サイボウズの営業部はガラパゴスだった?

伊藤英高氏(以下、伊藤):みなさま、こんにちは。サイボウズの伊藤でございます。今日は、Cybozu Days 2017にお越しいただきましてまことにありがとうございます。

Cybozu Daysも残すところ私のこのセッションと、あとみなさまがお楽しみにされている叶姉妹のセッションです。特別講演を残すのみとなりました。みなさんどうでしょう。Cybozu Daysをお楽しみいただけてますでしょうか? 

私は昨日から来ているんですけども、我が社のイベントをすごく楽しいなと、ワクワクしながら2日間参加しています。

今日はタイトルにあります通り「営業部はガラパゴス」です。サイボウズはふだん、働き方改革の先進を行っているというかたちでよく取り上げていただきます。しかし、実際にはサイボウズの営業のことを話すセミナーはなかったんじゃないかと思います。

そこで私たちがやってきた取り組みを少しご紹介したいなということで、今日、お時間をいただきました。

まず、私の自己紹介なんですけども、先ほどご紹介にありましたように伊藤英高といいます。33歳、愛媛県新居浜市出身です。愛媛県新居浜市といいますと四国3大祭りの1つである……(スライドを指して)写真にある通り、新居浜太鼓祭りが有名です。私もお祭り好きです。

経歴としてはちょっと変わっていまして、大阪教育大学を出ております。学校の先生になりたくて、小学校、中学校、高校の保健体育の免許を取得したのち、縁がありまして、2008年にサイボウズに入社をしております。大阪転勤、そして戻ってきて、現職に至っています。

とある営業社員が「ガラパゴス」と呼ばれた理由

私自身はサイボウズの社内で、メンバーや同僚からこう呼ばれていました、「ガラパゴス伊藤」。

それはなぜかというと、私自身はSNSも一切やりませんし、携帯も最近になってスマートフォンに変えました。最近は、今日の基調講演で登壇いただいたキングコングの西野(亮廣)さんの本を読みまして「このままじゃいけない」ということで、あることを始めました。それがSNSです。「Facebook、Twitterをやってみよう」「時代が動いているのに、やらない手はない」ということでやり始めました。

今日、せっかくこんなにたくさんのお客さんに集まっていただきまして、1つどうしてもやりたいと思ったことがあります。セミナーですべて聴いていただいた後にアンケートを書いていただくと思うのですが、そのアンケートが私の手元に届くまでには時間が掛かりますので、まずTwitter、Facebookで「#メルワイ」と入れていただいて、どんどん感想をこの場でつぶやいていただきたいなと思います。

資料も写真をどんどん撮っていただいて、みなさんの声をあげていただきたいと思います。あと、私から見えているこの景色をぜひ1枚一緒に収めたいなと思いますので、ちょっと写真を撮らせてください。

もし写るのまずいよという方がいらっしゃれば顔を伏せていただくか、お手元に資料などあれば、そちらで隠していただければと思います。すみません、ちょっと1枚、撮らせてください。いきまーす、はいチーズ。

(写真を撮る)

今、私のほうからメルワイというハッシュタグを付けて呟きましたので、この後みなさんもどんどん呟いてください。

「全社は朝9時出社」「でも営業は朝7時出社」

では、本題に入っていきます。

まず、みなさんは「サイボウズ」と聞いて、どのようなイメージを思い浮かべられますでしょうか? ちょっと考えていただきたいのですけども、先ほどちらっと触れましたけども、「働き方の先進をいっているサイボウズってホワイトだよね」「なにかおもしろい制度をいっぱい作っているよね」。

これを聞いて、「まあ確かにその通りだよね」と私自身も思うところもある一方で、「本当にそうなのかな?」「社内ってそんなに進んでいるのかな?」と思うところもあります。

また、サイボウズはありがたいことに、こういった類のセミナーをいっぱいさせていただくんですけども、その後「どうでしたか? 今日のセミナー」と聞いて、私自身すごく悲しくなる感想があります。それは「サイボウズさんだからできるんだよ」。

「みなさんはなんのためにセミナーを聞きに来られているんですか」と、私はいつも思います。なにか自分自身で課題を考えられていることがあるから、聞きに来ていただいていると思うんです。サイボウズの中身を赤裸々に語りますので、今日はぜひ一緒に、みなさん自身と照らし合わせて、先ほどの「#メルワイ」というハッシュタグでどんどんどんどん感想を呟いてください。

そんなイメージのあるサイボウズなんですけども、私が入った2008年入社当時。サイボウズの営業部にはどんなルールがあったかというところを、これからご紹介していきます。

