ビジネスシーンで理解と共感を得るためにはどうしたらいいのか?

吉田哲氏(以下、吉田):みなさま、本日はプログラムがたくさんある中で、私たちのセミナーにお集まりいただきましてありがとうございます。実は私の会社の社員も、今まさにAdvertising Week Asia でセミナーをしています。絶対に負けられない戦いになっております(笑)。こんなに大勢集まっていただいて、たぶん大丈夫かなと思っております、ありがとうございます。

まず、今日のセミナーの背景と趣旨なんですけれども、激動の社会、ビジネスシーンにおいて、「理解」や「共感」をどう得ればよいのか。脳科学や認知科学など、中野先生の見地から、コミュニケーションのヒントを探ります。

ということで、私が本日モデレーターを務めさせていただきます、simpleshowの吉田と申します。よろしくお願いいたします。動画制作会社なので、まずは会社の紹介を1分でさせていただければと思います。

https://youtu.be/npUIG9W6fvg

吉田:simpleshowは、「解説動画」というジャンルの動画だけを専門に作っている、ドイツの制作会社です。今日本を含めて、世界の9ヶ国で事業展開しております。

人間はできれば脳を使わずに「休ませたい」

吉田:続きまして、中野先生ですね。もう私の説明はいらないかとは思います。みなさん、テレビとか書籍とかでよくご存知かと思います。さっそく中野さんに質問なんですが……(スライドを指して)「Do you 脳?」ということで、ダジャレですけども。今日は同時通訳の方が入ってるので、これをどう訳してるのか、ちょっと興味あります(笑)。

そもそも脳は、コミュニケーションにおいてどういう存在なのかを、まず中野さんにご紹介いただければと思います。

中野信子氏(以下、中野):そうですね。コミュニケーションの中で、例えば、お店に行ったときなどに、最初は「何になさいますか?」と聞いてもらえることがそう不快ではないと思うんですけれども、だんだんその質問が増えると、なぜ自分で決めなきゃいけないのか? それくらい適当にお店の人が決めてくれないかな? などといら立ちを感じてくると思うんですね。

カップルや夫婦間でも「どこに行きたい?」と言われて、「どこでもいいよ」、「今晩のご飯は何にする?」「なんでもいいよ」。それで、「なんでもいいよ」と言うわりにはあとで文句を言う(笑)。

そうなると、すごくいら立ってきますね。そのいら立ちはなぜ感じるのか。これは自分の脳が疲れを感じているんです。「決めること」自体が負荷が高いので、疲れを感じていら立ちを感じるんです。

このことをまず、意識していただきたいなと思うんですよ。このいら立ちの部分、「認知負荷」と言います。「認知負荷」という言葉、もしかしたら(登壇者の)お二人は聞いたことがあるかもしれません。みなさんも聞いたことがあるかもしれない。人間は脳を使わずに、できれば「休ませたい」と思っています。

吉田:はい。今日は、これをまず大前提として、みなさんに覚えておいていただければと思います。

富士通のSDGsとエネルギー問題への取り組み

吉田:続きまして、富士通の金光さんをご紹介したいと思います。みなさん富士通さん、よくご存知かと思います。今180ヶ国以上で、500を超えるグループ会社があって、グループ社員は16万人以上いらっしゃるそうです。売上規模で言うと、グループで4兆円。

そして、ICT(Information and Communication Technology)の領域だけに関して言っても、日本で1位、世界でも5位という、本当にグローバル企業です。その環境・CSR部門の責任者をされています。

環境・CSRということで、今金光さんがやられているプロジェクトの中では、CDP(旧Carbon Disclosure Project)というESG投資の格付け機関の格付けをいかに上げるのか、というプロジェクトもあります。富士通さんは、CDPの格付けでAランクを2つ取られていて、これはすごいことなんです。

そのCDPの会長が、こういう話をされました。これはNHKにインタビューをされてるんですけれど、 「脱炭素経済レースに勝ち残るためには、気候変動が自分の未来の一部であるという事実を、どう今受け入れることができるのかにかかっている」。

ということを踏まえて、実際、どういう活動を富士通さんでやられているのかを、初めに金光さんにご紹介いただければと思います。

金光英之氏(以下、金光):はい。富士通は、今大きな柱として2つ活動しています。1つはみなさんもご存知のように、SDGs(Sustainable Development Goals)ということで、国連が定めた17のゴールに向かって、169の指標を持ってやりましょう、ということです。

