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未来をつくるソーシャルイノベーション(全2記事)

2018.03.09

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なぜ学校と家以外の「第3の居場所」が必要なのか? 日本の子どもたちを苦しめる“精神的貧困”という病

提供:DIVE DIVERSITY SUMMIT SHIBUYA実行委員会

2017年11月13日~15日にかけて、新しい社会のスタンダードと向き合う都市型サミット「DDSS(DIVE DIVERSITY SUMMIT SHIBUYA) 2017」が開催されました。2日目のキーノートでは、日本財団理事長の尾形武寿氏とクリエイティブディレクターとして活躍する佐藤可士和氏が登壇。モデレータに日本財団常務理事の笹川順平氏迎え、「未来をつくるソーシャルイノベーション」というテーマでトークセッションを行いました。

海外から評価される日本を次の世代にどうやってつなげていくか

笹川順平氏(以下、笹川):今、まさにクリエイティブな力でどのように環境や人間そのものの考え方を変えるのかということも、ソーシャルイノベーションの事例だと思われますが、いかがでしょうか?

日本財団の理事長である尾形さんは現在、子どもを全体的にサポートすることに注力されています。とくに大きな問題である「子どもの貧困」という問題ですね。日本では7人に1人が経済的貧困に陥っているという状況です。

また難病支援ですね。難病児も累計で14万人います。14万人ということは1,000人に1人が、なにかしら難病を抱えております。社会的環境や、医療の発展、高齢出産がとくに原因なのではないかと思われます

身近な問題だけではなく、現在の問題に対して「国ができないこと」にまで尾形さんは手を打っていくという方針を出されております。ここについてお話をいただきたいと思います。

尾形武寿氏(以下、尾形):ありがとうございます。みなさん、こんにちは。日本財団の尾形でございます。

なぜ日本財団が子どもに焦点を当てたのかと言えば、会長である私も仕事柄、海外をよく訪問します。どの国に行っても、日本という国のイメージは非常に安心安全で清潔な国なんです。

それから国民がおしなべてみな勤勉だ、という印象のようでした。そのなかで、そういう国なのに、なぜ日本は「社会課題先進国」と言われるのか、そこがよくわからなかったんです。

「海外から評価されてるすばらしい国である日本」を次の世代に、そのまた次の世代にどうやってバトンタッチしていくか、というところが最も大事なソーシャルイノベーションではないかと私は思っております。

「では、次の世代は誰が担うのか」と言えば、紛れもなく子どもたちの話です。すばらしい国である日本を子どもたちが本当に身をもって理解するだろうか、どうやったらこの子たちに日本のすばらしさをわかりやすく説明できるのか。

現在、子どもたちの周辺で起きている社会課題をいくつか改善して、解決してやらないと、本当の意味での子どもたちの成長がなくなり、子どもたちの精神的な安定もないだろうと私は思っております。

日本の抱えている深刻な社会問題

笹川:今、お話にあったお考えをもとに、日本全体で子どもを取り巻く社会課題をまとめました。

尾形:(スライドを指して)見えますでしょうか、ここに約18項目あります。

「こんなことまで社会課題か」と言われるようなものもあります。児童ポルノ、虐待、養護施設の問題、里親の問題、もちろんいじめの問題、自殺の問題など、数え切れないほどあります。

これで全部だと私は思っておりません。もっと深刻な問題は内在しているかもしれませんが、現時点で我々の目に見えている問題はこの18項目だろうということです。このうちの下の緑の部分は、日本財団が着手した部分です。

その上の8、7項目については、どのように取り組んでいくのか検討すべき部分です。これからどこに手を付けるか考えていかなければなりませんが、とりあえず喫緊のものはすでにやっております。

そのなかから、今日は2つ選びました。先ほど笹川さんからも言及がありました、貧困と小児難病について、我々がどのように取り組んでいるか話してみたいと思います。

さきほどの可士和さんのお話では明るい未来の雰囲気でしたが、私はもっと重い感じで、じとっと来るかもしれません。ですが、それもまた日本が抱えている根の深い社会課題だということをみなさまに知っていただきたいと思い、取り上げました。

