若手2人はなぜ校閲記者になりたいと思ったのか?

峯晴子氏(以下、峯):では、第2部に入りたいと思います。こちらに若手の記者さんたち2名が加わってくださっています。第2部では校閲の仕事について、あれこれ語っていただきたいと思います。引き続きよろしくお願いします。

平山泉氏(以下、平山):今日はもちろん出版記念なんですけど、やっぱり若手、一応「リアル校閲ガール」にしゃべってもらうというのがいいかなと思うので、いっぱいしゃべってくださいね。よろしく。私はおばちゃんなのでガールとはとても言えないので、私から質問したいと思います。

だいたいこういう会があったり、あと私は大学でしゃべったこともあるんですけど、そういう時にみなさんはやっぱり疑問に持たれる……疑問というかまず聞きたいかなと思うのは、「そもそもなんで校閲記者になりたいと思ったのか?」です。

というか校閲は、まあ今は「校閲ガール」のドラマのおかげで、会社に見学に来る小中学生も「校閲」という文字が読めるぐらい、おかげさまで有名になったんですが。でもそうじゃない時に(登壇している若手2人は)入社しているので、まず「なんで校閲を知ったのか」「なんで校閲記者をやろうかなと思ったのか」というのを1人ずつお願いします。どっちからでも。

斎藤美紅氏(以下、斎藤):私が校閲の仕事を知ったのは、就職活動の時なんです。もともと取材記者を目指していてほかの新聞社なども取材記者で受けていたんですけれども。受けている最中になにか自分のやりたいことと違うんじゃないかなと思い始めて。いろいろ他の仕事を見ていた時に、校閲を知りました。

読みやすい紙面を作るとか、そういうことに関われるというのもいい仕事だなと思ったし、あとは自分自身があまり表に出るタイプというよりは、裏で縁の下の力持ちぐらいの仕事のほうが合っているかなと思ったので、毎日(新聞社)の時は校閲で受けてみようと思って受けてみました。

校閲の人は静かに怒っている人が多い?

渡辺みなみ氏(以下、渡辺):そもそもどうやって校閲を知ったかというのは、高校生ぐらいの時に中島らもさんの『今夜、すべてのバーで』という小説を読んで、そこで校閲じゃないんですけど校正の仕事を知りました。これは小説なんですけど、主人公がバイトでしていて、そこで「へえ、こういう仕事なんだ」って思いました。

でも、これで志望したとかはぜんぜんなくて。というのはなぜかというと、主人公がアルコール依存症で、校正をやっているとすごく精神の調子がよくて、お酒を飲まなくてもいいみたいな文脈で出てきて、ハイになってすごく健康でいられるみたいな文脈でも出てくるのです。なので、ぜんぜんこれで志望したわけではないです。

そのあと大学の国文科で勉強して、なんとなく「出版企業とかいきたいな」なんて思っていた時に、地元の新聞社でアルバイトを始めました。補助員という学生が原稿とか大刷りを運んだり雑用をするというアルバイトです。今、毎日(新聞社)にもいるんですけど。

そのアルバイトをやっていて編集局にいたんです。その編集総務の課長さんが「うちを受けるんだったら、俺が人事に言ってやるぞ」と言ってくれて。どのぐらい効力があるかわからないですけど、「それならちょっと新聞(社)受けようかな」とか思ったんです。

文章などが扱えて、かつ、そんなに外出しなくていい仕事はなにかなと思って、「整理」か「校閲」となって。編集局なので、整理さんと校閲と両方。けっこう絡みはあったんですけど。

整理さんは怒っている人が多くて、ちょっと近寄りがたい感じがありました。でも校閲の人はあまり怒ったりはしないんですけど、静かに怒っている人とかが多くて(笑)。

(一同笑)

でも怖そうな人はいなかったので、雰囲気などを見て「やっていけるかも」と思いました。辞書とかひくのも好きでしたし、作業みたいな感じが仕事、職人っぽい感じがいいなと思って受けました。

結局、毎日(新聞社)の内定が最初に出たので、そこの課長さんの新聞社は選考の途中で就職活動を終わりにしてしまったので、なんか申し訳なかったなという感じはあるんですけど。そんな感じで校閲記者になりました。

「人の書いた文章に手を入れるのは罪悪感があった」

平山:いや、今まで知りませんでした(笑)。まあでも、かえってよかったのではないかと思っていますが。その後、実際に入ってみて、みなみちゃんはどうだった? 毎日新聞の校閲の雰囲気とか、あと実際の仕事とか。

渡辺:雰囲気は、編集局でアルバイトを2年ぐらいやっていたので、そんなにイメージとかは……というか、校閲記者の仕事は外から見てるとなにをしているかぜんぜんわからないんです。なので、そもそも仕事に対するイメージというのがなくて、ギャップとかはとくになかったんです。

