アートとテクノロジーの語源は一緒

夏野剛氏(以下、夏野):ダイバーシティという観点から人間のダイバーシティの話をしましたが、人間がダイバーシティを欲しているということは、逆に人間が作ったシステムもダイバーシティを欲していて。それがサイエンス×エンタテインメント。

今までタコツボのように分野がバラバラになっていた分野にまたがることで新しい付加価値を作るというなかで一番バカげたでかいことをやっているのが岡島さんの話だったんですけど。

次は小笠原さんのキーワードをもらいましょうか。小笠原さんからは、今度は「アート×テクノロジー」ときましたね。

小笠原治氏(以下、小笠原):はい。

夏野:アートとテクノロジー、アートとエンタテインメント、アートとサイエンス、全部違うんですよね。ということでアート&テクノロジー。これ事前にお互い知らずにこのキーワードを出してきているので。予定調和ではありません。

小笠原:そうです(笑)。

夏野:じゃあ、小笠原さんの真意を聞きたいと思います。

小笠原:もともとアートとテクノロジーの語源は一緒。「ars」とか「techne」とか、そういう言葉があって、要するに美しい技術までいくとアートと呼ばれていていたり。なので、本来同じなんですね。

夏野:これは日本のものづくりをやっている人たちが学習しなきゃいけないね。質素でボロいところですごいものを作るのが一番すごいというのは、NHKが作った価値観なんですよ。なんか歌が流れてくる感じの。

小笠原:(笑)。それをしてくれると経営者としてはいいですよね。

夏野:安いからね。

小笠原:コストが安いですから(笑)。

夏野:コストが安いし、ユニフォームもダサいのでいいからね。

小笠原:日本って自国の力だけで伸びたわけではなくて、戦後の人口ボーナスと周辺国の戦争という特需がベースで、民転するしか使いみちがなかった軍事技術があったからたまたま伸びたというだけのところを、なんとなくゼロイチで伸びた国だと少し勘違いしているところがあって。

その時に急激なコモディティ化を守るために勤勉に勤めることがよしとされた流れから、こういうアートや先ほどのエンタテインメントを排除していく流れがあって、わざと多様性を殺していったという歴史があると思っています。

エンタテインメントになってやっと社会に実装される

小笠原:僕の中では夏野さんは、この部分でおもしろいエポックメイキングというか。だって、今だったらみんなドコモはドコモだと思ってますけど、たぶん当時はまだNTT色が強かったですよね。

夏野:あまり言っちゃいけないんだよ。(会場を指差して)あそこで「言うな」って言ってる。今のほうが強いんじゃない。

小笠原:そうですか、やっぱりそれもあるかな。あの時のiモードは、既存技術を組み合わせて日本人ほとんどみんなが使うようなプラットフォームを作ったじゃないですか。あれは僕の中ではけっこうアート的というか。

こういう現象としてのアートもあるなと思っていて、そこはテクノロジーで作り上げられるし、結果的にテクノロジーで「すばらしいね」となった時点で、それはアートなんだと思っているんですね。

そういうことを10代から徹底的に教えていくために京都造形芸術大学に新しいコース作らせてもらって。1年目って……あ、僕ちなみに高卒なんですよ。高卒でも大学の教授ってなれるんだなって今年やっとわかったんですけど。

夏野:さっきビデオにあったJoi Ito(注:MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏)がそうですね。彼も高卒。

小笠原:そうですね。結果的にその時々に学ぶことに集中すればいいんですけど、集中したものを表現しないと社会に受け入れてもらえない。その表現方法がエンタテインメントでもいいと思いますし、アート的なものであってもいいんですけど。

これを言うと怒られるんですけど、アートよりも進化した状態がエンタテインメントだと思っていて。アートはどちらかというと積極的に関わっていかないと理解できない。でも、エンタテインメントは受動的でも受け入れられるので。

サイエンスがあって、テクノロジーがあって、アートになって、エンタテインメントになって、やっと社会に実装されるみたいなイメージでいるので、ちょうどやられていることにすごく興味があるというか。

(流れ星は)宇宙がディスプレイの代わりになるわけじゃないですか。今までみんな、ディスプレイで見たりしていて、やっと今8Kまで来ている。8Kから16Kぐらいが人間の目の解像度なので、だったらもうVRでもなんでもなくなってくる。シャープさんの8Kをこの間見てきたんですけど、もうそれだけで奥行きを感じるんですよ。ちょうど8Kぐらいから脳が錯覚をし始める。

宇宙がディスプレイ化していくと、人間は普通に見ているので、ヘッドマウントディスプレイとかそういうことじゃない。だからVR、AR、MRみたいな定義の必要もなくなるかなと思ってすごく期待しているんですけどね。

岡島礼奈氏(以下、岡島):ありがとうございます。

アートとテクノロジーの融合

夏野:アート×テクノロジーというのはけっこうおもしろい観点で、実は日本のいわゆる第2次産業の歴史の中にこの考え方はなかったんですけど、実は日本の工場ではじめてこのアーティスティックな美しさというのを工場の現場に取り入れた工場があって、それがPS2の工場だったんです。

日本のメーカーさんの工場に行くと、だいたい入った瞬間に「安全第一」とか書いてあって、ものすごくかっこ悪いんですよ。僕、ある自動車メーカーに、「工場がかっこ悪ければかっこいい車なんか作れるわけないじゃないですか」と言ったら、出入り禁止になったんですけど。

