新聞校閲記者たちの、覚悟と情熱と心意気

小川一氏(以下、小川):本日は新聞校閲記者たちの「ことば」「ことばの文化」を伝えたいという「覚悟と情熱と心意気」を少しでも感じとっていただければ、うれしい限りでございます。今日はどうぞゆっくり楽しんで帰っていただければと思います。ありがとうございます。

峯晴子氏(以下、峯):改めまして、みなさんこんばんは。今日はお忙しい中このようにたくさんの方にお集まりいただきまして誠にありがとうございます。私は今日の司会進行役を務めさせていただきます、毎日新聞出版の峯晴子と申します。今回の本を担当させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします。

今日は『校閲記者の目 あらゆるミスを見逃さないプロの技術』の出版記念トークイベントです。

校閲記者の目 あらゆるミスを見逃さないプロの技術

プログラムを簡単にご説明いたします。今日は2部構成になっております。まず第1部はこの本の執筆に関わってくださったベテラン校閲記者3名と、私、編集者による本の成り立ち、制作秘話について語り合いたいと思います。

そして後半の第2部では、若手の校閲記者2名に参加いただいて、今度は校閲記者の仕事について存分に語りつくしていただこうと思っております。その後、会場のみなさまからのご質問を受けるという流れになります。

それではお待たせいたしました。校閲記者のみなさんにご登場いただきましょう。拍手でみなさんお迎えください。

(会場拍手)

『校閲記者の目』が発売1ヶ月で即重版

:それでは、校閲記者のみなさま方から簡単に自己紹介とご挨拶をお願いいたします。

高木健一郎氏(以下、高木):(毎日新聞東京本社)校閲グループで記者をやっております、高木健一郎といいます。入社は1990年で社歴は長いですが、校閲は2005年からですのでまだ13年目です。ベテランの中に入っていていいのかなという気もしますが、本日はよろしくお願いいたします。

岩佐義樹氏(以下、岩佐):毎日新聞社の校閲グループとともに(毎日新聞社用語委員会の)用語幹事という職種に携わっております、岩佐義樹と申します。入社は1987年です。よろしくお願いいたします。

平山泉氏(以下、平山):平山泉と申します。1992年に校閲記者として入社しまして、途中2年間大阪にもいましたが、それも含めてずっと校閲の仕事をしています。今はデスクをしております。よろしくお願いいたします。

渡辺みなみ氏(以下、渡辺):渡辺みなみと申します。2009年入社です。よろしくお願いします。

斎藤美紅氏(以下、斎藤):斎藤美紅と申します。2012年入社で今6年目です。よろしくお願いします。

:さっそく、始めさせていただくのですが、今日はうれしいお知らせがあります。この『校閲記者の目』、9月1日に発売したばかりですが、ご好評につき即重版が決まりました。増し刷りが決まりました! 校閲記者のみなさん、改めておめでとうございます!

(会場拍手)

これも会場に来てくださったみなさまのおかげだと思っております。改めてお礼を申し上げます。今日ご来場いただいている方は、すでにお読みになっている方が多いとは思うのですが、もしまだの方はこの会場でも販売しております。せっかくの機会ですのでぜひお求めください。

ちなみに今日会場で販売しているのは、でき上がったばかりの2刷り本でございます。今日できたてホヤホヤを届けております。もしよろしければ、お手に取ってみてください。よろしくお願いします。

「校閲体験」解説コーナーで校閲部のミスが発覚!

平山:今日は本をお持ちいただいている方もけっこういらっしゃって、読んでくださっている方も多いかなと思うんですが。読んでくださった方どのくらいいらっしゃいますか?

(会場挙手)

ありがとうございます。あと第1章に「校閲体験」解説というコーナーがあったんですがやってみた方いらっしゃいますか?

(会場挙手)

ありがとうございます。「なにかおかしくないか、これ足りなくないか」と思った方いらっしゃいますか?

(会場挙手)

あ、真っ先に(笑)。

1つだけ白状させていただきますと、“日”が抜けていたという大問題がありました。(会場を見て)「うん、うん」っておっしゃっている方もいますね(笑)。すみません、もし本をお持ちの方がいらっしゃいましたら見ていただきたいんですけど。

「毎日新聞」と大きく書いた新聞のスタイルで「題字」っていうんですけど。その下に日付があるわけですね。もちろん「日付を前提に」なんて解説もあって、ちゃんと見ながら読んでくださった方も多いと思うんですが、その時に(日付の)数字を見て“日”が抜けていることに私たちが気づいていなかったということが、実はありました。申しわけありません。

実はこれ、新聞のスタイルなんですけれども、制作の方法が違いまして。だから言いわけにはなりませんが、私たちもまさかそこに“日”が抜けているなんてことが、ふだんは基本的にないのでそこまで至りませんでした。

私たちが用意していた「間違い」と違う「間違い」だったものですから、ベテランの、私よりも先輩の校閲記者も見逃してしまいました。申しわけありませんでした。

読めば読むほど見えてくる間違い

平山:2刷りではそこを直した、というよりもそこに触れることにいたしまして、解説に加えさせていただきました。なので、ちょっと増えております、内容が。ということを最初にお話しさせていただきました。やはり会場にいらっしゃいましたね。ちょっとドキドキしながら始めます。

他にもちょっとおかしいなところもあるかもしれません。

実は、こういうことは本にも書いたんですが、ふだんは会社見学の方に校正の出題みたいな感じのことをするんですけれど。その場合に、実際にあった紙面から「間違い」を作って見学の方に見ていただくものです。

