悲しみという感情のサイエンス

オリビア・ゴードン氏:死者を悼む方法はたくさんあります。現代社会では、葬儀の後に残るのは花束やていねいな供えものだけです。スカーレット・オハラ(注:『風と共に去りぬ』の主人公)が嫌う黒のドレスは今では時代遅れです。しかし葬儀が終わったからと言って悲しみは終わりません。悲しみは辛く孤独で、一生続くかのようにも思えてしまいます。

心理学者たちは1世紀以上もこれを解明しようとしています。唯一わかったことは悲しみを感じることは普通のプロセスであり、人によってそれぞれ違うということです。心理学者は愛する人との別れを「死別」という専門用語で呼ぶのですが、悲しみは喪失によって引き起こる苦悩であると考えています。

心理学的に悲しみについて考えた時、まず頭に浮かぶのは、死の受容モデルを表す「Kübler-Ross model」です。聞いたことがないかもしれませんが、ポップカルチャーでもよく語られます。

「Kübler-Ross model」が説明している内容は、悲観のプロセスには5つあるということです。現実が何であれ、否定することから始まります。一時的な対処としては役立ちますが、次に怒りが現れ、神や宇宙といった万物を改変する力があるようなものに頼ろうとします。それが通用しない場合は鬱状態になります。そしてやがて受け入れるのです。すべてが解決するわけではありませんが、受け入れられるようになっていきます。

心理学のクラスを取ってないとしてもこういった考えはわかると思いますが、これらのアイデアがどこからやってきたかは知らないのではないでしょうか。

ある精神科医の挑戦

精神科医のエリザベス・キューブラー=ロスは末期患者を担当していました。人々の死との接し方を変え、死について語れるような助けとなりました。ただ救済に悩むよりも、「ホスピスケア」の支持者でもありました。ホスピスケアとは患者の最期を快適なものにして、自分に関わる選択に関与させていくことです。

これらはすべて非常に重要で、死にゆく人に対する私たちの考えに強く影響しています。彼女は1969年に『死ぬ瞬間』という本も書いています。200人の末期患者へのインタビューに基づくものです。

キューブラー=ロスは2人の精神科医に影響を受けており、彼らは別離や喪失の後、悲観は4つの連続する段階による過程を踏むという考えを提案していました。彼女は著書の中で死の過程での5つのプロセスを提示し、誰かのことの悲しみではなく、自分自身の死についての内容を書いたのです。

本はよく売れ、5段階のアイデアは大衆に認知されたのです。世間は自然にこのアイデアに考えを当てはめるようになりました。キューブラー=ロスと共同著者は、5段階を微調整し悲しみを理解可能なものにしたのです。しかし、それらの修正に科学的根拠はありませんでした。

悲しみにおける「喪の作業」

悲しみが必ずしも科学的な反応だとは思いませんが、死は避けられないため、悲しみに関しては長らく研究がされてきました。17世紀の研究では、あまりにも強烈な悲しみは致命的であると考えられていました。19世紀のチャールズ・ダーウィンの研究では猿や類人猿も悲しみを感じることができると書かれています。

フロイトも悲しみに関して言及しています。1917年、生きる者は死人への感情を切り離し、他の生きる者へ向けるべきという内容です。これをフロイトは「Grief Work」(喪の作業)と呼んでいます。喪の作業をしなければ心理的な病にかかるリスクをかなり高めるという考えでした。

なぜなら、喪の作業を行わない状態は病気としての悲しみと考えていたからです。フロイトもいろいろ考えていたのです。必ずしもいいものではなかったのですが。

これらのアイデアの中でもキューブラー=ロスのモデルは的を得ていたと言えます。説明が素晴らしいので今でも支持されると考える心理学者もいます。脳は整理したがるものなのですが、このモデルも、はっきりした5つの段階によって整理されたものなのです。一見、ハッピーエンディングのように思えます。

5つの段階を提唱する上での問題

これでいいようにも聞こえるのですが、心理学者たちにとって現在大きな問題がいくつかあります。まずは実験による証拠が足りないということ。インタビューが十分な科学的厳密性のもとで行われていないということを研究者たちは言っています。

本が発表されてから長年にわたり、複製して検証しようとした学者が何人かいました。2007年に発表された研究は、3年で233人を追ったものです。2010年には614人の大学生のそれぞれ違う悲しみに関しての調査が1度だけ行われました。

どちらも被験者に悲しみを計測してもらい、懐疑・憧れ・怒り・消沈・受容といった種類だったのですが、混同した結果となっていました。2007年の研究では死の直後でさえも受容が最も一般的な反応であることがわかりました。こういったすべてを平均していくと、それぞれの段階でのピークはキューブラー=ロスが示唆した通りになったのです。

2010年の研究では結果がキューブラー=ロスの理論を支持する内容ではなかったのですが、完全に否定できる内容でもありませんでした。喪失についてどれだけ考えたかが時間の経過より経験に関与していることがわかりました。

次の批判は、これらの段階の説明には元となる説明がないということでした。なぜこのような段階に整理できるかという仮説がありませんでした。どのような機能であるか、どのように次の段階に移行するかといったことです。

さらに言えば、段階は心理学的にランダムでもありました。怒りや消沈などの感情もあれば、受容や否定といった認識のプロセスなどもありました。

最後に、キューブラー=ロスの理論は悲しみへの対処に、期待の感情が生まれることにも気づきました。キューブラー=ロスの理論では5段階で一定の段階を一定の順番で経験します。しかし5段階のうち1つを体験しなかった場合、このケースに該当しないということになります。こういった前提がヘルスケアの専門家や社会のネットワークから有効な助けが得られない原因になる可能性があります。