やっぱり入社した頃はナイーブで、人の書いた文章に手を入れるのはけっこう罪悪感がありました。

新聞の紙面の作り方ってけっこうばっさりしてて。すごく大事にする部分は大事にしてるんですけど、紙面事情でけっこう削っちゃったり、すごく急いでて「直しちゃえ」みたいなのもなくはないです。なので、最初はけっこう、それはびっくりしました。

「でも、これが仕事なんだよな」と思うようになって。その文章を製品として見てなくて、最初はそこがちょっと、なんというか、仕事を始めてから知ったことかなと思いました。でも今はけっこう逆に考えてて、いろんな人の目で見たほうが正確で客観性のある文になるんだな、というのは思っています。

平山:怖い人とかいなかった?

渡辺:入ってからですか? 怖い人ですか。怖いというのとはちょっと違って。とにかく自分が無能だなというのは常に思っていました。そうですね、とにかく自分がんばんなきゃいけないなという。みんなスーパーマンに見えました、入ってからは。

平山:きっとその謙虚さが今に生かされていると思います。どうですか? 美紅ちゃんは入ってからなにかギャップとかありましたか。

斎藤:ギャップの部分はやっぱり、みんなけっこうそういう言い方をするんですけど、日本語に特化してる仕事だと思いきや、調べ物が8割9割というところが一番びっくりしました。実際にやってみると調べるのはけっこう楽しいし、よかったと思うんですけど(笑)。そういうところはやっぱりありました。

校閲で一番いけないのは「間違いを作り出すこと」

平山:校閲の仕事でしんどいところは、そもそも何事もなくするのが一番いい仕事ということです。ただ、なにかちょっと間違ったものがいってしまう(紙面になる)とそれだけがマイナスです。なのでマイナスしか生まないような仕事のところがあって、そこはつらいんだけど。

じゃあちょっとつらいけど、今までなにかやっちゃったみたいな、「今だから言っちゃう」みたいなことはなにかある? ちょっと支障があるようなこともあるかもしれないけれども、言える範囲でお願いします。

渡辺:言える範囲というのが、どのぐらいかがわからないんですけど。

(会場笑)

渡辺:一番やばい……つらい経験は本当に数え切れないぐらいあって。もういつもそうなんですけど自分の無力感をいつも感じています。校閲的に一番やっちゃいけないのは「間違いを作り出すこと」ですよね。それをやったことがありまして。

入社1年目か2年目ぐらいの時に、鳩山政権だったんですけど、鳩山由紀夫首相の下の名前が原稿に出てこなくて、それを私が校閲直しを入れるシステムで打ち込んだんです。

現在の毎日新聞のシステムでは、校閲記者が原稿の直しを自分で打ち込むという作業があるんですけど、それが由紀夫の「紀」の字が紀伊国屋の「紀」じゃなくて、起きるの「起」になっちゃって。しかもけっこう時間が迫ってる時で、それで校了しちゃったんですね。

平山:ああ。

渡辺:それたしか1年目だったんですけど。それは取り直しとかだったような気がするけど、ちょっとたぶん出た……。

平山:読者の目の触れてしまうという。

渡辺:そうですね。本当にもう「終わったなー」って思いました。

(会場笑)

手を加える時=一番間違いが起こりやすい時

平山:本当に私たちは基本的に間違いをもちろん「0」にしたい、できるだけ減らしたいという仕事なんですが、一生懸命やっている中で、これは言い訳にはならないですけど手を下して間違いを作ってしまうようなことがないわけではないんですね。

例えば、「ちゃんと確認して直したはずものが間違っちゃった」「実は間違っていた」「ちゃんと直しを入れたところが差し違いになって、それを直せずにそのままいってしまう」とか。

もともと校閲は、原稿自体に直しを書くことは以前はあっても、それを本当に手を下して直すという作業はなかったんです。でも最近のシステムでは、もう校閲がまず直しを打ち込んで直しをして、それを一刻も早くネット上に流すということで急ぐから、校閲が直しを入れるという作業があるんですね。

だから直しが間違うことは確かにあって危険なんですけれども。でもそのシステムはやはり「一刻も早く流したい。でも必ず校閲は通したい」ということでできたシステムなので、間違えたくないというのはその通りで。つらいことだけど、でもね、それが糧になると思います。

渡辺:手を加える時が一番、私は間違いができるなというのを痛感しました。

平山:つらいことをしゃべってくれてありがとう(笑)。

斎藤:渡辺さんと同じようなことが私もすごいあるんですけど。私も政治ものでやってしまったことがありました。入社2年目の夏なんですけど、参院選があって「党首に聞く」というインタビュー記事が連載で載っていた時に、「みどりの風」という党と「緑の党」という党があって、その……。