なので、「そこにまだある」と言われると、実際に刷られて配られた新聞がおかしかったということになってしまうのでドキドキしながら出題をするんです。やっぱりちょっとおかしいかな、みたいな。

(見学された方に)完全な間違いは今まで言われたことはないんですけれども、やっぱりちょっとこれは良くなかったかな、みたいなのはけっこうありました。読めば読むほどいろいろあるな、ということはすごく感じております。

:ありがとうございます。私も編集者として見逃してしまって、著者のみなさんと読者の方々には本当に申しわけないと思っています。「人がやることには必ずミスがつきものだ」ということは、仕事をしていく中で肝に銘じながら、日々取り組んでいく次第でございます。

新聞になる前の状態をさらけ出すスタイルに「ちょっとためらった」

:それでは改めて、本の話を振り返りましょうか。まず、この本は私が企画をして提案をさせていただきました。

昨年秋の放映で「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」というテレビドラマがありました。ちょうど先週「地味にスゴイ! DX(デラックス) 校閲ガール・河野悦子」の特番ドラマが放映されていましたよね。やはり、あのドラマを見て「校閲の仕事というのは改めてすごいな」と感じていました。

そう思っていた時に、毎日新聞社の校閲記者の方たちがTwitterやブログで毎日発信していることにはたと気づきました。「こんなに素晴らしい著者の方たちがいるのに、編集者である私はなぜ動かないんのだろう」と思い立ち、今年に入って「ぜひ本を作らせていただきたい」と申し出たのです。

校閲記者の方々と話し合いまして、企画を練り、出版に向けて準備を進めていきましょう、と話がまとまったのです。

業務多忙の中で原稿執筆や校正作業を進めていただいたのですけれども、今、振り返ってみていかがでしたでしょうか。新聞記者として、活字には日々触れていらっしゃると思うんですが、今回のような「本」という活字媒体の編集制作は、いかがでしたでしょうか?

高木:実は2年前にも「本にしないか」という話がありました。毎日新聞社の校閲グループでTwitterをやっているんですけれども、それが「非常におもしろい」「反響がある」ということで、私は出版部にもいたものですか、知り合いの編集者らから「本にしないか」ということを言ってきました。

その時の企画段階では「Twitterを元になんとか本にできないか」ということで、いろいろこねくり回したんです。しかし、やはり巷にあふれている雑学的な本だとか、日本語のこういう言い方はいいのか悪いのか、それを解説したような本、いわゆるお役立ち本内容が中心のものになってしまって、大差がなくなってしまうんです。

Twitterだとやりとりがあります。毎日の校閲のTwitterはやりとりがあるから面白いので、「本にしちゃうとつまらない」というところがありまして、一度企画がダメになりました。

私も出版や編集をやっていたものですから悔しかったんですけれども、なかなかそれに代わる企画というものが思いつかなくて。それで今回、峯さんの方から話をいただいて、「扱ったのが新聞です」と、いわば刷る前の直る前の状態のものでした。

直る前の状態、要するに商品になる前のものをこれだけさらけ出していいのかっていうのを、非常に私自身すごく不安というか、「これ、やっちゃいけないことじゃないかな」という気がしまして、ちょっとためらっていたんです。しかし、あれよあれよと企画が進んで本になっちゃいました、というのが正直なところなんです。

ただ、いざ本になってみると、今までにない雑学だとかお役立ち本とは違った本になり、非常におもしろい本になったんじゃないかなと自賛しているんです。そんな経緯で今までの日本語の本とは違うものになったのではないかなと私自身は思っています。

毎日新聞の誤植=日本の出版物の誤植史と重なる

:ありがとうございます。岩佐さんは、いかがでしたでしょうか?

岩佐:先ほどの(高木さんが話した)「間違いをさらけ出していいのか」というのは、私もTwitterが始まった当初から思っていました。あるいは、Twitterは最初、言葉だけだったんですけれども、画像を入れたほうが爆発的に閲覧数が増えるということで、赤字を入れた原本を写真を撮って流し始めたんですよね。

これについては「それ、やっていいのかな」「いつかダメになるんじゃないか」「そんなことやっちゃだめだ」と。例えば、上層部から言われるんじゃないかと密かに危惧していたんですが、もうTwitter自体は5年くらいになります。写真を入れたりし始めたのが3年くらいでしょうか。今まで誰もなにも言ってこないので、たぶん大丈夫なんだろうなと。

載せる前に気を付けますからね。例えば、署名の入ったものは絶対に載せないとか、そういう気をつけ方はしています。そういうことで本になってビジュアル的にもいろいろわかりやすくなったかもしれません。

かなり特殊な直しというのは、なかなか載せづらいというか、載せてもあまり意味がないのです。文字を書く人が同様に間違えそうなところを積極的に載せるようにしておりますから、受け入れられる部分もあるのかなと思っております。

付け加えますと、毎日新聞としてそういうことをやる意義というのを考えてみますと、毎日新聞は前身である東京日日新聞創刊から145年で、日本に今あるもので一番古いと言われている新聞です。

その新聞の誤植が、そのまま日本の出版物の誤植史と重なるところがあると思いました。本でもその一部、明治の誤植みたいなもの、日本で最初の誤植というものを紹介してもいいのかなと、そういうところで特色を出そうと思いました。以上です。