クリエイターが人工知能と向き合う

タジリケイスケシ氏(以下、タジリ):大変お待たせいたしました。本日はゴールデンウィーク前でみなさんお忙しいかと思うんですけども、お越しいただきましてありがとうございます。本日司会を担当します、H(エイチ)編集長のタジリと申します。よろしくお願いします。

今回のトークイベントは、『Nature & Science』の企画で「人工知能の進化にみる、クリエイティブの可能性とは」というテーマで、茂木健一郎さんにお越しいただいております。みなさんご存知のとおり、人工知能のもたらす可能性ついて、世界中でさまざまな議論が巻き起こっております。

例えば人間の職を奪うかもしれないとか、シンギュラリティによって生活スタイルが一変するとか、ユートピアもディストピアもいろんな可能性がささやかれています。

そんな中、おそらくみなさんの職場の周りで言語化できない領域、つまりクリエイティブの分野において、まだ「人工知能は関係ない」みたいに思ってる方も少なくないかもしれません。

けれども、これまで人工知能が苦手としてきた感性の部分まで、最近は研究が進んでおります。例えば、ビジュアルを自動的に生成したりコピーライティングを考案したりと、その精度もスピードも、今後さらに加速度的に進化していくと予想されています。

そうした中で、クリエイティブの世界に身を置く私たちは人工知能とどう向き合って、ともに歩んでいかなければならないのかを考えていく必要があります。その視点で、今回は茂木健一郎さんにお話いただきたいと思います。

茂木さんといえば各メディアで活躍されているので、詳しい説明は必要ないかと思うんですけども、簡単にご紹介すると脳科学の分野を中心にテクノロジー、サイエンスはもちろん、芸術や文系、経済と多方面で執筆や講演を行っておりまして、社会全体を俯瞰した視点からさまざまな切り口で語っていただいています。

今回は特別回としまして、茂木さんおひとりのご登壇で独演会というかたちで進行していきたいと思います。それではさっそくご登壇いただきたいと思います。拍手でお迎えください。茂木健一郎さんです。

(会場拍手)

高畑勲は絵を描かなかった

茂木健一郎氏(以下、茂木):こんにちは。今日は「人工知能の進化にみる、クリエイティブの可能性」ということで。これは本当に興味深い問題で、ふだんから人工知能についていろいろ脳の関係も含めて考えてるんですけど、こういってまとまったかたちでみなさんといろいろ検討する時間が得られたのはうれしいなと思ってます。

先日、高畑勲さんが亡くなったときに、全世界のファンの方が高畑さんを悼んだわけなんですけども、僕も完全に高畑さんのお仕事ぶりを把握してるわけではないんですが、高畑勲という人はご自身では絵を描かなかった人だと。仏文科を出られていて、文学だとかそういうことについては非常に関心がある方なんだけど、ご自身で絵を描くのではなくアニメーションの監督をされていたと。

アニメ好きに聞くと、アニメを描くアニメーターは絵を描くことには非常に卓越してるんだけども、ストーリーはやはり監督という存在がないと作れない。そのアニメ好きの友人が言っていたのは、例えば宇宙戦艦ヤマトの西崎(義展氏)さんもそういう意味での監督でいらしたと。これはドワンゴの川上(量生氏)さんがおっしゃってたんですけど、「高畑さんは、宮崎駿さんよりもロジックで物語を作る方だったんで、欧米の人にはわかりやすい作品を作っていた」と。

いろんなことをいろんな方が言われていて、僕が非常に印象的だったことがあります。高畑さんが『アルプスの少女ハイジ』の監督をされたときに「ハイジの絵を描いてこい」と言って、みんながちょっとかわいらしい感じの女の子を描いてきたら、「そうじゃなくて自分の方を見つめている、ハイジのひたむきな表情みたいなものを描いてこい」と言ってきた。

そのとき初めて、アニメーターが「単にかわいいキャラクターを描くだけじゃなくて、人間性の本質、深いところに降りていかないとダメなんだ」ということを悟ったって言うんですね。

日本のクリエイティブは職人気質を重視

人工知能自体のクリエイトの進化って、この高畑さんのエピソードがとてもとても示唆的なんだろうと思うんですよ。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲で『テンペスト』というのがあるんですけど、ここでプロスペローという人が、娘のミランダを(孤島に)閉じ込めているわけですよね。

『テンペスト』

ミランダは成人した男性を見たことがなくて、船が難破して(島に漂着した)若い男性を初めて見た。そのときの有名なセリフが「O brave new world(すばらしき新世界)」と言って、それをオーエンが小説のタイトルにそのまま使ったわけです。

このプロスペローというアレンジャーが、究極のクリエイターなんですよ。自分の娘を閉じ込めるためにありとあらゆる方法を使って、魔法使いのように1つの島の中にファンタジーの世界を作ったわけでしょ。亡くなった蜷川幸雄さんの娘さんの蜷川実花さんにうかがった話なんですけど、蜷川実花さんは12歳までサンタクロースを信じてたそうなんですね(笑)。

なんでかというと、バレそうになると世界の蜷川が必死こいて、全力で演出するそうなんですよ。例えば、クリスマス前に玄関に荷物が届いちゃったりすると、その荷物が届いたということもストーリーに入れて、ちゃんとサンタクロースが蜷川実花にプレゼントを持ってくる、というフィクションを維持するための必死の演出をしていたそうなんですね。おもしろいですよね。