その活動は、ジェンダーイシューから気候変動まで、非常に幅広いです。そういうゴールに向けて、弊社から言えばICTをフル活用して、どう貢献していくのか。

また環境面では、エネルギー。今1番問題なのが、再生可能エネルギーをどうやって使っていくかなんです。そういうエネルギー問題に対して、やはりICTを使ってどういうふうにやっていくか。我々は排出量をゼロにしていこう、ということで取り組んでいます。

最近、2050年のビジョンということで、「Climate and Energy Vision」というものを出しました。その中で、再生可能エネルギーを使って、CO2エミッションを減らしていこうということです。そのために技術開発をし、それを社会貢献に使っていこうという活動もしています。

吉田:今お話を聞かれていて、ふだんCSRとか環境関連の仕事をされている方はわかったと思うんですけど、そうじゃない方は「何言ってるのかぜんぜんわからない!」という人も、けっこういるんじゃないかと思うんです。

中野:初めて聞きました(笑)。

吉田:そうですね(笑)。もちろん富士通グループさんの中でも、新社員の方々も含めて、いろんなレベルの社員の方がいらっしゃるので、金光さんは「どうやってこの会社のミッションを社員の人に自分ごと化してもらうのか」という難しいコミュニケーションの課題に取り組まれているということです。

その中でsimpleshowとも出会っていただいた、ということなんです。富士通さんが取り組んでいるSDGsの活動を、社員の方及び社内の方にわかりやすく説明するために、解説動画を採用していただきました。

解説動画のストーリー性と遊び心が人を動かす

吉田:まずはその動画、約4分なんですけれども、みなさんにご覧いただければと思います。

はい、今ご覧いただいた解説動画は、富士通さんとしては1作品目だったんですけれども、どういう背景でこちらに取り組まれたのかも、ご説明いただければと思います。

金光:多分みなさんは、ご経験があると思うんですけれど、例えば会社から年末になると「eラーニングをやりましょう」と言って、弊社ですと、全社員にメールが届いて、その進捗をチェックするというかたちなんですね。それで1つのコンテンツが20分くらいかかって、一生懸命やって、終わったと思ったら「これを受けてください」とまた新しいコンテンツが来ます。

そういう非常に非効率的なことがeラーニングに関して回ってるかな、と思っています。自分は昔からちょっと遊び心がある人間なんですけれども、やっぱり通常のやり方だと、どうしても環境とか社会貢献というのは難しく捉えやすい。それをもっと気楽に、シンプルに受けてもらって、腹落ちした活動を展開したいと思いました。

そういう中で、メッセージを伝えるツールとして何が良いかをいろいろ探していたところ、simpleshowさんに出会いました。simpleshowさんと出会ったときにすごく感じたのは、1つは、私の中ではやっぱりコミュニケーションが人を動かすことということが非常に大事だなと思っていまして、そのために何が必要かと言うと、遊び心だったりストーリー性なんです。

それで、社員の人が腹落ちして、実際にアクションを起こす。そういう意味で、このツールが素晴らしいなと思っていました。そういうかたちで2回ほど、simpleshowさんのお力を借りて、社員にうまく伝わる動画を制作することができました。

遊び心と不謹慎の境目はどこにあるのか?

吉田:中野さん、「遊び心」は、脳科学的に言うとどういう解釈になるんでしょう?

中野:遊び心というのは、「ステレオタイプにはまらない」ものを楽しむ心、ということですよね。そう定義するなら「これまで見た刺激と違うよ」ということを脳が判断して快感を得ている状態と言えますが、これもよくみなさんも失敗した経験がおそらくあるだろうと思うんですけれども……(笑)。

Twitterで遊び心を出そうとして炎上しちゃったとか、不謹慎なことを言っちゃったとか。ご自身ではないにしても、周りでそういうことが1回や2回は起きた経験をお持ちだと思うんですよね。

じゃあ、「“遊び心”と“不謹慎”の差とはいったい何だろう」と考えてみると、「配慮」とのバランスに尽きると思うんですね。炎上をしない人はなぜしないのか。注意深く見てみると「相手にオキシトシンを出させる」ということを心がけているようなんですね。

