『ゼブラーマン』との関係性

山田玲司氏(以下、山田):それ(『アメリカン・ビューティー』)がなぜすごいのかっていう話を、ちょっとこれからしますね。

アメリカン・ビューティー (字幕版)

乙君氏(以下、乙君):はい。

久世孝臣氏(以下、久世):気になる。

山田:もう1個あるんだけど、ここに並んでる『ゼブラーマン』ですが。

ゼブラーマン(1) (ビッグコミックス)

乙君:はい。

山田:ゼブラーマンは2004年の作品です。これ(『アメリカン・ビューティ』)は1999年の作品です。

乙君:5年後の作品。

山田:いいタイミングで、(『アメリカン・ビューティ』を)見倒したあとに、これ(『ゼブラーマン』)を描いてんの。

乙君:へえー。

山田:だから、ハンパなく影響されてます(笑)。これの影響がすごく強くて、それの説明もあとでしますね。これ一言で言ってどういう映画かって言うとね、まじめに生きてきた人間が無表情でブチ切れる映画っていう。

乙君:そんな系統があるんですね(笑)。

山田:そう。淡々と生きてきたんだけど、魂が途中で死んでいくんだよ。俺生きてんのか死んでんのかわかんなくなるなって、(『少女革命ウテナ』の)ウテナが言ってた「死にながら生きていくのか」っていう、要するにアンシー状態だよな。

だからそうやって生きてくんだって、本当にそうなっていくっていう。実は予言があって、先週言ってた、いとうせいこうが書いた『ノーライフキング』っていう小説で、ノーライフでしょ。心がなくなる、魂と命がない王様がゲームのなかに出てくる小説があったんだけど。

ノーライフキング (河出文庫)

これからの人間は、ライフがない状態で生きてくんだと予言してるような小説があるんだけどさ。

乙君:へえー。

山田:これがバブルのころに書かれてる。

久世:すごいな。

競争社会の過酷さに人間は生身のままじゃ抗えない

山田:これ(『アメリカン・ビューティ』)の10年前に書いてる。そういうふうにして、近代の社会で、競争で非常に過酷な生活をしていると、どうしても生身のまんま、素のままでは生きていけないから、「私は死んでいるんですよ」と。

「いらっしゃいませ」ってやってて、「ふざけんな死ね」って思ってるわけじゃん(笑)。これが資本主義だから。このなかで、本当に死んでいってしまう自分。なんでこれやってんのかもわかんなくなる。

っていうことをテーマにしていくっていうのが、どんどん増えてくるんだけど。これがある程度までいくと、抑えてたものが大爆発していく、と。最近で言うと、みなさんをお待たせしている『ブレイキング・バッド』がまさにそう。

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久世:ああ。

山田:ずっと淡々と地道に働いていた物理教師が、麻薬王になるという話なの。あれはえらいブチ切れ方するんだよね。家族のためと言いながら行動しはじめるんだけど、そのうち、俺っていったいなんだったんだ? 俺の人生ってなんだったんだ? って壮大な復讐劇に変わっていくっていうのが『ブレイキング・バッド』なんだよ。

久世:なるほどね。

山田:そうそう。それの系譜で。これの女版だと、みなさんご存知のドラマ『デスパレートな妻たち』っていう。

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乙君:あー。

山田:静かに壊れだす女たち。だから主婦はアッパークラスの暮らしをしててもぶっ壊れてますよ、と。こうやって、あと『ファイト・クラブ』っていうのは資本主義が壊れていくっていう話でしょ?

ファイト・クラブ (字幕版)

乙君:はい。

山田:だから、普通に働いてる車の会社の人間が実はぶっ壊れて、2人の人間になっちゃったって話じゃん。それで資本主義に復讐するって話だから、あれも。あれはエドワード・ノートンが見事に無表情なブチ切れ男をやってる。

久世:そうですね。

山田:ブチ切れ男になったときに分裂するからおもしろい、あれは。あれが新しい見せ方で、同じパターンだなってやつで。これの進化系が、(デヴィッド・)フィンチャーの『ゴーン・ガール』だと思う。

ゴーン・ガール (字幕版)

