茂木健一郎氏が語る、AIと共創する時代にクリエイターに必要な能力

人工知能の進化にみる、クリエイティブの可能性とは #1/3

2018年4月27日、株式会社アマナが主催するイベント、「人工知能の進化にみる、クリエイティブの可能性とは」が催されました。近年は、AIコピーライターなどが登場し、人工知能には不得手とされてきたクリエイティブの領域でも、さまざまな変化が起こりつつあります。クリエイティブの仕事に関わっている人々がテクノロジーとどのように向き合っていくべきか、これからのクリエイティブの未来と可能性について、脳科学者の茂木健一郎氏が独演会を行いました。本パートでは、テクノロジーの進歩がクリエイティブの世界にもたらしている変化と、これからのクリエイターに必要な能力について語ります。

クリエイターが人工知能と向き合う

タジリケイスケシ氏(以下、タジリ):大変お待たせいたしました。本日はゴールデンウィーク前でみなさんお忙しいかと思うんですけども、お越しいただきましてありがとうございます。本日司会を担当します、H(エイチ)編集長のタジリと申します。よろしくお願いします。

今回のトークイベントは、『Nature & Science』の企画で「人工知能の進化にみる、クリエイティブの可能性とは」というテーマで、茂木健一郎さんにお越しいただいております。みなさんご存知のとおり、人工知能のもたらす可能性ついて、世界中でさまざまな議論が巻き起こっております。

例えば人間の職を奪うかもしれないとか、シンギュラリティによって生活スタイルが一変するとか、ユートピアもディストピアもいろんな可能性がささやかれています。

そんな中、おそらくみなさんの職場の周りで言語化できない領域、つまりクリエイティブの分野において、まだ「人工知能は関係ない」みたいに思ってる方も少なくないかもしれません。

けれども、これまで人工知能が苦手としてきた感性の部分まで、最近は研究が進んでおります。例えば、ビジュアルを自動的に生成したりコピーライティングを考案したりと、その精度もスピードも、今後さらに加速度的に進化していくと予想されています。

そうした中で、クリエイティブの世界に身を置く私たちは人工知能とどう向き合って、ともに歩んでいかなければならないのかを考えていく必要があります。その視点で、今回は茂木健一郎さんにお話いただきたいと思います。

茂木さんといえば各メディアで活躍されているので、詳しい説明は必要ないかと思うんですけども、簡単にご紹介すると脳科学の分野を中心にテクノロジー、サイエンスはもちろん、芸術や文系、経済と多方面で執筆や講演を行っておりまして、社会全体を俯瞰した視点からさまざまな切り口で語っていただいています。

今回は特別回としまして、茂木さんおひとりのご登壇で独演会というかたちで進行していきたいと思います。それではさっそくご登壇いただきたいと思います。拍手でお迎えください。茂木健一郎さんです。

(会場拍手)

高畑勲は絵を描かなかった

茂木健一郎氏(以下、茂木):こんにちは。今日は「人工知能の進化にみる、クリエイティブの可能性」ということで。これは本当に興味深い問題で、ふだんから人工知能についていろいろ脳の関係も含めて考えてるんですけど、こういってまとまったかたちでみなさんといろいろ検討する時間が得られたのはうれしいなと思ってます。

先日、高畑勲さんが亡くなったときに、全世界のファンの方が高畑さんを悼んだわけなんですけども、僕も完全に高畑さんのお仕事ぶりを把握してるわけではないんですが、高畑勲という人はご自身では絵を描かなかった人だと。仏文科を出られていて、文学だとかそういうことについては非常に関心がある方なんだけど、ご自身で絵を描くのではなくアニメーションの監督をされていたと。

アニメ好きに聞くと、アニメを描くアニメーターは絵を描くことには非常に卓越してるんだけども、ストーリーはやはり監督という存在がないと作れない。そのアニメ好きの友人が言っていたのは、例えば宇宙戦艦ヤマトの西崎(義展氏)さんもそういう意味での監督でいらしたと。これはドワンゴの川上(量生氏)さんがおっしゃってたんですけど、「高畑さんは、宮崎駿さんよりもロジックで物語を作る方だったんで、欧米の人にはわかりやすい作品を作っていた」と。

