奥深き「ドーナツ史」をひも解く--1852年のレシピからわかった歴史的な発見

ドーナツに穴のあいた夜 ~『失われたドーナツの穴を求めて』(さいはて社) 刊行記念トークイベント~ #3/8

さまざまな視点から“ドーナツの穴”にまつわる謎に迫る書籍『失われたドーナツの穴を求めて』の刊行記念トークイベントが、本屋titleにて開催。著者でありドーナツの穴制作委員会のメンバーでもある3人が、ドーナツの穴の奥深さを解き明かします。

同じお菓子なのに2種類のふくらまし粉を使うのは珍しい

芝垣亮介氏(以下、芝垣):でもね、松川さんは(ドーナツのつくりかたに)この2系統があるっていうのを疑問に思ったことは?

松川:ないですね。どのドーナツ本にも2つ書いてあって。ケーキドーナツのつくりかたと、パン生地、イーストドーナツのつくりかたが2種類書かれてたりします。大きなドーナツ屋さんだと2個わかれてますので、「そういうもんなんだ」という認識でした。

ただちょっと珍しいのは、普通1つの名前のついたお菓子、例えば焼くものでもいいですけど、それがあったときに、ふくらまし粉が2種類ぜんぜん違うものになるってすごく珍しくて。

奥田太郎氏(以下、奥田):例えばパンだと、イースト。

芝垣:そう。パン、ベーキングパウダーってあります?

松川寛紀氏(以下、松川):あんまりないですよね。

芝垣:これって、ビスケットは普通ベーキングパウダーしか使わないし、1つのお菓子、あるいはパンでもいいですけど、1つの名前があったらだいたいそれに使うふくらまし粉って1つしかなくて。「なんでドーナツだけ2つにまたがってる?」っていうのが、疑問は疑問だったんですね。

そんなところで今回、私たちがたまたま1852年のレシピを、大英図書館から引っ張ってきたわけなんですが、もうボロボロの本ですよ。

なにかって言うと、「イーストを使う」って書いてあったんですよ。「ああそうか、いわゆるアメリカのイーストタイプのパンみたいな、松川さんのところのそういうタイプかな」と思ってたんです。

ところが、これお菓子のレシピとして致命的なのが、普通は生地をつくりますよね。生地が一番大切なんですけど。小麦粉の量とか絶対に書くじゃないですか。なかったらレシピにならないと思うんですけど、この本は小麦粉の量が書いてなくて、代わりに「ビスケットくらいのかたさ」って書いてあるんですよ。

昔のドーナツづくりへの挑戦

まあ、それは「いい加減だなあ」って思ってたんですけど、松川さんからこういうドーナツの分布の話を聞いて、「あれ?」って思って。

だって、今世界のドーナツは、例えばビスケットタイプっていわれるものと、イーストをつかうケーキタイプに2分されていて、ぜんぜん違う。2系統あると言われているのに、これイーストはふくらまし粉をつかって、生地のかたさはベーキングパウダーのほう、ビスケットのほう。「あれ、混ざってるやん」ってなって。「なにが起こってるんだろう」って思ったんですね。

考えてみるとさっきの話なんですけど、あるお菓子だったら、そのつくりかたってもちろん1つなわけで。どこかで分岐した可能性があるんですよ。だって、ドーナツがぜんぜん違うつくりかたをするっていうのは、お菓子的に……じゃあ最初から2つが違う名前だったらよかったわけですよね。わざわざドーナツって呼ぶということは、もともとドーナツたるものがなにか1つあって、どこかで割れた。

それがもしイーストを使っていて、ビスケットっぽい生地のかたさのものだったとしたら、それがイーストを使う、よりパンっぽいもの、それからビスケットの生地を使うベーキングパウダーっぽいものに分岐していっても、おかしくはないですよね。

ひょっとしたら、この僕たちが見つけた今回のレシピって、そうやって2分割する手前のものなんじゃないの? ひょっとしたらドーナツの原型、すごいロマンチックなレシピなんじゃないの? って思ったんですよ。そういう話をここでガーってしながら、実際つくってもらったんです。