乙君:ああ……。

山田:これがまた、もう巧妙にぶっ壊れるんだよ。巧妙にブチ切れて、あれはぶっ壊れるんではなく復讐劇をやり遂げるっていう話になるんで、なかなかすごいよね。その前に、手前に、フィンチャーは『ドラゴンタトゥーの女』やってんじゃん。あれはわかりやすい復讐劇じゃん。

ドラゴン・タトゥーの女 (字幕版)

久世:うん。かっこいい。

「アメリカは間違いました」と告発した映画

山田:かっこいいやつ。でもそうじゃなくって、能面のように普通の人間を演じながらぶっ壊れていくというやり方っていうの。このあたりがすごくできてる。ここで何が素晴らしいかって、「普通って狂ってる」っていう告発なの。

乙君:ああー。

山田:普通に生きてるだけの人間がいかに異常なのかっていう。これはさかのぼると、数年前『ツイン・ピークス』が田舎町で告発してた。

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乙君:1999年よりさかのぼると。

山田:そう。10年ぐらい前に『ツイン・ピークス』が告発してて。一見、のどかな田舎町。なかの人はみんな、全部狂ってる。狂人っていう世界をやってて、これがコミカルに、実にコミカルに、そしてリズミカルにテンポよく。そして詩的に。最終的には神の問題を語ってる、と。

久世:なるほど。

山田:一番好きなところはね、神の問題もあるんだけど、これは告白なんだよ。何の告白かって言うと、「アメリカは間違いました」っていう告白をしてる。

乙君:へー!

山田:『アメリカン・ビューティ』っていう映画は何を言ってるかって言うと、「アメリカは失敗しました」っていう宣言をしてる。これを、こういうかたちで美しく出せるっていうところが、アメリカ人って、アメリカ政府は問題だらけだし、いろんなことはあるけども、これだけ知的で繊細で、詩的なものを生み出せるというものを見せられると、まだ希望を持ってしまうわけ。

結局国じゃねえなって。個人だな、と。この個人の中心にあるアラン・ポールっていう人はね、この人、1つ秘密を抱えてました。

久世:え?

山田:これはあとで話しますけども。

久世:あとか。

乙君:気になるじゃない(笑)。

山田:これがけっこうデカい秘密だったっていうことがわかる。

乙君:なんだなんだ?

ブチ切れ父さん、マッチョになって…

山田:この『アメリカン・ビューティ』、一言で言ってどんな映画ですか? って言われたら、ブチ切れ父さん、マッチョになって、上司殴って大麻キメながら女子高生を抱きに行くって話です。

久世:はっはっは(笑)。一言で言いましたー!

山田:そういう映画ですよ。見たくなるだろ、これ!

乙君:一言っていうか、一息だね。

(一同笑)

久世:一息でしたね。

山田:ブチ切れ父さん、マッチョになって上司殴って大麻キメながら女子高生抱きに行くぜっていう話は、見たいじゃん。

乙君:まあまあ(笑)。

久世:確かに、こぼれてる要素ないですもんね。

山田:まさに、しみちゃんがこれから突入するミドルエイジ・クライシスな映画でもあります。

乙君:なるほど。

山田:42歳。だから、お前らみたいに「うえーい」ってやって、青春が終わっていくとか言ってまだ祭りやってる時期が終わって。「まじで終わった」、ドーンっていう時期が。しみちゃんはこれからなっていくわけですけれども。

乙君:絶対ならないです。絶対ならない(笑)。

しみちゃん氏(以下、しみちゃん):いやいや、僕の未来予想図の映画ですよ、これ。

山田:未来予想図ありがとうございます。

(一同笑)

山田:未来予想図いただきました(笑)。

しみちゃんにクライシスは来ない

乙君:だって、美術部の作家名、イージートゥペロタなんですよ?

しみちゃん:いいじゃない、いいじゃない(笑)。

久世:作品名は「イージートゥイービル」だし。

山田:ああ、そうだった。

久世:たぶんならないと思いますよ。

乙君:なんで? って聞いたら、「TRF好きなんです」って(笑)。

(一同笑)

山田:うつにはなりません。

乙君:でしょ!?(笑)。

久世:クライシスしません。

山田:ああよかった(笑)。さーてと。

乙君:いや、すごい映画ですね。