いろんなことをいろんな方が言われていて、僕が非常に印象的だったことがあります。高畑さんが『アルプスの少女ハイジ』の監督をされたときに「ハイジの絵を描いてこい」と言って、みんながちょっとかわいらしい感じの女の子を描いてきたら、「そうじゃなくて自分の方を見つめている、ハイジのひたむきな表情みたいなものを描いてこい」と言ってきた。

そのとき初めて、アニメーターが「単にかわいいキャラクターを描くだけじゃなくて、人間性の本質、深いところに降りていかないとダメなんだ」ということを悟ったって言うんですね。

日本のクリエイティブは職人気質を重視

人工知能自体のクリエイトの進化って、この高畑さんのエピソードがとてもとても示唆的なんだろうと思うんですよ。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲で『テンペスト』というのがあるんですけど、ここでプロスペローという人が、娘のミランダを(孤島に)閉じ込めているわけですよね。

『テンペスト』

ミランダは成人した男性を見たことがなくて、船が難破して(島に漂着した)若い男性を初めて見た。そのときの有名なセリフが「O brave new world(すばらしき新世界)」と言って、それをオーエンが小説のタイトルにそのまま使ったわけです。

このプロスペローというアレンジャーが、究極のクリエイターなんですよ。自分の娘を閉じ込めるためにありとあらゆる方法を使って、魔法使いのように1つの島の中にファンタジーの世界を作ったわけでしょ。亡くなった蜷川幸雄さんの娘さんの蜷川実花さんにうかがった話なんですけど、蜷川実花さんは12歳までサンタクロースを信じてたそうなんですね(笑)。

なんでかというと、バレそうになると世界の蜷川が必死こいて、全力で演出するそうなんですよ。例えば、クリスマス前に玄関に荷物が届いちゃったりすると、その荷物が届いたということもストーリーに入れて、ちゃんとサンタクロースが蜷川実花にプレゼントを持ってくる、というフィクションを維持するための必死の演出をしていたそうなんですね。おもしろいですよね。

だからクリエイティブって、日本人の一つの信仰として職人的なものを重んじるところがあってね。一本一本の線を引くのが大事なんだという気持ちはわかるんです。例えば東京芸大の学生に聞いたんですけど、あの岡倉天心が東京美術学校を最初に作ったときに、狩野派の伝統がまだ残ってて、狩野派の絵師は一日三千回とか何千回もの線を引く練習をしてたっていう。そうじゃないと、狩野派のあの絵は描けなかった。そういう世界はあると思うんです。

一方で、高畑さんみたいに「少女ハイジのひたむきな表情を描いてみろ」とか。あと蜷川幸雄さんは、「とにかくテレビを見るときはザッピングして、ドラマの筋なんか見てなかった」って言うんですね。「いい俳優はいないか」って、それしか見てなかったって。今度使えるうちの俳優いないかなって。そういう世界との接し方というのがあるわけです。

テクノロジーの発達はクリエイティブの世界を変化させている

クリエイティブって今や、そういうことをやってる人しか、ある意味では大きな仕事ができない時代になってきてるわけですよね。それは今まで、たぶん高畑さんや蜷川さんのようにキャリアや実力でそういう場所に行けた人だけがピラミッドの頂点として、たくさんの方を駆使してクリエイティブを回してきた時代だった。それが今、いろんなテクノロジーの発達によって、個人でできるようになってきてるわけですよ。

今でもそうなんだから、これからはますますそうなるに違いない。例えば、将来的にはみんなが高畑勲になる可能性がある。つまり「こういう絵を描いてこい」と言うと、人工知能が描いてくるわけですよね。

「マッターホルンのここの部分をこんなふうにもっとぼわっとこの角度でズームインして、ハイジのあのブランコを後ろからこうやって追ってみようか」みたいなことを言って、(人工知能が)「はいできました」と言って持ってくる。

「ちょっとこのブランコの追い方がちょっと最初遅れてて、そこからいきなりギューッと加速するみたいにしてみようか」って言ったら、そう仕上げてくるっていう。

みなさん、そうなったときに「何がみなさんのクリエイティブの卓越性を支えるのですか」ということを考えていただきたいんですよね。ありとあらゆるところでそういう変化が起こってるんですよ。

例えば、イーロン・マスクというすごいイノベーターがいます。イーロン・マスクはみなさんご存知のように、スペースXという会社を作って、今やボーイングとスペースXですよね。

