「フィットする暮らし」に込めたミッション

川原崎晋裕氏(以下、川原崎):クラシコムのコーポレートビジョンに「フィットする暮らし」と書かれていますよね?

青木耕平氏(以下、青木):はい。

川原崎:「フィット」はすごく今っぽくて、かつ僕自身も好きな言葉なんです。世間で言われる「フィット」の概念は、競争になると勝利した1人しか幸せになれない、だからそれを分散しよう……という話だったりしますよね。クラシコムのミッションとして伝えたいイメージは、おそらくこういったものですよね?

青木:そうですね。僕らとしてはこれを「ミッション」と言っていますね。「フィット」という言葉を選んだ大きな理由は、これは生理現象じゃないですか?

川原崎:生理現象?

青木:生理現象は、生き物として体感できるものですよね。

でも、例えば「幸福」「幸せな暮らしをつくろう」「豊かな暮らしをつくろう」としていた場合、「幸福」「豊か」は概念になります。僕としてはもっと生理的な快適さみたいなところに集中したほうが、多様になりうるんじゃないかと考えたんです。

さらに例えると、ラーメンを食べている人と、すごくおいしいフランス料理を食べている人がいた時。「どちらのほうが豊かなのか?」という話になると、いろんな人のいろんな意見が集まってごちゃごちゃします。これは生理的な問題だから、答えがいろいろあることが当然じゃないですか。

なので、クラシコムのミッションは体感的な言葉にしたかったんですよね。自分がそれにフィットしているか・いないかというのは、概念問題というより「あ、今、気持ちいい」ということになります。

「フィットする暮らし」っていうのは「お気に入りのシャツみたいなライフスタイル」だと説明していたりします。

僕が気に入っているシャツを着ているとします。自分に馴染んでいて、すごく気に入っている。それを着ている時、自分に自信を持てる。そんなシャツを着ている時、それ以外のシャツの流行とか高級品とか、あまり気にならないんじゃないかと思うんです。

自分にフィットすることに集中すると、ほかの人が気にならなくなる。それでいて、フィット感による気持ちよさを得ていることを喜べる。

僕らが一貫して言いたいことは、「自分の物差しでライフスタイルを測る、感じる、他者と比べることに意識を集中しないほうが幸せになる」です。それぞれの物差しで感じ方や自分にとって快適な人生を作ろうよ、ということです。

「フィットする暮らし」を目指すために働き方問題に取り組む

それをするためには、個々で実現する人たちに力がないといけない。「自由」を獲得する力が必要です。僕らにとって「平和」は、ユニークなポジションを作り出す力だと言っています。自分が望まない競争に巻き込まれる構造から出るために、そういった力がすごく必要なんですよね。

あとはやっぱり「希望」。今日より明日、明日より明後日、今年より来年……と良くなっていくと確信できる裏付けに集中する生き方をする。そうすることで短絡的な「あっちのほうがいい」「こっちのほうがいい」みたいなことに巻き込まれない。そんな話もしたりします。

話を戻すと、クラシコムという会社もこの基準で運営していこうとなっているんですね。自由であり、平和であり、希望がある。その度合で会社を測っていこうという感じですかね。

川原崎:なるほど。「北欧、暮らしの道具店」とは別に、働き方や仕事についてのメディアもスタートされていますよね?

青木クラシコムジャーナルですね。

川原崎:はい。今おっしゃったお話から自然につながるなと感じました。それを実現するためには仕事がコアになり、鏡になるみたいな。

青木:仕事が主要な関心事の1つであることは、もう無視できないですよね。フィットした暮らしを作る意味でも、働くことは暮らしの一部です。そうすると、働き方を支えるビジネスの問題、インフラとしてのビジネスの問題を見ないわけにはいかない。

僕はどちらかというと、フィットする暮らしの中で働き方の問題はすごく大きいと考えているんです。さらに言うと、働き方の問題を実現するためには、ビジネスの問題が大きい。そう考えた時、それに取り組まざるをえないと感じているのですね。

川原崎:なんというか青木さんって、「すごいイノベーションを起こしたい」「世界を変えたい」みたいなものがあまりないですよね?

青木:まったくないですね(笑)。

(一同笑)

というか、「世界を変える」というのは失礼だなと思うんですよ。

川原崎:失礼?(笑)。

青木:だって、誰も僕が望む世界に変えてほしいなんて思ってないわけじゃないですか。望む人はいるかもしれませんが、望まない人もいる。そこで僕がいいように世界を変えるなんて「子どもか!」みたいな話じゃないですか(笑)。

僕がやりたいのは、自分の責任の範囲で、自分と考えが近い人たちにとっての生きやすい世界を作ること。これに興味があるんですよね。その「自分の責任の範囲」の変数が少しずつでも増えていけば、自分にとってより生きやすくなるとは思います。

ですが、それはあくまでほかの人を変えるというより、自分の責任の範囲内をコントロールする意識ですよね。

ただ、僕がこう考えていることに共感してくれる人が無条件にたくさんいる、という世界観ではないのです。たぶん、それほど共感してくれる人もいないでしょうし。とはいえ、自分で幸せに生きていかなきゃいけないので「その折り合いをどうつけようか?」という世界観に近いですね。

なぜログミーファイナンスはスタートしたのか?