オキシトシンはどういうときに出るか。まず親しみを感じさせるということ、「あなたの側に立っているよ」ということ。それから感動させるとか、温かい心を起こさせる。これを念頭に置いていくと、毒舌と思われはしても、そこに「愛がある」などと感じてもらいやすくなり、「不謹慎」とは思われにくくなります。

吉田:ありがとうございます。オキシトシン、キーワードです。赤ちゃんを見ると出ると言われてるやつですよね。

中野:そうですね。非常にわかりやすい使われ方をするものでは動物の画像だったりとか、母と子の感動物語を添えてみたりなどしていると、大きく「不謹慎だ」という感情は起きにくいようです。

シンプルでリラックス効果のあるものは相手を引き付ける

吉田:「遊び心」「オキシトシン」というキーワードが出ましたけれど、富士通さんの動画の中にも、実はsimpleshowの遊び心がふんだんに入っています。ちょっと今日いくつかご紹介したいと思うんですけれども。

先ほど中野先生からもありましたが、「親しみを覚える」。simpleshowは、一見、子どもが描くようなこの一筆書きの手書きイラストを使うんです。

中野:やわらかいイラストですよね。

吉田:そうですね。これはリラックス効果を出すという狙いでやっています。同時に、複雑じゃないので瞬時に理解できる、という効果もあります。あとは紙工作です。

初めてご覧になった方は、気づかない方も多いんですけれども、実はイラストを紙で印刷してそれを切り抜いて、手で動かしています。ハンドモデルが動かしてるのを天カメから撮影してるんです。なので紙工作です。

縁のエッジが出たりとか裏返したりとかというのが、デジタルデバイスの中でCGだけのモーショングラフィックなどと並べて見たときに、とても遊び心があって、これも親しみが湧く。

中野:ちょっと補足させていただくと、オキシトシンの分泌には、実は触覚が重要なんです。だから、親しくなりたい人にはスキンシップをとるのもすごく大事です。ちょっとセクハラにならないように気をつける必要はあるものの(笑)、例えば女性で、二の腕に軽く触れられた触れられないで、そのあとのナンパが成功するかしないかという調査もあります。

吉田:まぁ、勇気ある人は試してみてください(笑)。

(会場笑)

私はできません……(笑)。

あとモノクロ、これも遊び心ですね。「色を使わなくて大丈夫なんですか?」とけっこう心配されるんですが、これは逆転の発想で、潔いまでに白と黒だけ。シンプルにすることによって、逆にそれっておもしろい、意外性がある、と思ってもらえる。

中野:これは、認知負荷の低減ということに役に立ちます。認知をさせる上では、情報が少ないほうが好ましいと思ってもらえる。その効果を狙っているということですね。

吉田:そうですね。スマートフォンの小さい画面で見ると、逆に白黒のほうが目立つんです。地上波のCM……まぁ私も広告会社とテレビ局に勤めていたので、CM自体は非常に肯定派なんですけど、やっぱり小さい画面で見るとちょっと目立たない。けれども、白黒のイラストというのは非常に目立ちます。

解説動画を通して社内の認知を広め、社外への配慮を学ぶ

吉田:では、金光さんにsimpleshowを活用していただいて、実際どういうことが起きたのかという、アフターのところをぜひご紹介いただければなと思います。

金光:そうですね、まず内部と外部の動きがあるんですけど、内部についてはやはり、みんなスッと受け入れてくれたので、非常に浸透が早かったです。やっぱり、simpleshowさんを選んで良かったな、というのが1つあります。

あと対外的に、公開ホームページにこの動画を映してるんですけども、外部の方も非常に見てくれて、「こうするとさらに良いよ」とか「ここにこういうサイトがあるからリンクしたら良いよね」とか、いろんなアドバイスをくれました。

そういう数からすると、やっぱりインパクトを与えてるんだなというのはよく実感しました。こういう活動は一社だけで成り立つわけではなくて、仲間と言いますか、全員がいろんな視点から社会貢献していくことが非常に大事だと思ってます。そういう意味でも、全方位で情報を発信できるツールというのはすごくパワフルだな、とも考えました。

吉田:あとは、学びという意味でも非常に役に立ったというふうに。

金光:そうですね。例えば、我々は、環境・CSR本部ということで、そういうところにはいろいろ敏感な人間が集まってるんですけど、いざこういうコンテンツを作ってみた時に、例えばスマートシティと言って、風車を画面にたくさん出したのですが、気がついたら「あれ? 一番大事な人や家族の絵が抜けている」といったことが意外に多かったりしました。