この間、野口聡一さんにお目にかかったら、来年またミッションで国際宇宙ステーションに行かれるそうなんですけど、ボーイングとスペースXのファルコン、どちらのロケットで行くかわかんないんですって。

あの方々はアポロ13の事故があったときに、(ロケットの)全部の構造を知ってたから、自分たちで工夫して地球に帰還できたじゃないですか。だから、ボーイングとスペースXについて、全部勉強するんですって。どっちのロケットで行くかどうかわからないから、今のところ両方勉強してるっておっしゃってましたから。そういう時代ですよね。

これからのクリエイティブにどうしても必要な能力

イーロン・マスクはそれだけじゃなくて、テスラで自動運転の車の開発をしていて、電池やバッテリーの会社もやっています。それから、ご存知の方も多いんでしょうけど、ハイパーループという、地上を真空に近いかたちで減圧した管の中を、カプセルがビューンって時速1200キロで(移動して)サンフランシスコとロサンゼルスを30分で結ぶっていう。そういうのを計画して、今ドバイで作っていてインドでもその計画があります。

ありとあらゆることやって、もう現代のプロスペローですよね。じゃあ、イーロン・マスクはその技術要素のすべてを把握してるのかっていうと、把握してないです。でも、イーロン・マスクがTEDのキュレーターのクリス・アンダーソンと対談してるのを聞いて思ったんですけど、マスクはいい加減な答えは絶対しないんです。

イーロン・マスクのもう一つの構想で、ボーリングカンパニーといって、地下で時速200キロで自動車を通すことによって都市の渋滞を緩和しようというものがあります。そのボーリングって、穴を掘る方のボーリングと、退屈なという意味をかけたちょっと洒落た名前なんです。

それについてクリス・アンダーソンとイーロン・マスクがしゃべってたときに、ある質問をしたら、イーロンがその場で計算するんですよ。頭の中で、「こうでこうでこうでこうで、それだめだね」とか。

その対談のあとで、今日どこかのネットニュースで空飛ぶタクシーが中東で初めて成功したと出てましたけど、イーロン・マスクの読みによると、空飛ぶ自動車とか空飛ぶタクシー系のソリューションは、大都市の上空では少なくともNGだと。

つまり、安全性の問題もあるし、都市の景観とかさまざまな理由でこれはちょっと最善ではないから、地下をトンネルで掘ってやるのがいいんだと。だから意外とあの方は思い付きで言ってるんじゃなくて、いろんなことを押さえた上で「これでいこう」と旗を挙げる人なんですよ。

みなさん、これからのクリエイティブでプロスペロー的、高畑勲的、あるいは魔法使いの弟子というのは、昔ディズニーが作った『ファンタジア』っていう映画の中のワンシーンありましたよね。ああやって、一人の人がいろんなものを駆使するというクリエイティブの時代には、どうしても的確な判断能力が必要になってくるんですよ。

指揮者が佇むだけで演奏が変化する

今日、小澤征爾さん退院されたそうで本当に良かったですけど。僕も小学校の頃に、なんかこうやって音楽が鳴る、指揮のカラオケみたいなのを持ってたんですよ。指揮者って全部の音が聞こえてるわけで、とんでもないですよね。ちょっとでも外した音があったらそれを的確に指示できるわけですよね。

つまり指揮者は、本番に来て振るというのはもちろんのことですけど、リハーサルで各パーツを全部把握してるわけですよね。もちろん各パーツ、例えばヴァイオリニストならヴァイオリン、フルートだったらフルート、それぞれ卓越した演奏をしなくちゃいけない。

それを突き詰めるという方向性もある一方で指揮者は、すべての楽器を把握してないといけないわけです。しかも、音楽性という全体のヴィジョンを見なくちゃいけないんですよね。

そこから、指揮者のカリスマ性とか生得性が必要です。この人は全部聴こえてるんだ、全部扱えてるんだ、ってことがなかったら指揮者はできない。僕がベルリンフィルの楽団員としゃべったときにすごくおもしろいことを言っていて、ベルリンフィル・ハーモニーのリハーサル室で演奏してたら、突然、自分たちが弾いている音が変わったんですって。

「どうしたんだろう」と思って、リハーサル室の入り口を見たら、伝説的な指揮者のフルトヴェングラーが入り口でただ黙って壁に寄りかかって聴いてたそうです。それだけで、ベルリンフィルの人が「音が変わった」って言うんですよ。