青木:話が変わりますが、僕はログミーファイナンスはすごい発明だと思っているんですよ。

川原崎:ありがとうございます(笑)。

青木:あれはどういった背景で始めたのか、ビジネス的にどうなのか。すごく興味ありますね(笑)。というのも僕、ああいった取り組みが好きなんです。どういうかということ、突飛じゃないですか。「もっと早く登場していてもよかったな」と、リリースされた時に感じたくらいニーズがすでに存在していました。

これが仮にちゃんと収益として成り立つ仕組みを作れていたら、すごく美しいなと思ったんです。「自社で書き起こしたものを載せればいいじゃないか」と思われるかもしれないのですが、ログミーファイナンスという第三者機関があることでエビデンス感があるというか。

つまりどういうことかというと、自分のところで書き起こしていない、かつ編集しない他媒体に載せる。これって、すごくエビデンス感があるじゃないですか。そういった視点からいくと「他媒体では変に書かれるので、ログミーファイナンスに載せてください」と言えるのは、大きな価値になると思いました。ログミーファイナンスを見た瞬間、それに近い感動がありましたね。

実際のところ……どうなんですか? オフレコかもしれないのですが、聞きたかったんですよ。

川原崎:ありがとうございます(笑)。

もともとログミーで孫正義さんなどの決算発表スピーチを全文書き起こしていたんです。そして、わりと多くの人に読まれました。だからといって、他の企業の決算発表を書き起こせば同じように読まれるかというと、孫さんのようにおもしろい話をする人はなかなかいなくて。

青木:そうですよね。

川原崎:なので、読み物としては少し厳しいなと思っていたんです。

そもそも僕らの事業ビジョンには「重要なことをすべての人へ」というのがあります。政治や経済のような重要な情報のソースに、誰もがメディアを介さずにアクセスできる。

僕らはその情報のことを0.5次情報と呼んでいます。メディアが発信している一次情報と呼ばれているものよりも、さらにリアルに近い情報という意味ですね。IR市場にはこのニーズがすごくあると思った。

どういうことかというと、決算発表は機関投資家やアナリストなど一部の人しか出席できないんです。同じ単価で株を買っているのに、株主間で情報の非対称性やタイムラグが生じるのはどう考えてもおかしいと思っていて。そこで「これは是正すべきだ」といって始めたんです。

タイミング的にも、金融庁によるフェア・ディスクロージャー(上場企業などに対して、投資家への公平な情報開示を求める新規制)の動きがあったりと、業界全体の流れにもすごく合っていました。このサービスについては正直まだまだ投資フェーズですが、僕らにとってやる意義がすごくあることだと思って、一生懸命にやっている感じですね。

「ログミーで書き起こしされるエビデンス」を貫く

青木:マネタイズとしてはどんなものを考えていたんですか?

川原崎:まだ模索中なのですが、最終的には企業ではなくユーザー、つまり株主やアナリストからお金をもらう方法になるのかなと思っています。なぜかというと、上場企業側からお金をもらっている状態だと、ユーザーから見た時に情報の信頼性を担保しづらいからです。

青木:あー、なるほど!

川原崎:広告主の意向で情報が歪んでしまう可能性があるので。

青木:そうだったんですね。話を聞いていて、僕は企業さんからお金をもらう仕組みが面白いんじゃないかと思いました。

なんというか……。決算発表説明会での内容は、クローズドにしていてもどうせわかっちゃうじゃないですか。だから、削除しようがない。だとしたら、サービスの価値として押し切れる日が来るんじゃないかと。むしろ、そこを貫いているからこそ「ログミーの書き起こしだからエビデンスになる」とみんなが認識できる感じがある気がしています。さらにいうと、それがログミーっぽいですし、川原崎さんっぽいなと(笑)。

(一同笑)

ユーザーからお金をもらわないと担保できないのは自然の流れと思いつつ、その上でありのままをゴリゴリ書く。このエクストリームなスタイルが実現したら超かっこいい(笑)。

川原崎:なるほど。さらに難しい方へ、ということですね(笑)。それは影響力の問題ですもんね。

青木:そうですね。でも、結局は企業的には「だって、ログミーさんにログがあるじゃないですか」と言われるようになると面白いと思うんですよね。もちろん、そうなるまでが難しいですし、この考え自体が僕の個人的な好みに近いのでアレなんですが(笑)。