また、我々の本部ではいろんなジェンダーイシューを扱っているにもかかわらず制作の段階で、動画の中に黒人の方やヒスパニック系の方を登場させることを忘れたなど、配慮が行き届かない点がありました。我々もこういうコンテンツをディスカッションする中で、非常に学べたことが多くて、気づきが多かったかなと思います。

吉田:結果としては、社内外のコミュニケーションのあり方を再考されたというふうに思います。今回、限られた時間で本質をどう掴んでもらうのか、というのが大事であるという部分はありますか?

金光:そうですね。人ってどうしても修飾語をたくさんつけて、メッセージをきらびやかにして伝えたいという気持ちがあると思うんですけれど、本質は何かということを絞っていくと、言葉の力が出てきます。

修飾語を使うよりもストレートに伝えると、やっぱり本質を伝えられるという意味で、シンプルに考えることがすごく大事なんだな、と思います。Appleさんも「シンプルは美しい」と言いますけど、本当に言葉もそうですし、絵心もそうです。本質を考えていくのがすごく大事かな、と思いました。

吉田:本質を掴むのは非常に難しくて、私もよく会社で脚本を制作する人間と「コアメッセージが捉えられていない」という会話をするんです。じゃあ本質を掴むというのは、コミュニケーションにおいて脳にしたらどうなるのか、というところを中野先生と対話しながら考察していければと思います。

脳は認知負荷の少ない対象を良いものととらえる

中野:「本質を掴む」というよりも「どれを本質と思わせるか」という戦いのように見えます。どうしても多くのメッセージを伝えてしまいたくなると思うのですが。伝わりにくい物事は比喩的に「幕の内弁当」と表現されたりしますよね。

つまり「幕の内弁当」ではなくて、1点だけどうしてもこれを伝えたい、ということをどうイメージするか。これが「本質を掴む」ということになるでしょう。やっぱり情報が多すぎてはいけない。少なければ少ないほどいい。

認知負荷とはどういうものかもう少し説明しましょう。私たちの脳は非常に小さいですよね。重量としては、全体の体重の2~3パーセントくらいしかない小さい臓器です。 人体が必要とする総量の、およそ1/4の酸素を使います。それからブドウ糖も1/5くらい使っちゃう。ということは、人体の中では極めてリソースを食う臓器なわけです。

会社も、例えば富士通さんにそういう子会社があったりしたらどうでしょうか(笑)。2~3パーセントの人員しか割かれていないのに、全体の1/5とか1/4の予算を使う。そんな部署があったら即座に、「節約しろ!」とか「そんな器官は切り捨てろ!」と言いたくなりますよね。

非常にコストパフォーマンスが悪い。だけどパフォーマンスが本当に悪いわけじゃない。それだけの機能を果たしている重要な器官だから、私たちは脳を切ることはできない。切ることはできないけれど、それでも、なるべく節約はしてほしいわけです。

「リソースを浪費するな」というメッセージが常に発されている。これが「脳を使うことは好ましくない」という脳機能のブレーキとなって働くとき「認知負荷」として立ち現れてくるのです。なるべく簡単に認知できるもののほうが好ましい、と多くの人は思う。シンプルなもののほうが美しい、わかりやすい、となるわけです。

例えば顔認知の研究では、平均顔に近いほど美しいとされたりするというのは有名な話ですよね。平均顔に近くて、ちょっとだけ新奇性があるものが良いと。それが美しい顔と認知されてしまうのが私たちの脳の特徴です。

情報がたくさんある中では「これがメッセージだ」というものをなるべくシンプルに言わなければいけません。ひと言で言えるくらいでないと、認知されないと思ったほうがいいくらいかもしれません。

吉田:同時に、美しいとされる顔を平均的なところに置くというのは、結局人と同じ、人が美しいと思うものに合わせていきたい、という感じだったりするんですか。

中野:そういうところもあります。ただ同調圧力の話になると、またそれは別の議論になってきます。

吉田:はい。

脳は人柱を求めている

吉田:代理経験のお話のほうに移りたいと思います。情報があふれてる、脳を使いたくないという場合に、誰かに代わりに経験して欲しいと求める。

中野:人柱になって欲しいということですね(笑)。

吉田:そういうことですよね(笑)。脳が代理体験によって理解したと考える、ということなんです。ただこれは現代的な状況ではなくて、生物としては古くから、この代理体験というのを……。

