情報化がすすむと、ロジカルではない世界になっていく

改田哲也氏(以下、改田):皆さんこんにちは。(山本強)先生のお話、すごかったですね。守・破・離。むずかしいですね。ま、守・破・離、3つですから、覚えやすいかもしれませんね。

僕は今日、8個持ってきました。プレゼント8個(笑)。ですから、全部覚えて帰ってくださいなんてことは言いませんので、8個これからご説明しますから、皆さん、「あ、僕は3番目が一番好きかな」とか「最後が一番良かったな」なんていう、1つか2つくらい、持って帰っていただければいいです。……まあ、日本の政党の数よりは少ないかな。

(会場笑)

「Creating Possibility」ですね。これからの可能性、創造性ということですが、私はちょっと、紙芝居のようにやりますので、それを楽しみながらということで、いきましょう。

今、私たちはどこにいるのか。どこにいますかね? 札幌のポルトホールにいるんですね。……あ、ここで笑わないともう、笑う所ないですよ(笑)。

(会場笑)

実はですね、人間がいろいろと生み出してきたいろんな仕組みとか、組織とかルールとか、いろんなものがありますね。学校とか、病院とか、政治とか市役所とか、いろんなものがあります。そういう仕組みが実は、限界に打ち当たってるということだと思いますね。皆さんも多分感じてると思います。本当にこのまま行くんだろうか。

ここにちょっと不思議な絵が出てますけれども。このまま行くと皆一緒に、崖から落ちていかないかなという心配がありますね。

今日は、ここにいる皆さん全員を救えるかはわかりませんが、ちょっと昔に戻ってですね、新しい所を出してみましょうと。そんなプレゼントのお話です。

少し真面目な話になりますが、人間社会っていうのは、農耕社会からずっと進展してきて、工業社会があり、今、皆さんスマートフォンを持ってるんで情報化社会の真ん中にいるでしょう、というようなことを思うかもしれません。でも、ダニエル・ピンクさんという有名なアメリカ人の方が書いたように、もうすでに我々は次の社会に入っています。

それは情報化までに行ってしまったが故に、ものすごくコンセプチャル(概念的)な、精神的な右脳主導型の、ロジカルではない世界という方向へ移りつつあります。すごくやわらかい世界ですね。

その社会がどのくらい違うかってことを、最初に3つお話しましょうかね。

生活が「間接的」になっていく

今の政治がそうかもしれません。すすんで前に主張する。私はこうです、私の商品はこうです、私のアイデアはこうです。前に出れば出るほど、実は敬遠したくなるんですね。世の中いっぱいいろんなものが溢れてます。だから、

「一歩下がって誘う」

っていうようなことが、コンセプチャルな社会には必要かもしれません。どうですか? 一歩下がる。これが1つめですね。

2つめ。さっき、仕組みの話をしました。ルールの話をしました。約束事の話をしました。それにずっとこだわってるんですね。今の社会ってのは、それにこだわって、そこにいたい。そこにいると安心だから、安定だからってことで、そこにこだわります。でも多分、それではうまくいかないんですね。

「感じて流れる」

こう、やわらかく流れて行く、スーッと流れて行く。そういう社会に変わったらどうでしょうか。流れるっていうのは、心の中で風の流れを感じるっていうね。そんな感じだと思ってください。

3つめ。今あるもの。これ(スライド切り替え用のリモコン)もそうですね。僕はスイッチを押してるわけで、これを押すと間接的な、全て食べ物もそうですね、服もみんなそうです。どんどんどんどん間接的になっています。

直接自分で農家をやっていられる方とかですと、自分で野菜を作って自分で食べるってことが出来るんですけれども、私たちの普通の世界、普通の生活は、どんどんどんどん間接的になっています。

もう一回戻ってみましょう。身体感覚の時代へ。直接自分で何かを作る、それを誰かと交換する。まあ、貨幣経済というのものが限界に来ていると言えるかもしれません。

生まれたままの姿に戻ってみる

今、3つのお話をしましたね。3つのお話が多分、コンセプチュアルな世界での新しい入り口みたいなものだと思います。

この8個ですね。先生のお話では3つでした。僕は8個持ってきたと言いました。どうですかね、これ。覚えられますかね?