これはある種の伝説なんだけど、そこまでカリスマ性がある指揮者がなぜ出るのかというと、それはすべてを把握してるからなんですよね。これは、極めておもしろくて難しい時代になってくる。例えば、スウェーデン出身で先日中東で、29歳で亡くなっちゃったDJのAviciiって方がいらっしゃるじゃないですか。DJってまさにそういう存在でしょ。

だって、EDM(electronic dance music)という分野でたいへん優れた仕事をした人ですけど、ここの音楽要素は別に自分で弾いたり奏でたりしてもいいんだけど、そこがポイントじゃないですよね。僕は去年、自分で(音楽制作アプリの)「Garage Band」で初めて楽曲を作ってみたんです。リージョンとかループを理解するのがずいぶん大変でしたけど、理解すればおもしろくて。

今は寡作だと存在感を示せない

楽曲を作ってYouTubeに上げて、僕、一応底辺ユーチューバーなんですけど、アクセスはまったくないんです(笑)。その楽曲は数千(アクセス)はあるかもしれませんけど。ループというのは音源を選択して、リージョンっていうのはその音をどこにやるかという手法です。それをピッピッピッと並べて、時系列でこれとこれこうやる。

つまり、その音を一個一個作ってるのは自分じゃないわけです。だけど、その音をどう並べるかで音楽がまったく変わってきちゃう。だから、どの楽器でというよりもメタレベルでのクリエイティブが問われる時代になっている。

ダミアン・ハーストという現代美術の作家がいますよね。ここにいらっしゃるオーディエンスは知ってる方が多いと思うんですけども、白いバックグラウンドにいろんな色の円が並んでる、有名なドットペインティングっていう(絵があります)ね。現代美術について造詣の深い誰かが言っていて、「ああー」と思ったことがありました。

「今はもうマスプロダクションできる人じゃないと、現代アートの市場では存在感を示せないんだ」と。これは深い洞察ですね。レオナルド・ダ・ヴィンチじゃダメなんですよ。寡作の人では。つまり、「ドットペインティングを5,000万円で買いたい」っていう程度のお金持ちが、世の中にはたくさんいるのでしょう。

ダミアン・ハーストはドットペインティングというものを作ってますと。そのオーセンティシティ、つまりそれが真正なものであることを保証するためには、コンセプトや作品の仕上がりをそのアーティストが保証しなければいけない。だから、村上隆さんの(会社の)カイカイキキは、だいたい300人くらい雇っていらっしゃると2年前にうかがいました。

そのおもしろい可能性としては、ダミアン・ハーストとか村上隆さん的な特別な人じゃなくても、テクノロジーの力で、300人の忠実なる左手の若手の人を雇うのに相当する可能性が見えてきてるってことですよ。エキサイティングじゃないですか。みなさんは何をやるんですか? そこなんですよ。

ネットコンテンツの増加でクオリティが向上

このアマナという会社は、ビジュアルで本当にエッジの立ったお仕事をされている会社ですけどもね。みなさん、コマーシャルの世界からいろんな分野でお仕事やられてると思うんですけど、今クリエイティブの質はもう急速に高くなってきてるでしょう?

今年のTEDにNetflixのCEOのリード・ヘイスティングスが出ていました。Netflixの来年のコンテンツの制作予算がワールドワイドに8,000億とか言ってました。Netflixはコンテンツを各映画会社やテレビ局から買い付けて使うより、『ハウス・オブ・カード』というホワイトハウスの一幕もののようなオリジナルドラマを作って「binge-watching(ビンジ・ウォッチング)」させる流れを作り出しました。

binge-watchingというのはあれですよね、一話を見るとどうしても次の一話を見たくなって、それを10話見るといつの間にか15時間見てたみたいな、連続ドラマを一気に見ることです。そういう世界を作った方が、結局コピーライトは彼らが持ってるわけですし、利益が上がるということを見つけて、Netflixはそういうものを作り始めました。

『イカロスの翼』という長編ドキュメンタリーで、ロシアのドーピング疑惑を扱ったやつなんですけど、アカデミー賞をついに取りましたよね。だからNetflixは入るときは異端児だったのが、ついに正統な評価を受けるようになったんですけど。Hulu、Netflix、Amazonプライムなどの参入によって、ちょっと見切れないくらい、ドラマというかストーリーテリングの質が上がってるってみなさん感じてらっしゃると思います。

人工知能には評価関数が必要

僕も忙しい人間なんでbinge-watchingはなかなかできないんですけど、例えば『ヤング・ポープ』っていう、主人公が史上最年少かつアメリカ人初のローマ法王に就任するドラマがあります。

あとは『ウエストワールド』! これもまだ見てないんだよね。西部劇の世界をAIで再現して、そこに金持ちがものすごいお金を払って好き放題にやる。AIは自分たちの運命に気付いて、反逆するみたいなストーリーなんでしょ?