中野:そうですね。「ミラーニューロン」を聞いたことのある人は、そろそろかなり多くなってきたかなと思うんですが。誰かが何かをしていると、ミラーニューロンによってそれがあたかも自分の脳の中で起きているようなこととして経験される、ということが起きると考えられています。

何のためにこんな現象が起きるのかというと、学習効率を高めたり、限られた時間の中で経験できることを疑似的に増やしたりするためにあるんですよね。

ほかの人が経験したことを、自分があたかも経験したかのように経験値として記憶の中に蓄積することが非常に効率的にできる。そういう、得な学習システムを我々は備えてるわけです。しかしながら、そこで生じてくる不具合もあります。

自分の価値観を活かして大きな仕事をする未来を

吉田:日本人はよく、横を見るとか。農耕民族というかアジア系の人たちは、同調傾向が強いと聞きます。金光さんはヨーロッパ滞在歴が長いと聞いていますが、ヨーロッパ時代にこの同調傾向というのは、どう感じられていましたか。

金光:個人と組織というかたちで、立場によっていろんな変化があるので、すごく難しいんですけれども……。例えば個人のレベルですと、ちょっと直接な答えになってないかもしれないですけど、外国人の方はやっぱり自分の考え、自分のサービスというのを、あるべき姿をきちんと伝えます。

そういう意味では、同調よりも、まず自分の大事にしている価値観を相手に伝えることを先にステップとして言って、その上で同調するかしないかという組織的な動きになったりして、仲間を作っていくような。日本の場合は、その自分の価値を殺して周りに合わせるという態度なので、それが大きな違いかなと思います。

先ほどちょっと紹介した環境活動やSDGsの社会貢献活動を見ても、よくジム・コリンズさんとかも言ってますけど、例えば「バスに同じ価値を持った人が集まっていく」というのがまず前提にあります。(注:ジム・コリンズが経営に関して述べた「適材をバスに乗せ、適所に座らせ、『不適材』をバスから降ろす。そうすればおのずとバスの行き先は決まる」との発言に基づく)

将来に向かってあるべき姿をみんなでやっていこう、というところに同調したかたちでやって来る人間には、中でいくら1個意見が違っていても、あるべき姿に向かっているのでそれは良いかたちだ、となります。でも、日本の場合だと、得てすると「トップが言ったから、私は内心では違うんだけど……」と面従腹背というか、表と裏を使い分けてる同調があったりします。

そういう2つのレベルがあるから、そういう意味でもう少し僕なんかは……これからクリエイティブの時代ですので、どんどん自分の価値観を伝えて、「この指とまれ」で一緒にやっていこうよと。同じ考えだったら、大きい仕事をやろうよ、ということがすごく大事になって、そういう意味で変わっていってくれたらいいな、と思っています。

吉田:ありがとうございます。

地方と都会のストレス耐性の方向性の違いとは

吉田:先ほど、現代社会には情報があふれているという話がありましたけれど、その一方で、SNSなどが発展していって自分の好きな情報にしか接しなくなってきている。逆に、人のストレス耐性が低下しているんじゃなかろうか、という考えもあるんですけれど、これは事実としてどうでしょうか?

中野:見かけのストレス耐性ですね。SNSが登場してからの年数を考えると、生物として持っている本質的なストレス耐性はそんなに変わっているとは考えられない。しかしながら、我々を取り巻く環境に目を向けると、情報は爆発的に増えている。昔の一握りの人にしか許されていなかった情報発信が、今ではほぼすべての人に可能なわけですね。

端末を持っている、発信するツールもある、SNSも複数ある。すると、情報が非常に多いので、取捨選択をしなければならない。

地方の村や小さな会社など人数が少なく、移動もできないコミュニティでは、自分が合わないな、という相手がいてもなんとか一緒にやっていかないとコミュニティが成り立ちません。それで、自分と違う考えの人とも、なんとかやり取りをしなければならない(笑)。

そこで、自分の言いたいことを抑えたり、相手の気持ちを推し量ろうとしたりする機能がよく使われると考えられます。研究で使われるストレス耐性という用語の指すものとはまた別の機能ですけれど、実社会では、これを“ストレス耐性”と呼ぶ人が多いのではないでしょうか。

