10年かけて学んだ「チベット医学」

小川康氏(以下、小川):銀河の始まり、そして星の始まり、地球の始まりから見ると、このチベット医学経典は8世紀に編纂されたんですけれども、なんだか急に近くのことのように思えてきました。私はチベット医です。

あれからもう5年経ちましたが、チベット医になるときには、8世紀に書かれたこの経典の一字一句を間違わずに約8万文字、午前ひとり午後ひとり、早口言葉で約4時間かかります。ちょうどこれぐらいの人数のど真ん中に座って目を瞑り暗唱して、ひとりひとりチベット医になっていきます。

今日はほんのさわりの部分だけをみなさまにご紹介します。チベットの原文と日本語訳をつけて、本当に簡単ですがご紹介します。

いちばん最初の部分です。ギャバルゲーツ、アンブリーダフリーダイアンガーシタッグハッバディッスタンタラナマ、プーケットゥドゥシニポニヤラギューチェイチョ。チベットの言葉で「甘露の精髄からなる八支医学秘伝の経典」と申します。

(チベット語読み上げ)。「彼岸の境地に抱かれ、全ての苦しみを救ってくださる薬師瑠璃光如来様に礼拝いたします」。(チベット語読み上げ)。「あの時私はこう聞きました。遥か東方上のタナトゥクと呼ばれる都は5種類の宝石によって彩られ、その宝石から発せられる光はルンの病、ティーパの病、ペーケンの病、それらを複合した病全てを癒してくれる夢のような都がありました」。

(会場拍手)

こんな書き出しで始まり、そして生理学、薬草学、いろんな話へとつながっていきます。5年たった今でも、まあまあ暗唱できます。こうやって目を瞑り、このスピードで4時間ひとりひとり。しかも今日と同じようにピンマイクを付けられて、町の人にも聞こえるように……。

(会場笑)

一体なんで僕はこんなことをやったんだろう、ものすごく暗唱に夢中になりました。10年かかりました。4時間のために10年。なんでわざわざこんなことをやったんだろうと考えると、薬の始まり、より始まりに近いところにこの四部医典、チベット医学の経典があるんだと思います。今日は「始まり」というものをテーマに話したいと思います。もうひとつ、チベット医学ですごいことがあります。こちらをご覧ください。

標高3300m、ヒマラヤのど真ん中にベースキャンプを張り、私たちチベット医学生は1か月間にわたって朝から晩まで1日の休みもなく、薬草を目指して走り回ります。約500種類くらいの植物のうちから薬を作るものを鑑別する。崖をよじ登り、急流を渡り、そして何十kgの薬草を背負って帰ってくるとき、「あぁ、自分はチベット医学を目指してよかったなぁ」って、本当にそう思うんです。「なんでこんなことやってるんだろう」って思うときもありますけど……。

これは私です。私とペンパとジヌメ。標高4000mでの記念写真です。この後遭難して死にそうになるってことは、この時誰も知りません。

(会場笑)

崖から落ちて大けがをする人もいます。その帰りをチベットの人たちは、ずっと祈りながら待っているんです。

日本でも楽しめる薬草の文化

だからでしょうか、これはチベットの薬なんですけど、チベットの人たちはみんなチベットの薬を大切にし、そして私たちチベット医も大切にしてくれるんです。本当にチベットの薬、チベット医学って、薬学の始まりがそこにあると思うんですよね。ヒマラヤのインド・ダラムサラっていう場所なんですけど、ここに渡る直前は佐久市の旧望月町で新規就農して薬草を栽培していたこともあります。

私はすごくそういうことに興味があるんです。4年前に帰国して今は何をしているのかといいますと、「森のくすり塾」というのを上田市の別所温泉で始めています。

誤解を恐れずに言えば、別に薬草がすごいっていうつもりは全くありません。薬は佐久病院か、ドラッグストアで買ってください。

(会場笑)

ただ私は山に行って、できれば一緒に笑いながら、楽しみながら薬草を摘んで、探して、乾燥して、洗って、刻んで、焙煎して、そしてブレンドして……。こうやってお茶を作るとね、誰も僕の作ったお茶をまずいとは言えないんですよ。

(会場笑)

みんな「おいしいね」って。「なんか効いたような気がする」って言ってくれると、ますます調子に乗って山に向かいます。この喜びを仕事にできないかなと思って「森のくすり塾」を始めました。子どもたちと一緒に薬草を採り、できそこないの、ちょっとなんか怪しげな漢方薬の素みたいなもの、そういったものを作って楽しんでいると言いますか、わざわざ山に行って薬の起源を体験しています。

これはカキドオシっていう薬草ですね。具体的にいうとカキドオシとかスギナとか、ドクダミ、クマザサ、タカトウグサ、意外とそういった身近なものを使っています。

チベットへと駆り立てた要因は、親の教育方針?

そもそもなんでこんなことを自分はやっているんだろう? こんなことに興味持ったんだろう? って自分で考えた時に、自分の家族に思い当たるんですよね。すごく変わってるでしょう? 別に僕、そんなに暗唱が好きだったわけでも、昔からこんなに薬草に興味があったわけでもないんです。

たぶんまずひとつ思い当たるのが、私の父ちゃんですね。昭和14年生まれ。本当に性格合わないです。便利なものを追い求め、快適なものを追い求め、一流企業に就職してほしい、親のその思いが強ければ強いほど、私をチベットへと追いやったといえます。

(会場笑)

でも、あんまりこういうことを言うと怒られるんで、実は今日だってここにかっこよく歩いてくればいいんですが、父親のプリウスを借りてきました。それに僕、自分で言うのもなんですが結構しゃべるのがうまいのは、私の父がずっと市議会議員、県議会議員を計28年間勤めていて、悔しいけれどもしゃべるのがうまいのは、たぶん父ちゃんのせいです。

(会場笑)

そういう風に作用反作用というか、ちょっとあまのじゃくなんですよ。そういう意味でチベットへ僕を追いやったかもしれません。それだとちょっと、僕の本当の原点は何だろうって考えた時に、1枚の写真を見つけました。

僕の小さい頃のおばあちゃんと、そしてお兄ちゃんです。私の故郷は富山県高岡市です。小さいころ、いつもおばあちゃんは裏の畑から野菜を取ってきてくれるんですよ。特にすごく覚えてるのが「おばあちゃん、うどんにねぎ入っとらんやないけぇ」っていつも兄弟で文句を言うと、おばあちゃんが「はいはい、よっこらしょ」って言って裏の畑に行ってねぎを取ってきてくれるんですね。で、ねぎを取って帰ってきたときには、すでに私たち兄弟はうどんを食べ終わっていました。

(会場笑)

そんなことが何回もあったような気がします。でももしかしたらその罪深さが、私をヒマラヤの山へと向かわせたのかもしれないと思う時があるんですよ。

宇宙の始まりから薬の始まり、そして私自身の始まりってやっぱりここにあるんですよね。始まりを知ったらきっと、まずなんとなくみなさん、ちょっと仲良くなれたりつながれたり、信頼が芽生えたりする。そんな気がしています。そして自分がどこから来たかを知るっていうのは、これからどこへ向かうのかってことがわかってくるんじゃないかなって思います。

薬の始まり、それがチベット医学で学んだことであり、そして私が家族から学んだことだと思っています。私は今、別所温泉というところで森のくすり塾をやっています。どうぞみなさん、薬の始まりを見つけに、そしてこれからの未来を見つけに遊びに来てください。ありがとうございました。