「好き嫌い」を経営戦略にすべき理由
司会者:特別講演に移らせていただきます。
特別ゲストは、経営書としては異例の20万部を発刊した、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』の著者である、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木健先生にお越しいただきました。
本日は“好き嫌いの復権”についてお話をいただきます。
それでは、楠木先生、よろしくおねがいいたします。
(会場拍手)
楠木建氏(以下、楠木):楠木と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます。
僕の考えを聞いていただきたいのですが。
こういうことです。こうした傾向がある方が、もう少し好き嫌いという切り口が全面に出てくるような経営戦略にするべきではないかということです。「好き嫌い」というものは、「良し悪し」ではないものですね。
これは、どういうことかと言いますと、「良し悪し」と「好き嫌い」は、どちらも価値観ですね。ただ、良し悪しというのは、水面上に出ている、社会的にコンセンサスがとれている普遍的な価値基準です。ウソをついてはいけない、時間に遅れてはいけないといったことです。
もっと言うと、法律で規定されている人を殺してはいけないといったものは、良し悪しですね。いくら好き嫌いが大切だといっても、「おれは人殺しが大好きで昨日3人殺ってきたんだけどさ」などと、これは良くない。
ところが、水面下にはもっと大きな好き嫌いの評価があり、これは価値観なのですが、局所的な立場からだということです。
極端な場合、「あなたは天丼とカツ丼ではどちらが好きですか?」ということですね。私はカツ丼が好き。いやいや、僕は天丼が好き。これは、その人に局所化された良し悪しです。これも好き嫌いでもあります。
組織でもあると思います。まったく違った会社があって、ある会社ではそれはよいとされている。ところが、うちの会社ではそれはよくない。これが局所化、組織に局所化されている会社です。
相手との違いを作ることが戦略
こうした意味で、連続になりますが、好き嫌いと良し悪しを対立していかないとダメなのですが、僕は競争の戦略という分野で仕事をしております。気が向いたら読んでいただきたいのですが、競争戦略の観点から、どうして好き嫌いが重要なのかという話でして。これはどうしてかというと、非常に単純な理屈で、違いがあるからやられると。
競争の中で、競争相手に対して違いを作るのが戦略だということでございます。
そもそも、マイケル・ポーターというこの競争戦略という理論を作った方がおりまして、この方が思いついたロジックですが、「違い」には、違いがあるということなのです。その2つの違いの作り方があるという話で、1つは、頭文字を取ってOEと言います。
これは、どちらがベターですか? というタイプかもしれません。つまり、ものさしがあるということです。人間で言うと、身長、体重、視力や足の速さなどですね。そうしたものさしを当てて、Aさんの方がBさんよりもより背が高いとか、足が速いといったことです。そうした違い。これをOE(Operational Effectiveness)と言っています。
もう1つは、SP(Strategic Positioning)。頭文字をとって戦略的な位置取りと言います。これはディファレントというタイプの違いなのです。つまり、ものさしがないということです。人間で言えば、男と女ということですね。要するにディファレント。ものさしがない。「違い」の違い、お分かりいただけると思いますが。
どうしてこの区別が大切なのかというと、戦略とは一言で言って“違いを作る”ということだからです。それはディファレントになるということでありまして、ベターかどうかは二の次だと。他社よりベターであったとしても、それは必ずしも戦略ではないということがあります。
つまり、これは戦略があるというイメージで、足が速いことは大切なのですが、それ以前に、ディファレントになっていると。違いを作るというのは、理屈としてはトレードオフを作るということであります。
男であるのと同時に、女ではあれないですよね。だから、どちらがベターなの? というイタチごっこになりがちなので、それよりもよりはっきりした違いが出ると思っているという。ですから、こんなこと言っていてもしょうがないので、戦略的な意思決定というのはこちらなのですね。
なにをしないか決めるのがSPを作るということであり、すなわち違いを作るということであり、すなわち戦略的な意思決定である。こういうことです。