心理学からのアプローチ

心理学者はただ批判しているだけではありません。悲しみに関する新しい考え方も研究しています。大量にある研究の中からいくつか重要なものを紹介しましょう。

1999年、二重過程モデル「dual-process model of grief」が提案されました。認知ストレスの研究から発展したものです。悲しみする人は2つの行動パターンを行き来するというもので、「オリエンテーション」と呼ばれます。喪失のオリエンテーションでは、死別した人のことを思い、その人の人生はどうだったかなどを考えます。過去のイメージを思い描き、喪失に関して感情を多く語ります。

復元のオリエンテーションでは直すべきことを考えるという、問題解決的な思考です。新たなアイデンティティを発表したり、死んだ人がやっていたことを繰り返したりします。例えば、故人がやっていた料理の後の皿洗いを遺族がやることです。二重過程モデルの面白いところは、喪失の要素を感じなくなるまでこの両方を行ったり来たりすることです。個人差や文化による違いの余地があるモデルです。

なかでも最も有名な、タスクに基づくモデル「task-based models of grief」は2008年に臨床心理士により提案されました。悲しみする人々に対処してきた多くの経験がある臨床心理士です。実験的証拠が多くあるわけではないものの、段階モデルとは違い、悲しみに対してそれぞれ異なる経験をしてきた人を対象にしたものでした。

このモデルでは悲しみは4つのタスクに従事するプロセスであり特に順番はないといったものです。ポイントは損失の事実受け入れる、悲しみの痛みを経験する、愛する人のいない世界に順応する、亡くなった人にどうにか繋がりを見つける、といったことです。

タスクに基づくモデルでは、それぞれの悲しみのステージにいる人に影響する7つの事実にも言及しています。ヘルスケアの専門家が当人の悲しみを理解するのに役に立つであろう内容です。故人がどのように死に、どんなストレスを受けたかなど、死別した人との関係について考察します。

悲しみが明確にした悲嘆のプロセス

もう1つの考え方は、悲しみ自体が悲しみのプロセスを明確にするというものです。人によってそれぞれ違うことも強調されています。このアイデアは扶養家族を亡くした205人を対象にした2002年の研究とともに始まりました。研究者は対象者が扶養家族を失う数年前から、失った後の18か月までを追い、5つの共通する事柄を発見しました。

被験者に見られた共通事項には、死ぬ前と死後18か月後にはうつ状態にはならないということでした。死の前にうつ状態があれば、悪化するということもわかっていますが、それは6か月ほどでほぼ元に戻ります。

慢性的な悲しみでは、さまざまな悲しみを経験し、死後6か月後と18か月後に高いうつ状態を経験します。生前の扶養者への高い依存が原因と考えられています。違いははっきりしていて、この場合は生前にもうつ状態を経験しているということで、さらに夫婦喧嘩にも関係しています。

もっとも一般的な事柄としては実は回復力が挙げられるのですが、低い安定的なうつ状態が生前と死後に続くといったものです。ほぼ半数の被験者がこれを経験しています。

これらの考えは悲しみが人によっていかに違うかを表しているので、非常に理にかなっていると言えます。悲しみとは複雑なものなのです。かなりの研究があるのですが、心理学者たちは明確な根拠なしでは、キューブラー=ロスの理論を大衆の頭から取り除くのは困難と考えています。

合併症的な要素によって悲しみは極めて厄介なものになります。心理学者が「Disenfranchised Grief」 (部分剥奪的な悲しみ)と呼ぶ、大衆に認知されていない悲しみです。身近ではない人の死や流産などです。公に話したりすることが受け入れられていないので対処がさらに厄介なものになります。

典型的な悲しみですら問題になります。精神疾患を診断するために専門家が使う「DSM-5」には「Persistent Complex Bereavement Disorder 」(持続性複雑死別障害)という基準があります。死者を思い続けたり、強烈な苦しみを味わったり、死で頭がいっぱいになったりするなど、1年以上苦悩が続くのです。

悲しみとはごく一般的な過程

悲しみがそんなに複雑なものだとしたら、セラピーで助けられるのでしょうか? 残念ながら2008年に心理学誌で発表されたメタ分析では、悲しみのセラピーは一般人に対してはそこまで大きな助けにはならないということが書かれていました。合併症などですでに深刻なトラブルを抱えている人にとって助けにならないことはないのですが。

このSciShowはヘルス系の専門家ではありません。悲しみの経験は人それぞれです。一定の人により効果的なセラピーが発見されたからといって、すぐに認められるともいかないのです。朗報としては、ほとんどの人は時間とともに悲しみを克服します。

そうでなくても深刻な状況からは抜け出すようになっています。「acute grief」 (痛切な悲しみ)と呼びます。生理学上でも面倒な症状です。

疲弊したり、虚無感を感じたり、喉に腫れができたりします。ほとんどの人がこの状況からは3〜6か月で抜け出します。愛する人を失ったものの、現実を生きてはゆけます。亡くなった事実と折り合いをつけるのは、現実に対応する術だと研究者たちは考えています。

要するに、悲しみとはごく一般的な過程なのです。大変つらく思えてしまいますが、いつかは克服できるのです。