松川:そうですね。暑い中でしたよね、確か。暑い日に、「一緒につくろう」となって、つくっていって。

芝垣:つくってた時のこと、なにか覚えてます? 実は本につくってる最中の写真がいっぱいあるんですけど。

松川:はい、載せさせていただいたんですけど。(本を開き)こんなんでいいのかな。

芝垣:見えないと思うんですけど、こういうふうに載ってますんで。

松川:行程の写真を撮りながら、つくっていった感じですね。

奥田:なんかね、ひし形に切るべきところを三角形に切ってしまったという。

松川:そうそう、三角形に。それは僕のミスなんですけど(笑)。

芝垣:これ、あんまり話に出てこないので写真を見たらわかると思うんですけど、全部(松川氏の)奥さんが実際につくってきた(笑)。

(会場笑)

松川さんが横で廊下を走り回ってたっていう(笑)。そういうオチもあるんですけど、これ実際つくるの苦労してましたね。

松川:みたいですね。思った以上にすごい時間かかってました。

パイントはイギリスとアメリカで量が違った

芝垣:あと、例えばやっぱり、学問的な難しさもあって。というのは、イーストの単位がパイントって書いてあるんですけど、「何パイントイースト入れろ」って書いてあるんです。パイントって、調べたらすぐ何ミリリットルかわかるやんと思うかもしれませんけども、実はイギリスって、1パイントが568ミリリットル。アメリカは473ミリリットルで、量が違うんですよ。けっこうレシピ的には(イーストの)量を入れてて。

で、「どっちだろう?」と。(本に載っているのは)アメリカのレシピなんですけども、ところが1852年って、イギリス人がこうアメリカに逃げるようにして追われて行ってからそんなに時代が経ってないので、ひょっとしたらブリティッシュイングリッシュのままの可能性もあるわけですよね。そうすると、この時代のアメリカのパイントは、イギリスと一緒で568かもしれない。今はどこかで473になっちゃったんですけど。

だからこれをつくると言っても、なかなか簡単にいかなくて。単位はどこなんだ、どっちなんだとか、その時代の単位の資料はあるのかとか、とにかく大変な作業だったんですけど。まあ、結局つくったわけですよね、執念でしたね。できたお菓子も食べましたね。

松川:食べましたね、実際。いただきました。

芝垣:おいしかったですか?

松川:おいしかったです。「え、こんなおいしいの?」と思って。商品化まで考えた(笑)。

芝垣:いや、本当にしてほしかったのに。

松川:名前のことで、考えましてね。「なんて名前にする?」みたいな。

芝垣:いや、「オールドファッション」でいいのかな……。

(会場笑)

松川:本当の(笑)。

芝垣:「本当のオールドファッション」とかでいいんじゃないのかっていう。

奥田:ここで募集してもいいですよ(笑)。

飲みものに食べものを浸すのはお行儀が悪い?

芝垣:「オールドドーナツ」にするとかいろいろな案があったんですけど。

松川:僕は「ジュラシックドーナツ」っていうのがいいなと思ったんですけど、ぜんぜんわけがわからない。

奥田:ジュラシックドーナツ、なるほど(笑)。太古の感じで。

芝垣:今の反応見たらやめてよかった。

奥田:ジュラ紀だもんね。

松川:関係ない(笑)。

芝垣:でも松川さんは勝手にね、そこに牛乳をだしてきて、牛乳にそれを浸して食べたりとか。さすがドーナツ屋さん、慣れてるなあっていうのが。

松川:実際、昔はそういうふうに食べてたっていう。よく新聞とかに載ってるミルクダンク(milkdunk)っていう言葉があるぐらい、ドーナツを牛乳につけて食べるって(一般的)。映画でもよく出てくるんですけど。

奥田:なんでなんですか? かたいから、柔らかくするとか?

