもあるかも、っていう。

佐渡島:それはどうして母親マウスだと遺伝しなくて、父親マウスだと遺伝するんですか? すごい不思議ですね。あ、染色体の片方とか?

中野:配偶子が何を運ぶのか、によると考えられます。おそらく精子に格納されているものが、それを伝えるのに重要なんだろうと思われてますけれども、根本的には……。

佐渡島:まだわからないところがあると。

中野:そうですね。

「対称性が高い=美人」の理由

佐渡島:もう少し集団心理の話をしてみたいんですけど。

中野:はい。

佐渡島:逆に集団心理をコントロールするための知識というか、「こうすると、できちゃうんだよ」って。

中野:そうですね(笑)。

佐渡島:ある種、「代理店の人がこれ使ってるわよ」みたいなものが。

中野:実は私、その本を計画中でして、マーケティングの先生と出そうとしてるんですけれども……どうしよう(笑)。なんか今、一気にこっちに視線が来て(笑)。

佐渡島:(笑)。

中野:「みんな知りたいんだな」と思ってね(笑)。でもこれは、例えば1つ「こういうことができますよ!」というのを開示すると、(その方法は)すぐにダメになっちゃいますよね。

佐渡島:ダメになっちゃう。なるほど。

中野:みんながそれを知ると、それは有効ではなくなることもあります。

佐渡島:サブリミナル効果みたいなものは、みんなをコントロールできないですよね?

中野:そうですね。一番有効なことは……「なんだ、こんなことか」と、みんなすごくがっかりすると思いますけど、「認知負荷を下げる」ということなんですね。認知負荷を下げるというのは、ご存知のとおり、脳はすごくエネルギー食い虫なんですね。人体の中でそんなに大きくないにもかかわらず、体の4分の1ぐらいのカロリーを使っちゃうんです。

なので、なるべく節約して動かしたい。節約して動かせる刺激があると、それを好ましく思うという性質があります。美人の顔って対称性が高いって言われますよね。あれは別に体が健康だからではなくて。体の健康さとは相関がないということがわかったんです。

佐渡島:あ、そうなんですか。

中野:実は、認知しやすいから。

佐渡島:顔の認知が。

中野:顔の対称性が高かったら、半分のリソースで済みますよね?

佐渡島:右目と左目で違う脳を使ってますもんね。

中野:そうですね。すごく楽に認知できるわけです。平均顔に近い人も平均顔だから、それも認知負荷が低い。認知負荷が低い顔ほど、好ましく思う。

佐渡島:へぇ。健康な体を見分けてるわけじゃないんですね。

中野:うん、違うみたいですね。「今までそういうふうに言われてたけど、どうも違うようだ」という説が出てきてます。

いいタイトルは「タグ付けがしやすい」

中野:そうすると、認知負荷を下げるということが、一番大事になる。例えば、本のタイトルでも、わかりやすさだったり、認知負荷が低いタイトルが一番いいということになる。なるべく短くて、一言でその内容を言い表せるものだったり、自分の知っている内容にちょっとプラスするだけで、それが理解できるものだったり。

昔、私が指導教官と話していて、「ノーベル賞を取れる研究っていったい何なんだろう?」っていう話になったことがあるんですね。これをディスカッションした結果、どういう結論になったかって言うと「一言で普通の人にわかりやすくその内容を伝えられる研究」。

例えば、iPS。これは一言で言えますよね、「万能細胞をつくった」。まあ正確に言おうとすればいくらでも長くできるし、人工多能性幹細胞と胚性幹細胞とどう違うのかとかあるわけですけど。それでも一言で伝えようと思えばiPSはそれだけで伝わる。

利根川先生だったら、「抗体の多様性の秘密を明かした」とか。こういう一言で言える研究がすごく大事っていうことですね。

佐渡島:中身は全部言えなくても、相対性理論だったら、「相対性理論」って名前が付いてますからね。

中野:言葉そのものもかっこいいですよね。

佐渡島:そうですね。

中野:あと、福井先生の研究で言うとフロンティア軌道理論。「化学反応を起こすときに、一番外側の軌道で電子の授受が起こって化学反応が起きますよ」という。

佐渡島:タグ付けしやすい。

中野:そうそう、タグ付けしやすい。

佐渡島:そういうことですよね。なんか僕、『君たちはどう生きるか』が売れた理由もそう思うんですけど、『君の名は。』も、『シン・ゴジラ』も、全部現代版へのリメイクなんですよ。

中野:すばらしいですよね。

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