子どもの居場所がなくなった時代背景

笹川:それではまず子どもの貧困問題から。第3の居場所、つまり家でも学校でもない居場所を全国に100ヶ所作ること。それについて簡単に触れていただきたいと思います。

尾形:戦後の高度成長期にいろいろな社会変革が起きました。私が一番の問題だと思っているのは、地方から「金の卵」と言われて出てきた方々が自分の家庭を持つときに、なかなか家が持てないことです。

国や行政がなにをしたかと言えば、低所得者用の、いわゆる核家族用の集合住宅を用意したんです。それだけでは格好がつかないので、国は「文化住宅」と称したんですよ。

今の時代から考えると時代錯誤な言葉ではありますが、当時の日本には「文化住宅」と言っても十分通用するような、そういう時代背景や社会環境があったんですね。

そこからなにが起きたかと言えば、核家族になることによってコミュニティが崩壊していきました。かつては町や村がみんなで子どもたちを育てていましたが、子どもたちの拠り所がなくなり、学校と家庭の往復だけになってきます。

外に出て遊んでみれば、そこに友達がいた。それからお兄さんがいた、お姉さんさんがいた。小さな子どもがいた、という社会現象でしたが、今はそれがまったくなくなってしまい、家庭と学校だけです。そこに第3の居場所を作ってやろうじゃないかということです。

「子どもの貧困」と言われていますが、日本はどこへ行ってもストリートチルドレンがいるわけではありません。ところが諸外国に行くと、子どもが物乞いの道具にされています。非常にひどい状態です。

身障者でもないのに身障者の格好をさせられて、路上や観光地でお客様からお金をむしり取ろうとしているんですよ。日本でそういったことはありません。

精神的な貧困に目を向ける

尾形:しかし日本では「子どもの貧困」です。7パーセントが貧困状態、経済的貧困状態であると言われております。私はもしかしたら経済的な貧困も、それは相対的な問題としてあるけれど、もっと精神的な貧困のほうが大きいんじゃないかなと思っております。

笹川:精神的な問題を抱えた子どもたちが7人に1人ということですが、具体的に日本財団はどういう活動をやられているのか、簡単にご説明いただけますでしょうか?

尾形:可士和さんの幼稚園と根本的に似ているんですが、我々が対象としている子どもたちは小学校1年生から5年生ぐらいまでです。家でも学校でもない第3の居場所として、子どもたちが集える場所を作っていこうとしています。

ここに来てもらえれば温かいご飯も食べられるし、安心していられるし、学習サポートも受けられるし、生活のリズムやいろいろな問題を学ぶこともできます。

先生のような人が来て教えるのではなく、定年を迎えた元教師や、時間を持て余しているおばさんやお姉さんたちです。「じゃあ、あそこに行ってみて子どもたちの世話をしてやろうじゃないか」という環境を作っていて、そうするとずいぶん違うのではないかなと思います。

第3の居場所の1日のカリキュラムやスケジュールとしては、午後の2時から夜の9時までです。この間はずっと預かれるんです。

問題としては、「登録されている子どもたちが貧困家庭ですよ」というレッテルですね。そのレッテルを貼られるのは、私たちとしても本意ではありません。子どもたちが安心して行けるところにしたいのですね。

(スライドを指して)これは第1号拠点です。埼玉県の戸田市で作りました。コンビニの跡地なんですね。日本中にコンビニのチェーン店が何十万とあると思いますが、それをもうやめたいと思ってるんだけどやめられない人たちがいます。我々はそれを引き受けて、子どもの居場所として作り変えます。これもまたソーシャルイノベーションではないかなと、私はそう思っております。

安寧を得た子どもたちは実際に変化している

笹川:食事を出された子どもたちは、実際にどう変わるのですか?