(一同笑)

お客さんへの最上のサービスは「損得勘定を忘れさせてあげること」

青木:以前読んだ漫画で、益田ミリさんの『僕の姉ちゃん』というものがあるんですよ。この中で、弟とお姉ちゃんの会話がすごく面白くて。

僕の姉ちゃん

お姉ちゃんが弟に「あんた、彼女とかにどういうものを買ってあげるの?」「プレゼントしているの?」みたいなことを聞くんです。そうすると弟は「なにを買えばいいのかわからないから、一緒に買い物へ行ったりしているんだよね」と言う。お姉ちゃんが「おー、いいじゃん」「結局なにを買ったら喜ばれたの?」と聞いたら、「えーっと、コートとかかな」って言うんです。

そうするとお姉ちゃんが「そりゃあ、コートは喜ぶでしょうよ」と。なぜかというと「コートは喜んでいるんじゃなくて、得したと思われているんだ」「だから、それは冷蔵庫を買ってあげたのと大して変わらないよ」と。

川原崎:なるほど(笑)。

青木:「女は好きな男から得したいなんて思っていない」と。さらに弟が「じゃあ、お姉ちゃんは今までもらったプレゼントの中で一番うれしかったものはなんなの?」と聞いたら、「学生時代に第二ボタンをもらったのが一番うれしかった」と言って去っていくんです。

これ、すごく商売に関するいろんな心理が凝縮されている気がしているんです。つまり、お客さんへの最上のサービスは「損得勘定を忘れさせてあげること」だと思うんです。

川原崎:あー!

青木:「お客さんに得させてあげる」は二流で、「損得勘定を忘れさせてあげる」が最上です。

例えば、高級ブランド店が表参道にあります。そして同じブロックの裏側にディスカウントストアがあり、同じ商品を売っているとします。でも、きっと表通りで買う人がいるんですよね。それって、損得勘定を忘れているんですよ。

逆にディスカウントストアで同じ商品を40パーセントくらいの値段で買っても、そのストアにロイヤリティを持つ人はおそらくあまりいないんですよね。むしろ、表通りで倍近い値段で買っている人のほうが、商品やブランドに対するロイヤリティを強めるわけじゃないですか。

どうすれば損得勘定を忘れてもらえるのか。それは難しいですし、僕もぜんぜんできていないです。でも、最上のサービスを目指そうとしたとき、そういうものもあるなと考えたんです。

なんというか、サービスでもブランドが愛された先には、もはやそこから得しようと誰も思わなくなるフェーズがあるじゃないですか。一時期のAppleもそうですよね。ファンは「また新商品を出すの!?」と思いながら「買うしかないなぁ」と思っています。

川原崎:ありますね。

青木:ブランド側も、別に得しようと思ってやっていないですよね。「良いもの」の追求の結果、そうなっているだけなんですよ。そしてお客さん側も、ブランド側から得しようと思っていない。誰も得しようと思っていない世界がそこにはあるんです。

どうせなら、エクストリームにやって儲かる可能性を探る

先ほどの『僕の姉ちゃん』でも、お姉ちゃんが第二ボタンをもらって損しているかというとそうじゃない。得していないだけで、損していない。第二ボタンをあげた人も、別に得していないんですよ。

話を戻すと、決算する会社も「これで社会が良くなるんじゃないか」みたいなノリで損得勘定を忘れている。ログミーファイナンスの見え方としても「これは全文書き起こしだからね」とみんなが思う構図になっている。「ログミーファイナンスに圧力をかけてログ内容を変えようとしているなんて、器が小さいな!」みたいな感じになる。これ、めちゃくちゃ美しいじゃないですか(笑)。

川原崎:それは確かにいい。そこまでいくのがめちゃくちゃ難しいですしエクストリームですね!(笑)。

青木:これができたら、エクストリームですよ!(笑)。

でも、これって現場……やっている本人たちは絶対に乗るじゃないですか。お客さんも最初から「そういうものだ」と思って発注していれば、期待値は超えられるじゃないですか。あとは、儲かる・儲からないの最後のところですけれどね。

川原崎:そうですね。

青木:どうなんでしょうね……。「お金を払ってくれたお客さんのログは永久アーカイブしますよ」「払ってくれないと、次の期の直前で消しますよ」みたいなものとか(笑)。

(一同笑)

ぶっちゃけちゃうと、ユーザーからお金をもらう流れになっても、それほど儲かりませんよね?

川原崎:ですね。超わかります。

青木:どうせ儲からないなら、エクストリームにやったほうが儲かる可能性があるんじゃないかと思うんですよ。