小笠原:(笑)。

夏野:ただ、1つだけすごい工場があって。長崎にあるプレイステーション2の工場。当時プレイステーションを作った久夛良木健という人が、「美しくない製造ラインはむだが多い」って。

のちに工学的に証明できるんですけど、彼は直感的にそう言ったんですね。「むだがあるから美しくない。だから美しくラインを作れ」って。初めて言われたと工場長が言っていました。

ものすごくモダンなすごく美しい工場だったんですね。ここが世界で一番ゲーム機のハードウェアを作った工場になったんですけど、「ああ、これはアート&テクノロジーだな」とすごく感じたんです。

小笠原:すごくよくわかります。最近、僕、投資先のハードウェアのスタートアップにも学生にも同じことを言っていて。ハードウェアのスタートアップには完成した状態、学生にはアートという文脈なので、ぜんぜん違うんですけど、例えば、完成した状態というのは、足すものがなくなる状態じゃなくて、引くものがなくなる状態という言い方をしています。

アートも同じです。1回ざっとやりたいことを積み上げて、本人にとっては引くものがもうない状態ぐらいまで、どこまで削れるか削る。これがたぶん美しい状態だと思っていて。久夛良木さんの美しいというのと、むだがないというのはまさにそれだなと思いました。

夏野:英語の表現の中に「state of the art」という言い方がありますよね。これは芸術的にすごいという言い方なんですけど、単に「きれい」とか「すごい」ではなくて、仕掛けが入っているすごさ。パッとは真似できないようなすごさを「state of the art」という言い方をするんですけど。それってテクノロジーがあるからこそ可能なわけだから、この2つがくっつかない理由はないんだなと、すごく感じます。

小笠原:本当に一緒だと思っています。そういう考え方をしてもいいんだというのが、僕にとっての多様性のベースだったりしますね。

今伸びている企業はテクノロジーとアートの組み合わせが得意

夏野:なるほど。しかし、テクノロジーの中心にいるはずのGoogleは、なんであんなにアーティスティックじゃないオフィスなんだろうかなと。おしゃれな人が誰もいないんですよね。創業者も含めて。Appleはstate of the artなんだけど。

小笠原:Googleに行くと、あそこだけ共産国じゃないですか(笑)。

夏野:まあ共産国というよりchaosでしょ。

小笠原:chaosですかね。(Googleは)ご飯が無料だとみなさんよく聞くと思うんですけど、僕はあそこに行って並んでいる時に、配給にしか見えなかったです(笑)。

すごい技術者がコモディティを守ってる会社ですよね。そこに外部のイノベーションを持ってきて伸ばせる。だからYouTubeやAndroidみたいなものを爆発的に伸ばせるんだと思うんですけど、Googleはすばらしい技術者が集まってコモディティを守るという会社かな、と思います。

夏野:Appleあるいはダイソンとかバング&オルフセンとか、今伸びている会社というのは、みんなテクノロジーにアーティスティックな美しさとかアーティスティックな価値観を組み合わせるのが得意です。日本のメーカーにはまだ出てきていない。だからバミューダとか、新しい家電メーカーはこれから期待したいところですね。

小笠原:そうですね。

夏野:そのためにはやっぱり多様性だな。

小笠原:多様性がいるんですよ。

僕の投資先で「tsumug(ツムグ)」という会社があって、「スマートロック」という言い方をやめようといって、先週「コネクティッド・ロック」というものを出したんですけど、その筐体デザインをやっている金沢の「secca」というデザイン集団がいるんです。彼らは3Dプリンタとかを使いつつも、最終的にはそれを漆塗りしたり伝統工芸と混ぜてやっていて。

デザイン兼アーティストみたいな人たちがスタートアップのデザインをやっていたり、やっと、ちょこちょこ始まってきたかなと。

『2001年宇宙の旅』の宇宙船のかっこよさ

夏野:そしたら衛星もアーティスティックにデザインしてください。だって流れ星を排出する衛星がかっこ悪かったらしょうがないじゃん。

岡島:そうですね。一緒に衛星を作ってくださっている先生は本当にものづくりの美しさ、デザインに非常にこだわられています。むだがない、機能を追求したものが美しいんだというスタンスでやられていて、ゴツゴツしていたり無骨だったり、そういうところがすごくかっこいいんだというふうに。

小笠原:燃える方向が違うんですよね。僕が思うのは、エンジニアだけがやってしまうと、引きすぎた状態になっちゃうことがけっこうある。

岡島:なるほど。

小笠原:造形を受け入れたくなる人というのが、理屈をわかっている一部の人になる。エンタテインメントというところでいうと、もっと一般対象の人が受け入れられるデザインというのが、引くものがない状態だと思っていて。

夏野:だから僕ね、スタンリー・キューブリックの『2001: A Space Odyssey(2001年宇宙の旅)』の中に出てくる宇宙船のかっこよさ。

岡島:ああ。

夏野:あれは工学的に見たときに、原子炉エンジンを居住区と離すとか、一番少ない材料で体積を一番大きくできる球の形を取り入れるとか、すごく理に適ってるんだけど美しい。そこを目指してほしいと思います。

岡島:そうですね。

小笠原:そのまま映画の中に出てくるぐらいのものになるといいなぁ。