とにかくアメリカ人、北米の人が一様に言うのは「NetflixだとかHuluとかAmazonプライムの参入によってドラマの質が劇的に向上した」と。ハリウッド映画の俳優は、かつては壁があってテレビドラマとか出なかったのが、普通に出るようになってきた。

それでそのスクリプトライティング、台本を書くこととか編集とか、例えばBBCの『シャーロック』ってなんであそこまでブレイクしたのかっていうと、やっぱり(べディクト・)カンバーバッチとマーティン・フリーマンの演技も良かったんだけど、卓越した編集技術でしょ。

あの編集っていうのはテクノロジーの進化なしでは考えられないわけですよね。ということで、どんどん視聴者の質に対する期待が高まってきてて、その加速した向こうにクリエイティブの未来があるわけですよ。わくわくしません?

ただ、おそらく流れとしては、間違いなく誰もが高畑勲、プロスペロー、小澤征爾になる方向に行くんですけど、ここからなんです。みなさんご存知だと思うんですけど、人工知能というのは評価関数が必要なんですね。

評価関数というのは、人工知能があるパフォーマンスをしたらそれが何点かを評価するシステムなわけですよ。例えば囲碁とか将棋は勝ち負けだから、評価関数がはっきりしてる。藤井聡太六段(当時)はすごい天才で、おそらくこれからタイトルをたくさん取ってくると思うんですけど、その藤井さんでさえ、人工知能と戦ったらまあ100連敗は間違いないです。

クリエイティブは評価関数が曖昧

最初はDeepMindっていうGoogleの子会社が『AlphaGo』を作って、これはパターンラーニングというのをやったんですよね。過去に人間の棋士が打った棋譜を大量に読み込ませて、それからこういう手がいいんだっていうことを学んだのが『AlphaGo』。

ところが、最近できた『AlphaZero』はルールだけ教えて、あとはパターン学習をしないで大量の強化学習、試行錯誤をするんですよね。こういう手はどうだ、こういう手はどうだって。

ルールしか知らなくて、最初はすごく下手くそだったのが、「この手を打つと勝つ確率が上がった」「この手を打つと勝つ確率が下がった」と、1個1個の手を検証する。それで、勝率が高い手だけを選んでいったら、ルールを教えただけの『AlphaZero』が、なんと囲碁でも将棋でもチェスでも世界最強になってしまった。

もう人間と比べるのは意味がないんですね。どんな世界チャンピオンでも、人間はどうせ弱っちいんで。その『AlphaZero』がやったことは、今知られている世界最強のプログラムと戦って勝ったということで、人間はもはや関係ないです。恥ずかしい、懐かしい、悲しいですよね。

しかし、もう世界最強決定戦をプログラム同士でやってるわけです。『AlphaZero』が囲碁とか将棋とかチェスでは世界最強になれたのは、勝ち負けという評価関数がはっきりしてるからなんですよ。

ところが、クリエイティブって難しくないですか? 例えば、そもそも今クリエイティブの宇宙って大分裂しちゃってるわけです。これは事実ですよね。例えば小中学生と喋ってると、彼らはもうアニメの話しかしないわけですよ。彼らにとっての地上波っていうのは深夜アニメのことなんですよ。

怪我した女の子が体に銃を入れてイタリアで悪人を掃除する『GUNSLINGER GIRL』というアニメが今子どもたちの間ですごい流行っているらしいですが、お客様の中で知ってる方いますか?

(挙手なし)

ヤバいですよみなさん! クリエイティブの世界にいるなら、絶対周囲の中高生とか若い子たちに「今のアニメで何がいいの」って聞いた方がいいですよ。俺も聞いて忘れちゃったんだけど(笑)。

夏目漱石の作品はライトノベル?