移動のできない少人数のコミュニティでは必要だった“ストレス耐性”が、都市生活者にとってはそう必要なものではない。人が多いから、自分と気の合った人たちだけでコミュニティを作ることが比較的容易にできます。

SNSなら尚更、その傾向は強まります。自分と合わない人とコミュニケーションを取る必要はまったくない。合わない人を切り捨てても、自分と合う人をいくらでもすぐに見つけることができる。例えば誰かをブロックしても、また次の相手がいくらでもリクルートできる。

ということで、ネットでは興味がわかない情報や自分と意見が合わない人は存在しないのと同じ、という空間が容易に醸成されるわけですよね。

吉田:例えば、巨大企業グループ富士通さんにおいて、会社としては環境・CSRというのは取り組まなきゃいけない問題なんですけれども、一社員個人としては正直あまり興味もないし、それを理解するモチベーションも低い、という人が、今増えざるを得ない状況になりつつあると。

そして、今日の話のポイントでもあるんですけれども、人間の脳というのは、この相反するものが常に表裏一体になっているということですね。

欲張りな人間の脳に応えるためには本質を抽出した情報が必要

中野:どっちか1個に決まってないというのは、とても得なことで、どちらにも合わせることができる。環境が変化しても、柔軟に自分を変化させることで、適応できる幅を広く持っている、ということなんです。

ヒトは同調する力もあるし、自分で意思決定もできる。両方の性質を持っているので、これだけの繫栄を享受しているとも言えるわけです。どっちつかずの状態を気持ち悪く感じるというおもしろい特質もあります。なぜかこの不安定な状態をあんまり良いものとは思わないんですね。一貫性があったほうが気持ちいい。

ただ、一見、一貫性に欠けているように見えるような、どちらかに定まりきらない状態があるおかげで、私たちはいろいろなタスクをこなせているし、適応能力も高いという視点を持って欲しいなと思うところではあります。

吉田:その、どっちも必要とする欲張りな人間に対して、じゃあ両方に応えてあげる環境を作ってあげればいいんじゃないのか、ということが1つ仮説として考えられるわけです。それがsimpleshowのノウハウなんですけれども。

例えば、金光さんが取り組まれているSDGsには17の目標と、169のターゲット、その中にさらにたくさんのKPIがあります。すべて重要なんですけれど、全部を3分で説明することはできません。なので、その中から当事者がなるべく共感できるような情報だけ、最大公約数のものをそぎ落として抽出して、物語として届けてあげる。これが1つ、人間の欲張りな脳に対する答えです。

情報を蓄積するためには挑戦と経験が大事

金光:ちょっと止めてもいいですか。

吉田:はい。

金光:たぶん自分が理解してるのは、脳もICTも同じかなと思っているんです。例えば今、世の中が情報化社会になって、非常に大きなデータが扱われている。そうすると個人がすべてを管理したり、コントロールしたり、知っている必要はない。大事なのは、どこに何があるかを知っておけばいい。

そのために、どこに何をしてくるかということと、一番大事なのは、例えば弊社の例ですと「SDGsがなぜ必要であるのか」「なぜみなさんにインボルブしてもらいたいのか」。そのメッセージをきちんと理解してもらうことが一番大事です。

あとはその内容とか、どういう試みかというのは、保管されている情報を参照すればよいのです。世の中がどんどん変わっていくのに合わせて、考え方も変わってくるんじゃないかなと思います。

もう1つ、先ほど吉田さんから出たように、誰であれ同調というのはありますけども、僕らの時代、ビジネス領域では、変化が当たり前なので、どんどんその変化に慣れていく。

今の状況に対して、良い悪いとか、とまどいとか同調ではなくて、自分がどんどんそういうところへComfortable(居心地の良い)ゾーンから脱却し、Impossibleな(不可能と思われる)ことにチャレンジし、未知のことをどんどん経験する。

それが「遊び心」だと思うんですけど、それを自分の中に貯めていく。経験として残すことによって、先ほど言った不安がなくなって、どんどんチャレンジできる。新しいクリエイティビティが出る。そういうのが理想なんじゃないかなと思います。

吉田:ありがとうございます。今、金光さんに説明していただいたところにつながってくる視点で、脳に疑似体験してもらうために、simpleshowが重視しているのが、共感ノウハウです。

