自社銘柄「まるみ豚」の6次産業化

日高義暢氏(以下、日高):こんにちは。宮崎県からやって来ました、有限会社協同ファームという養豚場を経営しています日高と申します。38歳です。

この写真(自身のプロフィール写真)は宮崎県の「日本のひなた宮崎県」というプロモーションのなかで、一般人枠の「ひなたの人」として撮っていただいた写真です。それを使わせていただきました。

我が社の銘柄は「まるみ豚」と申します。2009年に銘柄化をして、いわゆる6次産業化(注:第1次産業が食品加工や流通、販売まで包括して展開している経営業態)で今まで取り組んできました。先ほどの(映像のなかの)「幸せをねがい育てました」というキャッチコピーが、ようやく去年できあがったぐらいのまだ新しい銘柄です。

このキャッチコピーが、我が社の理念でもあります。やはり働くスタッフみんなが幸せを感じられる会社でありたいと願っております。

ふるさと納税などで自社販売分が、全生産量の1割くらい。あと2割が宮崎県内のスーパーさんの比率。まだ、その3割程度です。これからもっともっと、全国的に営業をしていこうと思っているところです。

6次産業化で一番最初に取り組んだことは、地元の朝市での豚100パーセントハンバーガーの販売でした。ホームページなどを立ち上げていったものの、(さらに)何かをしなきゃいけないと思って、商店街には「軽トラ市」という、人がたくさん集まる朝市があるので、そこでやってみようと決意しました。

そしたら、それが商店街の方々にものすごく喜ばれたんです。それくらい、農業者が自分で値段を付けて売るということが、とても稀なことでした。僕も実際、はじめて自分でハンバーガーを焼いて、人に売るっていうことをやったときに、ものすごくこわかったんです。

それくらい勇気のいることでした。養豚は産業としてはまだまだ50年くらいの歴史しかないんですが、農業は戦後すごく発展して、作ればすべて売れるという時代がありました。なので、「生産者は生産こそが仕事である」と、親の世代から強く教わってきたんです。

確かに、売ることではなくて生産をすることが仕事だと、それだけやればいいというのは、それはそれで効率的なのかもしれません。今、こうやって自分で(生産品を)売るということは、とても勇気のいることでした。

もしかすると、ある意味、閉ざされた世界を作り出したのは農家自身なのかもしれないと、そのようにも感じる経験でした。

「愛がなければ育てられない」

日高:我が社の生産物がどういう豚肉かということを説明するんですが、まずは「愛がなければ育てられない」と、それが基本中の基本です。

そして、「水と餌と衛る(まもる)」と紹介しています。

水については、井戸水に高濃度酸素を取り入れて酸素濃度を上げ、細胞レベルで豚の体の活性化をはかります。

餌について、とくにこだわっていることは、余計なものを入れない。できるだけシンプルにしたい。トウモロコシがメインなんですが、そのトウモロコシに秘密があります。

トウモロコシを粉砕するところからはじめるんですが、自社で室(むろ)を構えて、プロバイオティクスと呼ばれるあらゆる腸内活性菌を培養して、それを餌に添加することで豚をお腹の中から元気にさせて、免疫力を高めます。

そうすることで、いいフンをさせて、いいフンがいい発酵を生み、それが場内の臭気対策にもなるという狙いもあります。

つまり、病気にさせない、それが大事なことなんですが、こういう目に見えない微生物の働きや、浄化槽などもコントロールしないといけないんです。そうした目に見えないものを相手にして、仕事をしております。

そして今、衛生管理基準等の取得に向けて動いております。美味しい、美味しいと評判はいただいてるんですけれども、そういったものも数値化していきたいと思っています。

働き方についても、農業者のあるあるなんですが、どうしても職人的になりがちなんです。「俺ならできるけど」という世界が起こりやすいです。そういったものをなくしていこうと、自分がやって見せて、それを(ほかの人に)やらせて、教えるということは大事なことなんです。

自分が持ち得るものをみんなで共有していかなければ意味がないんだと、そのように考えてやっています。

2010年、豚舎に起きた悲劇

日高:私は約15、6年、この仕事をやってきたんですが、大人たちがよく、農業を取り巻く情勢は厳しいと述べる様子をずっと見てきました。農業は厳しいと言いますけれども、厳しいというのはどの業界も一緒だろうと思います。

とくに、製造業がいかにして国際的に戦ってきたかということを学ぶほど、農業だけが厳しいとばかり言ってはいかんだろうと感じました。だから決して弱音は吐かないぞと、そういう気持ちをもって、相場取引だけにぶら下がっていた自分の販路を、自分の力で作り出したいという気持ちで、いわゆる6次産業化にも取り組んできました。

そうしたときに、大きな事件がありました。2010年の口蹄疫です。宮崎県内で感染が広がり、うちの隣町から発生したんですけれども、すぐうちの街にもやってきました。この口蹄疫という病気は、10年以上前にイギリス全土で猛威をふるったんですね。