平山:表情がつらいけど(笑)。

斎藤:その党首の横に党名が載るんですけれども、それを取り違えてしまって。それがもう最終版までいってしまって、翌日気づかれるということがありました。

モニターという、こういうA4の紙でまず記事が出てくるんですけれども、そこで読んだ時は合っていたんですが、整理さんが手打ちした時にうっかりして、それを私もうっかりして。ちゃんと引き合わせていれば防げた間違いだったので。本当になんかもう「やってしまった」という感じがありました。

小さな成功体験の積み重ねでできた自信

平山:そうやって見逃しちゃう時って、もちろん「ごめんなさい」としか言いようがないんだけども、時間を取り戻したいって思いますよね。もう私なんか、そんな思いを何倍もしてるということなので。

やはりでも、いけないことではあるんだけれども、そういう経験が必ずあとに生きるはずです。やっぱり若い人はそういう経験をすればするほど、成長すると思っています。これだけおばちゃんになると、そういうことを言うようになりますが。

私もけっこう落ち込んだりするんですけど。そうやって失敗なんかすると落ち込むよね。でもそういう時に、これはTwitterで募った「質問したいことありますか?」というところにあったんですけど、「リカバリー法ってなにかありますか?」というのがあって。なにかあればお願いします。

渡辺:この鳩山由紀夫首相の間違いをした時はどうやってリカバリーしたか、まったく覚えてなくて。その時はとにかくもう「自分は終わっている」と思いまして。

平山:(笑)。

渡辺:「来年優秀な新入社員が来たら、私はもう用済みだ」と思ってコソコソしていたんですけど、でも人手不足とかでぜんぜんお払い箱とかにはならなくてですね。

もうとにかく山のように仕事がありまして、それをやっているうちに少しずつ成功体験を積み重ねて、自信がちょっとずつちょっとずつついてきたんですね。それでなんとか普通の精神状態で仕事ができるようになったのは、本当に入社5年目ぐらいで。

平山:そんなに、そんなこと思ってたの?

渡辺:本当に……いや、でもこれだけじゃないので。山のように失敗をしているんですね、私ね。

平山:私、もっともっと。タワーぐらいになってる(笑)。

渡辺:いや、本当は今もやっているんですけど。でもやっぱりもう年数が増えていくと(ミスの)一つひとつの重要性がだんだん薄れていくというか、積み重なっていくので、「よし次がんばろう」ってなるようにはなる。そうなれるようになったのが5年目ぐらいです。

けっこう周りの若手社員とかは、すごく優秀そうに見えるんですけど、自己評価が低い人がすごく多くて。きっとみんな同じようなことを経験してるのかなって思います。

平山:自己評価低すぎ(笑)。

「訂正が出るたびに自分が死んだように感じる」

平山:美紅さん、どうですか?

斎藤:私はまだ6年目なんですけど、やっぱり自分の仕事に自信を持てなくて。だからリカバリーという方法をあまり見つけられずにいるんですが、前より落ち込む期間が短くなったかなと思います。

夜、家に帰ったら「今日の仕事のことで落ち込むのはやめよう」みたいに。覚えているけど落ち込むのはやめて、「次の日の仕事はまたがんばろう」みたいな気持ちへ切り替えるようになりました。

平山:私も、この2人よりも間違いというか失敗はどちゃっと積み重ねてしまって、おばちゃんになったんですが。

例えば、今回この本の中で誤りが見つかったりとかいうと、やはりふだんは、この年までやってこられたのは、一晩寝たらたいてい忘れるわけじゃないけど、なんか一応元気になるというところがあったからなんですが。

ちょっと今回は、さすがに自分が手を下してその本でというとやはりかなり落ち込んで、一晩寝てもダメだったんですね。ところがその日、仕事をし始めると。若手たちだったり先輩たちだったりと一緒に仕事をし始めると、まあ「仕事しなきゃ」と思うのもあるし、前を向いていく感じにはなりました。

岩佐義樹氏(以下、岩佐):平山さんに比べれば、まあ山のようにというよりは、大海のように間違いをくり返しているわけですが。

(会場笑)

私のことはともかく、毎日新聞でときどき「校閲発:春夏秋冬」という特集記事を出しているんですが、訂正について書いた去年の、私じゃなくて後輩の文面を1つだけ紹介します。

「米紙ニューヨーク・タイムズ」のWebサイトのコラムで、校閲記者の気持ちを代弁してくれる言葉を見つけました。「新聞を作る人間たちは、訂正が出るたびに自分が少し死んだように感じる」ということです。

私も失敗に落ち込むことは、落ち込むのに慣れるぐらいあるわけですが、それでもやってしまったことを忘れてしまってはいけない。ときどき似たようなことで、こういうことは挽回しないと、見つけることで挽回しなければいけないなと日々思ってはいます。以上です。