松川:それがおしゃれで。でもそれが下品だっていうのが一時期問題になっていて。それを啓発するための映画とかもあったりとかして。

芝垣:それ、アメリカですか?

松川:アメリカであったみたいです。

芝垣:実はイギリスでも、よく紅茶にいろんなビスケットとかいろんなものを浸して食べるっていうんですけど。でもあれ、イギリス人は全員「お行儀が悪い」って言ってて(笑)。私イギリスにいたんですけども、海外にいた私みたいに、そういう人がまず最初にそういうのをかっこつけて真似して、イギリス人にしかめっ面されるっていう(笑)。そういうマナーなんですけど。

奥田:クラスがあるんですかね?

芝垣:うん、あると思います。

奥田:労働者階級だとか。

芝垣:はい。これ、(昔のドーナツを)奥様が食べられたときのお話とか、どうしましょう。

松川:そう、奥さんが食べたときに、「あ、これどっかで食べたことある」っていう話をしていて。うちの妻、いろんな店をけっこう食べ歩いていて。いろんな外国にも行っていて、僕よりいろんなところに行ってるんですけど。

芝垣:奥さん、ドーナツの歴史は知らなかったんですよね。

松川:そうです、ぜんぜん知らなくて。「オイリーケーキに似てる」っていう発言があって。

ドーナツの祖先はオリーケイク?

芝垣:油っぽいケーキ、まさにドーナツ。そういうお菓子がオランダに、オイリーケーキ。「オイリー」がちょっと現地の言葉で「オリー」になっちゃってるんですけど、オリーケイクっていうのがありまして。

松川:似てるって話をして。そこで芝垣さんがすごい目をキラキラさせて、話しはじめたんですけど。

芝垣:そう、だって……。奥さんはなにも知らず、「あ、オリーケイクと同じ味がする」って。オリーケイクって1500年代ぐらいからオランダにあって、今でもあるって言われてるんですよ。ひょっとしたらドーナツの祖先かもしれないって言われてるんですけど、そんなんもうわかんないですよ。資料もないし、都市伝説的なところがあって。

でも、今回見つかったこのレシピは、2系統にわかれる前のレシピで。その味を再現して食べてみると、「オランダのオリーケイクと味が一緒だ」って知らない人が言うんですよ、食べた直感で。

ということは、これは限りなくドーナツの元始ですよね。一番最初のかたちなんじゃないのっていうことが、わかったんですね。

だから、我々は「ドーナツはいつからあるの?」っていうのを調べにイギリスまで行って、引っ張ってきたものを持ってきて。つくってみて、食べてみて。ずーっと「ドーナツの穴ってなんだろう?」ってまわってたんだけど、最後はこの起源にまでたどり着いた。しかもそれも、机上の学者の言う論理じゃなくて、限りなく具体的なかたちでね。そこにたどり着けたんじゃないかなと思って。

奥田:これ聞いてびっくりしました、うん。さっき言ってたそのケーキタイプと、イーストタイプ。これがこう、同時に書かれてるというか、わかれる前のレシピなんじゃないかということで、これちょっと見えにくくて恐縮ですけど。(iPadの)赤い矢印のこの、結節点ですね。ドーナツの19世紀、1800……何年かな?

芝垣:40年ぐらい。

奥田:1840年ぐらいとかで出てるわけですけども。このドーナツが、1500年ぐらいのオリーケイクを起源としているということは言われてたんだけれども、実際に19世紀のレシピを再現してみたら、味覚の世界でここ(1500年ぐらいのオリーケイク)と繋がるという。非常に不思議な経験をしてるということで。

僕はちょっと難しい話っていうか、難しい言い方をするのが好きなので(笑)。ひょっとしたら、この芝垣さんと松川さんが再現したドーナツっていうのは、ドーナツがドーナツであるために必要な条件を備えた、最初のレシピ群に入ってるんじゃないかと考えました。

難しいですけど、オランダのお菓子であるオリーケイクとドーナツをわけるのは、ビスケットのようなかたさの生地にするという話でね。そういう要素なのであれば、ひょっとするとこのへんがお菓子がドーナツになった、そういう時期なのではないか。そういうちょっと、夢がふくらむ出来事だなあと、僕なんかは聞いて思いました。さてさて……ここはいいかな?