今ではアジア諸国がおもな感染国です。この病気は世界の第1級感染症で、もうとにかく大変だと。この病気を撲滅させるには、殺処分という手段しかないんです。

この写真は、自分がフォークリフトの運転席から撮った写真なんですけれども、カゴに子豚を乗せています。それを「これから殺処分するぞ」という、そのときに撮ったものです。

やはり最初に申し上げたように、愛がなければ決して育てられないんですね。僕たちは育てた豚を出荷して、死にはしますけど、お肉になってたくさんの人たちと出会って、その生きる力となる。美味しいという笑顔に変わることによって、命が再び生かされる、そういうことを感じるんです。

だから、ただただ殺さなくてはいけないという作業は、本当に悲しいことでした。しかし、この病気を宮崎県内だけで、僕らの地域だけで抑えたい、そしてこの命を次に繋げたいという気持ちでこの作業を乗り越えました。

悲劇を機に新たな生産体制へ

日高:本当にたくさんの方々から助けをいただいて、乗り越えることができました。この命を絶対に無駄にしないぞと、そういう気持ちでいっぱいでした。豚がゼロになれば病気もゼロになるということは、その先にある仕事は日本一クリーンな生産体制でスタートすることができる。

これをチャンスと捉えるべきだと考え、そして、豚舎と技術があれば何回でもやり直すという思いで、6次産業化もそのクリーンな生産体制によって売り出していくぞという意気込みで、今までやってきました。

ただ、この豚舎がもう17、8年経っていて、いくらがんばろうとしても、豚舎の老朽化から逃れることはできません。

ずっと悩まされていることがあるんですが、豚舎のなかはこのようになっていまして、いろいろなトラブルが起きます。水道の塩ビ管が破裂したり、集糞する機械のワイヤーが、目に見えないところで動いているんですが、空回りしていてそれが摩耗してしまったり。

豚は大きい、親豚はとくに大きいので、そういった要因もあり、時間とともに(豚舎が)腐食していきます。なので「次に新しい豚舎を建てるときはこういうふうにしたいな」という夢をずっと見ていて、今やっと新しい豚舎の着工に入りました。

より衛生的にするために、ツーサイト方式と言って、先ほど建設現場をお見せした繁殖場と、こちらが今の農場なんですが、こちらをすべて肥育場に改造するという取り組みを、今はじめているところです。

IoTによる豚舎の見える化

日高:こちらが消毒ゲートです。どうせ豚舎を作るならいい豚舎にしたいと思うのですが、立派な消毒ゲートを立てれば病気が入らないと思っていたら大間違いで、立派な施設を構えていても、扱う人がしっかりと管理できないといけない。

例えば病気であれば、人がまず手を洗ったりしなければ意味がないと。だからこそ、作る施設をしっかりと管理できるようにしたいなと、いろいろなことを思い描いていました。

この口蹄疫という、僕にとっては大きなことだったのですが、私は決して口蹄疫ウイルスを恨んではいないんです。ただ、とても大切なことを教えてくれたものだと思っています。それは、ウイルスというのはいろいろな型があり、環境に合わせて自分の型を変えて生き延びていきます。

つまり、自分を進化させながら生きているんです。果たして僕たち農業者は進化してきたのか、そういったことを強く突き付けてくる存在でした。だから、これから僕たちは今までどおり品質は追及しながらも、徹底したコスト意識による生産体制を作っていきます。

そして、マーケティングまでやらなくてはいけないと思ったときに、もう自分の知恵を超えたものに頼っていかなくてはいけないと感じ、やはりそこにITの力があるんじゃないかということで、こういったご縁をいただいております。

(IoTによって)何をしたいかというと、先ほども言ったように豚舎内ではすごく元始的な機械が動いているんですが、それを豚舎に行かなくても見れるようにできるんじゃないか。もう今やみんな、LINEグループで会話をしていますよね。そういったことを繋げていきたいと思っています。

できることなら機械の方から、「こうやって動いているよ」ということをLINEグループで教えてくれないか、そういったことを探り探りやっています。

実際、見える化ということは今までも、マグネットを使って親豚の繁殖のスケジュールを作ったり、そのような努力は現場でやってきていました。

スマホの普及によって、人々のライフスタイルも変わってきたんだから、当然、仕事の仕方も変わってきたんです。それは田舎の農村においても同じです。ですので、スマホで管理をしようということに対するハードルは、そんなに高くないものだと思っています。

少し自慢になって恥ずかしいですけれども(笑)。我が社の豚というのは、宮崎県の豚肉の品評会で3度、こういった実績も持っております。こうしたJAPANクオリティで「これからは世界と戦う」と、そして東京オリンピックを目指していこうじゃないかと、我が社では取り組んでいます。

さまざまな認定を受けて、いろいろことをやっていかなくてはいけないということを夢見ています。