20年来、吹き荒れる「大学改革」

常見陽平氏(以下、常見):というわけで、この本で言いたかったことを山口先生にご紹介いただけますでしょうか?

山口裕之氏(以下、山口):『「大学改革」という病』という書名は、実は私が考えたんじゃなくて編集のほうで考えていただきました。

「大学改革」という病――学問の自由・財政基盤・競争主義から検証する

僕が書くとどうしてもくどくどしい論文のタイトル調になってしまうので、編集部のほうでこれでいこうと決めていただきました。よかったかなと思います。

今日は、(イベントタイトルに)そのまま題名をつけるのもどうかと思ったので、「大学教育への幻想」としてみました。大学関係者が3割くらいということでしたので、だいたいみなさん現状をご存知かと思います。

でも一応、そうでない方もおられるかもしれませんから概要を説明します。大学改革というのがここ20年来、日本の大学に吹き荒れております。1つの大きな転換点が2004年、今から13年くらい前です。

私が就職したのが2003年だったかな。はじめは国立大学だったから国家公務員だったんですけれど、半年後には、民間企業じゃないけれど準公務員ということになっちゃいました。

国立大学法人化の「建前」と「裏の目的」

山口:どうしてそうなったのかというと、大学も文科省さえもずっと反対していたんですね。けれども、まぁ、押し切られました。財界に。一応建前としてはみなさんご存知の通りで、国からトップダウンの連合艦隊じゃなくて……何て言うの。

常見:護送船団方式?

山口:「そうそう、『護送船団方式でみんな一緒』というのはアカンだろう。アメリカの大学を見ろ。お互い競争してどんどん良くなってるじゃないか」という幻想に基づいて、「お互いに独立させて競争させよう」という建前でした。

でも実は、裏の目的というのがありました。その直前、国家公務員の定数削減というのを決めたんです。国家公務員を4分の1減らす、と。森喜朗首相のときでしたか。それでターゲットにされたのが国立大学と郵政だった。2つ合わせるとちょうど25パーセントくらいだった(笑)。

それでみなさんご存知の通り、2004年に国立大学が独法化され、小泉劇場で郵政選挙、それで郵政も民営化ということになりました。2006年前後でしたか(注:2005年10月、郵政民営化法の公布。2007年10月1日、郵政民営化スタート)。

国の政策って誰かがトップダウンで動いているわけじゃなくて、総理大臣、文科省、通産省、外務省の意向というのがやっさもっさして決まっていくんですね。いろいろな思惑が交錯するので、いろんな裏の目的があります。

おそらくは財界とか、ひょっとすると文科省もそうだと思いますが、教授会の勢力を潰したかった。具体的に言うと教育公務員特例法というのがあって、それまで国立大学の教員というのは法律上身分が保証されていたんです。つまり、学問の自由が保証されていたんですけれど、国家公務員でなくしてしまえばその適用がなくなる(から独立行政法人化させたい)、という思惑があったんだろうというふうに言われています。

なぜ大学がターゲットにされたのか

山口:それで実際2004年に、大学は独立行政法人化されたんですけれど、その後どうなったかというと、実際行われたことは予算の削減でした。毎年1パーセントずつ機械的に削減していったんですね。なんで1パーセントかっていう合理的な根拠はないんです。腰だめの数字(適当に決めた)ですね。

そして、どうなったかと言うと、結局のところ大学関係者の方はご存知の通りで、大学は非常に疲弊しています。

どうしてそんなに大学をターゲットにしたかったのか? もちろん国家公務員を減らそうというのは1つの底意としてはあったんですけれど、財界が、90年代後半くらいまでは「大学の教育には期待しない」と、トップが格好つけて言っていたわけです。

僕は就職活動をしたことがないんですけれど、友達は入社式に行って言われたと。さる大企業の社長が、「大学の教育には期待していないから、存分に会社に入ってから失敗してくれ」と。まだ当時は景気がよかったから、社内で失敗を許容していたんでしょうけれど。

ところが90年代バブル崩壊後、どうも会社にお金がない、そうすると社内教育するコストをどこかに転嫁したい。おそらくそういうこともあって、大学を役に立つものにしたいという要求をしはじめたということです。

大学への要求過剰

山口:実際のところ、いろんな審議会などに財界の代表が入っていろいろ言うわけですね。どんなことを言われてきたのかといいますと、要するに、何かあると何でもかんでも、「教育が大事だ!」ってみんな言うんです。それで教育機関に何かやらせようと。小学校から中高大学まで全部そうです。

例えば、「グローバル化だ! 英語で教育せよ」って。僕らは大学の教員だし、ある程度はできますよ。学生も一応、6年間中高で英語をやっていますから、まぁなんとかします。けれど今、小学校で英語を教えようとしていますよね。小学校の英語の先生は本当に大変ですよ。そういうことも含めて、教育への要求過剰ということがあります。

大学に対しては、「グローバル化!」とすぐ繰り返す。念仏というか、錦の御旗というか。でもグローバル化ということの中身はよくわからないですよね。具体的に何せぇっていうのかと言うと、英語教育ですね。あとは留学生を増やせということです。

この件に関しては『オックスフォードからの警鐘』という本が最近出ています。

オックスフォードからの警鐘 - グローバル化時代の大学論 (中公新書ラクレ)

著者の苅谷剛彦先生によれば、もともと2000年ごろから中国人が世界中に留学するようになった。その中国人留学生のマーケットの取り合いで、英語圏の大学、とくにイギリスが動いた。

だから大学ランキングみたいなものも、それで出はじめたという話も書いておられます。

「大学改革」の取組内容

山口:あとは「教育振興」といいますか、それまで企業の中央研究所で研究開発していたことを大学にやらせたいというわけで、「産学連携」ということを言い出します。それと「地域再生」。集約してトップレベルにしたいのか、それとも地方を再生したいのか。どっちやねんということなんですけれど、両方やれって言うんですね。

とくに地方国立大学は、「地元の研究をして、地元の子どもたちを育てて、地元に就職させろ」ということをあからさまに言ってきています。だから、うちの大学は地方大学ですけれど、地元への就職率の目標みたいなものを出させられたりします。

あとは入試改革ですね。昨今、入試改革というのをやっていますが、もう40年来ずっと日本の教育界では「入試改革」と言い続けています。共通一次がセンター試験に変わり、一期校・二期校がA日程・B日程、前期・後期。制度は変わったけど、実態はなんにも変わってないですよね。

「2020年から変える!」と言ってるんですけれど、まあこの本にも書きましたけれど、やっぱり実態はほとんど変わらない(笑)。結局、ペーパー試験をやるという発想から抜け切れていませんからね。そうなんですけれど、とりあえず入試改革もやれというふうになっています。

あと「教育内容を変えろ」と。具体的に言うと、「アクティブ・ラーニングをやれ」ということですね。これについては、あとで実態を説明しようと思いますが、とりあえずアクティブ・ラーニング。もう大学のキーワードです。

また、それに付随して、数値目標を出させるんですね。「授業の何割がアクティブ・ラーニングですか?」というような。毎年、教務委員長が僕のところに聞きに来るんです。「先生、アクティブ・ラーニングやってませんか?」「とくに新しい取り組みはやってませんけれど」「例えばリアクションペーパーとか書かせてません?」「それは書かせてますよ。だってそれ10年くらい前からやってますもん」「いや、それでいいんです! それでいいんです!」という。