目標がないと何がギャップかがわからない

為末大氏:4つ目(の内省)ですね。1番上の(項目に関する)おもしろい実験があります。アメリカの高校生に、たった2つの質問をしました。ポストディクションと言われるんですが、「あなたは試合に勝てると思っていますか?」という質問を試合前に行うんです。そして、試合の後は「あなたは試合に勝てると思っていましたか?」と質問します。

これはたぶん、今みなさんが予想されたとおりじゃないかと思うんですが、試合に勝つと「試合前に試合に勝てると思っていた」と上振れするんですね。で、試合に負けると「試合には勝てると思っていなかった、試合前からね」というふうに下振れするんです。

これは言葉を入れ替えていくと、アスリートは経験によって、自分の記憶を都合よく変換しているということです。まるでその時もそう考えていたかのように考えるという傾向にあります。ここから先が私の仮説なんですが、トップアスリートほど、この編集能力が高いんじゃないかと。つまり、過去を自分の都合良く書き換えちゃうんじゃないかと思っているわけです。

これは実験で全く実証されてないんですが。現実を正確に把握しているのがアスリートなのではなくて、自分の都合の良いように過去を書き換えて、そのことを自分自身が疑いなく信じて、それによって自分の今現在の気分が変わるので、未来を前向きに考えられる。こういう構造になっているんじゃないかと思っています。

2つ目もそうですが、よく「反省しろ」とか「内省しろ」とかアスリートに言うんですが、そもそもこうなりたいというビジョンがない人間には、ギャップが存在しないんです。つまり、「この試合では10秒切りたい」と思っているからこそ、10秒2だった時にこの0.2秒は何だったのか反省ができるんですが、そもそも10秒切りたいというイメージや目標が明確にない人間にとって、10秒2に意味がなくなってしまいます。

つまり、何がギャップかがわからないということなんです。何かになりたい、このように走りたいという具体的なビジョンがあればあるほど、自分がトライしたこととのギャップが明確に見えるので、内省しやすいわけです。あまりこのことは語られないんですが、どんな内省をするかの前に、実は「そもそもなりたい姿がありましたか?」ということはけっこう関係してきたりします。

シミュレーションで経験を貯めていける

3つ目がさっきの抽象化に似ているんですが、問題が起きたときに、いったいどこまでさかのぼって修正するかということです。これは、破たんのリスクとの兼ね合いです。つまり、一番根本のバッティングフォームを変えるという問題解決の方法もあるんですが、これに手をつけるとめちゃくちゃ調子を崩す可能性があって、もう帰ってこれないことすらあるわけです。

それは嫌なので、手首だけ変えようというのであれば戻ってこれる可能性が極めて高いと。いったいどのレベルまで持っていって問題を解決するのかなんですけど、ここで非常にポイントになるのは、多くの場合、アスリートはどうやって自分がそれを習得したかを知らないんです。

もちろん反復したりいろいろやって学習していったんですけど、本当のところ、いったいどことどこのシナプスがつながって、どういう連動が起きて上手くなってきたかをちゃんとは理解していない。

なので、再現する時もそこまで細かく再現できないわけです。さっき言ったように「膝がこうだ」とか「肘がどうだ」とか、そういう感じで再現はするんですが、あんまり具体的に再現できるわけじゃない。そういう意味で、ここは非常に大きなポイントになっています。

4つ目はシンプルな話なんですが、熟達者は経験をたくさん積んでいるので、わざわざやってみなくても、頭の中でこれをやってみたら「あっ、失敗した」と頭の中でレースが終えられるんです。たぶん「アルファ碁」とかが実際に、自分の頭の中で勝ったり負けたりシミュレーションできたというのと似ているんですが。

トップアスリートは、自分の頭の中で試合の勝ち負けまで行って戻ってこられるんです。シミュレーションによって、実際に体を動かすことよりも、もっと多くの試合回数を行って、経験を貯めていけると。なんでできるかと言うと、たくさんの経験をしているからこういうことができるようになると思います。

「欲」がない人間は目標に到達できない

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