クリエイターに必要なのは「個性」よりも「対話」--ベテラン建築家が辿りついた“つくらない建築”とは?

つくらない建築 #1/2

建築家として働くなかで「自分の個性」と「依頼者の希望」を両立させることの難しさに悩んだと語る、建築家・伴年晶氏。その悩みのなかで同氏が辿りついた、依頼者との対話を重視した「つくらない建築」について紹介します。(TEDxSannomiyaより)

スピーカー

建築に対する大きな悩み

伴年晶氏:今日私は、「つくらない建築」というテーマで皆さんにメッセージを送るとともに、世界に発信できたらいいかなと思って話をさせていただきます。建築家って言葉からイメージされるもの、皆さんどんなものがありますかね。一般的には建築家といったらこんなイメージですね。

バルセロナのサグラダファミリアのガウディ、それから東京都庁舎ですね……これは、丹下健三という日本が誇る大建築家が設計しました。右下は安藤忠雄さん。この近くに建築美術館があって、これは内部の写真です。

建築家というと、かなり凄腕の自分自身がもってる個性ある意匠を形にしている、そういうイメージが一般的ではないでしょうか。

僕は結構若い時から建築をやっていまして、俺はあんなの作りたいな、こんなの作りたいなっていうことでやってきました。本当に若い時です。依頼者の希望をかなえつつ、自分の個性を出す、なかなかこれが上手くいかないんですね。

その対立というのは、その時の僕の大きな悩みでした。これを何とか解決しなかったら、建築家の仕事はやっていけないなと思いました。

僕が考えた建築というのは、対立ではないところに結果を見いだしたい。結果は、共同とか、共感ということであったんですね。

建築家にとって大事なのは「目」

もともと建築って、「目」と「手」で出来ているんです。この絵を見ていただくと、建築の要素は建築目的と、建築が保有する手段を結びつけることなんですが、建築目的である「目」のほうが大事なんですね。

時々、標的を目で捉えて、すぐに手を出す奴がいますけど、これはちょっと早過ぎまして。まぁ、男と女の場合だったらいいですよね、パッと見て全体が判断出来るんだから。

すぐ手を出してもいいんですけど、建築の場合はね、やっぱり長いこと使わないと建築の良さがなかなかわからないくらい幅の広いもので、すぐ手を出したらダメ。つまり、建築目的を高め合う、右上にある建築目的というのは、ソフトな「こと」なんですね。

物でも形でもなくて「こと」なんですね。その「こと」を探し当ててから手を出して、手段を使って建築デザインが完成するという形に持っていきたい。90%はこの目にポイントがあるわけです。

この目を高めていくのに、依頼者との深い深い共同・共感という作業がいるわけです。これをすることが、建築設計だったのです。

僕が気づいたこのような建築づくりは、僕は当たり前だと思っていますが、まだまだ一般化していない可能性もあります。ただ、40年前からこういう価値観をもって、大衆自身が自らの思いをもって実現する建築を「フォーク・アーキテクチャー」と呼ぼうと。

僕たちのように、巨匠と違って対象が依頼者の仕事というのは、この概念がどうしても大事だという風に思っています。

依頼者との対話から見えてくるもの

「北摂で家を造りたい」というKさんから電話がかかってきました。「伴さん、淡路にいい土地が見つかった」、僕はてっきり京都線の淡路だと思ったんですね、北摂と淡路が見える淡路島とは、全然ちがうんだな。

僕が家づくりをした時、こういう地域に建てたいなという時にいい土地があって、今住んでいるところと全然違う土地を嫁に言うと、口もきいてくれない。当然、敷地なんか絶対に一緒に見に行ってくれませんよね。それが僕は夫婦だと思ってました。

ですから淡路島のこの現場に車で初めて行くときに、ご主人のKさんが運転して僕は助手席に乗って、後ろに奥さんが座っています……対話を深めるために、これは一言いわなきゃいかん。

「奥さん、ほんま、こんな淡路島に家を建てて大丈夫ですか」と言いました。奥さんは家の嫁とは大違いで「いいです。私も楽しみにしてます」と言われましたけど、何か嘘じゃないかな、暗い感じがするな、僕は助手席でそう思いました。旦那はもっと、そう思ってましたね。ハッキリ言って。色々とその後に結果が出てきます。

