人間にできることとAIにできることは違う

伊藤博之氏(以下、伊藤):さて、次に行きましょう。「人にできて人工知能にできないことはないと思う?」という質問です。青・赤で答えてください。Yesが青、Noが赤です。どうですか?

(参加者がカードを上げる)

やっぱり赤が多いですね(笑)。そうですよね。人工知能がなんでもできると言うと、ちょっと語弊があるところだと思うんですが。人ができることと、人工知能ができることは、僕は別物だと思うんですね。

人ができることというのは、手先が器用で、編み物を編むとか、細かい米粒を1個1個拾うなんてロボットにはできないだろう、っていう感覚だと思いますが。

でも、ロボットというかAIって必ずしも人型である必要はないわけです。実際に車とか、ドローンとか、さっきの家庭用スピーカーみたいなかたちでのAIの実装もあるんですよね。

人工知能も生活に馴染んでいくかもしれない

みなさん電気って使ってます? ……という質問をすると、「なに言ってるんだよ」となりますよね。でも、電気って100年以上前は「家に電気来た?」「まだ、俺、来てない」「早く電気来ないかな」みたいな、「うちのエリアは停電が多くて」とか、そういう会話がけっこうあって。

それがインターネットになって、「インターネット来た?」「いや、うちのエリアはまだ来てない」みたいになって。でも、今はもうインターネットが通ってないエリアもないので、そういう会話もなくなった。

だから人工知能もそんな感じだと思うんです。「人工知能って便利?」「いや、まだ使ったことないんだよね」みたいな会話を。さっき「人工知能と一緒に生活してますか?」って質問に誰も挙手しなかったけれども。

じゃぁ「人工知能ってなんなの?」と。「ケーブルかなにかで送られてくるの? それとも電波で飛んでくるの?」という話です。結局はインターネット上に人工知能がいて、通信で恩恵を得ると思うんですけれども。

今「人工知能ってどうなんだ?」って言ってるのは、300年ぐらい前に「電気ってどうなんだ?」って言っていたのとあまり変わらないかもしれない。

「電気ってビリビリするし、怖いし、あんなの人間使うものじゃないよ」「電気なんかやめなさい」みたいな議論が昔あって、今も「人工知能なんか……」みたいな感じなのかなと思ったりもします。

人工知能でなにをしたい?

みなさん、人工知能でなにができるとうれしいですか?(笑)。

参加者1:火災とか災害とかの救助活動のときに、例えば放射能があるとか、そういう人間は行けないところに人工知能を送って、救助に対していろいろな判断とかをしてもらえれば。

伊藤:それはもう人工知能というか、ロボットが最も活躍する部分ですね。どうもありがとうございます。

(会場拍手)

参加者2:無菌室とか、病気で他人と関われない人が一緒に話ができたり、そういう友達としての人工知能とかロボットが増えてくると思います。

伊藤:なるほど。あの、工学系の学生ってどれだけいますか? 理系の学生の視点でなにか聞いてみたいですね。

参加者3:以前聞いたんですが、今、自動運転が進んでて。僕、運転がぜんぜんできなくて、人を轢いてしまったりしたら大変なので、自動運転の技術が進んでいってくれたらうれしいと思っています。

伊藤:そうですね。自動運転はすごい。ちなみに北海道以外の方っています? みなさん、基本、北海道の方ですね。JR北海道が赤字路線がやばいってときどき新聞に載って「どうするんだ?」みたいな感じになりますけども。

ああいう、赤字でなかなか維持するのが困難になってきたときに、自動運転が交通を埋めてるようになれば、車を持たなくても交通は維持できる。そういうところではすごく価値が高いですよね。とくに北海道では価値は高い。

次の質問に行きますね。「なんらかの創作活動をしている?」。Yes・Noでまたパネルを出していただけますか。創作活動、お料理でもいいですよ。音楽とか。ゲームとかじゃなくて、なんらかの創作活動をしてる方。Yes・No。

(参加者がカードを上げる)

あ、Noが多いかなぁ。ちなみにYesと答えた方でなにか。

参加者4:今は歌詞、その前はピアノをやってて、一番最初にやったのはMMD。

伊藤:あっ(笑)。MMDってわかります? MikuMikuDanceの略で、当初はミクを躍らせるためのツールだったんですけれども、今はすごいいろんなキャラクターとかモーションデータを共有していて。MMDで動画を作って共有されていたり?