……もっと難しくなりましたね(笑)。一生懸命メモを取られる方もいますけども、あとで差し上げますから(笑)。大丈夫ですよ。欲しい方はタダで差し上げます。8個、いろいろありますね。今日終わって帰る時に合い言葉があるそうです。「終わり―委ね」とかですね、これが言えないと帰れないそうですから、何かひとつ覚えて帰ってくださいね。

1つめ。左のほうからいきましょうかね。「素の佇み」。これどういうことですかね。こういうかんじです。ありのままで、素朴で、シンプル。これ、一番大切なことかもしれませんね。何も足さなくていい、何も引かなくていい、そのまま、素朴なままが一番美しいという。こんな絵をどこかでみましたね。生まれたままの姿で、ありのままの姿で、そういうところに一回戻ってみたらどうですかと。

ファッションデザイナーの方いらっしゃいますかね? いないですね。アパレル関係の方いらっしゃいますかね。いないですね。じゃ、あんまり意味が無いです。その佇みという鍵を使うと、ファッションの世界も変わるかもしれません。

ここではひとつのTシャツとか、ナイトウエアみたいなものをイメージして絵を描いてみたんですけれども。ほとんど裁断しなくていいとか、縫製しなくていいとか、そうなった時に服のあり方が変わるかもしれません。

下は靴ですね。今の靴は、下が凸凹してるから足が痛くないように、足を守るように靴を履きますよね。でも、大地の恵みを足の裏から感じるように、素直に大地のエネルギーを足から頂けるようにって考えたらどうですか。靴下とか、靴のあり方が一変するかもしれませんね。

一歩引いてみる、引の誘い

さあ、2つめ。「引の誘い」。

先ほどちょっと言いました。一歩引くことで、ちょっと下がる事で、ちょっと遠慮することで。前に押し付ければ、押し付けるほどですね、特に日本人はそうです。前に押し付ければ押し付けるほど、日本人はシャイですから、こう、逃げたくなりますね。どんどんどんどん下がっていって、どうぞ、どうぞって誘うと。

何か、逃げていくような、そんな余韻ですね。なかなか掴めない、陽炎のような引の誘い。こんなイメージです。

これは何だかわかりますかね。エレベーターです。エレベーターに入った時に、向こうの壁が、数字がこう見え隠れします。自分は7階に行きたいんだとします。7の数字を探さないと、7の数字を掴まないと7階には行けません。なかなか行けないっていうエレベータですね(笑)。

こういうアイデアどうですかね。オフィスで。私は3階から15階に行きたいんだけれども、もうかれこれ30分経つけど、「15」のボタンが出ないよっていう。究極の引の誘いですね。

こういう考え方を入れると、実は日本の家も変わるかもしれませんね。積水ハウスさんとか、三井ホームさんとか、旭化成さんとか、どんどん家を作ってますけど、窓の考え方とか塀の考え方っていうようなものを、外から何かをスーッと中へと誘うようなそんな風に窓の考え方を変えてみたらどうでしょうかね。

今は、なるべく外のものを閉ざしてしまうね、外の音を中に入れないってことをやります。どんどんどんどん閉ざすってことをしてしまうんですけど、中に入ってくる。家のあり方が一変するかもしれませんね。

触覚と嗅覚をつなげていく、感の跨がり

「感の跨がり」。

何か音楽が聞こえますね。こういうことですね。今皆さんは目を、視覚を使ってあれを見ているんですけれども、フッと音が入る。これが、感がズレて跨がってきます。視覚と聴覚ですね。あるいは味覚と触覚とか。

日本のレストランとかに行くと、もちろん味覚のためにレストランに行くんですけども、嗅覚とか視覚とか聴覚とか、みんな使いますよね。そこへ入っていく、ひとつの感が次の感に、また次の感にって、感がどんどんどんどん跨がってずれていく。これもひとつの技です。

姿が流れるように香るとか、自分の頬をフッと香りが撫でるっていうような、少し言葉遊びみたいなことも入りますけども。これが感の跨がりですね。

感の跨がりを好きな人いますかね? 

もういくつか説明しましたけども。これは雨の日の窓です。今の窓は、先ほどもいいましたように閉ざしてしまいますね。外の音を聞こえないようにする。

外で雨が降っていても、雪が降っていても、中は関係ないという風にするために窓を作ってますけど、雨のしずくが落ちることがオルゴールみたいになったらどうでしょう。窓の外にピアノの鍵盤があって、そこにしずくがポトンポトンポトン……。雨がどんな風に降るかで、音がどんどん奏でられていくっていう。

床を歩く時に音がしたらどうでしょう。ここは今音がしません。どんな体重の人が、何人でここを歩くかで、ポロンポロン……と音がしたらどうでしょう。

触覚と嗅覚が跨がっていくっていう。これが感の跨がりです。