エンジニアリング学的な視点から幸せの研究を行う

前野隆司氏(以下、前野):こんにちは、前野と申します。よろしくお願いいたします。働き方改革と幸せの話をするために、やってまいりました。

幸せの話をするというと、「どういう人なのですか」と聞かれるんですけど……。私はもともとエンジニアでした。キヤノンに勤めてまして、それから慶應義塾大学 理工学部 機械工学科に移ってロボットや機械工学の研究をしていたんです。

機械工学科に13年いた後に、新しい大学院ができました。今いるシステムデザイン・マネジメント研究科です。文系・理系という学問分野を超えて、イノベーションを起こしたり、大きな社会問題や、大規模で複雑な問題を解決する。そういう大学院ができたんですね。

それを機会に……人間にとって一番大きな問題はやはり「幸せ」「平和」といった問題だと思って、幸せの研究を始めました。

「幸せの研究をしている」というと、「ロボットと幸せってぜんぜん違うじゃないですか」とよくいわれます。ロボットの研究といっても、ハードウェアをつくるような研究だけでなく、心理学に基づく研究もしていました。人間がロボットを見てどう思ったのか、ロボットの感情はどう作るべきか、といったような、工学と心理学を重ね合わせる研究をしていたんです。

幸せの研究もベースは心理学です。人々に幸せかどうかを聞いて、幸せと、例えば生産性はどう相関するのか、といったことを調べる学問ですから、基本的にはそんなに違わないんです。ロボットと幸せ、一見違うようですが、どちらも人間の心を扱っていて、それをエンジニアリングの中の設計論という視点からとらえていきます。

ですから、私の研究は、「幸せ」の工学なんです。みなさんの会社でもおそらく製品やサービスを作られていますよね? みなさんが作る製品・サービスを「使えば使うほど人々が幸せになっていく」ようなプロダクトにするためにはどうすればいいのか、を考える。

あるいは、今日のテーマでもある「経営」。社員や社会の人が「この経営をしていくとどんどん幸せになっていく」という経営。あるいは街作りや組織作り。そういう分野の研究をしています。

今日は特に、働き方改革との関係についても考えたいと思います。

近年、働き方改革の他に、健康経営やストレスチェック、マインドフルネスなどが注目されています。経営者・人事の方、それから健保。いろいろな人がいろいろなことを言っています。それらについて、幸福学の研究者として考えてみたいと思います。

「労働力不足を解消し、出生率を増やす」は本当に幸せか?

まず、「働き方改革は、目的もやり方も間違っている」……間違っているというか、間違いやすい面があると思うんです。そういう話をしたいと思います。

働き方改革は、首相官邸のコメントによると「1億総活躍のためである」「中間層の厚みを目指してみんなで働くことが、より良い日本を作りますよ」ということです。これはまぁ、素晴らしいことだと思うんですね。

働き方改革の目的はなんでしょう? なんのために働き方改革をするのか。こちらも首相官邸の資料に出ているんですけれど、「深刻な労働力不足である」。だから、労働力不足を解消するために働き手を増やして、出生率を増やし、労働生産性を上げる。そうすると長時間労働が解消され、非正規雇用・正社員の格差是正ができて、高齢者の就労促進になって働き方改革ができていく、とあります。

これも素晴らしいことだと思うんですけれども、幸福学をやっている私から見ますと「ちょっと記述不足かな?」と思う面があるんです。もちろん、労働不足の解消を目指すことは日本のためには大切です。そして、経済成長することも大切です。

ですが、1つ欠けているのではないかと思うのは、「社員の幸せ」という視点です。

「欠けている」とは、首相官邸に物申しすぎかもしれません(笑)。言いたいことは、別の視点をさらに加えるべきではないか、ということです。なぜそう思うか。結論から言いますと、憲法13条にも書かれた幸福追求権の視点を、働き方改革にも採り入れるべきだと思うのです。すべての人は幸せになるべきです。幸せについてはたくさんの研究が行われています。「幸せな社員は不幸せな社員よりも、創造性が3倍高い」という研究があります。「幸せな社員は不幸せな社員よりも、労働生産性が1.3倍高い」という研究もあります。アメリカや日本で、たくさんの研究が行われています。