友ヶ島から明石大橋まで180度の眺望が見えるところで、こんなところに家をつくるんだったら、当然眺望がいい家を造るのが当たり前ですが、先ほどの奥さんの反応を見て、これはまずいと思ったのは僕以上に旦那だったんですね。

依頼者の家族と一緒に建築目的を高める

旦那が大阪に通い、日曜土曜は帰ってきて、釣り三昧、もう楽しい生活だらけ。奥さんは毎日この島で、旦那の帰りを待つ。このような状態のキッチンを旦那が提案しました。

これは奥さん目線で明石大橋のほうを見ているんですが、居間の風景、テレビとか、人越しに上空を目線が抜けて明石大橋が良く見えています。

これは竣工写真で、生活が入る前なので構成がよくわかりますが、右側にあるキッチンは真ん中にあるリビングよりも高い位置にありますね。40cmか50cm高い位置。もう10何年前で忘れちゃったんですが、4、50cm高い位置にありまして、そこで奥さんが作業すると大阪湾から明石大橋までが一望出来る。

邪魔者が帰ってきても、頭越しに風景が楽しめる。こういう風な状態になりました。これは旦那さんの案なんですよ。僕の常識では、こんなのは出てきません。僕たちはバリアフリーという頭がありまして、なかなかこれはできない。

これは旦那が僕以上にというより、当たり前なんですが奥さんを良く存じているから、こういうことが出来る。「伴さん、キッチン上げたらいいんじゃない?」あ、確かにそうやな、ってことでこれが出来たわけですね。

でも、建築は眺望だけではないんです。南側には家がいっぱい建ってます。一部平屋がある家の上から右上にちょっと窓がありますが、南の光も充分採っています。

建築目的を家族と一緒に高めた結果が、実は建築デザインだったんですけども、この淡路島の家は特徴が環境に偏り過ぎていますので、これをこの図でいうと、先ほどちょっと言葉でもありましたが、内外の関係を上手くつくっていくというのが建築です。

縦軸に「快適性を追究する」というのがありますが、これは気候や環境を制御する、つまり北側の寒さを防ぎながら北側の眺望を得る。制御するということは出し入れをするということですね。そういうことをちゃんとしないと、快適性は得られない。

左側の大きな窓は、大きいけども低くしています。幅が広いけど、低くしています。そして寒さを防ぐようにしています。窓だらけだと建物が弱くなります。斜めに柱が入っています。これは大きな筋交いが入っています。そのようなことをしながら、Kさんとワイワイ、ガヤガヤ、会話をしながら生活機能を広げ、家が出来上がりました。

お茶を飲んでいるときに出た依頼者からの本音

ある保育所の打ち合わせです。保育所の打ち合わせでは、保母さんが5人くらい出てこられて、話をしながらつくっていくんですけども。

もう全部話が終わったかなと思ってお茶を飲んでる時に、ある保母さんが「保育園の悩みはもっと違うところにもあるんよ」と言って出たのが、この空間を見ていただくとわかるんですが、遊戯をしたり食事をしたりする保育室です。

ここは園児の数で決まるんですね、この広さはね。この園児たちが生活発表会をするときは、ここに園児の3倍くらいの観客が訪れます。多いところは6倍来ます。1人の園児にお父さんお母さん、ひょっとしたらおじいちゃん、おばあちゃんも来られます。

その次にお兄ちゃんが行きたがるんですよね。自分の妹の発表会に行きたいお兄ちゃん、お姉ちゃんが来る。下手をするとというか、良くすると6人くらい来る。そういうことで言うと、いつもこのホールは満杯で、生活発表会の時が1番大変なんですというような話になりました。

そういう話のもう一方で、先ほど言いました地域との折り合いをつけることが建築にはどうしてもいります。右側はマンションが建っていて、左側は2階建ての住宅が建っているところで園庭からの騒音は地域との問題になります。