まず1つ目「出社は朝7時」。考えられますか? 通常、全社は朝9時ですよ。9時出社なのに、僕ら新人……とくに営業部の新人は7時に出社しないといけない。

それでなにをするかというと、日経新聞の読み合わせをします。全員で日経新聞を1時間から1時間半かけて読んで、そして自分が気になった記事を発表し、上司や仲間から「こんな考えもあるんじゃないか」といった議論を毎日する。

一方で、全社では9時に出社しているんですね。こういうルールがまず1つ目にありました。

営業部の独自ルールは「だれも教育しない」

2つ目です。「営業職に配属される新人は例外なく飛び込み営業で100万円売ってくる」。こういう研修がありました。

100万円売れるまで部署に配属されない。(仮)がずっと付いた状態で営業する。当時、今と違ってクラウドがありませんので、パッケージのライセンスのみで100万円売る。渡されるのは自分が飛び込んでいいエリアの地図1枚ですね。

そこには既存のお客さんもいれば、既存でない未取引きのお客さんもいる。既存のお客さんに飛び込むとめちゃくちゃ怒られるんです。でも、それが社内の研修だと思ってやるしかない。1日120件から130件飛び込んで、もらえる名刺は30枚ぐらいですね。それをずっとやって100万円売る。こんな研修をやってました。

それから配属されたらされたで、先輩方はみんな忙しくてぜんぜん教育してくれませんでした。

教育してくれないということは、「現場に出てとにかく経験を積んでこい」ということです。隣の部署は丁寧に「こうやるんだよ」「ああやるんだよ」と教えてくれているんですね。

でも営業部はそうじゃない。私自身はこれがもう当たり前だと思っていたんですね。「営業って世の中的にこんなものだろう」「営業って厳しいんだよ」といろいろな人からよく言われますので、これが当たり前だと思っていました。

しかし、マーケティング部の部長から刺されるわけですね。「実はグローバルルールに馴染まない、ガラパゴスのルールで君たちは過ごしてきたんだよ」「コミュニケーション能力が低いんだから、これを機に反省してコミュニケーションスキルを上げてくれ」と。

けっこう辛いですよね。僕としては、がんばって会社の数字を売り上げてきたのに、そんなことを思われていたのか。やはり隣の部署のルールを知らないから、営業部だけのルールだったとここで知ります。

大阪への転勤、営業部2人体制、そして1人退職…

2009年私に1つの転機が訪れます。それは大阪への転勤でした。2年目でしたので最初は断りました。右も左もわからないので、そんな状況で大阪へ行けない。

「行きたくない」ということで断ったんですけども、「どうしても行ってくれ」ということで行ってきました。行った先はガラパゴスのさらに奥地です。当時の状況ですが、営業部は私と私の上司2名です。東京は20名ぐらい営業がいました。

さらに、その2人で近畿2府4県わかりますか? 大阪、兵庫、奈良、滋賀、和歌山、京都。この2府4県を2人でカバーしないといけない。

一方で東京はどうかというと、関東を中心に販売店さまを担当するというようなやり方をとっていました。あるパートナーさまを担当する、それ以外は別にしなくていいわけですね。

でも、大阪はそういうわけにもいかない。すべての販売店さまを2人で担当しないといけない。けっこうきついですよね。また、当然のことながら今はそんなことはないのですが、本社機能がありませんでしたので、すべて自分たちで受けないといけない。

例えば、クレームが起こりました。最初に技術のわからない私が行って、いったんクレームを受け止めないといけない。総務の手続きもわからないですけども、全部やらないといけない。あるいはチラシや提案資料、セミナー資料を全部作らないといけない。

本社ではそれを協力してお願いできるんですけれども、そのコミュニケーションすら取りづらい状況が起こっていました。

そして、これは東京も同じだったのかもしれないですが、終電で帰る。こういうのは当たり前にありました。

でも、私はすごく楽しかったのです。それは「東京にいるとできない経験を今得ることができている」という楽しさがありました。ちょっとポジティブですね。でも、その状況も上手くいくはずはなかった。

2人でやっていた上司が突然退職するということで、当時の部長から、当時のグループウェアのメッセージでリアルに届いたメールなんですけども、「10月で退職になった場合、補填ができない可能性があるけど大丈夫そうですか?」。……大丈夫じゃないでしょ。

なにを見てそんなことを言っているんですか! 当時、サイボウズは1月決算でしたので、10月退職となると3ヶ月間1人で全販売店さま、全お客さんを担当しないといけない。地獄のような状況が起こっていました。「詰んだな。で、どうする?」。そこでどうしようと考えたわけですね。