社員が幸せになると、欠勤率も下がります。幸せな社員は欠勤しにくいんです。心の病になりにくいから、休まない。月曜日にわくわくして仕事に行くわけです。離職率も下がります。仕事が楽しくて生き生き働いてるので、「転職しようかな」という気持ちもあまり起きないわけです。

ということは、従業員が幸せになっていれば、働き方改革が大きく進み、長時間労働も削減できることになります。なぜなら生産性が上がり創造性が上がるわけですから、長時間労働にもならないし、みんなが生き生きと働くようになってきますよね。

というわけで、働き方改革のためには「社員の幸せ」という視点を入れるべきだ……そういうお話をしたいと思います。

働き方改革の近道は「幸福度を上げる」

もう少し、働き方改革についての不満を述べさせていただきたいと思うんですけれども。

(会場笑)

働き方改革で、今いろいろな会社がつい陥りがちなのは、このパターンじゃないかと思うんですよね。「とにかく働き方改革しなきゃいけない」。国から言われてますからね。

働き方改革の進め方はいろいろあります。例えば1つの例として、「時短をしなければいけない」。「とにかく時短をしろ」「とにかく残業時間を20時間減らせ」「そのためのアイデアはこれから出せ」……なんとかして業務を効率化して、生産性を向上して、経済成長力を向上しないといけない、となりがちです。

これは結果から考えているわけです。とにかく時短すべき。そのために、なんとかして業務効率を上げるべき、と。

みなさんもすでにお気づきだと思うんですけど、これは順番がおかしいですよね。いまここに、水がいっぱいのコップがある。「まずコップを小さくしろ」「小さくした後で水を減らすことを考えろ」と言われても……困りますよね。まず水を減らしてからコップを小さくしなきゃいけないのに、「まずは時短だ」は、順番が間違っているんじゃないかということなんです。

(スライドを見ながら)正しいループは、こちらです。「仕事のやりがいと、信頼感のあるチーム」を作るための、「幸福度の向上施策」をまずはすべきなんです。なにしろ、幸せ度を上げると生産性も創造性も上がり、欠勤率も離職率も下がるわけですから、結局1人当たりのアウトプットは非常に上がるわけです。

つまり、「幸福度を上げる」が最初にある。その結果、さらにチームの結束力もあり幸せ力もある組織になる、そうするとさらに生産性が上がる。このループに入ると、それこそ「働き方改革」となるんです。

効率化・時短からスタートすると、実は幸せになりません。ここからスタートするとどうなるかというと、逆回転なんですね。まず「効率化、時短せよ」。そして「創造性・生産性を向上せよ」「なんかアイデア出せ」。

すると、「やらされ感」になってしまう。あとでお話ししますけど、「やってみよう」と思って、自分の意思で仕事をしていると幸福度は高まります。「これやっとけ」と言われて、やらされ感でやると幸福度が下がります。幸福度が下がるということは、創造性が1/3になるってことですからね。

そうすると「効率化せよ」「創造性・生産性を向上せよ」「いやいやそれはきつい」「アイデアが出ないじゃないか」と、幸福度は低下します。その結果、仕事のやりがい・信頼感のないチームになって、創造性・生産性が低下する。「それじゃまずいじゃないか、もっと効率だ!」となり、逆回転の悪循環ループになるんです。

似て非なるものです。回転が逆になるとうまくいかない。これが、幸福学なんです。幸せか不幸かという心の状態が、働き方や健康や、その他もろもろのことに影響する。だから、この点を明らかにする。行動経済学にも近いですね。

Well-Being経営に注目すべき理由

幸福学というとよく「宗教ですか?」と言われます(笑)。

(会場笑)