だからクリエイティブって、日本人の一つの信仰として職人的なものを重んじるところがあってね。一本一本の線を引くのが大事なんだという気持ちはわかるんです。例えば東京芸大の学生に聞いたんですけど、あの岡倉天心が東京美術学校を最初に作ったときに、狩野派の伝統がまだ残ってて、狩野派の絵師は一日三千回とか何千回もの線を引く練習をしてたっていう。そうじゃないと、狩野派のあの絵は描けなかった。そういう世界はあると思うんです。

一方で、高畑さんみたいに「少女ハイジのひたむきな表情を描いてみろ」とか。あと蜷川幸雄さんは、「とにかくテレビを見るときはザッピングして、ドラマの筋なんか見てなかった」って言うんですね。「いい俳優はいないか」って、それしか見てなかったって。今度使えるうちの俳優いないかなって。そういう世界との接し方というのがあるわけです。

テクノロジーの発達はクリエイティブの世界を変化させている

クリエイティブって今や、そういうことをやってる人しか、ある意味では大きな仕事ができない時代になってきてるわけですよね。それは今まで、たぶん高畑さんや蜷川さんのようにキャリアや実力でそういう場所に行けた人だけがピラミッドの頂点として、たくさんの方を駆使してクリエイティブを回してきた時代だった。それが今、いろんなテクノロジーの発達によって、個人でできるようになってきてるわけですよ。

今でもそうなんだから、これからはますますそうなるに違いない。例えば、将来的にはみんなが高畑勲になる可能性がある。つまり「こういう絵を描いてこい」と言うと、人工知能が描いてくるわけですよね。

「マッターホルンのここの部分をこんなふうにもっとぼわっとこの角度でズームインして、ハイジのあのブランコを後ろからこうやって追ってみようか」みたいなことを言って、(人工知能が)「はいできました」と言って持ってくる。

「ちょっとこのブランコの追い方がちょっと最初遅れてて、そこからいきなりギューッと加速するみたいにしてみようか」って言ったら、そう仕上げてくるっていう。

みなさん、そうなったときに「何がみなさんのクリエイティブの卓越性を支えるのですか」ということを考えていただきたいんですよね。ありとあらゆるところでそういう変化が起こってるんですよ。

例えば、イーロン・マスクというすごいイノベーターがいます。イーロン・マスクはみなさんご存知のように、スペースXという会社を作って、今やボーイングとスペースXですよね。

この間、野口聡一さんにお目にかかったら、来年またミッションで国際宇宙ステーションに行かれるそうなんですけど、ボーイングとスペースXのファルコン、どちらのロケットで行くかわかんないんですって。

あの方々はアポロ13の事故があったときに、(ロケットの)全部の構造を知ってたから、自分たちで工夫して地球に帰還できたじゃないですか。だから、ボーイングとスペースXについて、全部勉強するんですって。どっちのロケットで行くかどうかわからないから、今のところ両方勉強してるっておっしゃってましたから。そういう時代ですよね。

これからのクリエイティブにどうしても必要な能力

イーロン・マスクはそれだけじゃなくて、テスラで自動運転の車の開発をしていて、電池やバッテリーの会社もやっています。それから、ご存知の方も多いんでしょうけど、ハイパーループという、地上を真空に近いかたちで減圧した管の中を、カプセルがビューンって時速1200キロで(移動して)サンフランシスコとロサンゼルスを30分で結ぶっていう。そういうのを計画して、今ドバイで作っていてインドでもその計画があります。

ありとあらゆることやって、もう現代のプロスペローですよね。じゃあ、イーロン・マスクはその技術要素のすべてを把握してるのかっていうと、把握してないです。でも、イーロン・マスクがTEDのキュレーターのクリス・アンダーソンと対談してるのを聞いて思ったんですけど、マスクはいい加減な答えは絶対しないんです。

イーロン・マスクのもう一つの構想で、ボーリングカンパニーといって、地下で時速200キロで自動車を通すことによって都市の渋滞を緩和しようというものがあります。そのボーリングって、穴を掘る方のボーリングと、退屈なという意味をかけたちょっと洒落た名前なんです。

それについてクリス・アンダーソンとイーロン・マスクがしゃべってたときに、ある質問をしたら、イーロンがその場で計算するんですよ。頭の中で、「こうでこうでこうでこうで、それだめだね」とか。

その対談のあとで、今日どこかのネットニュースで空飛ぶタクシーが中東で初めて成功したと出てましたけど、イーロン・マスクの読みによると、空飛ぶ自動車とか空飛ぶタクシー系のソリューションは、大都市の上空では少なくともNGだと。

つまり、安全性の問題もあるし、都市の景観とかさまざまな理由でこれはちょっと最善ではないから、地下をトンネルで掘ってやるのがいいんだと。だから意外とあの方は思い付きで言ってるんじゃなくて、いろんなことを押さえた上で「これでいこう」と旗を挙げる人なんですよ。

みなさん、これからのクリエイティブでプロスペロー的、高畑勲的、あるいは魔法使いの弟子というのは、昔ディズニーが作った『ファンタジア』っていう映画の中のワンシーンありましたよね。ああやって、一人の人がいろんなものを駆使するというクリエイティブの時代には、どうしても的確な判断能力が必要になってくるんですよ。