尾形:まず精神的な安寧や安定感を持つようになります。それと「自分たちがそこに行ってもいいんだ。そこに行けば誰かがいて相手をしてくれるんだ」ということが、子どもの情操教育にはすばらしい効果をもたらすと私は理解しております。

笹川:たとえば場所や教育のような「本来は家でやるべきだけど今はできなくなってること」を、日本財団が代わって提供して、施していくということですね。

尾形:おっしゃるとおりですね。本来は子どもの教育やしつけは親がするべきなんですね。しかし今は両親が働きに出ることもあります。望まない子どもに虐待してしまうことも起きています。親がしつけと教育を放棄した部分があるんですね。それを補おうと思っているわけです。

笹川:実際に戸田ではコンビニエンスストアがあった場所です。コンビニエンスストアは、ビジネスの業界でかなり激しい争いで淘汰されていて年間で何万件も潰れている。その場所を、日本財団は新たにして子どもや世代間交流の場所に使っていこうと。そういう試みと聞いています。

尾形:おっしゃるとおりですね。それを日本中に100ヶ所ほど作ろうと思っております。渋谷区はすでに同じようなことをやっておりますので、渋谷と我々でなにかを取り組んでいこうと思っております。「100ヶ所作る」ことによって世の中を動かそうと思っております。

笹川:お時間がまいりました。難病支援のお話は、またの機会ということで。日本の子どもの大きな課題に対しての取り組み方でした。ただ、これは日本財団がやればいいということではなくて、一歩前に踏み出したのが財団ということです。渋谷区との連携や、いろいろなかたちで世に広げていく必要があると、そういう理解でよろしいですか?

尾形:そもそもこういう仕事というのは行政がサービスとしてやるべき仕事なんですよ。だけどなかなか手がつかないんです。「だったら我々がやってみせましょう」「こうすればできますよ」「そんなに大きなお金がなくたって大丈夫ですよ」「こうできますよ」ということを見せて、それをモデルにして、どんどん全国で普及していけばいいなと考えています。

笹川:みなさんお聞きになられた佐藤可士和さんのクリエイティブな力ですね。「まったく違った発想から世の中を変えていく力」と、日本財団の原始的な「やらなければいけないことをやり遂げる力」。この2つが今組み合わさろうとしております。

クリエイティブな子どもたちを育てる

笹川:実は、(2017年)10月31日、新たに渋谷区と日本財団が包括提携を結びました。プロジェクトのクリエイティブディレクターに就任されている佐藤可士和さんから、最後にお聞きしたいのは、どういうことを期待されているのかです。抱負も含めて、尾形さんも、一言ずつお願いします。

佐藤可士和(以下、佐藤):まだいろいろこれからですが、コンセプトとしては、やはり「クリエイティブキッズ」として、子どもたちのクリエイティビティを刺激して、クリエイティビティをつけてもらいたい。

それを町ぐるみで、町と組んでやることを考えています。

ある意味、町をメディアにしてやっていくこと自体がソーシャルイノベーションなんじゃないかなと僕は思っているんですけど、そのクリエイティブキッズにフォーカスしていろんなことを考えていければと思っています。

笹川:ありがとうございます。尾形さん。

尾形:今、ソーシャルイノベーションという言葉を「社会変革」とおっしゃいましたけど、確かにそうですね。世の中を変えていくのはやっぱり若者です。明治維新の時もそうですし、だいたいもう20代前半から後半。

今の日本でもやっぱり17、18ぐらいから20代にかけて、いろいろな精神の発露が人生の中で一番大きいのかもしれません。そういう発信力をこれからも支えていかなくちゃいけない。

そういった意味では、いわゆる「若者の街、渋谷」ですから、できれば私たち日本財団も渋谷に情報の発信基地が作れたらなと思っております。

笹川:5年にわたる契約を結びまして、来年の4月から具体的なプロジェクトが動き出すと聞いております。ぜひみなさんもお楽しみにいただいて応援をいただきたいと思います。それでは今日はありがとうございました。

尾形:ありがとうございました。

佐藤:ありがとうございました。

(会場拍手)

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