日本ははじめからベーキングパウダーのドーナツが多かった

芝垣:そう、まあ先ほど言ったように、日本はそういうケースで、それからどういう経緯があったかはわかんないんですけどね。いつから日本はベーキングパウダーでつくりはじめたんでしょう?

松川:雰囲気から見て、はじめはたぶんベーキングパウダーが日本に多かったんだと思います。

芝垣:ただ、アメリカから70年代とか60年代終わりぐらいに、ミスドとかダンキンとかが当時いっぱい入ってきて。アメリカからきてるので、当然イーストっぽいものが入ってきてもよかったのに……。

松川:アメリカで食べたのは、やっぱりイーストなんですよ。不思議だなあとはすごい思うんですけど。

芝垣:これ、じゃあ松川さんの次の宿題にして。

(会場笑)

奥田:でもこのあいだ(名古屋でのブックイベントで)、日本にドーナツが入ってきたって話のときに、イギリスの話をしてなかったっけ? ケンブリッジかなんかに行ってた人の。

芝垣:いや、聞いてないですけど(笑)。何の話?

奥田:あれ? 歴史学の人が日本にいつドーナツが入ったかっていうのを、新聞記事で探ったときに……名前忘れちゃったんですけど。イギリス帰りの人とドーナツが……みたいな話がありましたよね。直接はつながらないのかな?

松川:ピンポーン。わかった。あのね、今盲点だったんですけど、すごいわかりやすく説明すると、イーストドーナツとベーキングドーナツってあるわけですよ。イーストドーナツって、実はめっちゃ難しいんですよ。僕もつくってるんですけど、気温とか湿度とか温度とかで、同じものをつくるのって本当難しくて。いまだに僕らも答えを求めて、毎回毎回やってて。今日はめちゃくちゃおいしくできた、っていうのもあったりとかするんですけど。

イーストドーナツは気温や湿度に左右されやすい

松川:ベーキングパウダーってすごく……つくってる人に悪いですけど、再現率は高いんですよ。だからチェーン展開しやすいんですね。だからどこでもできるんですよ。上は北海道、下は沖縄まで全部できるんですよ。この前(HUGSY DOUGHNUTSのドーナツを)沖縄でつくったんですけど、沖縄だとへにょんってなって、ぜんぜんおいしくなくなっちゃって。沖縄に2店目はつくれねえって話になっちゃったんですけど。もしかしたらそういうのがあるのかもしれない。

広め方として、広めるときに、ベーキングパウダーのほうが広めやすい。再現率が高いのがあったのかもしれないです。今、ふと思ったんですけど。

芝垣:そういう意味では、スタバは挑戦的ですよね。

松川:そうなんですよ。スタバはめちゃくちゃおいしい。だからそのかわり、お店によってぜんぜん味が違います。お店でも、その日によって。

芝垣:日々変わりますよね。

松川:そう、スタッフさんによって違って。「え!?」って思うときがあるんですけど。最近諦めたのか、ベーキングパウダーにしてます。 

(会場笑)

本当にそうなんです、本当に(笑)。

奥田:さすがドーナツ屋(笑)。

松川:「おい! あんなにおいしかったイーストドーナツを!」って思って。僕、イーストドーナツが大好きで。よく食べに行ってて、今日違うな、今日おいしいってあったんですけど。今はベーキングパウダーが出てます。

奥田:お客様カードに、なぜイーストをひそかにやめたのって(笑)。

松川:そう、僕がやりますって言って(笑)。

芝垣:松川さんがやめる日はその日です(笑)。

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ドーナツに穴のあいた夜 ~『失われたドーナツの穴を求めて』(さいはて社) 刊行記念トークイベント~

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