とにかく、銃を体に埋め込んだ日本の女の子たちが、なぜかイタリアで社会の悪いやつを掃除していくという話で、怖いですよね(笑)。他には『けものフレンズ』ぐらいはご存知ですよね?

(会場挙手)

『けものフレンズ』は大丈夫そうですね。今の(挙手された)方々はフレンズですね。ああいう深夜アニメと呼ばれる枠から、昔あった『魔法少女まどか☆マギカ』といったものも出てきてて、これはクリエイティブにおいてものすごく重要な分野じゃないですか。

それ以外にも、ゲームもいろんなゲームがあるわけですよ。ライトノベルみたいなものも、ものすごく発達してきて。夏目漱石の『二百十日』っていう、ほとんど会話だけで成り立ってる小説があるのをご存知ですか。

『二百十日』

二人で阿蘇山に登っていってどんどん噴火が起こってて、二人が「社会を変革しよう」みたいな過激なことを言いながら、ずっと登っていって噴火口に落ちるという、なんか訳のわからない小説なんですよ。

その一部分をTwitterで紹介してたら、Twitterをやってる誰か若いユーザーに、「あ、明治時代からラノベってあったんですね」って言われて。確かに(笑)、夏目漱石の『二百十日』ってラノベかもしれない、と思いました。

だからラノベも今、訳のわからないことになってるわけですよ。『魔法科高校の劣等生』って知ってます? ある高校に行って(講演してたら)一人、本を読んでるやつがいたんで。「俺が講演してるのにこいつ本読んでる」と思ったけど、俺は怒らない。なんでも受け入れるから。

魔法科高校の劣等生

「ちょっとおいで、何の本読んでんの」って聞いたら「『魔法科高校の劣等生』の第60何巻を」「60何巻もあるのか」みたいな(笑)。そしたらあとで校長先生が「茂木さん! あの子ね、半年間学校に来てなくて、今日初めて来たんですよ」って教えてくれました。学校に来てどうしたらいいかわからなくて、本を読んでたらしいのね。なんかそういう出会いってよくあるんです。

俺もよく把握してないんだけど、中学生とかは『魔法科高校の劣等生』を読んでるわけです。あと、「みんな何が流行ってんの」って聞いたら、「60階建てのバベルの塔みたいな塔の中を、少女が脱出するダンジョンもののゲームがあって、そのゲームをノベライズした小説の3巻目がいいんです」とか訳わかんないこと言ってた子もいました。

視聴者が分散している時代

すでに大人たちが知らない世界があるんですよ。わかります?(笑) おそらくみなさんのように表の世界を生きてきた人は知らないと思うんですけど、これだけはクリエイティブとして絶対押さえておいた方がいいです。今一番熱いのはゲームとアニメ、ラノベ、その周りです。以上、ピリオド。

表の世界でラテ欄(ラジオ欄・テレビ欄)のゴールデン(タイム)に並んでるやつだとか、それを活字メディアが今期の何クールの月9の視聴率何パーとか、あれは子どもたちにとっては関係のない世界なんですよ。そういうところで生活してる方もいらっしゃるかもしれないんで、それはそれでいいんです。

ただクリエイティブとして、次に来るものを刈り取ろう、発想の種を拾おうと思ったら、絶対に今の子どもたちが夢中になってるアニメとかゲームとか漫画を押さえないと、ナウシカの腐海のようになる。そこを王蟲とかいろんなものが走り回ってるんです。

例えば小説で言うと、芥川賞・直木賞みたいなものがあるわけじゃないですか。大人の世界ではそれはいまだに権威なんでしょ? 実際セールスも上がるわけですけど、中高生はシカトっていうか、まったく関係ないわけです。「え、それなんすか?」みたいな感じなんですよ。

そうなると、芥川賞・直木賞と、中高生が夢中になってるゲームの世界、あるいはヒカキンやとかはじめしゃちょーといったユーチューバーとかの世界は、単一の評価関数にはなり得ないわけです。

ずばり、これが囲碁とか将棋だったらね、芥川賞・直木賞と子どもたちの読んでるゲームのラノベ、ゲームのノベライゼーションはどっちがいいのかって評価して、こっちが勝ちっていうふうにできるんだけど、文脈があまりにも違い過ぎて。現代のクリエイティブにおける最大の問題は、そこなんですよ。単一の評価関数で評価しきれないのがおもしろいし、大変なところなんですよね。

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