アルツハイマー病など認知症のリスク

ステファン・チン氏:年を取ると楽しみなことがたくさんありますね。高齢者割引がききますし、バタースコッチのアメが美味しく感じられ、アーガイル柄のセーターも似合うようになります。

しかし、加齢による困った問題もたくさんあります。その中で大きなものが、認知症リスクの上昇です。

アルツハイマー病など認知症については、一般的に、年を取れば普通にかかってしまう、避けられない形の認知症だと思われているようです。しかし、こういった疾患について、脳内で起こるすべてが明らかになってはいませんが、予防や治療は不可能ではありません。

そのため、研究者たちは、必死になって認知症のメカニズムを解明し、治療法や予防法を探しています。新たな研究成果も絶えず発表されています。しかし、まだまだ道半ばであることは確かです。

アルツハイマー病と認知症、実は異なる

同列に語られることの多いアルツハイマー病と認知症ですが、両者はまったく異なるものです。さらに、双方とも加齢はもっとも大きな因子ではありますが、年をとれば必ずかかるものでもありません。

認知症とは、複数の症状の症候群を指す広義の症状であり、単独かつ特定の疾患を示すものではありません。認知症では、認知と記憶に幅広い障害が起こります。言語力や理解力、学習力に問題が発生し、遂行機能障害、社会的行動障害が起こります。通常は徐々に進行し、多くが患者が自立生活を送れない状況に陥ります。

発症の原因はさまざまです。1つの例が「血管性認知症」です。これは、脳梗塞や、もっと小さな脳血栓など、脳内の血流異常から発症する症状です。

もう1つのよくある例は、α-シヌクレインというたんぱく質が、患者の脳内に蓄積し発症するものです。レビー小体型認知症として知られ、パーキンソン病と似たような症状が出ることがあります。

前頭側頭型認知症もあります。これは、脳の前頭葉と側頭葉が萎縮して発症します。また、遺伝的要因が大きいことがわかっていますが、何が要因なのかを特定することはまだ困難です。

認知症の50%から80%を占める、最大のケースは、100年以上前に発見されたアルツハイマー型認知症です。

大抵の認知症がそうであるように、アルツハイマー型認知症もまた、時とともに進行します。はじめは、近しい友人や家族でも気づかない程度の、軽い物忘れや集中力の低下から始まります。

症状が進行すると、より物忘れが激しくなり、人格や感情に変化が見られます。最終的には、患者は身の周りのことがほとんどできなくなり、周囲を認識できず、家族の顔がわからなくなり、24時間のケアが必要となります。研究者たちが、アルツハイマー病の解明に対し懸命に取り組んでいるのは、このためです。

発症してからの患者の平均寿命は8年です。死因はさまざまですが、症状が進んで、食物の摂取や心拍などの基本的な機能に影響をおよぼし、感染症や心筋梗塞を引き起こしやすくなることが多いです。

プラークとタウたんぱく質

現在、アルツハイマー病の決定的要因はわかっていませんが、患者の脳内には2つの大きな特徴が見られることがわかっています。まず、アミロイドβからなるたんぱく質の堆積物である、プラーク(注:、脳の大脳皮質などに染み出るようにできる「老人斑」)が見られます。

もう1つは、ニューロン内で凝縮(注:「神経原繊維変化」)する、別のたんぱく質、タウです。

プラークも凝縮も、加齢とともに普通に起こるものですが、アルツハイマー病の患者にはとくに多く発生します。そして、症状の進行とともに脳内に広がるのです。そのため、医師たちは、これらのたんぱく質が、症状に関係があるに違いないと考えています。

現在、一番有力なのは「アミロイド仮説」です。これは、アミロイドβの蓄積をアルツハイマー病の主な原因とするものです。具体的には未解明ですが、プラークが脳細胞間の信号伝達を妨げます。

また、アミロイドβは、凝り固まってプラークを形成する以外にも、脳脊髄液に溶けやすい線維を形成します。免疫システムがこれを排除しようとすると、有害な炎症を引き起こすのです。

仮にアミロイド仮説が正しいとしても、アルツハイマー病の原因となるのは、アミロイドだけではありません。アミロイドのプラークが形成されると、タウたんぱく質が凝縮し、さらにダメージを加えます。

本来のタウたんぱく質の役割は、微小管(注:神経が細胞内に栄養分や神経伝達物質を運搬する)を結合する働きをします。しかしタウたんぱく質が本来の役割を放棄し、凝縮してしまうと、それまでとは逆に、分子の伝達を阻害します。つまり、玉突き事故が起きるだけでなく、道路そのものが地滑りで消失してしまうようなものです。

治療法は見つかっていない

アミロイド、炎症、凝縮といったプロセスが、脳内のさまざまなシステムを阻害し、患者の記憶と認知機能は悪化していくのです。

しかも残念なことに、これらを回復させる手段は、いまだ解明されていません。そもそも、プラークや凝縮が発生する原因も、確定してはいないのです。

多くの研究者が、アルツハイマー病は、遺伝や全身の健康状態、環境など、複数の因子が絡み合って発症すると考えています。しかし、遺伝によりアルツハイマー病が出るケースが1つだけあります。

アルツハイマー病のうち1%は、PSEN1(プレセニリン1)、PSEN2(プレセニリン2)、アミロイドβの構成因子であるAPP(アミロイド前駆たんぱく質)などの、遺伝子の変異により発症します。1つでも変異した遺伝子を受け継いでしまうと、家族性アルツハイマー病を発症します。このケースの発症は比較的に若年時で、60代以降ではなく、40代から50代です。

いずれの発症原因であっても、アルツハイマー病と認知症には、治療法が見つかっていません。しかし少なくとも、進行を緩和させる治療の選択肢はあります。

進行を緩和する医薬品2つ

アルツハイマー病に特化した医薬品は2種類あります。アセチルコリンエステラーゼ阻害剤とNMDA受容体の拮抗薬です。

阻害薬は、脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンを分解してしまう酵素を阻害することにより、アセチルコリン量を増やし、アルツハイマー病の症状を緩和することができます。この酵素はプラークや凝縮の生成も促進すると考えられているため、阻害すれば、こういったプロセスの進行も緩和することができるかもしれません。

拮抗薬は、脳を興奮させる神経伝達物質である、グルタミン酸の活動を抑えます。グルタミン酸量を抑えて、過剰に興奮した神経の過活動を抑えることにより、症状を抑えることができるようです。

さて、こういった医薬品は、アルツハイマー病の進行を緩和することはできますが、進行を止めたり、元の状態に回復させたりすることはできません。その手段は、まだ解明されていないのです。