これは、物語の「型」のノウハウでもあります。simpleshowの物語は、基本的にはこのパターンですべて解説していきます。どんな複雑なメッセージでも、この端的な物語で説明することで、より同調ができるような仕組みになっています。

自己効力感を与える物語構成とBGMで相手に共感を促す

吉田:物語というのは、simpleshowの場合、主に3分前後の物語が多いんです。3分ってすごく長いんですが、複雑なトピックを説明するのに3分というのはそんなに長くないんですね。カップラーメンの3分、待てますよね。

その3分という時間軸が非常に重要なんです。時間軸があって起承転結が作れる。つまり、みなさんがたぶん子どもの頃に体験した、『日本昔ばなし』の番組のような展開だったり、童話のような展開です。主人公が出てきて困難に直面して、なんらかの人との出会いや武器を入手して、最後に困難を解決する、という型にはめることができるんです。

その物語構成をすることによって、当事者が、主人公に自分ごと化できるようになります。「わかったわかった、こういうことなら自分でもできる」という、自己効力感を高める。これがキーワードです。

自己効力感というのは、リハビリの現場でよく使うんですけれども、「これできるな」と思わないと、「やろう」と思わないんです。なので、コミュニケーションにおいてはモチベーションを重視しがちなんですけれども、解説動画の世界ではそのモチベーションの前、やる気の前の「その気」という部分ですけれど、その気にさせるのを重視します。

先ほどのミラーニューロンのお話が中野さんからあったので割愛しますけれども、リアルの手をつかうのも共感を強く促すことができる。

あとsimpleshowは、BGMでも共感を強める工夫をしています。ソリューションの映像シーンくらいから、ジャズの旋律が実はリッチになっています。ドラムとかシンバルとかがちょっと強めになっていますけれど、これは無意識のうちに心が高揚するような仕組みです。みなさんも映像関係の仕事とかされてる場合には、うまく活用したほうがいいと思います。

中野:このステージもそろそろね。

吉田:そうですね。

中野:ジャズの曲調を。

(会場笑)

吉田:上げて欲しいですね。欲しいですね、BGM(笑)。ポジティブなメッセージを強く訴えたいときには、ポジティブなBGMを、無意識に伝えたほうが良い。これは意識させちゃうと、BGMのほうが立ってしまうので逆効果です。

わずかな負荷(問題)の解決は大きな喜びをもたらす

吉田:simpleshowに関して言うと、こういういろいろなノウハウを、ドイツの大学や日本の立教大学と一緒に調査研究しながら、PDCAを回しているというのが特徴になっています。

共感ノウハウとして、最後に1つ。「どっちも」な脳、「自分で決めた」とも思いたいですよね。だから「自分で決めた」と思うという。「わずかな負荷を克服してもらう」と書きましたけれども、これは脳の中で何が起きるんですか?

中野:そうですね、「良いことをした」というフィードバックがかかるときに、快の感情を持ったと考えることができるので、なんらかのスイッチによりドーパミンが出てるんだろうな、ということは言えると思うんです。

この「わずかな」負荷というのが大事で、わずかでない負荷の場合には、むしろストレスを感じて、もう二度とその選択をしたくなくなることがあります。

例えば、トロッコ問題のような問題が設定されて。トロッコ問題、ご存知ない方いらっしゃいませんか? 手、挙げにくい?

(会場挙手)

吉田:いらっしゃるそうです。

中野:トロッコ問題は、「ほっとけば5人死ぬ。だけど自分がポイントを切り替えれば、1人は必ず死ぬ、だけども5人は助かる」。自分は列車を操縦している操縦士です。(注:進路上に5人の作業員がおり、ポイントを切り替えた先にもまた別の作業員が1人いるという状況設定)。

考えてみてほしいんです。自分はポイントを切り替えられる人間なのか。1人を必ず殺すという選択をして、でも5人を助けられるか。このときに「自分は手を下したくない」ということを、選択する人はある意味で思うわけです。

それはわずかな負荷ではないですよね、1人を殺しちゃうわけだから。そういう究極の選択という負荷ではないもの。ちょっとがんばれば克服できる、ちょっと背伸びすれば克服できるほどの負荷を克服したというのは、非常に大きな喜びを与えるものです。