勘違いされがちですけど、まったく違います。

幸せを対象としているという意味では近いんですけど、私がやっているのは「幸福」の「工学」と「心理学」です。幸福を本当に学問として研究しているんです。

「やってみよう」と「やらされ感」。モチベーション研究というものがありますよね。モチベーションが高い人と低い人がいたとすると、もちろん高い方が労働生産性が高い。

幸福学の視点から見ますと、「やってみよう」について考えるとき、「幸せ」という根本のところに戻っていくと、より「どうすべきか」が明らかになる、と考えるわけです。

そこで、幸せの話をしていきましょう。先ほど、働き方改革や健康経営、ストレスチェックなど、いろいろなことが行われている、という図をお見せしました。

たとえば健康経営は、「体が健康であれば病気になりにくいよね、だからより働けるでしょ」、くらいの意味に捉えられがちです。しかし、実は違います。

この図の一番下に書いた「Well-Being」という言葉を、ご存知ですか? 辞書で調べると、「健康」「幸せ」と書いてあります。みなさん「健康」と「幸せ」が同じ英語だということを、ちょっと意外に思われたかもしれませんが。「Well-Being」という言葉の意味は、「良好な状態」「良きあり方」です。「心が良好な状態」であるのが「幸せ」で、「体が良好な状態」であると「健康」です。

ですから、「心と体の両方を良好な状態にする」がWell-Beingなんですね。これからは健康経営といっても、体の健康だけじゃなくて心の健康も含めて「Well-Being経営」をすべきだと思うんです。そういうふうに考えると、働き方改革ともつながってくるわけですよ。

ただ単に、「幸せだからまぁ、不幸せよりいいよね」「メンタルの課題に陥りにくい方がいいよね」というような一面的な意味ではなく、幸せ度が高い社員は、先ほど申し上げたように創造性も高いし、パフォーマンスも高い、うつになりにくい、離職しにくい。組織を生かすということも知られています。健康で幸せな人のほうが、不幸せな人よりも、だいたい7年~10年くらい長生きだということも知られています。

社員を幸せにすると、生産性・創造性が高まるばかりか、みなさんの寿命も長くなるわけです。長く幸せな人生を謳歌できる、ということなんですよね。ですから、幸せになることを目指さない理由がないくらい、幸せになる、社員を幸せにする、というのは目指すべき目標なんです。にも関わらず、今まであまりやられてなかった。だからこれからはWell-Being経営をもっと広めていくべきです。健康経営も働き方改革も全部ひっくるめて。

金・物・地位を得たことによる幸せは長続きしない

先ほどウイングアークの方が「人事部の名前を『People Success部』に変えた」とおっしゃっていました。やはり人事は本当に、社員を幸せにし、社会を幸せにするための部署だと思っていただいたほうがいい。

あるいは経営もそうですね。「CHO」という言葉があります。「Chief Happiness Officer」を設けよう、ということが、アメリカから始まって日本でも静かなブームになっています。社員を幸せにしておくことがアウトプットにもつながるし、社員にとってのやりがいにもつながるので、それをきちんとやっていくことが必要な時代がやって来たのです。

ここまで、働き方改革と幸せの関係について話してきましたが、ここからは幸福学の中身についてお話ししましょう。今日はいくつか覚えて帰っていただきたいことがあります。

1つは後でお話ししますが、私が明らかにした「幸せの4つの因子」の内容です。それともう1つは、幸せには「長続きする幸せ」と「長続きしない幸せ」があるということ。これをぜひ覚えて帰ってください。

みなさん、幸せのためになにが必要だと思いますか? 小学生に聞いても「金!」と返ってくることがあるんですけど(笑)。

(会場笑)

正解の1つです。金・物・地位を得ることは、幸せにつながります。「やったぁ!」とうれしい気持ちになります。ですが、金・物・地位を得たことによる幸せは、長続きしないんです。これはイギリスのネトル先生(Daniel Nettle)が言っていることです。

(金・物・地位を手に入れると)一瞬、すごく幸せになれます。「やった! ボーナスが出た!」と幸せになりますが、その幸せはすぐ、ジェットコースターのように急降下する幸せだ、ということがわかっています。

私たちの脳はそういうふうにできているんです。もちろん「高い地位に着くことによって社会貢献するための自由度を増したい」というような高尚な理由もあると思いますけど。そうでなく、利己的に地位を目指すと、それによる幸せは長続きしないんです。

利己的な欲……金も欲しいし物も欲しい……そういう欲による幸せは長続きしないように、私たち人間はできているんです。