参加者4:仕事で3D技術をやってて、その延長線上という感じですね。

伊藤:なるほど。わかりました(笑)。

自ら歌わないからこその魅力

「初音ミクは今後どう進化すると思いますか? どうあってほしいと思いますか?」という質問です。

事前にいただいたアンケートでは、「人である私たちと、私たちにとっての人でないものとの間で、両者をつなぐ架け橋的な存在であればいいなと考えています」という非常に模範的な答えで、僕もそう思ってる1人ですけれども、どうしてそういうふうに思いましたか?

参加者5:初音ミクのソフトが発売された頃に、動画サイトで知って。それまでいろんな音楽を聞いてたんですけど、やっぱり初めての、人間の声とも、単なる電子的な音とも違う歌声にびっくりしました。

最近、初音ミクの音声自体も、どんどん改良されて人間に近くはなってきていると思うんですけど、それでもやっぱり普通の人とは違う魅力があって。それで世界各地でライブが行われるぐらいになってると思うので、今後どんな進化をするかはわからないですけど、その方向で行ってほしいと個人的には思っています。

伊藤:すばらしい。拍手(笑)。

(会場拍手)

そうですね。初音ミクは自ら歌ったり踊ったりしません。後ろには必ず人間がいて、人間が歌わせたり踊らせたりしています。だから、人間をアシストするような存在とも言えるし、人間と人間をくっつける役割もあったりして。

例えば絵も描いて曲も作れる人ってなかなかいないので、コラボレーションというか、得意な人同士で才能を融通しあって、というところがあると思うんです。

そういう初音ミク的なものとAI的なものとが、人間中心で考えると、融合すると「人間いらねえ」みたいな感じになっちゃって「あれ?」となっちゃうので、そこはAI……まぁAIが中心なのか人間が中心なのかというと、人間が中心という状況は変えるべきかなと思うんですよね。

どこまで機械に任せるべきか

冒頭でも申し上げましたが、技術はどんどん変わっていきます。変わっていくというか、その……。

電気が最先端だった時代があって、インターネットが20年ちょい前に生活に入ってきて。AIみたいなものがどういうふうにサービスされるかはさておき、スイッチ1つで電気が来る、インターネットが来ると同じように、知能が来る、知識が来るという状態になるまでにそんなに間は空かないと僕は思います。

どんどんコモディティ化していくと、今電気がそもそもどうのこうのって議論する人はいないように、人工知能もあんまりそこらへんの議論はなされずに、どんどんサービスとして生活の中に入っていって、それを我々は知らず知らずに消費するという、そういった構造になっていくと思っています。

でも、例えば、初音ミクの歌声はぎこちないけれども、「こういうふうにすると少し人間ぽくなる」というテクニックがいくつかあるんです。歌詞とメロディを入れた瞬間にそのテクニックが自動的にアプライされて、人間が手でやらなくてもいいようにする、ということが実はできるわけです。

それと同様に、音程を上げていくときと下げていくときで、上ずる・下げずるって言いますけども、そういうのを自動的にアプライすることは基本的にはできます。AIというよりは便利機能みたいな感じですが。

そういうものをやっていくと、どんどん人間らしくなっていくわけです。そうなったときに、「あれ? いつの間にか初音ミクが人間っぽく歌うようになっちゃったけど、ぎこちない部分を触れるのがよかったのにね」という、ギャップというか齟齬が生じてしまうんです。

だけども技術側としては、性能のそういう部分は、できるだけ聞こえやすいように歌わせるという点では追求するべき部分で。それを人工知能と言うかどうかはさておき、そういったちょっとしたインテリジェントなものはどんどんできてくるかもしれなくて、そこはまぁそこかなと思います。

ただ、ボタンをピッと押すと作曲してくれて歌詞もできてみたいな世界はおもしろくないじゃないですか。創作するのが人間だからおもしろい。その楽しみを全部奪っちゃうと「解散!」みたいな感じになっちゃっておもしろくないのかなというところもあるので、そこの線引きはやっぱり考えますね。

時間になりましたので、今日はこれで締めさせていただきます。どうもありがとうございました。

(会場拍手)