園庭の両サイドに2列園舎が建っています。その真ん中に挟まれて先ほどのホールがあるんですが、これを利用してさっきの話と結びつけるというのが僕たちの仕事になります。

これはホール側から見て右の写真は、ウインチでテントがスーッと出ていってるんですね。途中まで来るとウインチは最後まで動くんですけど、左側の状態に出来上がります。

こうすると、園庭のほとんど半分くらいが雨に対応出来て、先ほど観客席が超満員になるところを溢れ出した人たちもここでちゃんと生活発表会が見れるんですね。ついでにデッキも広くありますが、子どもも普通の日でも雨が降っても、園庭が使えるという状態になりました。

これは、建築目的をお茶飲み時間で深めた結果です。

建築に必要なバランスは人間関係と同じ

わざわざ僕が対話が必要で、建築目的を高めようと皆に言っているのは、僕の夫婦とK夫婦とでは対応が全然違うからなんですね。

1人1人の関係で僕たちが間に入って対応する、どんどん進めて行く必要が出てくるのです。ここの保育所でも、こんなことを言ってもどうにもならんわってことがいっぱいあって、対話の席に出てこなかったんですね。それがたまたまお茶飲みの時に出てきたというようなことになります。対話が実に必要だという、建築の結果を表しています。

人間関係みたいなものですね。横軸で「俺は、俺は、俺は」という要望を膨らましていく生活を個人としてはしたいと思います。ただ、まわりにいる友達とか社員とか、家族とか、折り合いをつけながら生活をします。俺を出しすぎると上手くいかないというのがあります。だから、折り合いがいります。

それからもうひとつ、逆もあります。周りばっかり気にして、あいつ何や。何もないやんか。そう言われるのも嫌です。ですから、建築も人と同じでそういうバランスの取れた内外の関係で、建築をつくっていくべきだろうという風に考えています。

居住者が自らの思いを実現していく共同住宅

共同住宅でもフォーク・アーキテクチャーがあるんですね。共同住宅を買うなんていうのは、よくある話ですけども、これも自分にとってのつくる建築だという人たちがいます。それを僕たちは応援しています。

団地に住んでいるAさんとBさんが草取り掃除に出た時に、ちょっと言葉をかわしたのがきっかけでグループが出来た住宅です。23世帯がマンションを一緒につくりました。

それぞれの要望、それぞれのお金、それぞれの家族構成、全部違う人たちが集まって家造りをします。住みやすい建築を作れば10年でも20年でも30年でも、生き生きとその住空間は引き継がれていきます。この建物も、もう15年経ちましたが、ドア・ツー・ドアでも、横のドアでも知らなかった人たちが集まってこのようなお祝いがされています。

ここの集会所はこのような形で今使われてますけど、作り方が面白くて、建物が出来て1年経ってみんなで考えてつくりました。つくるときは家のことに皆が一生懸命でなかなか考えられないんですけど、住んでみたら結構いい答えが出たということで、瀬戸物市があったり、寺子屋があったり、おばあちゃんがお茶の会を開いたり、当然集会をやったりしています。

「つくらない建築」という提案

2000年にターニングポイントがきました。古い建物があちこちに残り、芦屋でも空き家がたくさんあるらしいですが、そういうところに僕たちは「つくらない建築」を提案しています。

つくらない建築、模型を持ってきました。敷地の中に、両サイドに蔵があります。大きな木が3本あります。これを全部残す。全部残して、大きな屋敷ですが家は3つだけ建てようと。この贅沢が通用するのは残す建築、つくらない建築だからです。

1人当たりかなり広いものがつくれます。低い建物が出来ます。高い建物はつくりません。今、フォーク・アーキテクチャーの時代が来ているという流れを僕は感じて、若い人たちと一緒にフォーク・アーキテクチャーを進めています。この仕事もそういうことでやっています。

僕が今日1番言いたかったのは、建築家がつくろうと思わないこと。皆さんとちゃんと話をすればいいものが勝手にできちゃう。

ということで「建築はつくるものではなくて、できるもの」だという風に考えています。そのメッセージを皆さんにお伝えいたしました。どうもありがとうございます。

<続きは近日公開>

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