健康に好影響を及ぼすスパイス

オリビア・ゴードン氏:体によいものはおいしくない、と決まっているわけではありません。トウガラシのパウダーをピザにかけると、おいしさが引き立ちますよね。最近の研究で、スパイスはただ風味をよくするだけではなく、健康効果もあることがわかっています。

まだ確証は得られていませんが、中国とアメリカの食事の研究によると、辛い食べ物を摂取すると長寿になる可能性があるようです。スパイスが身体に与える生理作用を調べることで、この理由が見えてきます。

スパイスの健康効果は以前から言われてきたことです。研究によって、多くのスパイスに抗菌作用があり、食物の腐敗を遅らせることがわかってきました。辛い食べ物を摂ることで、寿命が伸びると言う研究者もいます。この大胆な主張には、科学的な裏付けがあるのです。

「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」に掲載された2015年の研究で、スパイスによるダイエットで余命が長くなると発表されました。この研究には『China Kadoorie Biobank』で4年にわたって実施された、中国人50万人のアンケートと身体測定のデータが使われました。

この調査によって、普段からトウガラシやラー油などの辛い食べ物を摂取している人たちは、辛い物を食べない人たちよりも、14パーセントも死亡リスクが下がるという結果が出ました。ガンや心臓病、喘息など呼吸系の疾病が少なくなっていたのです。これはスパイシーフードの効用が殺菌のみではないことを示しています。

2017年に1万6,000人のアメリカの成人を対象に行われた「米国全国健康・栄養調査」でも、結果は同様のものでした。6年を費やして収集したデータによると、トウガラシを摂取する人たちの死亡率は、摂らない人たちより12パーセント低かったのです。

これらの調査はともに、学歴、生活スタイル、民族などの異なる多様かつ多数の人々を対象にしたものなので、信憑性は高いといえます。

カプサイシンの効果

ただ、信頼に値するデータだからといって、研究が完ぺきだとは言いきれません。ここで使用されたデータベースは、トウガラシ摂取の調査のため専用に取られたデータではないのです。どんな料理にトウガラシが使われ、他にどんなスパイスを摂り、どのくらいのカロリーを摂ったかなどの詳細は把握できていません。

それにこれらスパイシーフードの摂取量は自己申告です。摂取したトウガラシの種類や辛さなどもわかっていないのです。この研究により傾向は読み取れますが、まだ結論づけるには至りません。研究の当事者たちも確信を得てはいないのです。

この2017年の調査の研究者の一人であるベンジャミン・リットンバーグ氏は、ニューヨークタイムズ紙に対して、「現時点での結果では、まだダイエット法を変える決心はできない」と話しています。

それでもスパイスに健康効果があるのは、間違ってはいないでしょう。なかでもカプサイシンの効果は注目に値します。カプサイシンは、舌の感覚神経のバニロイド受容体と直接結びつき、神経細胞の信号を誘引します。

このバニロイド受容体は、温度受容器になっていて、スパイシーフードの熱を認識するのです。また、この受容体が送る信号は、熱に関するものだけではありません。ネズミを使った研究によって、カプサイシンがTRPV1受容体と結びつくと、アディポネクチンを増加させることがわかりました。アディポネクチンは血糖値を調整するホルモンで、肥満と糖尿病に影響するものです。

アディポネクチンは、インスリン抵抗性の予防において重要な役割をします。体がインスリンに反応しないことで起こる、タイプ2の肝臓病になるのを防ぐのです。肥満を抱える患者のアディポネクチンの濃度は、通常より低くなります。

別の研究によると、カプサイシンが褐色脂肪の生成を促すといわれています。褐色脂肪は“善い脂肪”といわれ、エネルギーを消費し、体型を保つのを助けてくれます。

研究者たちがネズミに高脂肪の食べ物を与え、肥満を誘発しつつ、同時にカプサイシンを摂取させたところ、ネズミは肥満にならなかったといいます。さらに、白色脂肪を褐色細胞に転換する細胞が活性化していました。

これらの要因が、死亡率の低下に繋がっていると考えられます。肥満と糖尿は、心臓病やガンなどの成人病を引き起こすものですから。

塩分摂取とカプサイシンの意外な関係性

カプサイシンがガンへの抵抗性を持つといわれる、もっとわかりやすいエビデンスがあります。カプサイシンでガン細胞を治療すると、ガン細胞の成長を抑制し、プログラム細胞死を促進すると考えられているのです。

ネズミを使った実験では、カプサイシンにガン細胞の血管形成を防ぐ効力があるとの推論も出ています。ガン細胞の成長には、栄養を供給するための血液が必要です。つまり、血管形成を防ぐことで、腫瘍を収縮させ、ひいては死滅させられるのです。

トウガラシを食べたときに、人間の体内で同じことが起きるかどうかはわかっていません。あるいは、カプサイシンそのものの作用ではなく、スパイシーフードの摂取が食生活を変化させ、それが有効作用を引き出している可能性もあります。

2017年に中国で600人を対象に行われた調査では、辛い食べ物が好きな人たちは、そうでない人に比べて、塩分摂取が3グラムほど少ないことがわかりました。味覚テストにおいて、カプサイシンは食事をより塩辛く感じさせることが判明しています。このことが塩分摂取の低下に繋がっているのでしょう。

また、辛いもの好きの人々はより血圧が低かったといいます。塩分摂取の過多は高血圧とさまざまな病気を誘発することから、ここにも死亡リスクとの関連性があると考えられます。

これらのエビデンスの実証は簡単ではないですし、すべての研究者たちが賛成しているわけでもありません。辛いもの好きは、食事がより塩辛く感じられるため、無意識的に塩分摂取が減り、そのために寿命が延びるのかもしれません。

あるいはこれら数々のデータが、実はまったく別の手がかりを示している可能性もあります。現時点では断言はできません。

食の学問は非常に複雑であり、また“スパイシーフード”の定義は漠然としたものです。カプサイシンの消費に健康効果があるとして、確証を得るためにはさらなる調査が必要です。

それに器具やネズミを使った研究成果が、必ずしも人間にあてはまるとは限りません。辛いもの好きが長生きするというデータがあるとしても、それがすなわちスパイシーフードのおかげだとは言い切れないのです。

いずれにしても、激辛の四川料理を食べておいて損をすることはないでしょう。翌日のお腹の調子は別ですが(笑)。