人間にとって「わずかな負荷」とはどの程度のものか

吉田:ビジネスの「物を売る」というコミュニケーションで考えると、例えば営業の人にわからないことを質問するとか。あとはネットで調べてみるとか。それもちょっとした負荷ですよね。買い物かごに入れるのは、負荷とは言えないかもしれないですけれども……。

中野:あの、「募金を増やすにはどうすればいいか」という調査があるんですよね。わずかな負荷というのはいったい何なんだろうと。それで、4種類に分けて、箱に書いてあるステートメントとして発する。

(1番目は)「どんなにわずかでもいいので、人助けのために寄付してください」、2番目は「1ドルでもいいので寄付してください」、3番目は「1セントでもいいので寄付してください」、4番目は「あなたの行動が世界を変えます」。どの箱が1番募金が多かったか。どの箱だと思いますか?

吉田:「行動~」じゃないですか?

中野:その言葉によって、その人の負荷のかかり方が違いますよね。どれが1番克服しやすい、しかもみんなが喜んで寄付した負荷なのか。

吉田:僕の場合は最後の「行動~」ですね。

中野:はぁー……徳の高い感じですね。

(会場笑)

非常に(笑)。どうでしょう、1番前に座ってらっしゃる方。1~4までどれが1番多かったかを。

参加者1:「1ドル」。

中野:「1ドル」。これは実はですね、「1セント」。日本で言うと1円という感じですよね。「寄付する人は、自分の寄付する金額が少ないと思われるのではないかということを気にしている」というのがこの実験の根底にある仮説です。

そこで、「1円でもいいので寄付してください」と言うと、「1円は小さい金額」と恥ずかしく思う気持ちをその言葉が払拭してくれるので、寄付する人が増える。1ドルと言うと、ちょっと大きいんですね。「あっ、1セントはその100分の1だから恥ずかしい……」と考えて、寄付しなくなっちゃう。

もしかしたら答えてくださった方、非常に裕福で1ドルが1セントに見える生活をしてらっしゃる方かもしれないんですが(笑)。人間にとって、わずかな負荷というのは、それくらいなんです。

それくらいのものを克服させるというのは、それだけで世界を変える、ちょっとわずかな役に立てたというのが喜びになるわけですね。100円となるともう、わずかではないと(笑)。そういう特徴があるのがおもしろいところだと思います。

夢や大志がわずかな負荷の克服を後押ししてくれる

金光:僕が実感している1つは、わずかな負荷、難しいハードルを乗り越えるには、やっぱり志を高くすることがあると思うんですね。何か大きな志に向けて、大志に向かって、夢に向かってやってるときには、細かいことはどうでもよくなっていく。

自分の職場でもそうなんですが、例えば、チーム内部で「コミュニケーションが取れていない」という不協和音が一時的に聞こえてくることもありますが、我々はもっと高いところを望んでいて、そこをがんばっていきたい。そのためにはある程度認めたり、負荷はあったとしてもそれを受け入れて、超えていこうということになるんです。

やっぱり目標を高く、志を高くですね。夢に向かってやるということが、わずかな負荷を克服する上で、非常に役立つんじゃないかなというのは仕事柄、経験上(感じるところです)。

吉田:今のお話を新しく動画にしていただければ。

金光:はい、そうですね(笑)。

吉田:ありがとうございます、先ほどちょっとお話させていただいたんですが、富士通さんの場合には、環境問題にかかわらず、社内の新しいチャレンジを募集する仕組みがあります。会社としてそういう環境や場を提供してあげることによって、わずかな負荷でいろいろなチャレンジができるようにしてあげているというのも1つ、企業としては重要なのかなと感じました。

最後、まとめです。これは本当にまとめなので、みなさんおさらいですから。今日こういう話したな、と思い起こしていただければいいんですけれども。ちょうど時間ともなりました、それぞれ写メ撮れる人はスマホで撮っていただいて。説明を割愛しますので。

中野:(笑)。

吉田:今日は、金光さん、中野さんにご協力いただいて、ビジネスシーンにおける理解や共感を科学的にどういうふうに捉えて、それをヒントにみなさん持ち帰っていただくのか、という趣旨で45分やってきました。ちょっと時間が過ぎてしまいましたけど、長い間、ご清聴ありがとうございました。

金光:どうもありがとうございました。

(会場拍手)